彼女の問いに
いつだって 答えられる

そんな自信が
今の俺には ないから

自信を持つために 必要なことを
必要なものを

俺は――
手に したい




Truth 〜 shady 〜





眠っていたのかもしれない。
もしくは、あまりに色々なことを考え続けていたから。
キーボードを打つ音が止んだことに、俺は気づかなくて。
扉一枚隔てた、向こうの部屋の。
灯かりが消えたことにも…気づかなくて。
それらに気づいたのは。
バタンと。
控えめに……音を発して。
扉が閉められた時。
はっとして。
顔を上げてから。
そろそろと、その扉を開けた。
と同時に、隣りの扉が開いた音がして。
「やっぱり…」
なんて声が響いた。
灯かりが点けられて。
月宮は部屋を出て、真っ直ぐにキッチンへと向かっていく。
俺に、一瞥を投げたけど。
特に、何も言わなくて。
俺自身も、何かを期待していたわけではないから。
扉を開けきって、壁に、背を預けて。
月宮の背を眺めていた。
「外に行きましたよ。あいつなら」
「…ああ」
「コンビニとか、そういうんじゃなくて。駐車場でボーッと、空眺めてると思います。多分ですけど」
「………」
「そういう奴ですから、あいつは」
確かに、そういうやつだけれど。
けれど。
窓を開けて、外を見るわけにもいかないから。
俺は黙って、俯いた。
月宮は、そんな俺に気づかないのか。
鍋に牛乳を入れて。
火にかける。
直後。
「これ、見ててもらっていいですか?」
そう言って、踵を返して。
扉を開けたまま。
月宮は部屋へと、戻っていった。
小さく息を吐いて、立ち上がれば。
「太陽は星たちにそう言いました」
そう言った月宮の声が、はっきりと聞こえた。
振り返れば、月宮は窓のそば。
ベッドの上に、座っていて。
外に、顔を向けていた。
彼女がいるんだろう、そこへ。
鍋に一度、瞳を向けて。
まだ、大丈夫なことを確認してから。
俺はゆっくりと、月宮の部屋の、出入り口のそばへと、歩いていく。
「麻衣…」
小さく、そんな声が聞こえて。
月宮が「続き」と短く返したから。
俺は部屋に、一歩だけ入ったその場所で。
ただただ、耳を澄ませていた。
何のフレーズ、だっただろう?
考えていれば。
小さく、風が吹き込んできて。
外がいかに寒いかを、教えてくれた。
「月のように大きいならいいが、おまえたちは小さいからねぇ。わたしは心配だよ。だからおまえたちには、わたしが作る光は届けないよ。人間たちがもう少し、おまえたちに気を使ってくれれば、わたしもこんなことをすることはないんだがねぇ……」
言い終えた彼女に、間髪入れずに笑いを零したのは月宮で。
俺は彼女が言ったフレーズのある、短い小説を思い出していた。
『偽りの光』
確かそんなタイトル。
太陽が主人公。
たくさんの星たちに。
子供たちに。
柔らかな言葉で、心配することを届けた、太陽。
そう思えば、彼女の上に広がる空は、どんなものなのか、わかった気がして。
俺も小さく、笑った。
「まーいー?」
「ごめんごめん」
「説得力ないなぁ……」
「まぁまぁ。でも…さすがに上手だね、玲は」
「誉めても何も出ないよ。それに…仕方ないじゃない。十年以上もやってることなんだから」
「演技?」
「そ。本当の心に蓋をして、嘘の心を作り上げて。嬉しさとか、楽しさとか。そういう正の心をそこで作るの。負の心は、感じないようにする」
続いたセリフ達に、笑いを押し込めたのは、仕方がなくて。
気づいていたはず。
わかっていたはず。
けれど。
『十年以上』というそれに、俺は眉根を寄せることしか、できなくて。
「本当の心は無視するの。そっちは動かさない。動いたら…本当のわたしが顔を出しちゃうから」
「いけないの?」
「いけないの。本音で接した人ほど、離れていくから」
「今まで、そうだった?」
「小学校の時は、そうだった。だから、中学入って、ちょっと変えた」
「…前にも聞いたね、それ」
「うん、言ったね、麻衣には」
彼女の明るい声とは反対に。
言葉は、とても重いもので。
俺は彼女の心を理解しようと、必死になる。
けれど。
それでさえ。
俺にはわかっていた。
彼女にとっては。
月宮にこの話をするということが。
それほど、苦ではない。
だから、こんなに明るい声で。
淡々と、話せているのかもしれなくて。
「で、麻衣に会って…わたしはほんの少しだけど、救われた」
その言葉に。
俺の考えは正しいのだと。
肯定された気がして。
俺は扉のそばに、背を預ける。
「よかった。少しでも、救いにはなってたか」
「うん。少なくとも、麻衣の前では、演技は減った。本音で接しても、麻衣はそばにいてくれたから。でも…引っ越すことになって、また変えた」
「私がいなくなるから?」
「そう。結局は…無理なんだって思ったから、完璧にしなくちゃって。本格的に…蓋をした」
「玲……」
「そうしたら、彼に会った。葉月くん」
俺?
ますます眉根を寄せて。
俺は耳を澄ませる。
彼女は笑ったようで。
それから、歩いたのか、何のか。
雪を踏む音が、わずかにした。
「世界には、光と闇が存在している」
「『月』か……。えーと、何だっけ?」
「光あるところに影が出来、それが集まり、闇と呼ばれるようになる」
「そうそう。で、えーと…月は闇の支配下に置かれ、彼は……母である、太陽を拒んでいた」
「あの女は、自分のことしか考えてはいない! 星たちに自分の作った光を与えずに、言い訳になるようにと、僕にばかり与えている! 星たちは僕の、妹や弟だというのに! 皆を悲しませ続けている!」
「声を張り上げ、彼は力を振り絞る。太陽から与えられた光を反射し、星たちに届けようと身体を大きくしていった」
「身体のすべてで光を受け、月は少しずつ、その光を星たちに分け与えていった」
「自分の身を、削ることになろうとも」
「自分が与えられた光をすべて、星たちに分け与えても…すべての星に届けることは無理だということを知るまで」
月。
『偽りのない光』
その小説が意味することを考えて。
けれど、深い部分まではわからなくて。
視線を、窓の外に注ぎ続ければ。
「――彼に会って、わたしの考えは正しいんだって思った!」
そう声が響いた。
月宮は静かに、そこにいて。
彼女の言葉を、静かに聞いていて。
「世界に存在しているものは、すべて対なんだって。対になってるんだって。光と闇、太陽と月、草と花。そうやって」
ああ、それがそうなのか。
ぼんやりと思う。
彼女が考えそうなこと。
そう――思っていれば。
「…彼は綺麗?」
月宮から、そう、問いが放たれた。
「綺麗。わたしとは違う。わたしは…汚い」
月宮の言う『彼』は。
きっと、俺のこと。
俺の話をしていたから。
さっきまで。
だからきっと、俺のこと。
もし、それが合っているなら。
彼女が「綺麗」だと言い続けてくれていることは、嬉しかったけれど。
自分のことを「汚い」と言ったのには、胸が痛んだ。
月宮は黙っていて。
俺と同じ思いを、抱いているのかもしれなくて。
「きっと、汚い」
「玲」
「明日ね、三原くんが答えをくれるんだ」
「本当?」
「多分。何となくだけど……そんな気がする」
「そっか」
「うん」
『答え』
何の答えかは、俺にはわからない。
けれど。
それでも。
もし本当に、三原が答えをくれるなら。
彼女は行きたいと思うだろうし。
怖さもあるから、尻込みもすると思う。
だから、俺もついていこう。
何となく。
何となくだけれど。
そう、誓っていた。
「寒いから、帰ります」
「はい、どうぞ」
その言葉に、俺は踵を返して。
コンロの前へと移動する。
膜が張ってしまったことに苦笑しつつ、火を止めて。
かき回していれば。
月宮はまだ、彼女と話しているようだった。
考えてみれば。
この会話を、俺は聞いていないことになっているのかもしれない。
彼女は、聞いてほしくなかったのかもしれない。
だから月宮は、彼女の足を、止めさせたのかもしれない。
考えて。
俺は急いで、部屋へと戻る。
代わりのように、月宮が部屋から出てきて。
「扉、少し開けといてください。わからない程度に」
俺の方を見ずに、綴られた言葉に従って。
俺はゆっくりと、扉を閉め切る直前で、止めた。

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