一歩 進みたかった

目の前は暗闇だけど
あったはずの光は
消えてしまっていたけれど

それでも
彼女に近づくために
そばに 居続けるために
あの日の約束を
誓いを
守るために




Truth 〜 opportunity 〜





扉は閉められて。
わずかな時間だけれど、俺はまた、ひとりになる。
扉一枚隔てた向こうには、彼女がいるけれど。
それを開けてまで、追いかけていく理由を、俺はまだ、彼女に言えてはいないから。
ただただここで、待ち続けるだけ。
彼女の中で、『俺』という存在が、どの部分にいるのかはわからないけれど。
それでもきっと。
姫よりも、あの小さな、猫よりも――『俺』は、小さいのかもしれない。
考えて、息を吐く。
視線を下へと向ければ。
隔てていた扉は、開かれた。
閉めた扉に、わずかに寄りかかって。
彼女は短く、ため息を吐いて。
俺も少しだけ、首を傾げる。
「どうした?」
「拗ねられた」
「………」
「僕に矛先向けられるとは思わなかったな。どうすっかな」
「………」
言葉に、やっぱり彼女には、姫の方が大事なのかもしれない、とか、考えはじめて。
そんな俺に気づかないまま、彼女は元の場所へと、戻ってくる。
こたつを回って、俺の隣りへ。
そうして、中へと足を入れたところで。
鍵を差し込んだらしい音が響いた。
玄関が開く前に、彼女は振り返って。
俺もそっちへと、視線を向ける。
けど、俺からは、誰が来たのかさえ、見えなくて。
「おかえりー」
「ただいまー。寒いよー」
彼女は笑顔で。
返ってきた声も、本当に寒いのかわからないぐらい、大袈裟で。
俺は小さく、笑ってた。
たぶん、だけれど。
何度も聞かされた、親友だろうと思う。
…けど。
「誰か来てんの?」
「葉月くん」
「またか。姫は?」
「…僕の部屋。拗ねておられます」
眉尻を下げた彼女に、微苦笑して。
それから、部屋に入ってきた人物を見れば。
目が合って。
「月宮って言います。玲とは、中学からの付き合いなんです」
と、小さく頭を下げられた。
やっぱりか、なんて思いつつ。
俺も、頭を下げ返して。
でも、俺のことは知ってるみたいだったから。
「どうも」
そう、短く発するだけに留めれば。
そいつ――月宮は、考え込むように、目を細める。
それに、眉根を寄せれば。
「…本物だよな、どう見ても」
そんな言葉が、吐き出された。
「まだ嘘だと思ってたんですか!?」
「うん」
円形のテーブルの上に、バッグを置いて。
月宮は冷蔵庫を開ける。
彼女を見れば、必死に言葉を探しているらしく。
「だーかーらー…」
なんて、零してた。
俺と彼女が友達だということが、信じられないってことなんだろうけれど。
それがたぶん。
『モデル』である俺と……という理由なら。
考えて。
二人に知られないように、視線を下に向けて、息を吐いた。
「あれ? 私のカップは?」
「僕が使ってる」
「玲のは?」
「葉月くんが」
「………」
「な、何?」
「姫が拗ねるはずだなって。ってか、おまえは王子失格」
「〜〜っ! すいません! ごめんなさい!」
「それは私に言うセリフじゃない」
「だってー、姫、聞いてくれないんだもーん」
「守るって約束したんだから、それぐらい守りなさい。家の中限定? それとも」
「……違います」
「まったく」
俺が考えている間に、二人はそんな会話を繰り広げていて。
月宮が自分の部屋に消えたところで、俺に、身体を向けてくれた彼女に、口を開いた。
「おもしろいな」
「何が?」
「おまえらの会話」
「どーも。……平気そう?」
「ああ。大丈夫」
彼女の問いが、何を意味しているのかは、何となくでも、わかったから。
俺はだめでも、そう答えた。
でもきっと。
彼女と一緒に暮らしているぐらいだから。
さっきの俺の考えは、杞憂に終わるんじゃないかとさえ、思ってた。
彼女はほっと、息を吐いて。
「麻衣はね? 結構鋭いとこあるんだ」
「そうか」
「で、時々意地悪になる」
「………」
「きっとね? 僕と君が友達だっていうのも、信じてなかったんだよ。君のことを話した時も、信じてくれなかったし」
「………」
黙り込んでいれば、彼女は月宮が消えた扉を、じっと見続けていて。
「『玲みたいなのを相手にしてくれるんだー?』とか、『よっぽど暇なんだねー? 玲のおバカに付き合ってくれるんだから』とか、言ってたんだよ?」
「……」
「この前も、相談されたって話したら。『玲に話しても、解決しないのにね?』って」
そこまで聞いて、俺はとうとう笑い出して。
彼女は頬を膨らませてた。
月宮の言葉は、彼女を悪く言っていたものだったらしい。
だから彼女が、言葉を返したのか。
そう、思い出してた。
そうしていると、月宮が戻ってきて。
彼女の目の前。
俺の、右隣に座る。
かなりラフな格好で。
彼女はなぜか、笑ってた。
「今日は早かったね」
「うん。仕事が速く終わったからさ」
「それはよかった」
「で? ご飯は?」
「え? まだ早いよ?」
「あ、そっか……」
壁掛け時計を見て。
月宮は、大きく肩を落としてた。
項垂れたように、ガクッと。
それと、時間を見て。
俺はそろそろ、帰らないとな…なんて、考えて。
静かに、悲しくなってた。
「一時間も早いからね。今日は」
「グス…。玲の手料理ー……」
「何だそれ? あと一時間もすればおなかの中じゃん」
「……そうだけど」
「でもま、用意はしようか、そろそろ。何食べたい?」
彼女がこたつを出て、立ち上がって。
それなら、俺も帰ろうかと、腰を引いたけど。
「葉月くんも食べていきなね」
その言葉に、俺は彼女を見る。
「いや、俺は……」
「そうした方がいいですよ。だって外、雨降ってきたし。さっき、部屋の窓から外見たら」
「ウソ!」
「本当。雲行き怪しいなーって思ってたんだ。雪になったら嬉しいんだけど……」
言葉を最後まで聞かないうちに、彼女はダッと駆け出して。
自分の部屋へと入っていった。
その後ろ姿を見ていれば。
「素早い」
と、声が落ちて。
月宮を見れば。
片手で頬杖を突いて、息を吐いていて。
「食べてってください。玲の料理、おいしいし」
そう言って、俺に笑みを向けてくれた。
「でも……」
「食べ終わる頃には、止んでるかもしれないですし」
言われて。
何かを言うことも、できなくて。
考え続けて。
「寒いのはイヤー!」
その時に、そんな叫び声を聞く。
それに、にっこりとした笑みを浮かべたのは、月宮で。
「降ったか」
嬉しそうに、言葉を綴ってた。
足音が響いて。
彼女が出てきた直後に、小さな姿もまた、その部屋から出てきて。
姫は真っ直ぐに、こたつへと入る。
月宮がわずかに上げた、そこから。
「ああ、降ったさ。降ってるさ。さーむーいー!!!」
「はいはい。夕飯作ろうね」
笑みを向けられたらしく、彼女は黙り込んで。
それでも。
「…何がいいんですか?」
拳を握って。
悔しそうにして。
彼女は綴る。
なるほどな、なんて思えば。
笑いを堪えることが、できなくなってきて。
「パスタv」
返った答えに、彼女は大きく息を吐く。
「葉月くんも、それでいい?」
「…ああ」
聞かれて。
含み笑いで答えてしまった俺に。
彼女の頬が膨らんだのを、視界の端に見た。
半ば自棄になりながら、台所へと歩いていった彼女に、笑みを零せば。
「変わってません?」
そう、問われた。
「全然」
「そうですか。まぁ、中学の頃と比べても、同じなんですけどね」
言葉に、月宮の視線の先を、追いかけるようにして。
彼女の背中を、瞳の中央で捉えて。
「もしかしたら、小学校の頃から変わってないのかも」
「…ありえるな」
答えて。
顔を見合わせて。
二人でくすくすと笑い出す。
彼女とは違うけれど。
それでもわずかに感じる、親近感に。
俺は話を聞きながら、安堵の息を吐き出した。

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