上っていくという
ただ それだけのことなのに
上が見えなくて
終わりが 見えなくて
重くなる足に
無理なんじゃないかと
自信はどんどん なくなっていく
Truth 〜 clue 〜
月宮が出かけてから、彼女は急に、動きを遅くした。
自分の用意を、のろのろとし続けて。
それから、今は。
自分の部屋の前。
そこに置かれた棚に向かって、一枚のはがきを見続けていた。
たぶん、話しかければ、答えてはくれる。
行くのか? と聞けば、きっと、生返事。
行こうとは思ってるんだけど。
それで……言葉は止まる。
理由は、昨日、彼女自身が言っていたから、わかっている。
なら。
俺が発する言葉と行動は。
一つ――だけ。
「……行ってやろうか? 一緒に」
「へ?」
発すれば、彼女は俺を振り返って。
聞いていなかったかのように、俺の顔を見続けて。
だから。
隣りへと、歩を進める。
「行ってやる、一緒に」
「……これ?」
「それ」
隣りで、もう一度言えば。
彼女は少しだけ、はがきを持ち上げて、問いを返してきたから。
同じように、短い言葉で、答えた。
それから、彼女はまた、はがきを見て。
視線を、落として。
「………」
「? 玲?」
「…うん。お願い、しようかな」
ようやく、そうぽつりと、言葉を落としてくれた。
俺が今日一日、暇なことは、伝えたから、知っていると思うし。
だから、遠慮することはないということも、知っているとは思う。
それでも。
誰かの申し出を受けることが。
彼女には。
これだけ、考えてしまうことなのかもしれない。
俺には、遠慮なんて、しなくていいのに。
そう、高校の時に、届けたのに。
「洗濯終わったら、行こっか?」
……微苦笑。
まだ、どこかで、怖がっているのかもしれなくて。
それでも俺は、肯定の言葉を届けた。
均衡を崩したのは、彼女の方が、先だった。
「俺みたいな、彼氏がほしい」と言った、彼女の。
その言葉さえなければ。
俺は、自分の気持ちにさえ、気づかなかったのに。
彼女が、俺から離れていくこと。
それに気づいたとしても、仕方がないと、思えたはずだったのに。
なのに。
彼女が、『俺』を選んでくれないということに、不安を覚えてしまったから。
いなくなることが、怖いと感じられた。
不安で、どうしようもなくなった。
いなくなったら、俺はまた、ひとりになる。
そう、考えてしまったから。
怖くて、不安で、どうしようもなくて。
俺のことを、友達じゃなくて。
一人の男として、見てほしくて。
「………」
アパートを出てから、何も言葉を発さずに、黙々と歩いている彼女の顔を、ちらりと見る。
転ぶような、やつじゃない。
けれど、滑りそうにはなっていたのを、思い出した。
……でも。
視線は、足元に向けられてはいるけれど、そこを見てはいなくて。
何か、べつのことを考えていることは、明らかで。
「玲」
転ぶ前にと、そう、声をかけた。
けれど。
彼女は、気づいていないらしくて、まだ、黙ったままで。
「玲?」
「ん? 何?」
歩みを止めて。
彼女の歩みでさえ、止めるように、顔を覗き込むようにして、呼べば。
彼女は、にこっと、笑みを浮かべて、応えをくれた。
けれど、その笑みは、どこか、淋しそうで。
俺は少し、眉根を寄せる。
「呼んでも、返事がなかった」
「…ごめん。ちょっと、考え事してた」
「考え事?」
言ってから、彼女はまた、足を踏み出しはじめた。
少しだけ、大きく。
大股で、雪の上を歩いていく。
頬は、寒さで。
痛々しいと思えるぐらいに、赤くて。
それでも彼女は、笑いながら、白の上を、歩いていく。
置いていかれないように、俺も、その隣りで、歩を進めて。
「僕、葉月くんにも甘えてるなーって」
「べつにいい」
「ふふ。そう言うと思ってた」
かまわなかったし。
逆に、嬉しかったから。
俺はそう、答えたのだけれど。
やっぱり、彼女の笑みは、どこか、淋しげで。
触れることを許さないような、そんな感覚を、受けてた。
けど。
彼女は空を見上げて。
真っ白い、息を吐き出して。
それから発された言葉は。
「寒い」
という、彼女らしいと、俺が思う、もの。
それに俺は、小さく笑ってた。
「…そればっかりだな」
「だって寒い」
「そうか」
「…寒い」
「………」
「さーむーいー!」
「煩い」
そう言われ続けて。
どうすればいいのか、考えたら。
俺が持っているものを貸したとしても、彼女は断るだろうから。
だったら。
彼女を黙らせることと、俺がしたいこと。
それを、考えて。
腕を伸ばして、彼女の肩を、抱き寄せた。
そうすれば、彼女がいかに小さいかが、よくわかって。
俺の腕の中に、閉じ込めることが可能なほどの、大きさで。
このまま、抱き締めてしまいたくて、仕方がなくて。
俺は足を止めて、もう片方の腕も、回そうかと、考えたのだけれど。
「は、葉月くん!?」
「何だ?」
「別に、こうして欲しかったわけじゃないんだけど」
「煩い」
「煩くない! 君、結構、自分勝手」
そう、強く言われて。
それから同時に、彼女は俺の腕の中から、抜け出して。
少しだけ早足で、歩いていく。
駆けるような、そんな速さで。
それを追いかけはじめれば、彼女の歩く速度は、ぐんと、落ちて。
見れば、彼女は胸の辺りを、ぎゅっと、掴んでいて。
「玲? どうした?」
もう一度覗き込めば、彼女は自分から、歩みを止めた。
俺を見て。
驚いたように、大きく、目を見開いて、見て。
それから。
「何でもない」
どこか、震える声で。
彼女はそう、俺に向かって、言葉を発して。
また、歩き出す。
何でもない、はずはないのに。
そう、思ってはいても。
俺には、彼女のあとをついていくことしか、許されてはいなかった。
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