目の前のことから
逃げ出すことそれは べつに悪いことじゃない
けど
逃げ出せば
それはきっと
あとで また 目の前に現れるだろうから
つらくても 何でも
その時に乗り越えておいた方がいい
たぶん
――きっと
Truth 〜 smattering
〜
彼女が足を止めて。
俺はそれから、少しだけ遅れて、足を止めた。
ここ…か。
確認しなくても、この建物の中が、それだということは。
ガラス張りの部屋の中に押し込まれている人達を見れば、わかること。
それに眉根を寄せれば、彼女が視線を向けてくるのが、視界の端に見えた。
顔を向ければ。
「平気?」
なんて、問い。
人込みが苦手だということを、彼女はよく、知っているから、聞いてくれるんだろう。
確かに、この、目の前のものの中に、自分から入っていこうという気は、起こらない。
…けれど。
そう、素直に届けるわけにも、いかないから。
「…たぶん」
曖昧に、そう答えれば。
彼女は微苦笑を浮かべて、口を開く。
「気分悪くなったら言ってね? すぐ出るから」
「出られるのか?」
「大丈夫だよ。話せばわかる人だから、二人とも」
「……そうか」
「それとも、隅で待ってる? 外は寒いから……」
「一人で平気か?」
「……多分」
「一緒に行く」
彼女が、ひとりを嫌うことを、俺は知っているから。
それを思い出して、聞いたことに。
彼女の微苦笑は、きちんとした、苦笑に変わってしまって。
そんな表情から出された答えに、俺はため息交じりの言葉を紡いだ。
顔を上げれば、彼女の苦笑は、さっきとはべつのものに変わっていて。
苦笑だけれど、違う色を、浮かべていて。
それでもそれは、すぐに歩きはじめたことで、消えてしまっていた。
中へと入って。
人込みを少し、掻き分けるようにして、そばの受付まで歩いていく。
前に気を付けながら、彼女は、肩から提げていたバッグから、はがきを取り出していて。
気を付けていたはずなのに、人にぶつかりそうになっていたから、腕を引っ張ることで、防止してみたりしてた。
その度に、彼女は「ありがとう」と、短く言葉を発してくれていた。
ようやくと言った形で、受付まで辿り着いて。
彼女は、言われるがままに、はがきを差し出して。
その隣りの人に言われて、俺はペンを手にした。
名前…二人分、書いておくか。
考えながら、彼女のものを、先に書いて。
彼女に聞いて、住所も書く。
そうしていれば。
「玲さん!」
と、彼女のことを呼ぶ声が響いた。
たくさんの人。
そいつらが紡ぐ言葉に混じって、だけれど。
誰だ?
なんて思いつつ、書き終えて、ペンを置けば。
「瑞希さん!」
と、彼女がその答えをくれた。
見れば、そこには、高校の同級生の姿があって。
彼女は嬉しそうに、笑っていた。
「久しぶり! 元気そうでよかったよ」
「あら、それはミズキのセリフよ? 全然、連絡くれないんですもの」
「ごめん」
手を合わせて、彼女は謝って。
それにふっと、失笑を零せば。
須藤の瞳は、俺に向けられる。
高校の時と、あまり変わらないような気もするけれど。
それでも、髪は伸びた。
それに、少しだけれど。
言葉に刺が感じられなくなった…かもしれない。
前は、自分中心の言葉が多かったから。
自分の気持ちでさえ、裏を読まないとわからないような、そんな風に、言っていた。
けれど今は。
自分の気持ちを、少しだけ曲げて、届けている。
「葉月くんも一緒だったのね」
「ああ」
「いいわ。色サマは小さなこと、気になさらないもの」
その言葉も。
三原が気にしないから、自分もいい。
そう、聞こえるけれど。
けれどきっと。
自分はいいし、三原もきっと、大丈夫だと。
そういう、意味。
だからこそ、自分の意志を先に綴ったんだろう。
それにしても。
どうして彼女のことを、名前で、呼んでるんだ?
聞けない問いは、案の定。
「ここで待っていてくれる?」
人の少ない、展示場へと続く廊下で、須藤が離れていったから、消さざるを得なくなった。
その背中を見ていれば、彼女はコートを袖から外して。
短く、息を吐いていた。
それに倣って、上着を脱いで。
俺は背中を、壁に預ける。
「須藤…」
「ん?」
「少し、丸くなった…」
「うん。でも、前からああだったよ、瑞希さん」
「そうなのか?」
「うん…。でもね、素直になれなかっただけなんだ。自分の立場を一番に考えちゃうから。自分がやるよりも、もっと相応しい人がいるのなら……って、いうところがあった。だからね、僕、言っちゃったんだ。三原くんに対しても、それでいいのかって」
「……そうか」
久しぶりに会っての感想を紡げば。
彼女はそう、自分の見解を、俺に教えてくれた。
他人のことを、よく見ていると思う。
彼女は。
俺以上に、短い時間で、その人なりのことを、掴んでしまう。
だからきっと。
三原や須藤とも、仲良くやっていけているんだろうけれど。
「頑張ったんだと思う。高校の時から、あの二人、仲はよかったけどね。女性として意識してもらうには…結構」
たぶん……だけれど。
それがあったから、須藤は彼女のことを、名前で呼ぶことにしたんだろう。
そんなことを、考えて。
その…あとで。
「聞いていいか?」
言葉を発すれば、彼女は俺に、首を傾げて見せて。
「月宮が結婚したら…、おまえ、どうするんだ?」
ひとりを嫌う、彼女だから。
だから。
聞いて、みたのだけれど。
「どうするって…一人で住むよ?」
当然のように、彼女はそう、紡ぐ。
「戻らないのか?」
「戻る気、ない」
「………」
「姫もいるし。大丈夫」
それか。
右手をひらひらと振る彼女を見ながら、思う。
姫がいるから、ひとりじゃない。
彼女の考えは、きっと、こう。
「大丈夫」
笑みで綴って、彼女は俺から、顔を背けた。
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