目の前の階段を上る
越える

それを 決めたけれど
遮るものも 多くて

それでも一歩を
踏み出した

階段までは
あと――…




Truth 〜 uncetain 〜





俺が口にしたことに、目の前の人は大きく目を見開いてた。
それから、静かに息を吐き出して。
瞼を下ろして。
右手で、左の肘の辺りを掴んでから。
顔を上げる。
「本気なの?」
同時に吐き出された問いに、俺は、頷いた。
「もちろん」
その、言葉と共に。
「反対はしないけど……、でも、それならそうと…」
「……ごめん」
「考え直せない? ウチからの方が、やりやすいんじゃない?」
申し出に、確かにそうかもしれない、とは思ったけれど。
「悪いけど……」
そう、断りの言葉を綴った。
俺を見つけ出してくれたのは、諸岡さんだから。
今のこの状況まで、連れ出してくれたのは、あの人だから。
その恩に、報いたい。
「……そう…」
心底残念そうに言葉を紡いだ、洋子姉さんを見ていられなくて。
俺は視線を伏せた。
事務所には、すでに話した。
マネージャーは、彼女から聞いていたから、と、少し淋しそうに、笑っただけだった。
それから、少しずつ、仕事、減らしていけるようにするからと。
言ってくれた。
彼女がそんなことを話していたなんて、知らなくて。
俺は驚いてばかりだったんだけど。
「でも、減らすだけよ!!」
って、言われたから、苦笑を零して。
減らすだけでも、何でも。
反対されなかったことが、嬉しかったし。
デザインの方に費やせる時間ができることが、嬉しかった。
「とにかく…わかったわ」
視線を、姉さんの方へ戻せば。
やっぱり少し、淋しそうな表情で、笑ってた。
「ウチでも、あなたのアクセサリーを扱えるように、頼んでみる」
「…姉さん?」
「珪のためだもの。今まで、いろんなこと、頼んだものね」
「………」
「それを聞いてくれたお礼ぐらい、させなさい?」
身体を少し折って。
下から俺の顔を覗き込んできた姉さんに、小さく息を吐く。
それから、ありがとうと、伝えた。
まさかそうなると思っていなかったから。
本当に。
その言葉は考えていたものじゃなくて。
――考えては、いたけれど。
そういう意味で…じゃ、なかったから。
本気で驚いて。
それでも、笑みを浮かべて、ありがとうの言葉を、伝えられた。


パソコンを立ち上げて。
ネットに繋いで。
メールよりも先に、そのHPへと進む。
ブックマークしてあるそこへと行けば。
画面は白を基調としたものへと変わる。
彼女が好みそうな、シンプルな。
けれど、所々には、きちんとイラストが収まっているそのページに、俺はふっと笑みを零した。
プロフィールのそのページの。
管理人とは違う、『レイ』というもう一人のメンバーにカーソルを合わせて。
クリックすれば。
『どもー。レイでーす』
なんて声が、流れはじめる。
初めて来た時、たぶんこっちだろう、なんて聞いた途端。
彼女のものだとわかった。
ころころ変わるし。
もう一人に突っ込まれたのか、噛み付き方も、変わってなかったし。
笑い方も、その声も――同じだった。
それから、『VOICE』のページへ進んで。
すべてを聞いてしまったから、さらに奥へと進む。
一番下の。
小さなアイコンをクリックすれば。
ページは黒を基調としたものに変わって。
そして。
『ここには、台本になる前の脚本が置いてあります』
なんていう、注意書き。
『レイ』が書いていることは知っているから。
ここは。
このページは。
彼女のもの。
彼女の考えたものが、ここにはそのまま、置いてあるから。
俺は何度も、ここに置いてあるものを、読み返してた。
彼女にしか考えられないことが、きちんと、わかりやすく、まとめてある。
考え方も……変わってなさそうだな。
思いながら、一度、視線を逸らす。
そうしながら、背もたれに身体を預けて。
小さく、息を吐いた。
考えるのは、仕事のこと。
どう、切り出せばいいだろう?
どう伝えるのが、一番、断られなくてすむだろう?
考えれば考えるほど、わからなくて。
わからなく、なって。
そうして、後回しにし続けて。
彼女の姿を見つけた、あの日から。
今日でもう、約一週間。
書かなければ、とは思うのに。
何をどう書けばいいのか、わからない。
メールフォームを開く前にと、俺は立ち上がって。
キッチンへと進んで、カップを手にした。
コーヒーを煎れて。
パソコンの前へと戻って。
いすに腰かけて、息を吐く。
まだ、何をどうすべきか決めていないまま、メールフォームを開けば。
画面はそのまま、止まってしまって。
彼女に俺だと、わかってもらうには、どうしたらいいだろう?
とか。
会いたいのだと、そんな、切なる想いをひた隠しにしながら。
それでも、会えないかと、訊ねるには。
そして、それを断られないようにするためには。
考えて。
無言のまま、手にしていたカップを傾けて。
そして、空いていたスペースへと、落ち着けた。
それからまた、一つ、息を吐く。
仕事にも慣れてきたおかげで、格式張った挨拶とか。
そういうものも……覚えたけれど。
彼女の中で、俺は今、どの位置にいるのか、わからないから。
忘れられていたら――そういう方がいいとは思う。
それはないとは、思うけれど。
俺に、モデルを続けるように勧めたのは、彼女だから。
その責任として、彼女は覚えているはず。
それに、作家という仕事なら。
本屋にも、足を運ぶだろうし。
そこで、俺の姿を見ない、なんていうことは、ないと思う。
だから、俺のことを忘れていることはないだろう。
けれど、今も友達だと思ってくれているかどうかは、わからなくて。
でもまだ、友達として扱ってくれているなら。
堅苦しい言葉は、彼女を悲しませる結果にしか、ならないから。
考えて、考えて。
結局、すべてを省いて、用件だけを打ち込んだ。

『拝啓、田端玲さま

久しぶり。頼みがある。
今度、CMやることになった。でも、不安がある。相談に乗ってほしい』

一気に、そこまで書いて。
最後に、俺の名前を記して。
そのまま。
勢いのままに、送信ボタンをクリックした。
何を書いたかなんて、見直すこともせずに。
だからこそ、襲いかかってくるのは不安で。
それを払拭するかのように、ため息を一つ、落とす。
見上げた天井は、いつもと変わらなくて。
俺は瞼を閉じた。
一週間ほど前。
ようやく見ることのできた、『今』の彼女は。
俺が知っている彼女とは、少しだけ、違っていて。
笑顔も、声も。
変わってはいなかったけれど。
姿が少し…違っていて。
それでも、受ける印象は。
高校の時の彼女と、変わりはなかった。
彼女は彼女だと。
そう、思えた。
だからこそ、こんなに、会いたくて。
叶うならば――触れたくて。
ぎゅっと、拳を作る。
それから。
早く返事が来ることを願いながら、電源を落とした。

NEXT

BACK

RETURN