暗闇の中でも
誰かが作り付けておいてくれた
てすりはあってそれをありがたく思っていたら
足元を照らす わずかな光が
差し込んで
彼女との距離が
どのくらいなのかは わからないけれど
それでも
近づけていることだけは
確かだと 思いたかった
Truth 〜 dig 〜
仕方なく、こたつに戻って。
テレビを見続ける月宮に、時々相づちを打ちながら。
俺はほとんど、彼女を見ていた。
手際がいいのは、昔から。
けれど、注意力散漫な部分も、彼女は持ち合わせているから。
急に、「指切ったー!」なんて、言い出すんじゃないかと。
気が気じゃなくて。
でもすぐに。
「ジャガイモ、茹で上がったー!」
そう、振り返って、彼女は口にした。
手にしていたザルからは、湯気が上がっていて。
「皮剥いてから、呼んだ方がいい?」
なんて。
それに立ち上がって、俺は彼女のそばへと、進んでいく。
「いい。俺が剥く」
「火傷しないでよ? 君のマネージャーさんに、怒られたくないんだから」
「わかってる」
零して。
手渡されたそれを、彼女がテーブルの上に敷くように置いてくれた布巾の上に置いた。
動かないことを、確認して。
そうしていると、彼女がそばに、ボールを置いてくれた。
「ここに剥いた皮、入れれば?」
そう言って。
「逆のがいいだろ?」
「剥いた方?」
「ああ」
「…かも」
まぁとりあえず、座ってやりなよ。
言われて、俺はいすを引いて、そこに座る。
彼女の背中を見て。
それから、気を付けながら、一つを手にする。
指を滑らせるようにすれば、皮は簡単に、剥けていく。
のに、やっぱり熱くて。
少しやっては、置いて。
また少し剥いて……を、繰り返してた。
ようやく剥き終えた頃には、彼女はすでに、きのこを炒め終えていて。
パスタをフライパンに入れるために、水が切れているかを、チェックしていた。
潰して。
彼女が切って、茹でておいてくれていた野菜を入れて。
混ぜて。
マヨネーズを入れて、また和える。
彼女を呼んで、味を見てもらって。
「このぐらいでいいんじゃない?」
「足りなくないか?」
「あのねー? マヨネーズは油だよ?」
「………」
「混ぜれば混ぜただけ、太ると思いましょう」
人差し指で指されて。
俺は頷く。
わかったと、そう言うしかなくて。
「さて、お皿でも出しますかー」
そんな俺の言葉に満足したのか。
彼女はまた、俺に背を向けた。
食器棚へと歩いて。
中を見て。
「あ」
そう、声を上げた。
「どうした?」
「お皿……」
手持ちぶさたになっていた俺は、まだ混ぜていたのだけれど。
その声に、顔を上げて、問いを投げる。
返った答えに、たぶん…と考えて。
中を見れば。
見事に、二枚ずつしかなくて。
今まで、誰かを交えて食事したりとかしなかったのか?
そう、聞きたかった。
「全員、違うのにすればいいか。公平に」
言いながら、腕を組んで。
そうして、見続けて。
その背中を眺めていれば。
彼女は小さく頷いて、腕を解いた。
手を伸ばして、取り出して。
テーブルの上に並べられたのは、全部違う柄の入った、食器。
それでも、大きさは似たような物で。
俺はいすから立ち上がって、小さい方を引き寄せる。
「いいか?」
「いいよー」
未だ、背中を見せ続けている彼女に問えば。
簡単に、そう答えが返った。
俺が何をしたいかなんて、彼女はわかってるんだろう。
さすがに。
思いながら、ポテトサラダに姿を変えたものを、分けていく。
分け終えれば、彼女も終わったのか。
皿を手にして、こたつに行く姿を捉えることができた。
それを見て、眉根を寄せて。
俺は、両手に一つずつ持って、彼女のあとを追うように、歩き出す。
振り返った彼女は、瞬きを一度して。
小さく、首を傾げた。
「どしたん?」
「どうして、三つ持てるんだ?」
「高校時代のバイトの成果」
ポンッと、俺の肩を叩いて、彼女はキッチンへと、戻っていく。
俺が持てなかった分を、持ってくるためだろうと解して。
息を吐きながら、腰を下ろした。
月宮は、何も言わずに、ただ待っていて。
でもすでに、フォークを手にしていて。
テレビを見ていて。
そんな月宮を放って、俺は彼女との会話を繋げる。
「あの時はトレイ持ってただろ?」
「よく覚えてるね?」
「今も、時々行く」
「そっか。じゃさ、今度混んでる時に行ってみ?
トレイの上に物を乗せるっていうの、結構面倒臭いんだよね、実は。で、そういう時、こうやってる子、いるはずだから」
右手に二枚。
左手に一枚。
皿を持って、動いている店員…。
考えて。
思い出して。
あー、いたな、なんて思う。
その間に、彼女は腰を下ろして。
足を入れて。
小さく、息を吐いた。
瞬間。
「んじゃ、いただきます!」
彼女の目の前から、そう声が上がって。
月宮を見れば、フォークにパスタを絡めていて。
「…理不尽だ、絶対」
口に運んだ姿に、彼女はそう、言葉を落とした。
それに、失笑を零せば。
彼女は俺を、睨んでくれて。
それから、はしを付けてた。
俺も、フォークを手にして。
いただきますと発して、自分で味を調えたそれを、口に運ぶ。
「さすが、玲だね。今日もおいしい」
にこにこと笑いながら、月宮が発して。
それに彼女を見ても、淡々と食事を進めていくだけ。
「お褒めに預かり、光栄です」
「感情が篭もってない」
「何もしてない人間がそう言うのは、当たり前」
確かに。
思いながら。
今度はポテトサラダに手を付けた月宮を見る。
「…ポテトサラダもおいしいです」
「どうも」
来ると思ったから、そう言葉を発した。
それに、横を向いて。
「……クソ」
月宮はフォークの端を噛んでた。
「だから言ったでしょ? 当たり前」
「……優しくない」
ぶつぶつと、何かを言いながら、月宮は食事を進めて。
とりあえず、大丈夫そうだな、と。
俺はパスタを口へと運ぶ。
彼女もポテトサラダを口にしていて。
その笑顔に、俺は笑みを零した。
もう一度、パスタを口にすれば。
彼女は伺うように、俺を見ていて。
その瞳と、かち合った。
「ど?」
「美味い」
「よかった。葉月くんもさすがだね。一人暮らし、今でもやってるんでしょ?」
「ああ」
「おいしいよ。いい感じ」
「どうも」
「さっきとセリフ一緒なのに、言い方が違ーう!」
「うるさいよ、麻衣!」
月宮を一喝して、彼女は立ち上がる。
怒られた月宮は、黙り込んで、また食事を再開させて。
それを小さく笑って見ていれば。
スポーツドリンクとコップを手にして戻ってきた彼女の足元に、それは近寄っていった。
彼女が座っていた場所から、頭を出して。
身体を這い出して。
にゃあ、と…声を上げる。
「ごはん? 姫」
「にゃー」
「はいはい。どれがいいかなー?」
手にしていたものを、急いで上へと置いて。
彼女はまた、キッチンへと舞い戻っていく。
身体を屈めて、戸棚の扉を開けて。
見続けていれば、その膝の上に、姫が乗った。
首を傾げれば、姫が前足を伸ばして。
彼女の顔を、見上げる。
「これ? これでいいの?」
「にゃーぉ」
「でもこれ、昼の時と同じのだよ?」
「にゃー」
「わかった。姫がそう言うのなら」
……会話? なのか?
思いながら、また見続けていれば。
姫はこたつのそばまで歩いてきて。
腰を下ろして、彼女が用意してくれるのを、待っていた。
ほのかに桃色の皿に、缶詰の中身を出して。
ほんのりと黄色味を帯びた皿に、牛乳を注いで。
彼女は戻ってくる。
姫の前に、二つの皿を置いて。
その皿が置かれたことを確認した姫は、彼女の顔を見上げていて。
「どうぞ、姫君」
そう言われて。
姫もまた、にゃ、と答えて。
そこで初めて、姫は食事に口を付ける。
それにふっと笑みを零して、彼女はこたつへと入った。
「…何でわかるかなー?」
その彼女に、問いが飛んで。
口を挟めるような感じじゃなかったから、俺も、食事を進めていく。
「姫のことだから」
「……あっそ」
「雪止むかな?」
「止まない方がいいな。で、明日積もってるのv」
「やめてよ。洗濯物、乾かないじゃん」
「夢がないなー、玲は。真っ白な上に最初に足跡、付けたくない?」
「付けたくない。何ならそれをずっと見てたい」
「………」
「仮初の綺麗さじゃん、あれ。太陽が出て、白がなくなったら、いつもと同じものが露になる。汚いものに蓋をしたって、その下に何があるのかを知っていたら、結局はそれだけのものだよ」
その言葉に、手を止めて。
俺は顔を上げて、彼女を見る。
そんなことを言うとは、思っていなかったから。
でも確かに。
彼女は。
真新しい雪の上に、足跡を付けることはせずに。
ただただじっと、それを見ていた。
思い出して、目を細める。
それでも彼女は、淡々と食事を進めていくだけ。
表情はなくて。
「……深く考え過ぎ。玲はいつもそう」
「こういう風にしか考えられないもん、どうせ」
小さく頬を膨らませて。
彼女はコップを煽った。
いつも…なのか?
聞きたいけれど、聞けなくて。
俺は彼女から、視線を外す。
俺の前では、こんなこと、言ったことは一度もない。
親友の代わりにさえ、俺はなれていなかったのか。
考えて。
「引っ越してから酷くなったよね、玲のそういう考え方」
落とされた言葉に、俺はぱっと、顔を上げた。
「そうなのか?」
「そうですよ? 中学の頃は、そんなでもなかったかな」
「だっけ?」
「だよ。少なくとも、その時、一番最初に感じたことを否定するようなことはなかった」
「……かもしんない」
「否定?」
「否定です。同じようには見られなくなる」
親友がそばから離れていったから。
彼女は、『ひどく』なった。
だとしたら。
やっぱり俺は、代わりにさえ、なれていなかったということになって。
考え続けていれば。
「雪見て、最初はどんな風に思ってた?」
月宮の問いが、彼女に飛んだ。
「――綺麗だなって」
小さな声で、彼女はそう答える。
少し、脅えたような表情で。
「今日は?」
「降ってるの…見た瞬間?」
「そう」
「綺麗…だなって」
「なのに今は?」
「………」
「こうですもん」
眉根を寄せる。
『否定』という、その意味を。
月宮は俺に、示してくれた。
裏も表も、見えていたから。
彼女は最初から、そうなんだと思っていた。
それでも、表を見続けているのだと、思っていたのに。
「年々、酷くなってるよ、玲は」
「――うん。自覚はしてる」
「…今の玲に必要なものも、ちゃんとわかってる?」
「わかってる」
「でも、手にしたくない…とか思ってる」
「………」
断定的な、その言い方に。
彼女は黙り込んで。
フォークを握り締めていて。
――彼女に、必要なもの?
考えて。
考えるけれど。
わからなくて。
それでも、年々、ひどくなっていると言うのなら。
いつかは、裏側しか見られなくなってしまうという可能性も、あって。
「部屋行くね」
食事を終えて、月宮は早々に、腰を上げる。
片付けなんかは、しないままで。
食事ができるような雰囲気ではなくなってしまっていて。
彼女もまた、同じような気持ちなのか、再開させることは、なくて。
手近にあったリモコンで、テレビを消してから。
彼女はそそくさと、腰を上げた。
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