彼女に教えられたことは
たくさんあるけれどそのすべてを覚えている自信が
俺にはあって
でも
覚えているのはきっと 俺だけだから
彼女もきっと
覚えていないだろうから
あたりもはずれも
俺自身にしか――わからない
Truth 〜 transition
〜
引きずるように、彼女を連れ出して。
外に出てから、ベンチへと彼女を座らせる。
彼女は何も言わなくて。
そんな彼女に、コートを着せて。
それから。
彼女を横抱きに、抱き上げた。
それにも、彼女は何も言わなくて。
きっと――必死に、何かを否定しているのかもしれない。
周りのことが、耳に入らないほど。
感じられない、ほど。
考えながら、歩き出す。
彼女の家へ。
俺の家でもよかったけれど、荷物とか、そっちだったから。
胸元。
ぎゅっと引っ張られて、視線を落とせば。
彼女の手が、俺のコートを、掴んでいて。
それと同じぐらい、自分の胸元あたりを、彼女は掴んでいた。
それから視線を上げて、俺は早めに、歩みを進める。
周りから注がれる、誰かの視線から、彼女を解放してやりたかった。
辿り着いて、彼女を抱き上げたまま、彼女のバッグから、部屋の鍵を取り出して。
開けて。
中へと入れば。
奥の部屋から伺っていた姫が、にゃーと声を上げた。
そばへとやってきて。
歩き出した俺の隣りで、鳴き続けていて。
――彼女を呼んでいることは、俺にもわかったのに。
彼女は変わらずに、黙ったまま。
「悪い」
「…にゃー」
「明日には……な」
彼女の部屋の前。
立ち止まれば、姫は棚の上へと、飛び乗ってくる。
ただただ、鳴き声はなくて。
心配そうに、俺の腕の中にいる彼女を、見続けて。
そんな姫の頭を撫でて、中へと入る。
追いかけてくることは、なくて。
開け放したままの扉の前で、こちらを伺い見ているだけで。
その視線を感じながら、俺は彼女を、ベッドの上に降ろした。
まだ掴んでいる手を、小さく二度、叩けば。
彼女の手は、するりと、力を失って。
ベッドの上へと、落ちていく。
頭を撫でれば、彼女の表情は、穏やかなものへと変わって。
もうすでに、眠っていたのかもしれないけれど。
規則的な呼吸を、俺の耳へと、届けてくれた。
ほっと、安堵の息を吐き出せば。
姫が小さく、声を上げた。
「どうした?」
振り返れば、姫はその場を、うろうろし出して。
立ち上がって、部屋を出れば。
姫は代わりにとでも言うように、彼女の部屋へと入っていく。
それに小さく笑みを零して。
俺は壁の時計を見上げた。
短針は、数字の3のあたりを指していて。
それに俺は、息を吐き出した。
この家を出たのが、1時過ぎ。
あそこにいたのは、ほんの数分だから。
この時間なのは、仕方がないのかもしれない。
考えて、俺は部屋の中へと踵を返す。
ベッドの上で眠る、彼女のそばで、姫は丸くなっていて。
じっと、彼女の顔を見つめていて。
そばへと寄れば。
姫と同じくらい、彼女も身体を丸めていて。
俺はそれに、ベッドの脇へと座り込んで。
彼女へと、手を伸ばした。
にゃーと声を上げる、姫にも、めげずに。
「いつも…こうやって寝てるのか?」
前髪をかき上げて。
誰にともなく問えば。
姫は、口を閉ざして。
今度は俺の顔を、見上げてきて。
「………」
彼女の表情を見れば、軽く眉根を寄せていて。
けれど、頭を撫でてれば、そのしわは、取れた。
ベッドの上に、ただただ落ちている手を握れば。
それは、強く握られて。
彼女の方へと、引き寄せられて。
俺の手は、彼女の胸に、押し当てられる。
抱き締めたい衝動に駆られれば。
姫がにゃーと、鳴いて。
ベッドから降りた。
真っ直ぐに部屋を出ていく姿に、俺は一度だけ、彼女の頬に唇を落としてから、手を離す。
簡単に放してもらえたその手で。
もう一度だけ、彼女の頭に触れて。
立ち上がる。
離れがたかったけれど。
扉のそばで、俺のことを待っているらしい姫の方へと、歩き出した。
近づいていけば。
姫は月宮の部屋のそばへと歩きはじめて。
その扉の前で、座り込む。
扉の前に立てば。
姫は一つ、声を上げた。
開けろ、ということらしいけれど。
開けていいのかどうか、少しだけ、考える。
それでも、姫の声は、それを振り払うかのように、耳に届けられて。
俺は目の前のノブを、カチャリと、下げた。
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