周りが動いていることは
痛いほど わかっていた

それにしがみつくことだけで
せいいっぱいで

それでも 俺も
俺からも
歩き…出したくて

必死に きっかけを
探してた




Truth 〜 greenhorn 〜





エレベーターに乗り込んで。
三階へと、浮上させる。
その中でもやっぱり、気になるのは、諸岡さんの言葉で。
違う方向って…何なんだろう?
そればっかりで。
俺のアクセサリーは、使ってもらえるとは思う。
だからこそ、持ってくるように言われたんだろうし。
肩にかけていたバッグを、一度瞳に映す。
と同時に、着いたことを、エレベーターが伝えて。
目の前の扉が、開く。
少し、躊躇して。
それでも、その小さな箱の中から、一歩を踏み出した。
変わりたいと願うなら。
今この時が、その時かもしれないから。
背中を押されるより前に。
自分から。
そんな気持ちで、歩き出して。
開いているその扉の中へと、足を踏み入れる。
と、まずは視線。
次に、ひそひそ声で。
俺は深く、眉根を寄せた。
そんな俺の視界の端で、手を挙げてる人物がいて。
俺はそれに、ほっとしながら、歩みを進めていく。
机を避けながら、奥へと進んで。
「すみません、遅れて」
諸岡さんの前に立って、その言葉を口にした。
「いいって。道、込んでた?」
「そうでもなかったんですけど……」
「そういう時は嘘でも、はいって言うんだよ。――本当に正直だね?」
笑われて。
俺も、ああそうかと、笑みを零した。
それから。
「あっちに行きましょう」
その言葉で、区切られた場所へと移動する。
たくさんの視線を、彼も感じていたのかもしれない。
それに、ありがたさを感じながら、あとを付いていって。
ブラインドが下ろされたそこに入った瞬間、バタンと、ドアが閉められた。
「さてと。まず、紹介します。新雑誌の編集を担当する、香野くん」
「はじめまして」
「はじめまして」
先に、そこにいた人物が立ち上がって、頭を下げてくる。
それに、頭を下げ返して。
名刺をもらった。
俺は…持ってなくて。
「葉月さんのことは知ってますから。それに、連絡を取る時は、必ず、編集長経由で、と言われてますから」
どうしようと思っていたら、そう言われて。
俺は、わかりましたと、伝えた。
「で、電話で言ったんだけど」
「あ…はい。違う方向……って」
「はい。えーっと、俺が話しちゃっていいんですか?」
微苦笑の香野さんに、諸岡さんは少し考えていて。
「その前に、作品、見せてもらおうか?
なんて、おどけて言ってた。
勧められて、革張りのソファに腰かけて。
バッグを開ける。
取り出したのは、いくつかの箱で。
それをテーブルの上に、ふたを開けた状態で並べた。
「…写真で見るより、いいですねー」
「……どうも」
「これ、お借りしてもいいですか? 今日ちょうど、プロのカメラマンが来てまして。簡単に、撮ってもらいたいんですけど」
「…はい。大丈夫です」
答えれば、どうも、なんて頭を下げてから、彼は箱を手にして、出ていった。
何なんだろう?
そう思う。
閉められた扉を眺めていると。
俺の目の前のソファに腰かけていた諸岡さんが座り直すのが、視界の端に見えて。
俺は視線を戻す。
「順を追って話そうか」
そんな言葉が届けられて。
同時に、また、扉が開いた。
二回のノックのあとで。
「失礼します」
言いながら入ってきたのは、女の人。
手にしていたのは、トレーで。
その上には、二つの湯飲み。
「ああ、いいよ」
中まで入ってこようとしてた彼女を遮って。
諸岡さんは、トレーの上のものだけを受け取って、返したけど。
睨むような視線を、一瞬、彼に向けて。
扉でさえ、少し乱暴に閉めて。
そいつは、出ていった。
「………」
「うーん…。今度から、外で打ち合わせかな?」
その言葉に、ああ、と思う。
そして、やんわりと同意の言葉を届けて。
諸岡さんの説明を待ってた。
「話、戻します」
「…はい」
「一ヶ月前に、君に会って。そのあと、撮らせてもらった写真を、さっきの香野くんに見せたんだけど」
「………」
「もちろん、君のことは伏せてね?」
「…はい」
「で、彼もアクセサリー好きでね? やっぱり、いいって言ってくれたんだよ」
「…ありがとうございます」
「それはあとで、本人にでも、言ってあげてください。それから――君のことを明かして。それじゃなくても、ぜひやろう! って雰囲気だったんだけど」
「……けど?」
「実はね? もともと、いずれは、うちでバックアップして、ブランド化出来たらいいなーって。そんな気持ちで、新雑誌を作ろうってことだったんだよね?」
「…はぁ」
「…まだ、わからない?」
「?」
「つまりね? これだけいいんだったら、最初から、うちでバックアップして、ブランドとして取り扱おうってことになったんです」
「! ……本当ですか?」
「本当」
というか、僕が言いました。
諸岡さんは、にっこり笑顔で告げて。
俺は黙るしかできなくなる。
小さなものだと思っていたのに。
急に大きなものとして、出された。
それに、驚かないはずなんて、なかったから。
「彼はまだちょっと、渋がってて。まぁ、僕の写真の腕は、そんなによくないから。仕方ないのかなと。だから今日、君に持ってきてもらったわけ」
言って、諸岡さんは一口、茶を含む。
俺は何もできなくて。
ただ、どうすればいいのかと、混乱しているだけ。
「それでも、そっちの方向で話は勝手に進めちゃったんですけど」
「………」
「…嫌だった?」
「! そんなことないです!」
「よかった。反応ないから、嫌なのかなーと。やっぱりうち、小さいしね」
綴られた言葉に、首を振る。
たった一人より、後ろに支えがあった方がいい。
「暗に、一緒に大きくなりたいなー、というのがあったりするんだけど」
「…? はい」
「それでもいい?」
「いいです」
「………」
「? 諸岡さん」
「いや、いいならいいんだけど」
「……はい」
「君さ。自分がすごいってこと、気づいてない?」
「え?」
言われて、考えて。
すごい…のか?
なんて思う。
確かに、仕事は増えたけど。
本屋に行けば。
街に出れば。
俺の姿は、よく見るようにはなったけど。
視線も多く、纏わりつくようにはなったけど。
「俺自身は…べつに、すごくない……です」
「? どうして?」
「俺を、モデルとして、最初に雑誌に載せた、従姉とか。俺を撮ってる、カメラマンとか。ヘアメイクをやってくれてる、スタッフとか。たぶん……そういう人たちの方が、すごいんだと思う」
「……」
「俺はただ、従ってるだけ…だから」
言いながら。
思い出していたのは、彼女のこと。
バイトを、スタジオの隣りの喫茶店に変えた日の。
その……帰りに。
彼女がそう、言っていた。
みんなすごいねー。
そんな風に。
「君はただ、撮られてるだけって感じだったし。ポーズとか、考えてる?」
その問いに、否定したのを、覚えてる。
だからこそ、俺も同意して。
今までずっと、そう思ってきたから。
「なるほどね」
諸岡さんが腕を組んで。
納得したように、言葉を落とした。
「君がそういう人でよかったよ」
「………」
「じゃあ、一緒に頑張りましょう」
頷いて。
テーブルの上に出された、見本雑誌に、俺は手を伸ばした。

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