| 明日が必ず来ること それを 彼女は
当然のことのように
俺に教えてくれた
陽は 沈んでも
必ず またいつか
昇ることも
それは 心の中でも同様なんだと
ポケットの手を突っ込んだ姿で
笑っていた
Truth 〜 abandanment
〜
彼女の視線を追って、奥を見れば。
そこには、須藤と、もう一人。
高校の、同級生の姿があって。
「やぁ、久しぶりだね、玲くん」
須藤と話していたそいつは、軽く手を上げて、彼女に声をかけた。
俺には、ちらりと笑みを向けただけ。
「久しぶり。今回もすごいね、人ばっかりで」
「それはそうよ。色サマの個展なんだから」
「そうだね」
言って、彼女はくすくすと笑う。
それに、須藤はもう一度、「そうよ」なんて、胸を張って放って。
そんな須藤を、三原は見ていた。
静かに。
微笑を、湛えて。
「三原くん、いい表情してる」
それを、彼女はそう、表した。
確かに、見たことのない表情だったから。
そう言うのも、仕方のないことかもしれなくて。
けれど、言われた本人は。
驚いたように、目を見開いて。
さっきとはべつの笑みを、彼女に向けていた。
瞬間。
「あ、そうだわ」
人々の話し声に、埋もれそうな音で、須藤は手を叩いて。
俺達三人の瞳を、集中させた。
ただ、俺のはいらなかったんだと気づいたのは、そのあとの須藤の言葉で。
「どうしたの?」
「あなたに見せたい絵があるのよ。色サマ、よろしいですか?」
「あの絵だね。かまわないよ」
三原は微笑んで。
同じように、須藤も笑う。
彼女は一人で、首を傾げて。
俺は眉根を寄せるだけ。
何かがあるのは確かで。
何となく。
これが、彼女の言っていたことなのかもしれないとも、思えて。
だから、須藤が彼女の手を取った時。
そのまま、少しだけ、駆け出すように、歩きはじめた時。
俺には、何も、できなくて。
言えなくて。
奥の展示場へと進んでいく二人の背中を見ていることしか、できなくて。
けれど。
「君は…彼女の本当の声が、聞けているかい?」
そう、問いが降った。
「?」
「僕はね。僕には、彼女の方が、近いと思っていた。彼女が、僕にはミューズのように見えることさえ、あったよ」
言葉に、視線を鋭くする。
その言葉が、意味するのは――。
そう考えなくても、わかったから。
三原の言う『彼女』は。
須藤ではなくて。
「彼女といると、囁きがはっきりと聞こえた。ミューズは僕を呼ぶことはなくて。ただただ、話しかけて。それを彼女に言ったとしても、彼女はその意味を必死に考えて、僕とは違う見解で、答えをくれた。眉根を寄せたとしても、それは、言葉の意味を考えるためのものだったから。嫌だとは、思わなかった」
「………」
「ミズキは、僕の言葉を、否定することはなかったんだ。それが、何だか悲しかった」
紡いで、三原は、消えた二人の背中を見通しているかのように、奥へと視線を投げて。
それから、小さく微笑を零した。
「彼女に会ったあとは、光が見えた。だから、彼女は僕のミューズだと思った。けれど、彼女の声を聞くことはできなかった」
「………」
「彼女の考え方は、僕とは違う。本当は、ミズキに惹かれていたのだと、教えてくれたのも、彼女だからね」
「彼女の代わり…ってわけじゃないのか?」
「二人は違う。まったく違う存在だよ?
代わりになんか、なるわけがない」
「………」
「同じように、ミューズと彼女は違う。僕のミューズは、呼ぶことはするけれど。僕のすることに、微笑んではくれるけれど。眉根を寄せたりは、しないからね」
苦笑を零して、三原はまた、視線を投げた。
でもすぐに、俺へと瞳を戻して。
「けれど、これだけはわかるよ」
珍しく。
その表情には、笑みがなくて。
「彼女は今、闇の中にいる。自分から、闇の中を、進んでいる」
「……」
「光を否定し続けて。海の底へと、歩を進めているよ」
「………」
わかりたいけれど、わからなくて。
いや――。
わからないのではなくて、わかろうとしていないだけ。
ただ、それだけ。
「僕は、そのことと向き合ってほしかった。ミズキが聞いた、彼女の声。それをただ、形にしただけ」
「…それは……」
「ミューズも微笑んでくれた。彼女はきっと、否定するだろうけどね」
そこで笑って。
二人を追おうか、なんて、聞いてくる。
俺にもわかりやすく、言ってくれているのは確かで。
けれど俺は、それを理解したくないらしくて。
わからない、ままで。
けれど。
「!」
たくさんの人の、話し声の向こうから聞こえた、その声に。
俺は歩き出そうとしていたその足を、駆けるものへと変えた。
大きな絵に挟まれた、絵の前。
そこに、人々の視線は集中していて。
俺はその人垣を分けて、その中心へと、足を踏み入れる。
そこに誰がいるかは、わかっていたから。
そうして、踏み入れたそこに。
彼女は蹲っていた。
須藤はそんな彼女を、静かに見つめていて。
けれど俺がそばに来たことで、視線を絵へと、向ける。
彼女の背中に触れて。
落ち着かせようと、試みて。
けれど。
むだだった。
彼女は何かと、戦っていて。
泣いて…いて。
「色が載せられてるだけ。そうとしか思えない。綺麗じゃない、絵じゃない。汚い……!」
そう、震えた声で、発する。
絨毯の上に置かれた手は、ぎゅっと、握られていて。
顔を覗き込んでも、彼女の瞳は、きつく、閉ざされていて。
もう一つの手も、きつく、胸に押し当てられていた。
俺の声は、届かない。
そう、思ったけれど。
俺は、彼女から離れようとは思わなかった。
そんな彼女を、一瞥して。
須藤は軽く、息を吐く。
「そうね。でも、とてもおもしろいと言った人もいたわ」
「………」
「まだ、描いている途中にも見えるし、これで完成のようにも見える。とてもおもしろい。そういう人も……いたわ」
すぐに、彼女の首が振られて。
それに、わずかに眉根を寄せた。
ゆっくりと、須藤が見ているものを、見上げれば。
そこには、一枚の絵があった。
いや。
『絵』と呼んでいいものかすら、わからない。
そんな、ものが。
たくさんの絵の具が重ねられて。
油絵の具なんだろう、立体に、なってしまっていて。
絵の具で描かれたんじゃなく。
創られた、何か。
それが、そこにはあった。
須藤はそれに、魅入られているかのように、視線を動かすことはなくて。
「ミズキもそう思うわ。それに…とても素敵」
「……そんなわけない」
「あのね、玲さん。価値観なんて、人それぞれよ?
何を綺麗と思うか、汚いと思うかなんて、みんな違うわ」
「綺麗だと思うものは、みんな一緒だよ」
「そうかしら」
「そうだよ! だって! だって……」
わずかに顔を上げて、彼女は叫んで。
けれど、須藤の向こうにあったものに、思い切り、顔を背けた。
そんなに…否定するようなものか?
考えて、もう一度、それを見る。
確かに、周りの絵とは、全然違う。
周りのものは、きちんと、『絵』と呼べるもの。
そう、わかるもの。
けれど、これは。
『絵』なんだろうか、と。
考えは…するけれど。
そういうものを取っ払ってしまえば、いいと思う。
須藤の言う通り、おもしろいと思うし。
個人的に言えば。
好きだと、そう思う。
三原の感覚には、ついていけない面が、多いけれど。
だから、見ても、眉根を寄せることばかりだったけれど。
これだけは。
好きだと。
そう…思った。
一つ、息を吐く。
彼女を見れば、泣き続けていて。
涙を拭うこともせず、そこにいて。
俺は小さく、頭を撫でてみる。
それでもやっぱり、現状は変わらなくて。
「須藤」
「何よ? 葉月くん」
「こいつ…連れて帰る」
「そうね、それがいいわ。ギャリソン!」
「いい。歩いていく」
彼女を抱えて、立ち上がる。
小さくて。
抗うかとも思ったのだけれど、彼女は俺の手に、従ってくれて。
簡単に、立ってくれた。
振り返れば、人垣の前に、三原がいて。
その人垣を、二つに分けて。
道を、作ってくれた。
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