綺麗なものを見つけるために来たと
引っ越してきたんだと
彼女は言っていた

再会してから
彼女はずっと
俺のことを 綺麗だと言い表した

だから




Truth 〜 dependence 〜





「玲、布団は?」
「いい、いらない。葉月くん、わたしの部屋で寝かせる!」
「はぁ? 玲はどうすんの?」
「コタツでいい。今日も夜遅くまでやりたいし」
「……頑張り過ぎ」
「だって、収録、来週なんだもん!」
「連絡あったの?」
「うん。先々週かな?」
「先に言え」
ペシッと、彼女の頭が叩かれて。
その会話は、終わりを告げた。
口を挟むことができなくて。
というより。
180度、変わってしまった雰囲気に、ついていけなくて。
俺はただ、それを聞いていた。
じっと眺めているのは、何だか、おかしくて。
俺はこたつに座って、手元を眺めているだけ。
けれど。
彼女の部屋で、と聞いた、その瞬間だけは。
本気で、動揺してた。
どうしようなんて考えたって。
どうすることも、できないし。
今から帰るから、なんて綴ったとしても。
外は吹雪にも似て。
徒歩で帰れるような状況には、ない。
だから俺が、彼女の部屋で眠ることは、変わらない。
ここでいいと言い張ったとしても。
彼女がここで、起きているのなら。
作業を続けるのなら。
俺はじゃまで。
そうだとしても、彼女はそう、思わずに。
自分の部屋で作業をすると言い出すだろう。
喉が渇いても。
がまんをして。
それどころじゃないと、考えて。
俺の眠りを妨げないようにと、行動するだろうから。
だとしたら――。
考えて。
胸が一つ、大きく……音を立てた。
そんな俺を尻目に、彼女は自分の部屋から、パソコンを持ってきて。
それをこたつの上に、置いて。
その音に、顔を上げれば。
彼女はまた、部屋に消えていった。
それと同時に、月宮が腰を下ろして。
こたつの上で、携帯を弄り始める。
笑顔なのが、気にはなったけど。
彼女が部屋から出てきたから。
それはもう、気にしないことにした。
「明日さ、コータがこっちに来るから、決めてきちゃうね」
携帯を置いて。
そう、月宮が発した言葉に。
彼女は驚きながら、ドアを閉めて。
「明日?」
「うん。さっき連絡あってさ」
「……ずいぶん急だね」
「仕方ないじゃん。急に休みになったって言うんだから」
「はいはい。で? 泊り?」
「…いいですか?」
「勝手におし」
「そうしますv」
わからないことだらけだったけれど。
口を挟むにも、まだ、何をどう言ったらいいのか、わからなくて。
ついて、いけなくて。
俺は小さく息を吐いてた。
足音がいくつか響いて。
彼女がキッチンに入っていく。
その背中を追いかければ。
彼女はインスタントコーヒーの、そのビンに手を伸ばしてた。
「葉月くんは? 明日…仕事?」
急に問われて。
驚いて。
やっぱり、すぐに……声は出てくれなくて。
「…一日休み」
ようやく紡げた言葉は、それだけ。
「そうなんだ?」
「ああ」
「玲は? 明日、何か用事ある?」
「……出来れば、どこにも行きたくない」
「やっぱり?」
「やっぱり。寒いもん。動きが鈍くなるし」
「買い物は?」
「今日、たくさん買ってきたんで、心配なし」
「でもこの前、尽くんから何かもらってなかった?」
「? 何かあったっけ?」
「行かなきゃーって騒いでた」
「――……ああ」
二人の話を聞きながら。
少しずつ、この空気に慣れようとして。
少しずつ、気持ちをべつのものへと変えていく。
なかったことには、したくはなかったから。
それでも今は、口に出したり。
雰囲気に出しては、いけない。
わかっているから、俺は長く、息を吐き出した。
その間に、彼女はコーヒーを持ってきてくれて。
俺と月宮の前に置いて。
彼女は自分の部屋の前に置いてある棚へと、歩いていく。
手に取ったものは、俺の角度からは、見えなかったけれど。
彼女が振り返った時に、それがはがきだとわかった。
それに視線を落としながら、彼女はこたつへと戻ってきて。
「これこれ」
ぴらぴらと振りながら、腰を下ろす。
パソコンを下へと置いて。
ゆっくりと、はがきを落ち着かせた。
「三原くんの個展、またやるんだって。その招待状が届いたって、持ってきてくれたんだよね」
三原…。
出てきた名前に、少しだけ、驚いていれば。
「…三原って、三原 色?」
月宮が、そう問いを落とした。
俺も、それは聞きたい。
まだ、仲よかったのか? おまえ達。
そう、聞きたい。
けれど、「うん」と頷いた彼女に向かって、突きつけられたのは。
べつの――問い。
「あの、天才芸術家の?」
「他に誰がいるの?」
「……玲たちの高校ってどんな高校だったの? んでもって、どうしておまえは、そんな人と友達なの?」
「はば学? 私立で、自由な校風で…」
「自由って、どの辺が?」
「校則」
これは、俺にも答えられたし。
そろそろ、慣れてきてたから。
短く、答えれば。
彼女はにっこりと、笑ってくれた。
「そうそう。青春を謳歌すること、だったよね?」
「何だ、そりゃ?」
「高校生活を楽しめってことでしょ? みんなそう、理解してたよ?」
「………。いいなー、私も行きたかったー!」
項垂れるんじゃなくて。
本気で、悔しそうに言った月宮に。
俺は失笑を零しながら、カップを手に取った。
と同時に、彼女がにやりと笑って。
「残念だったね」
嫌味のように、そう綴ってた。
少しだけ、上半身を前に出しながら。
それに、月宮は目を細めて。
小さく、頬を膨らませて。
「でも、はば学に来てたら、麻衣は光太さんと会えなかったじゃない」
身体を元の位置に戻しながら、彼女が言った言葉には。
月宮は息を吐き出して、微妙な表情を浮かべる。
そこには、悔しいものじゃなくて。
ほとんど、あきらめ。
「そう、そうなんだよねー。それ考えたら、あの高校でもよしとするかって感じ?」
「何にせよ、無事卒業してるんだから、いいんじゃないの?」
「まぁね。それなりに楽しかったしなー」
「そして、その光太さんとは、結婚まで漕ぎ着けたんだし」
「漕ぎ着けたって何よ? 漕ぎ着けたって」
「明日はそれ、決めてくるんでしょ? 式の日取り決まったら、ちゃんと教えてよね?」
「もちろん! 玲に隠し事は出来ません」
「よろしい」
ああ、そういうことか。
ぼんやりと思いながら、俺は二人の会話を聞き続ける。
でも。
月宮がいなくなったら。
彼女は…どうするんだろう?
すぐには会えない場所に、親友が行ってしまったなら。
彼女は、ひとりになってしまうから。
実家に…戻るのか?
聞きたいけれど、彼女ははがきに視線を落としていて、聞けなくて。
ほんのりと、笑みを浮かべているから。
その話はもう終わったのだと、その表情が知らせているから。
なお、聞けなくて。
「明日…か。出掛けるの嫌だけど…行ってこようかな」
落とされた言葉に、やっぱりと、俺は目を細めてた。
「好きなの? 三原 色の絵」
「好きだよ? 何で? いけない?」
「いけなくはないけどさ、少し…抽象的過ぎない?」
「あー…かも」
「でしょ?」
「でもね、彼の絵を見てると、どんな風に思ってもいいんだって思えてくるんだ。三原くんの絵って――何て言うのかな? それを見て、何を考えても許されるって言うか」
「……そう来るか」
「そう来ます。だって、三原くんがそういう性格なんだもん。絵の感想を教えて欲しいって言われて、やっぱり悩むじゃない? 下手なこと言って、怒らせちゃうのも嫌だしさ」
「確かに」
「でもね、素直に言っていいって言われるの。君が感じたことは、他の人では感じ取ることは出来ないんだからって」
「優しいんだねー、三原 色」
「優しいよ? でも、それ以上に…心が豊かなんだよ。話を聞いてると、そればっかり思う」
「そうか?」
「あ、葉月くん、三原くんのこと誤解してる!」
「あいつの言ってること、理解できるのか?」
「…時々、わからない」
「………」
「で、でも! 時々だから! 本当に」
拳を握って、彼女は言うけれど。
それが何だか、嫌で。
眉根を寄せれば。
彼女はがっくりと、肩を落とした。
「それで? 明日…行くの?」
「どうしようかな? でも、一人じゃ嫌だなー…」
「会場行けば、一人じゃないじゃん」
「そりゃね。三原くんもいるだろうし、瑞希さんもいるだろうし……」
「須藤?」
「うん。三原くんとね、婚約したんだよ、瑞希さん」
「………」
「美男美女でお似合い」
そう言えば、彼女は必死だった。
友達のために。
いつでも。
だからきっと、彼女は手を貸したんだろう。
須藤に。
だったら、彼女が三原と仲がいいことは、仕方がなくて。
何より、彼女が好きなのは、三原の絵。
綺麗だと、確かに言えるから。
彼女は好きなんだろうと思う。
思っていれば。
彼女は小さく、息を吐き出した。
「絵、見たいし、二人にも会いたいけど……」
けど?
眉間に、皺を刻めば。
「そんなに嫌?」
そう、月宮があとを続けた。
「嫌。だって、猫はコタツで丸くなっているものでしょ?」
「……こんな時だけ、自分が猫だっていうのを認めるんだ? 玲ちゃんは」
「こういう時だけじゃないよ、別に。熱いものは食べられないし」
「そういうことじゃないでしょ」
「麻衣にはわからないよ。麻衣は犬だもん」
「うん。自分でもそれは思う」
「………」
「雪、好きだし。玲と違って、元気になるし。庭はないけど、そこの駐車場は駆け回るな、確実に」
「…何で僕、こんなヤツと親友やってるんだろう……」
「こんなヤツとか言う? もう九年以上も親友やってるのに?」
「そんなになる?」
「なる」
そんなに嫌なのか。雪…。
なんて、考えていれば。
九年以上も、二人は親友同士でいるという事実が、突き付けられた。
九年。
それがどれだけの長さか、考えて。
俺は言葉を失ってた。
九年、以上。
二人は一緒にいて。
彼女は、月宮を必要とした。
それと、ほぼ同じ時間。
俺は、ひとりだった。
でも、そう。
同じ、なんだ。
月宮を必要としてはいても。
彼女は結局、ひとりだったのかもしれない。
だから、『壊れそう』なのかもしれない。
「何考えた?」
頬杖を突いて、月宮は言う。
問われたのは、彼女で。
微苦笑を零してから、彼女は口を開いた。
「迷惑掛け過ぎてるかなーって」
「別にいい。慣れた」
「慣れたって……」
「年賀状、玲毎年、同じこと書いてきたし」
「何て?」
「「今年も必ず、迷惑掛けます!」」
「………」
問えば、二人同時に、答えを口にしてくれて。
俺はそれに、何も言えずに、口を閉ざせば。
二人は顔を見合わせて、笑い出して。
年賀状…。
確か、俺のにも、そう書いてあったな……。
思い出せれば。
俺も小さく、笑みを零せた。

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