嬉しいと
素直にそう思えるメールを送れば 返信が必ずあることとか
手を差し出せば 当然のように 取ってくれることとか
抱き締めれば 笑ってくれる
こととか
そんな些細なことが
嬉しくて
幸せって
こういうことなんだと
初めて わかった
Truth 〜 ripples 〜
はじめに、香野さんの軽い説明があって。
そのあとを受けるようにして、諸岡さんの説明。
スタッフの紹介とか……。
そんなことを考えていれば。
「すっごい数」
と、扉の向こうを覗き見ていたミノリが言葉を漏らした。
「何が?」
「何がって、記者。さすが売れっ子モデル。って感じ」
「………」
「期待されまくってるじゃないですか!」
バシッと、思い切り肩を叩かれて。
俺の身体は少し、前のめりになる。
そして、叩いた本人はといえば、何もなかったかのような顔をして、香野さんと話をしはじめて。
俺は小さく、息を吐いた。
緊張、していたのかもしれない。
気がついたら、手は硬く握られていて。
手のひらには、うっすらと、汗。
「………」
夢の一歩は、もう、踏み出していたはずで。
けれどもう、この記者会見がはじまってしまったら。
世間の目は、俺を一人のデザイナーとして、見はじめる。
それは確かに、期待かもしれない。
けれど。
逆に…不審な目も、あるだろうから。
「不安かい?」
声に、顔を上げる。
そこには、笑みを浮かべた、諸岡さんがいて。
俺は少し、ほっとしながらも、素直に「はい」と答えていた。
俺に…やれるのだろうか?
本当に、やってもかまわないと。
今ここにいるスタッフ達、数人だけでも、思ってくれているんだろうか?
「ま、今は不安になっておきなさいって感じかな。それが普通なんだから」
「…はい」
「でも、そのうちに、それは自信にすり替わるよ。保障します。この僕が」
「………」
「君がモデルをやってきたのは、従姉に流されただけかもしれない。でも、その考えが、このためなんだって、思える」
「売名…行為?」
「いいじゃない。売名、大いに結構。だって、君の夢は、これからはじまるんだから」
そうでしょう?
微笑まれて、微苦笑を零す。
けれど、すぐに思い出したのは、彼女の言葉。
夢のために、持っているものを、すべて利用するのは、悪いことじゃない。
そう、彼女は言っていた。
なら。
その言葉を信じて、やってきたことは。
きっと、むだじゃない。
彼女はきっと、また。
俺に…そう言ってくれるだろうから。
考えて。
はいと、短く、肯定の言葉を口にした。
諸岡さんは、笑顔でいてくれて。
ミノリはまた、扉の向こうを覗き見て、子供のような笑顔を浮かべていて。
「でも、プレッシャー、ありますよ。俺、間違えたら大変かも」
そんな香野さんの言葉に、二人とも、笑うだけ。
「大丈夫だって」
「そうですよ。みんな香野さんには注目してないですから」
「…風石くん、君ね……?」
鋭い視線を向けられても、なおもミノリは笑って。
俺は小さく、苦笑を零す。
諸岡さんは、慣れているのかもしれない。
こういう場に。
ミノリは、心底楽しんでいる感じだし。
気負いとか、感じていないのかもしれない。
でも、香野さんは、違う。
――俺は……。
「風石くん見てると、緊張してる自分が馬鹿なんじゃないかって、思えてくるよ」
香野さんの言葉に、失笑がわずかに響いて。
俺は右手を見る。
緊張。
それは俺もしてる。
諸岡さんに任せておけば、大丈夫。
そんな気持ちは、確かにあるけれど。
だからそれに、寄りかかろうと思っているけれど。
結局は、思っているだけなのかも、しれなくて。
結局は、気を、張り詰めているのかもしれなくて。
「葉月くんは、質問されたことに答えましょう。フォローはみんなでするから」
「…はい」
「AKIRAちゃんも来ればよかったのにね?」
「………」
それには、苦笑うしかなくて。
まだ、彼女にははっきりしたことを言ってはいないから。
けれど、このニュースは、見たり、耳にはしてくれるだろうと、信じているから。
そうしたら、逃げられないこと。
もう、逃げるという選択肢は、ないこと。
それに、気づくだろう。
あとで散々、文句を言われても。
聞き流していれば、いいだけの話。
彼女もスタッフの一人。
その事実は、世間に公表してしまえば、変えようのないことになる。
「多分、意気込みとか聞きかれちゃいますよね?
葉月さん」
「……たぶん」
「そう思うなら、どう答えるか、考えておいたほうがいいですよ。…って、そう考えると、俺は楽なのかなぁ?」
「台本あるしね、香野さん」
笑って言ったミノリに、苦笑を零して。
俺は、わずかに開いているドアの向こうへと、視線を投げた。
もうすぐ。
もうすぐ、彼女の周りに張った網は、完成する。
包囲網は、完璧になる。
考えて、ふっと笑みを浮かべて。
視線をはずす。
緊張は、しているけれど。
大丈夫。
俺が考えている、とりあえずのゴールまで、あと少しだから。
間違えても、みんながいるから。
「頑張ろうぜ!」
ミノリが不意に上げた声に。
俺は一瞬、驚いたけど。
「ああ」
短く答えて。
目の前に突き出された拳に、同じものを。
軽く、押し当てた。
「もしもし?」
記者会見が終わって直後。
鳴り出した携帯に、みんなの視線を集めてしまった。
それでも、少し離れることを告げながら、通話ボタンを押して。
そして、そう声を届ければ。
『質問があります』
なんて、不満そうな声。
「何だ?」
『テレビ、見てしまいました』
「…だろうな」
というか、見てくれてないと、困るんだけど。
思いながら、壁に背を預ける。
『だろうなじゃなくて! 説明!』
大きく届けられた非難に、くすくすと笑って。
それから、高い天井を、瞳に映す。
逃げられないから。
そうとわかっているから、無理だとか言わない。
言わない代わりに、くわしい説明をと、彼女は言う。
「CMって、最初のメールに、書いただろ?」
『…あったね』
「そういうこと」
『…わかんないって』
「キャッチコピーも、CMのうち」
『そうくるか』
「行くな」
『んじゃ、脚本とかってないの? えーと、そっちはCFになるのか?』
「ある…けど?」
『今は? 珪の手元にないの?』
「書き直してもらってる」
『気に入らなかったんだ?』
「ああ」
ほんの少しの、沈黙。
彼女が何を考えているのかと、考えれば。
たぶん、自分が書いてもいいかとか、そういうこと。
彼女も結構、凝り性だし。
廊下には、そうして話している間にも、たくさんの人が行き来していて。
俺も少しずつ、歩を進めようかと、壁から背を離して、歩き出した。
『珪』
「ん?」
『このあと……暇?』
「まぁ。何もなければ」
『諸岡さんは?』
「いるけど?」
『…その前に、珪と二人で決めたほうがいいのかなぁ?』
何を?
と聞かなくても。
何となく、これか?
というものはあるから、聞かずにいれば。
『仕事の話したいから、どっか…喫茶店とか、行こう?』
そんな提案が、届けられた。
やっぱりな、と思いながら、階段の方向へ、視線を向ければ。
そこには、ミノリがいて。
諸岡さんも、香野さんも。
スタッフのみんなが、いてくれて。
「じゃあ、迎えに行くから」
彼女に告げてから、通話を切る。
それから。
「AKIRAさんでしょ? 何だって?」
と、ミノリから問いが投げられた。
「引き受けてくれるって」
「やっぱりなー。葉月さんって、策士」
「どういうこと?」
「言ってなかったんだって、AKIRAさんに。仕事のこと」
「え?」
驚いた諸岡さんに、二人でくすくすと笑って。
「さーてと。デザインの勉強、それなりにでもやっておこうかなー」
「頼む」
「へーい。下手なことやって、叱られたくないし。優しい人かと思ってたけど、結構怖いから、ボス」
「…ボス?」
「言わずもがな、葉月さんのこと!」
俺に背を向けて、階段を降りはじめたミノリに、諸岡さんが笑って。
「社長ってことは、確かにそうだね。みんなを束ねる存在にならなきゃいけないんだ、葉月くんは」
そう、言葉を付け加えてくれて。
「頑張りましょう。みんな、今はそれだけしか口にしてませんけど、大丈夫ですから」
香野さんの言葉は、自分に言い聞かせるように。
それでも、ありがたかったから。
俺は頷いて。
みんなのあとを追うように、歩きはじめた。
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