ひとりでいた方が
楽だった誰かのことを
気にしなくても いいし
けど
彼女とは
いつだって 一緒にいたかった
ひとりの時と 同じぐらい
楽だったし
ひとりの時よりも
ずっと
楽しかったから
Truth 〜
comfortableness 〜
アスファルトの上を歩き続けて。
覚えている景色の中を、歩き続けて。
ただ、あの日と違うのは。
初めて、この中を歩いた時と違うのは。
前を歩いていた姿が、ないこと。
坂を上がって。
角を曲がって。
見えたアパートに、足を止めた。
道は、確かに覚えていたし。
間違いはないと、胸を張ってさえ、言えるのに。
辿り着けたことに、ほっと息を吐いた。
安堵の、息を、口から。
それから、真っ直ぐに歩いて。
前に来た時は、彼女が開けてくれた、小さな門は。
わずかに、開いていて。
それを開け切って、中へと入る。
階段を上がって。
一つの扉の前に立った。
いる…だろうか?
考えながら、チャイムを鳴らせば。
反応はなくて。
けれど、少ししてから、小さく、猫の声が響いた。
「…姫……か?」
問えば、返ったのは少し不機嫌な声で。
そしてそれもなくなって、静かになる。
そういえば、ここに来た理由……。
思い出して。
どうするかと、考え出す。
前に来た時も――思ったけれど。
ここは、喧燥が遠い。
あまり、人と会うこともないし。
というより、俺がここに来て。
誰かと擦れ違ったことなんか、皆無に等しい。
人の気配はするのに。
物音でさえ、するのに。
だからこそ、考えるには、打ってつけの場所。
ドアを避けるように、壁に背を寄りかからせて。
沈みはじめた夕陽を視界に入れてから、足元へと、それを落とした。
バッグの中に、確か、彼女から借りた原稿が入ってた…よな?
思い出して、バッグを下ろす。
開けて、中を見れば。
確かにそこには、茶色い封筒が入っていた。
いつ、彼女に会ってもいいように。
忘れないように。
これを入れた時の想いを思い出して。
俺はバッグを閉めて、肩にかける。
会いたかったから、なんていう理由が、通るはずはない。
そんなことを言ったら。
彼女は必ず、俺との距離を取ることを、きっと考えるだろうから。
嫌われてはいないと思う。
なのに彼女は、俺から離れていこうとする。
その理由が…知りたい。
考えて。
俺は携帯を手にした。
番号は覚えていたけれど。
すでに、短縮に登録していたから、それを押して、通話ボタンを押せば。
彼女の携帯へと、それは飛ぶ。
目に見えないけれど、確かにそれは、彼女の元へと、行って。
耳に当てて、コール三回目。
『はいはい、どしたん?』
そう、声が聞こえた。
誰だと問わないのは、携帯に名前が出るからで。
言わなくてもいいよ、わかってるから。
彼女がそう言ったのは、高校の時。
思い出して、小さく笑みを零す。
それから。
「会いに来た」
そう、言葉を届けた。
これぐらいなら、受け入れてもらえるかもしれない、なんて…考えながら。
『…ちょっと待って。来たって何? 来たって』
思っていたよりもずっと、彼女はあっさりと流してくれて。
俺はほっとしながら、それに答えを返していく。
「今…おまえの家の前」
『……僕、今、買い物!』
「だろうな。呼び鈴押したら、姫の声しかしなかった」
『ちょっと待ってて』
それで通話はあっさりと切れて。
俺はその、残骸を聞いてから、耳から離して。
その画面をじっと見る。
切るのが嫌で。
でも、向こうからはもう、切れてしまっていて。
そして、俺の携帯も。
持ち主の心に反して、その音を消した。
それに、息を吐いて、携帯をたたんで。
俺はそれを、ポケットに入れる。
待っててと言われたのだから、待つしかなくて。
それに、彼女は歩くことに集中したかったから、電話を切ったのだろうし。
考えて、視線を俯けた。
どれくらい待てばいいだろう?
考えて。
でも、すぐに来てくれるという、確実なものがあるから、いいけれど。
あの頃の彼女には、なかったから。
考えて、もう一度だけ、息を吐き出した。
約束はきっと、覚えているはずで。
でも、それを交わした相手のことは、ほとんどといっていいほど、覚えていなくて。
それでも。
俺は帰ってきて。
彼女との再会も、果たした。
続きを読んでやるという約束は。
それを覚えていない彼女に、してやったとしても。
俺の中で、約束を果たしたと思えるかといえば。
否で。
約束なんて口実だと。
今になって、思い知らされる。
ただ、彼女に会いたかっただけ。
『あき』に、覚えていてほしかっただけ。
俺が帰る場所として、あの教会に、いてほしかっただけ。
そして、そのお礼として、話の続きをと。
たぶん、無意識にそう、口から発していたんだろう。
今考えれば。
浅はかで。
それでも、あの頃のせいいっぱい。
そんなことを考えていれば。
耳に、ビニール袋の音が届いて。
同時に、鉄骨階段を上ってくる足音も、聞こえてきて。
顔を上げれば。
「葉月くん!」
その呼び掛けと共に、彼女が階段を上り切っていた。
重いのか、早歩きで、俺の前までやってきて。
「悪い」
「そう思うんなら、前日までに連絡しようね」
そんな彼女に、何か言いたくて、謝罪すれば。
肩で息をしながら、彼女は一気に、そう吐き出した。
鍵を取り出しにくそうにしながら、出して。
鍵穴に差し込んで。
勢いよく、回して。
それが何だか、気迫十分で。
荷物を持ってやるという一言を、届けられずにいたのだけれど。
彼女に、気にした様子は、なくて。
彼女は扉を、開けてくれた。
「入って。寒かったでしょ?」
鍵閉めてね。
彼女の言葉に、「わかってる」と返して。
俺は中へと、足を踏み入れる。
彼女は真っ直ぐに、廊下を進んでいて。
俺はその背から、視線を外して、鍵を閉めるために、わずかに振り返った。
それから、靴を脱いで、上がって。
真っ直ぐに、こたつへと進む。
前に来た時に覚えた、電源の場所を、視界の中央に捉えて。
入れて。
コートを脱いでから、足を入れて、座った。
彼女はそんな俺に、肩を落としてたけど。
高校の時、彼女もこんなだったし。
思いながら、無視をして。
周りにわずかに、視線をさまよわせる。
あの小さな姿がない。
確認して。
それならそれでと、そう思う。
彼女が意識を傾けるものがなければ。
俺に――集中してくれるかもしれないし。
考えて。
少ない望みだと、苦笑する。
と。
「あー、また来るんだったら、カップ買ってくるんだった……」
聞こえた声に、彼女へと視線を移せば。
額に手を当てて、彼女はカップの並ぶそこを、見ていた。
「また僕のでいい?」
「かまわない」
届けて。
コートを肩から落とした彼女を見続ける。
着ていたものを脱いだからか。
着込んだとは言え、服の上から降ってくるのは、冷たい空気で。
それを彼女に届けてもいいものかどうか、迷っていると。
彼女は鍵を、バッグに入れていた。
気づいていないのかもしれない。
考えて、俺は口を開くことに決める。
理由は、仕返し。
彼女が前にやったことを、今俺が、するだけ。
「寒いな」
言えば、彼女はぴたっと、手を止めて。
「わがまま」
少し睨むような表情で、そう言ってくれた。
「俺は客」
「いきなり来たくせに?」
「それはさっき、謝っただろ?」
「じゃあ、僕も謝る。寒くてごめんね」
「………」
「――ったく、わかったよ。ちょっと待ってて」
わずかに睨み返せば、彼女は息を吐いて。
コーヒーを入れようと、用意していたものを、すべて手にして、歩き出す。
二つのカップと、二つのスプーン。
それから、粉の入ったビンと、給湯ポット。
それらを全部、一度にこたつの上へと運んでから、彼女は、俺から見て、奥の部屋へと、足を踏み入れた。
それを見て、俺はビンへと、手を伸ばす。
高校時代。
彼女はあまり、コーヒーを飲まなかった。
それでも、何度か、俺の前で飲んだことがあったから。
それを思い出しながら、粉をカップに入れていく。
二杯、スプーンに取って、入れて。
俺の分も、同じように入れる。
あまり濃いのは、好きではないし。
考えながら、そうしていれば。
彼女は一度閉めた扉を開けて。
電気ストーブを手にして、戻ってきた。
俺が入った時、開けられていた扉は。
しっかりと彼女の手によって、もう一度閉められて。
俺と、彼女が座る予定の場所の、ちょうど真ん中に、それを置いて。
彼女はコンセントを入れて、暖かな空気を、作り出してくれた。
「これでいい?」
言葉に、こくんと頷く。
彼女は安堵の笑みを浮かべて、こたつへと足を入れて。
その彼女の前に、湯を入れたカップを、置けば。
やはり、彼女も寒いと感じていたのか、手を伸ばして、包んでた。
「ミルクとか…砂糖は入れてない」
「自分で入れるから大丈夫です」
「姫は?」
「出掛けたんでしょ? さっき、そこのドアが開いてたから」
「………」
「僕の部屋の窓を開けておいてるの。姫の出入り口」
「嫌われてるな」
「だねー。徹底してるね、面白いぐらい」
おもしろくない。べつに。
思っていれば、彼女はくすくすと笑い出して。
それがおもしろくなくて。
俺は手を挙げる。
「笑うな」
軽く叩いて。
届ければ。
彼女は眉を顰めて。
――そんな、些細なことが、嬉しいと思う。
「で? 今日はどうしたの?」
聞かれて。
用意していた理由を、口にするために。
ミルクのビンに、手を伸ばした彼女から、かたわらへと置いたバッグへと、瞳を移した。
「これ、返そうと思って」
バッグから、茶色い封筒を出して。
手渡せば。
彼女はにっこりと、笑みを浮かべてくれた。
「おもしろかった?」
「ああ」
「よかった」
封筒をそばへと置いて。
大事に扱っているのがわかる、そんな動作で置いてから。
彼女は口を開いた。
「どれが一番おもしろかった?」
「……」
それを聞かれるとは思っていなくて。
俺は必死になって、内容を思い出す。
どれ? と聞かれると、難しい。
どれも、考えることはあったし。
どれも、彼女らしいと思ったし。
考え込めば、彼女は小さく笑って。
それを気にせずに、俺は思い出し続けて。
「『扉』……と『風』」
そう、答えを出した。
「ふーん…。『風』はわかるけど、『扉』?」
「『扉』」
変か?
問えば、彼女もまた、考え出して。
「いいんじゃない? 僕も好きだよ、あれ」
そう、言ってくれた。
「自分で書いたのに?」
「うん。――おかしい?」
「いや。よく…知らない」
「…そっか」
「ああ」
作家をやってる知り合いなんて、彼女以外にはいないから。
彼女のほしいだろう答えを、俺は持ってはいなくて。
どうすればいいのかわからないまま、会話を終わらせるために、カップに口をつけた。
彼女がじっと、それを見ていて。
けれどそれは、すぐに眉尻が下がったことで、逸らされる。
「でも…見る目が変わった」
「だろうね」
これだけは、言っておきたくて。
発すれば。
彼女は嬉しそうに、笑って。
カップを手にしてた。
「今日も仕事だったの?」
「ああ。ただし、アクセサリーの方」
「この前言ってたね、そういえば。口コミで広がってるんだっけ、葉月くんのシルバーアクセ」
「ああ」
うそじゃないけれど。
本当でもない。
思いながら、会話を繋げていく。
そういえば。
夢――見つけたんだろうか? 彼女は。
「おまえは?」
「何?」
「夢」
「…ないよ?」
「………」
「やりたいことと夢って、違うものじゃない?
そうやって考えるとね、夢ってないんだ。やりたいことは山のようにあるのにさ」
高校の時と同じ言い分に、俺は苦笑を零す。
と、彼女は大きく伸びをして。
そのまま、後方に倒れ込んでた。
足も伸ばしたみたいで、少しだけ、俺の足に当たってたけど。
本当に少しだったから、俺は何も言わなかった。
彼女も何も、言わなくて。
代わりに、話の続きを、口にする。
「一個一個、潰してみてるんだけどね、やりたいことやって。でも、すぐ消えるの。ずっとやりたいわけじゃないんだなって思っちゃう。強いて挙げるなら、HPかな。自分で書いたものを、自分で演じる。あれはおもしろいから、やり続けたいかも」
その言葉に、やりたいことだけは見つけたのだとわかった。
夢はないから。
だから、大学に進学はせずに、やりたいことを見つけると、彼女は社会に出ていった。
思い出して。
「ダメかな? 夢がないと。別に僕、夢を売ってるわけじゃないし。小説だって、自分のことしか考えていないような人たちに、気づいてほしくて……書いてるだけだし」
ああそうか。
ぽつりと思って、俺自身のことも、考える。
彼女の不安は、それなんだろう。
作家なんて、夢を見せる仕事だと、よく言われるから。
なのに彼女には、夢がない。
「ふざけてるかな? そういう気は全然、全くもって、ないんだけど」
「………」
「葉月くん?」
俺を呼びながら、彼女は手を付いて、上体を起こしてたけど。
俺はまだ、答えを出せないまま。
小説家をしてはいても。
彼女はそこに、夢を持ってはいない。
俺もまた、モデルなんていうことをやってはいても。
そこに、何か…目標とかを持って、やってるわけじゃない。
だから。
「わかる気は…する」
そう、言葉を落とした。
呟くように。
「俺も…モデル、何となくやってるし」
「うん。そだね。それと同じかも」
彼女を見れば、ふっと息を吐き出して。
少し…吹っ切れたようだった。
俺がモデルをやり続けて。
得られたものは、多かったし。
宝飾デザイナーとして、役に立つことも、多々あったから。
たぶん。
彼女が今、小説家をやっていることも。
いつかは、役に立つんだと思う。
夢は、誰にでも、見つけられるものだと思うから。
「CMの話、どうなった?」
問いに、やっぱり聞くだろうなと思っていたから。
俺は素直に返した。
「保留」
そう、短く。
「保留?」
「ああ。台本、練り直してくるってことになって……」
言って、言葉を濁して。
終わらせる。
彼女は小説家だけれど。
脚本を書いてもいるわけだから、脚本家も、できるのかもしれない。
だとしたら。
脚本家になるっていうことを、彼女は考えないんだろうか?
彼女を見れば、頬杖を突いて。
ほんのりと、笑っていて。
「わたしだったら、君のこと、自然体で使うけどな」
言葉に、大きく目を見開いた。
彼女の中に、ビジョンが、しっかりとあるという、確実な証拠。
というより。
その言葉を出したということは。
彼女は俺のことを書く気は、あるのかもしれない。
「芝居なんて、しない方がいい。みんな、自然体でいた方がいい。嘘をつくのは…悲しいから」
「田端?」
話が違う方向に進んで。
それに気づいたから、俺は眉根を寄せた。
演じること、芝居をすることが、どうして『うそを吐く』ことに繋がるのか。
考えて。
やっぱり彼女は、『自分じゃない自分』を、演じているのかもしれない。
いつかは、わからないけれど。
それでも、それだけはわかって。
でも、聞けなくて。
黙るしか、なくて。
そうしていれば、彼女は顔を俯ける。
彼女も何も、言わなくて。
けれど。
彼女は勢いよく、顔を上げた。
「ごめん、変なこと言ったね」
表情は笑顔で。
俺は、ますます眉根を寄せるしか、なくて。
変なことじゃない。
おまえの、本質の部分に関わることなんじゃないのか?
俺にはそれは、言えないことなのか?
聞きたいのに。
言いたいのに。
口にすることは、できなくて。
「あ、姫が帰ってきたみたい」
その言葉ともに立ち上がった彼女に。
本気で、逃げられたと、思っていた。
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