| 流れが急に 速くなる それに身を任せながら
時に抗う
それを今
誓ってた
Truth 〜 agape 〜
「それじゃ、仕事の話に入りましょうか」
言われて、こくんと頷く。
手に取ったものを、目の前に置けば。
それは、諸岡さんの手によって、開かれた。
「これはまぁ、うちで発行してる、既存のものなんだけど。ページ的には、同じようになると思うから。で、表紙はね。君のアクセサリーで埋まると思うよ?
何せ主役だしね。それからグラビアだけど。モデルが着用しているものと、アクセサリー自身を使おうと思うんだ。…二ページ使った方がいいかな?
見開きで」
「………」
「葉月くん?」
「え? あの……その辺りは…任せます」
「君自身の意見は? 特にないわけ?」
「考えられなくて……。ただもう、楽しみになってて…」
「だとは思うけど。自分の記事なんだから」
「……そう…ですけど」
言われて、ぺらぺらと捲っていたその手を止める。
急なことで、思考がついていけない。
いけていない。
まだ…疑っている部分もあるし。
それでも、これは本当のこと。
いつか、目の前に。
俺がデザインしたものを身につけた人間が、出てくる。
しかも……たくさん。
うまく行けば、だけど。
今でも、本当に時々、目にすることはあるけれど。
今よりももっと、視界の中に入ってくることになる。
それは――考えられるのに。
なのに。
受け止め切れて……いない。
「じゃあ、グラビアの方は任せてもらうとして」
「はい」
「インタビューは、入れてもいい?」
「…得意じゃ、ないんですけど」
「頑張ってください」
「…はい」
「君自身も着用したのを、いくつか撮って、載せよう。空いたスペースにでも、君の言葉を入れて」
「はい」
「作る方のスタッフは、任せてください。実はスタッフの募集、すでにやってます」
「え?」
「知り合いの宝飾メーカーにも、話を持っていって、許可得てます」
「…………」
諸岡さんの顔を見たまま、固まっていると。
「それぐらいしたあとじゃないと、ブランドとして、なんて、言わないよ」
そう言って、笑ってた。
小さなものだと、思っていたのに。
やっぱり、急に大きくなる。
どこまでも、大きく。
俺のことなのに。
俺の手に、余るぐらい。
「バックアップは、うちだけじゃなくて、そこにも頼みました。で、いつかは君個人のものと出来るようにも、頼みました」
「いつか……?」
「もちろん。君だって、そうしたいとか思わないかな?
デザインを売るだけでいい? それとも」
「………」
考えたこともなかった。
そんなこと。
使ってもらえるなら、それだけでいいって。
そんな風に。
簡単に……考えてたから。
一人で、なんて。
本気で、考えてなかった。
「…考えてなかったって、顔…してるよ?」
「……すみません」
「いいって。無欲なのかな? 君は」
誉められたのか何なのか。
少し笑って言った諸岡さんに、俺は何も言えなくて。
ただただ、黙り込むだけ。
「まぁ、そっちの方は、ゆっくり考えるといいよ。そういう話もあるって程度で」
「……はい」
「でね? CMも、作りましょうって話になって」
「CM?」
「やったことは?」
「……いえ」
「そう。でも今回は、やってもらいます」
「どうしても…ですか?」
「どうしてもです」
「………」
「君はブランドの顔にならなくちゃいけない。モデルとして、成功を収めてるんだから。一段でいい。階段を上りましょう」
言われて、俺は考える。
苦手だ、と。
けれど、それだけでは逃げられない。
だと…したら。
やらなければ、と。
前向きに、考えることにした。
やらなければ、ただ流されるだけになる。
それに。
ブランドとして、やっていくなら。
仕事をある程度選んでも、いいのかもしれない。
「脚本…見せてもらっても、いいですか?」
「! やる気、出てきた?」
「…ちょっと」
「わかりました。まだ、頼んでもいないんで。出来たら、必ず見せます」
「お願いします」
小さく頭を下げれば。
諸岡さんは、笑みを浮かべてから。
一度息を吐いて。
「雑誌の方に、話を戻しましょう」
そう、綴った。
「えーと、キャッチコピーっていうのは、知ってる?」
「…ああ、はい」
「それが、君のブランドにも必要だと思うんだ。あるとないじゃ、ずいぶん違うからね。それで、それを、プロの作家に頼もうと思うんだけど」
「はい」
「僕が決めてもいいんだけど。君のブランドだし。君が決めた方がいいと思うんだ」
「でも…、俺……」
「作家を知らない?」
「…はい」
「だよね? うちで抱えてるとなると、結構枠は狭くなるんだけど。うち自体が小さいからね」
すみませんと、もう一度頭を下げる。
この頃、何かと忙しくて。
本屋にもろくに行かなかった、なんて、思い出してた。
だからこそ、見本だと渡されていた雑誌へと手を伸ばして、捲ってた。
けれどすぐに。
やっぱり、気になったのは自分のことで。
どこに俺が造り上げたものが、どんな風にページを飾るんだろう、なんて考えてしまっていて。
そうしていると、諸岡さんは立ち上がって。
隅の本棚から、一つのファイルを出して、戻ってくる。
「何人かいるんだけど……、僕が勧めるんだったら、『AKIRA』ちゃんかな」
そう、言いながら。
それに俺は、顔を上げて。
そして少し、眉根も寄せて。
ソファに腰かける諸岡さんを見てた。
「『AKIRA』?」
なんて、つい口にしてしまいながら。
そんな俺に、目の前の人物は、ただただ嬉しそうに、笑ったまま。
「そう『AKIRA』ちゃん」
と、もう一度、その名前を綴ってた。
「うちで一番人気のある作家でね。でも本人、そんなこと全然関係なしって感じなんだ。書きたいことがあるから書いてるっていう人間。でも、信頼できるよ?
仕事は早いし、丁寧だし」
「はぁ……」
――『AKIRA』
引っかかったのは、そこ。
彼女と――同じ名前だと。
ただ、それだけ。
「これ、プロフィールね」
だからこそ、諸岡さんが言いながら、ファイルから取り出した紙も、受け取ってしまって。
仕方なく、とりあえず…目を通した。
何でまた、『AKIRA』なんてPNにしたんだろう?
そんな興味もあって、最初に名前を見た、その時に。
目は、離せなくなった。
作家、『AKIRA』の本名は。
まさか、と思っていた、その名前――『田端玲』で。
俺はゆっくりと見開いた目を、細めてた。
自分でも、ものすごく驚いているんだろうことは、わかっていたから。
当たり前だろ?
その通りだとは、微塵にも…思っていなかったんだから。
そんな俺に気づいていないのか、諸岡さんの言葉は続いてる。
「今日、彼女は原稿を持ってきてくれることになっててね。待ってれば来るよ?」
「………」
「まぁ、あと三十分もしないうちに、来るとは思うけど。とにかく、僕のお勧めは彼女、AKIRAちゃん。君もきっと気に入ると思うけど、考えてみて」
「……はい」
考えるまでもなく、俺は彼女との仕事を希望するんだろう、なんて思ってた。
彼女の性格は、わかっているから。
ただ……、幼い頃と、高校時代のものだけ、だけれど。
もし、高校の時と、変わっていないなら。
彼女は嫌とは、言わないはず。
なんて、身勝手なことも、考えはじめて。
そうしてしまえば、耳に甦るのは、俺の名を呼ぶ、彼女の声。
笑顔とか、頬を膨らませていたその顔とか。
そんないろんな…表情も思い出して。
ふっと、微笑う。
居場所がわからなくなって――会いに行こうと、意を決した時には、もうすでに、彼女が家を出てしまっていたから。
会うことも、できなくなって。
彼女の弟である尽も、何も教えてはくれなくて。
けれど今。
ようやく、彼女と会うことができる。
「CFの脚本…僕は彼女に書いてもらった方がいいとは思うけど。でもとりあえず、脚本家には声を掛けておくよ」
諸岡さんの声に、どうにか「お願いします」なんて答えたけれど。
それでも、頭の中は、高校時代の彼女の姿でいっぱいになっていて。
俺は笑いを隠すことに、必死だった。
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