信じたいのだと
そう言っているように 聞こえた

信じたいのだと
見返りも 何もなく
ただただ 信じたいのだと

そう 声を上げて言っているように
俺には 聞こえた




Truth 〜 agreement 〜





風呂が沸いたと騒ぎ出した彼女に断って、最初にそこに、足を踏み入れた。
ただでさえ、彼女が普段、生活してる場。
妄想に似たものを抱かないうちにと。
俺は早々にシャワーを浴びて、外へと出る。
と。
「あれ? もう出てきたの?」
そう…声をかけられた。
短く肯定の言葉を発すれば。
彼女は足早に、俺のそばにやってきて。
何の躊躇もなく、俺の手に、触れてくれた。
「………」
「冷たい」
「…元から」
「暖まってないでしょ?」
「………」
「お風呂、入った?」
「入っただろ?」
「違う。湯船の中」
「………」
緩く首を振って言った彼女に、押し黙れば。
彼女は小さく、息を吐いて。
「もう一回入ってきていいよ? 暖まった方がいいし」
見上げてきた瞳から、視線を逸らして。
こたつの方へと、向ければ。
月宮はにっと、笑っていて。
本当に、何でもわかってると言うような表情で。
俺は目を細めた。
「玲」
「何ー?」
「先に入ってきな」
「でも……」
「いいから」
「麻衣は?」
「あとでいいよ」
「……いいの?」
「いいから言ってるの。だから早く、入ってきなさい」
「はーい」
ちょっと嬉しそうな顔で、彼女は踵を返す。
腕に抱えたのは、服で。
「行ってきまーす」
言い残して、洗面所に消えた。
その後ろ姿を見続けていれば。
「大丈夫でした?」
なんて声が、届けられた。
タイミング的には、扉が閉まった音が、聞こえてから。
視線を戻せば、また、笑っている月宮がいて。
彼女に話していた時は、普通だったのに。
笑って――いなかったのに。
考えて。
問いの意味がわからないこともあって。
眉根を寄せれば。
「あの子も、男の人のことは、何となくでもわかってるんですけどね。そういう知識って、いくらシャットアウトしてても、入ってくるものでしょう? やっぱり」
「何を…?」
「だから、生理現象」
ぴっと指を差されて。
同時に、何のことかわかって。
顔が熱くなる。
大きく顔を逸らせば。
やっぱり、くすくすと笑い声が聞こえた。
「大丈夫ですよ、聞こえてないから」
「そういう…」
「それに、あの子もわかってるんですよ。でも、考えないようにしてる」
「………」
「だから、あんなこと言ったんです」
「…わかってる」
「なら、いいんですけど」
呟くように落ちた言葉に、俺は歩を進めて。
腰を下ろす。
と。
「大変ですね」
そう、落とされて。
俺は大きく、息を吐いた。
「それで?」
「?」
「聞きたいこと、ありませんか?」
「………」
聞かれて、口を閉ざす。
彼女が、どれくらいで出てくるか、わからないから。
すぐに答えが出されるものを選んで、聞かなくちゃいけない気がして。
けれど。
「玲はいつも、30分ぐらい、入ってますから」
その言葉に、顔を上げて。
一番聞きたかったことを、口にした。
「あいつが…信じてないって、言っただろ?」
「言いましたね。相手のことを、信じてない」
短く息を吐いて、言葉を選んでいく。
どう言ったら、伝わるだろう?
どう言ったら、正しい答えを、もらえるだろう?
「葉月さん?」
「…それって……相手の何が、信じられないんだ?」
促されて。
それしか、考えられなくて。
俺は言葉を、紡いだのだけれど。
月宮はにわかに、眉根を寄せて。
その膝の上では、姫が興味なさそうに、あくびを零していた。
「だから…」
「言いたいことはわかりますよ」
「……」
「それの答えも、多分ですけど。それでよければ、答えられます」
きちんと聞いたこと、ないから。
まっすぐな瞳に、頷いて。
待っていれば。
月宮は姫の頭を、一度だけ、撫でて。
「いつだったかな?」
そう、話しはじめた。
「玲と、テレビを見ている時に。質問が出て。『あなたには、親友が何人いますか?』っていう、やつで」
「………」
「それで、あいつが間髪入れずに。『一人でいい』って、言ったんです」
「…言いそうだな」
「まぁ、私も同じなんで、いいんですけど。でも、理由が、『自分の深い部分を、そんなに多くの人に語れない』って」
「……」
「『友達は多くてもいい。でも、そんなにたくさんはいらない。大変になっちゃうだけだし。本当に必要な人だけいればいい』って」
「それは…演技?」
「そうでしょうね。だと思います」
「………」
「だから、信じてもらえてるんだって、思ってたんです。その直後に、『親友は麻衣だけでいいの』とかって、言ってたから」
膝の上の、姫の相手をしつつ。
月宮は時計へと、目を向ける。
あと、15分ぐらい…か?
思っていれば。
「あの子が信じてないのは、『ずっと』っていう、やつかな」
ぽつっと、言葉は降りはじめて。
「幼稚園の時に、一回、引っ越して」
「幼稚園?」
「ええ。幼稚園。もうすぐ卒園って時に、引っ越したって」
「……」
たぶん、俺が来られなくなって、すぐ。
思い出している間にも、月宮の言葉は、続いて。
「小学生でも、一回。中学生でも、一回」
「……」
「高校は初めて、入学したところで、卒業したって」
「………」
「だから、じゃないですかね? ずっと、そばにはいてくれないんだって、そう言ってたから、あいつ。何度も」
砕けば。
それは。
さっきも、月宮が言っていたことに、繋がって。
『出会ったとしても、いつかは別れる』
それに…繋がって。
俺は口を閉ざす。
自分の意志ではないから。
仲良くなった相手と離れることが、自分の意志ではないから。
だからこそ、彼女は信じられなくなった。
『ずっと』という、それを。
彼女自身の決断だったなら。
そうはならなかっただろうから。
『運命』というものは。
彼女には逆の意味で、働いたのかもしれない。
俺とは。
何度も、彼女と巡り合わせてくれた、俺とは。
まったくの、逆の意味で。
だとしたら。
俺は、すべてに縋り付いてでも、彼女のそばに、いなくてはならないのかもしれない。
「考えてみれば、葉月さんって。玲が初めて、自分から、自分の意志で離れた人なんですよね」
同じことを考えていたから。
俺は小さく、笑って。
それから小さく、肯定の言葉を発した。

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