彼女と共にいるのが
当たり前で

けれど そんなわけは なくて

当たり前ではないと
そう思いながら

いつでも一緒にいられるのだと
どこかで
考えていたのかもしれない




Truth 〜 emergence 〜





彼女の腰に、腕を回して。
嬉しさの中で、うとうととしはじめた時。
彼女の身体の向きが、急に変わった。
起きる…の、かもしれない。
考えて、俺はふっと、瞼を閉じる。
こういう時は、たぬき寝入りをしておいた方が、いいから。
だから。
それは――彼女と付き合い出して、学習したこと。
起きていれば、とやかく言われるし。
思い出しながら、仰向けになった彼女を、感じてた。
数瞬のあと。
彼女は身体を起こそうとしたらしくて。
けれどそれは。
俺の腕がじゃまで、無理で。
彼女はまた、ベッドへと戻る。
腕に触れて。
ゆっくりと。
撫でるように――触れて。
シーツの擦れる音が、わずかに響いた、そのあと。
「葉月くん……」
そう、彼女は俺の名前を、呟いた。
髪が、遠慮がちに、梳かれて。
一房持ち上げたのか。
小さな音を立てて、俺の髪は落ちていく。
それを感じていれば。
また、彼女が動いたのが、わかった。
じっと向けられたのは、視線で。
それがふっと、途切れると。
今度はわずかに、ベッドが揺れた。
彼女が身体を引いて、上半身を起こしたのだとわかったのは、そのすぐあと。
視線が、上から降り注いできたから。
頬に、不意に触れたのは、指先で。
それが離れると。
俺の胸の前に、その手は降りた。
音と振動で、それを感じ取って。
今……捉えれば。
彼女を逃がすことは、ないかもしれない。
そう、思えば。
「わたしは…あなたのそばにいても、いいの?」
「いい」
降った、問い。
答えは、一つだけで。
だからすぐに、それを口にした俺は。
彼女の手首をつかんで。
腰に、手を回して。
俺は、彼女を組み敷くことに、成功する。
かといって、これ以上は。
彼女の許しがなければ、踏み込もうなんて、思ってはいないけれど。
彼女の顔の、すぐそばに、手をついて。
今度は俺が、彼女を上から、見つめてた。
彼女はじっと、俺の瞳を見据えていて。
俺もじっと、彼女の瞳を、見つめ返す。
と。
彼女の瞳が、ふっと、柔らかく、笑った。
「起きて…たんだ?」
「ああ」
「…あれ……綺麗じゃなかったね」
疑問ではなくて、断定。
その言い方と、指す言葉。
それがわからなくて、少し眉根を寄せて、考えたけれど。
「ああ、綺麗じゃない。三原…らしくなかった」
彼女と共に、ここに帰ってきた理由を思い出せば。
それが何を指しているかなんて、すぐにわかった。
「うん。わたしがね、前に、瑞希さんに言ったんだ。色が載せられ過ぎた絵は、きっと汚い。綺麗じゃないって」
「………」
「その通りだった。ううん。それ以上だった。絵じゃない。あんなの」
「………」
泣きながらも、彼女はきちんと、そう発して。
それから、身体を横へと向けて。
彼女は瞼を閉じる。
止まることなく、涙は流れて。
淡いブルーのシーツに、落ちて。
色を少し、濃いものへと変えていた。
「色が重ねられ過ぎてるだけ。何も思い浮かばない。見られたものじゃない」
「……そうか?」
「そうだよ」
「でも俺は…好きだけどな、あれ」
それは本心で。
『絵』だと言われれば、確かに首をひねるかもしれない。
けれど。
ただ、見せられて。
感想を聞かれたなら。
『絵』だと言うことを知らされずに、いたならば。
『好きだ』と。
そう、言うと思う。
俺のそんな言葉に、彼女は一度、目を大きく見開いてから。
すぐに、閉ざした。
最後まで、閉ざすのではなくて。
わずかに、開かせて。
俺の手を――その向こうの何かを――見ていた。
「でも、隣りに綺麗な絵は並べられない。どっちかは消えるもん。どっちかの印象は、消える」
「でも、三原は並べてた」
「でも、現にわたしは、あれの隣りに何が並んでたかなんて、覚えてない!」
「俺は覚えてる」
瞼をきつく閉ざして。
背中を丸めて。
そうしながらも、手を伸ばして、枕をつかむ。
彼女が何を否定したいのかは、わからない。
わからないけれど。
俺はきっと、その否定したいものを、肯定し続けているんだろう。
目を背けたい事実を。
俺は今、彼女の目の前に、突きつけ続けている。
わからないから。
それが、何を意味するのかも、わからなくて。
それでも。
彼女にとって、マイナスではないと、信じ続けている。
「何を考えて描いたかなんてわからないけどな。でも…綺麗だった」
「……葉月くんは、特別なんだよ。超能力があるから、覚えてられるんだよ」
「そうかもな」
「そうだよ。普通の人は、覚えてない。だから、わたしは並べない」
「………」
「わたしが隣りにいたら、葉月くんが消える。今日で、よくわかった」
「並べる」
「並べない。もし並べたとしても、どうせ……いつかまた、ひとりになる」
「………」
「ひとりにされる」
俺は、『絵』じゃない。
彼女だって、違う。
そう思って、発した言葉は。
彼女によって、すぐに否定されて。
そして。
彼女の心が、吐露された。
それに、口を挟むのがいいとは思えなくて。
黙ることしか、できなくて。
そうすれば彼女は、次々と言葉を紡いでいった。
「いつだって、ひとりだった。みんな、わたしを置いていく。わかってるから、知ってるから。だからわたし、みんなには何も言わなかった。寂しいとか、怖いとか。冗談めかして、言うだけだった」
「俺はしない」
「するよ! そう言って、あの子もわたしをひとりにしたんだもん!」
あの…子?
肘でわずかに、上半身を上げて。
彼女は言い放って。
その必死さに、俺は少し、驚く。
彼女を、置いていったやつ。
考えて。
それでも、俺が知る限りでは。
一人…だけで。
「必ず戻ってくるって言ってたのに。全然、戻ってこなかった」
「…玲」
「ずっと、待ってたのに。引越すっていう日だって、ギリギリまで、教会で待ってたのに」
「………」
「あの子は、戻ってこなかった」
「悪い」
「……?」
やっぱり。
彼女が発していく事実は。
その『一人』を、肯定していくものでしかなくて。
『教会』という単語で。
それは確定に、至って。
小さく、つい、微苦笑を浮かべてしまえば。
彼女はゆっくりと、ベッドに背中を付けた。
表情は、疑問をいっぱいにしたもので。
「どうして、葉月くんが謝るの?」
「置いていかれたのは、俺の方だと思ってた」
「……?」
「帰ってきた時、あの教会には…誰もいなかったし」
「……葉月くん?」
「おまえのこと、こんな風にしたのは、俺なんだな」
綴って。
俺は彼女の髪を梳く。
いつかの時のように、涙を拭ってやって。
俺が――すぐに戻っていたなら。
彼女は『いつだってひとり』だと、思わなかったかもしれない。
出会っても。
いつかは、離れていくんだと。
そんなことを考えずに、すんだかもしれない。
そんなことを、知らずに、いられたかもしれない。
くしゃりと、彼女の顔が歪んで。
また、その蒼い瞳から、透明な雫が、落ちていく。
「悪い」
「はづ…、けーくんは、悪くない」
泣いているからか。
彼女の声は、くぐもっていて。
あの頃の。
小さな頃の声にも、似ていて。
その声で呼んでくれた、懐かしい呼び名に。
少しだけ、苦しくなった。
「わたしが悪いんだから。わたしが、勝手に思い込んで、こうなったんだから。けーくんは、悪くないよ」
「でも……」
「だって、戻ってきてくれたし。けーくんは、悪くない」
彼女が微笑んで。
その微笑みのまま、彼女は俺の顔へと、触れてくる。
戻るまでに、ずいぶんかかった。
彼女と再会するまでには、十年。
そして、戻ってきたことを告げるのには。
プラス、約八年。
確かに、長い。
もっと早く、言えればよかったのに。
タイミングは、合わなくて。
考えていれば。
彼女の手は、離れていく。
「でもやっぱり、隣りには並べない」
「玲……」
「わたしは、綺麗じゃないから。けーくんの隣りには、並べな……」
言ってほしくなくて。
あの声で。
あの呼び名で。
それを、言ってほしくはなくて。
衝動的に、顔を落として、唇を重ねた。
すぐに顔を上げれば、彼女は何も、言わなくて。
俺を、見つめているだけで。
「並べられるかどうかは、俺が決める」
瞳を見つめ返しながら、そう届けた。
彼女は何も、言わなくて。
だから。
「俺がいいって言ってるんだ。だから、いい」
なおも付け加えて、届ける。
真面目に。
真剣に。
なのに彼女は、笑い出してくれて。
それに、眉根は寄せたけれど。
嬉しそうなものだったから、何も…言えなくて。
「…勝手」
「ああ」
「わがまま」
「知ってる。おまえだって、知ってるだろ? そんなこと」
「知ってる。だから好きになった」
不意の、告白。
こんな風に言われるなんて、思ってもいなくて。
俺はかなり、驚いたのだけれど。
彼女は静かに、微笑を浮かべているだけで。
「知らなかった? ずっと…好きだったんだよ?」
「……知らない」
それは、建前の言葉で。
本当は薄々、気づいていたから。
「いや…そんな気はしてた」
と、続けた。
そんな気はしていたけれど。
確信は、持てなかったから。
それもきちんと、届けて。
彼女の笑いと言葉を、聞いていた。
「勝手で、わがままで。子供みたいなとことか、結構あって。でも…やっぱり綺麗で、目が離せなくて。そばにいたいって、ずっと思ってた。ひとりきりだと思ってる心に、それは違うんだと、教えてあげたかった。だけどわたしは、綺麗じゃないから、怖かった」
「………」
「汚いって、ずっと思ってた。だから、葉月くんの前でも、嘘を吐き始めた。そばにいちゃ、いけないって。許されるはずないって」
「…そうか」
「素直になりたいってずっと思ってたのに、色が載せられ過ぎたこの心には、わたしらしさなんて、どこにもなくて。探しても、どこにもなくて。だから…別の心、作ったの。演技は得意だったから。『僕』を作ったの。みんな…騙されてくれて。嬉しかったけど、悲しかったの。誰もわたしを見てくれなくて。わたしはどこに行けばいいんだろうって、そう……思ってた」
「そうか」
吐き出させることが、今は必要だから。
俺は小さく、短く、言葉を発して、促すだけ。
でも、もうよかった。
彼女の心。
胸のうち。
葛藤。
それを痛いほど、理解できたと思ったから。
けれど、彼女の言葉は、続いてた。
「だけど、『僕』でも、葉月くんの隣りには並べなかった。綺麗な心、作れなかったから。作っても、その偽りの心の上にも、他人の色が載っていくの。気づいた時には、人と接するのが、怖かった。でも、ひとりじゃ嫌だった。寂しくて、どうしようもなくて」
「もういい」
「それでも、君のそばにはいたかったから、友達で居続けようとした。でも、嘘をつく度、胸が痛くて……。どうすればよかったのかな? どうすれば……」
涙が溢れる瞳を、腕で押さえて。
彼女は言葉を綴っていたのだけれど。
問いを発したところで、止まった。
うそをつくのを、やめればよかった、なんて、簡単には言えなくて。
彼女の心を知ったから、言えるわけも、なくて。
俺は何も、言えなかったのだけれど。
「わたしは…きっと汚い」
その言葉に、俺は顔を上げて。
「俺は好きだ」
そう、即答した。
思ってみれば、彼女のことを好きだと言ったのは、初めてかもしれなくて。
ちゃんと目を見て、言えればよかったんだけどな。
そう、後悔もしたけれど。
「……心なんて、どこにもない」
俺の心を、想いを否定するような言葉に、俺は口を開く。
「それでも、いい」
「わたしらしさなんて、どこにもない」
「探してやる」
こんな押し問答をしたいわけではなかったから。
彼女の腕を取って。
彼女の瞳を、覗き込んだ。
涙で濡れている表情で、彼女は俺を、きちんと見てくれて。
それが嬉しくて、微笑めば。
彼女の腕が、首に回って。
ぎゅっと、縋り付いてきて。
抱き締め返せば。
彼女はまた、泣き出してしまった。
それでも、何だか…嬉しくて。
捉えられたことが、嬉しくて。
彼女が泣き止むまで、俺はそのまま、待ち続けようとさえ、思ってた。

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