俺には 彼女が必要で
彼女にも 俺が必要

それがわかっているのなら
それでいいじゃないか

なんて
簡単に……思ってた

彼女の
本当の想いさえ
知ろうとはせずに




Truth 〜 vessel 〜





閉めているように見せてはいても。
閉めてはいないから。
その扉に寄りかかることは、できなくて。
俺は、扉のそばの壁に寄りかかる。
扉を視界に収めて。
じっと、耳を澄ませて。
そうしていれば、玄関の扉は開いて。
彼女は家の中に入ってくる。
ほとんど同時に、コトッと置かれたのは。
たぶんさっきのもの。
「カフェオレ。飲むでしょ?」
「ありがとう」
ああ。カフェオレになったのか。
ぼんやりと思いながら、天井に目を向けた。
月宮は、俺に何を聞かせたいんだろう?
彼女から、月宮に語られるものは。
決して俺には。
語られないものかもしれない。
月宮と俺は、違うから。
「寒いって言ってたのに」
「明日、出掛けるからさ。慣れとこうかなーって」
「はいはい」
彼女のその言葉が、どこまで本気かなんて、わからないけれど。
たぶん月宮も。
俺と同じで。
その理由を、信じてはいないだろう。
彼女が言った理由は。
あとから付け加えられたもの。
そう思っているはず。
彼女の行動は、いつだって突飛だから。
きっと、本当の理由は、ほかの場所に置いてきたんだろう。
「出てった時に、火、掛けといたんだ。牛乳」
彼女が聞いたのか。
月宮はそう、声を発した。
聞いたような声は、耳には届かなかったのだけれど。
もしかしたら。
首を傾げたのかもしれない。
小さな疑問は。
彼女は口に出すことはしないから。
「……起こした?」
「起きてた」
「そっか」
ゆっくりと、会話は紡がれて。
流れて。
途切れる。
俺との時も、そうだったけれど。
彼女のペースで。
俺のペースで。
会話は、流れていたけれど。
今は早くと。
そう思ってしまっている。
何を聞かせたいのかはわからない。
何の事実が突き付けられるのかは、わからない。
わからないけれど。
知りたいから。
「さっき――彼は綺麗だって言ったじゃない?」
月宮のペース。
それで会話は、再開されて。
「うん。言ったよ? 本人にもね、何度も言ってる」
「…よく呆れられないね」
「半分、呆れてるんじゃないかな? すぐに流されるし」
「そか」
「うん」
言ったあと。
ふぅーっと、音が届いた。
彼女だと気づいたのは、すぐ。
熱いものは、飲めないから。
それに、必死なのがわかったから。
会話は終わってはいない。
月宮はただ、それを待っているだけ。
彼女がそれをし終えるのを、待っているだけ。
「で…自分は汚いって、言ったじゃない?」
「うん。彼に比べたら、ずっとずっと……汚い」
「すべてが対になってるって言うんだったら、彼と対なのは、玲?」
「…だと思う」
「じゃぁ……」
「あのね」
月宮の言葉を遮って。
俺の心を代弁してくれたような。
そんな月宮の言葉を遮ったのに。
彼女は何も言わないまま。
扉の向こうを覗き見たい気持ちはあったけれど。
それはできないから。
背中を少し、壁から離した。
それとほぼ同時に。
「太陽と月って…隣りにはないでしょ?」
そんな言葉が、少し控えめに、響いてくる。
空気を伝って。
届けられる。
「ないね」
「そういうことだよ」
「…どういうことだよ?」
返されて。
彼女は少し、笑ったようで。
でも俺は、何となくわかってた。
「光と闇って、同じ時間に同じ量で、存在はしてないでしょ?」
「してる時もあるよ?」
「全部で考えるの! 光が届かないところに影が出来る。その時は…光のが多い」
「……うん」
「暗闇の中に光を当てると、そこだけ切り抜かれたようになる。その時は…闇のが多い」
「…うん」
「同じ量では、存在できない」
「………」
「だからね、わたしと彼が、同等の立場でいると、どちらかが壊れるんだよ。彼がわたしを飲み込むか、それとも――逆か」
やっぱりな。
考えて、また背中を、壁へと付ける。
まったく逆の性質を持つから。
反発も強い。
磁石のSとNみたいに。
簡単に――くっつけるものでもない。
太陽の印象は、『熱い』とか、『昼』とかだけれど。
月の印象は。
『冷たい』とか。
『夜』。
その二つがすぐ隣りにあったら。
普通は、おかしいと思う。
だから、昼間の月は、白くなって。
太陽に取り込まれているような気さえ、起こさせる。
そういう風に…俺のことも、考えているんだろう。
彼女は。
「――彼が、わたしの心を包むなら、別にいい。でも…逆は嫌なんだ。彼の心を汚してしまうことが、嫌」
「それか」
「うん。だから…言えないの」
太陽に喩えられるのは、彼女の方。
それを彼女自身、わかっている。
だとしたら。
俺は月で。
月を立てるなら、太陽は姿を消さなくてはならなくて。
彼女は、そばにいては、いけなくて。
「わたしでいようとすると、怖いんだ。彼が変わってしまいそうで。何より、わたしが変えてしまいそうで。彼の綺麗な心に、わたしの色が載ってしまうことが嫌なんだ」
「色…? あの……」
「そう、前に書いた。『絵』の話」
心に淀みはじめたのは、重いもので。
それを払うように、俺は息を吐き出す。
「たくさんの色を重ねられた絵は、たった一つの色で描かれた絵を見て、思う。綺麗だなって」
「………」
「わたしには、たくさんの色が重ねられ過ぎて、見たくもないのに…。彼は、彼の色しか持っていなくて」
「それはない。彼は独りじゃない。そう思ってるのは、本人だけだよ?」
「知ってる。でも、その所為で…彼の心には、色が少ないんだよ。色が重なることもない」
「……そうだね」
「わたしは、色を重ね過ぎた。いろんな人を、求め過ぎた」
「仕方ないよ、それは」
「そうかもしれないけど…その所為で、わたしの心はめちゃめちゃなんだよ」
彼女が言いたいのは。
俺と彼女が。
どれだけ、逆の生き物であるか。
どれだけ、逆の生き方をしてきたのか。
それ、なんだろう。
他人にこびることを嫌う俺と。
他人の中に、必死になって、入っていこうとする、彼女。
まったくの逆。
それは、知っていた。
知っていたけれど。
だからこそ俺は。
彼女にそばに、いてほしかった。
彼女のことは、知っていた。
けれどそれが、つもりでしかなかったのだと。
俺は今、知らされていて。
「使い物にならないから、もう一つ、心を作らなくちゃいけなかった。本物だと、自分が辛いから、すぐ壊せるように……って、すごくよく似せた、偽物を」
彼女はどんな思いでいたんだろう?
考えると、止まらなくて。
俺のそばにいることは。
彼女には、救いになっていたのだろうか?
それとも、苦痛だったのだろうか?
二つは逆だけれど。
やっぱり、表と裏のように。
隣り合わせのようなものだと思う。
本人の、取り方次第。
「麻衣みたいに生きられれば、もうちょっと…強くなれたかもしれないのにね」
「かもね。玲のは…少し辛過ぎる」
それで、会話は終わって。
俺は何も、できないままで。
そばにいていいのか、わからないままで。
それでも。
俺の願いは、変わらなくて。
静寂の中。
俺は天井を見上げたまま。
ふっと、瞼を閉じた。

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