楽しいことなんて
ひとつもなかった春は彼女と共にあって
冬は
俺ひとりだけの世界にしか
存在 しない
そう――思っていた
Truth 〜 same 〜
車で向かったのは、週に一回、顔を出している場所で。
バッグをしっかりと手にして、店の中へと、踏み入れた。
こんにちはと、声をかけて。
ここだけは。
ここに来る時だけは。
高校時代の時と、あまり変わらない自分がいると思う。
人目につかないように、意識してもいるし。
「ああ、来た来た」
奥で、声がして。
俺は、自分が造ったものが並ぶそこから、視線を外す。
高校の時から、俺が造ったアクセサリーを置いてくれるようにと、頼んでいる、店。
「葉月くん、ちょっと」
奥へと瞳を向ければ、店長が手を拱いていて。
俺は一度だけ、そのコーナーを瞳に映してから、奥へと歩を進めた。
「持ってきてくれた? 新しいの」
「…はい」
「本当? ぜひ、拝見したいんだけど」
店長の隣りに立つ人物から、声をかけられて。
俺は目を細める。
この人…誰だ?
「しっかし、驚いたよ。いいなぁ、なんて思いながら見てたら。モデルの葉月珪が造ったんだ、なんて、教えてもらえちゃうし」
「あの……」
「?」
「失礼、ですけど」
「ああ、ごめんね? 僕、諸岡と言います」
「はぁ……」
出された名刺を受け取って。
眺め見る。
出版社…?
「あの……」
「えと、順を追って、言います」
「…はい」
「僕の出版社、そんなに大きくないんだ。聞いたこと、ないでしょう?」
「……まぁ」
「うん。だと思います。でもね、今度、ファッション誌を出すことになりまして。で、第一弾をどうしようかなーと、考えていたんです」
「…編集長、みずから?」
「ヒラにばっかり、考えさせてちゃ、いいものは出ません。というか、任せっ切りも、何だしね」
「………」
「でね? この店の前を通りかかって。アクセサリーの特集っていうのも、いいなーと。それで、入ったんだけど。今さっき、君がいたところで、足が止まっちゃいまして」
どくんと、胸が鳴る。
いつだって。
お世辞とわかっていたとしても。
こうして言ってもらえるのは、嬉しい。
それに、この会話の先にあるものを予想してしまうのは、仕方のないことだと思う。
「それで、よければなんだけど……、商談、していいかな?」
「はい」
すぐに頷けば、諸岡さんはあからさまに胸を撫で下ろして。
「よかったー。一流のモデルだろう?
葉月くんて。だから、うちみたいな小さいのは、相手にされないかと思ってたよ」
そう、言葉を落としてた。
それに、店長と二人で、笑みを零す。
「関係…ないです。大きいか、小さいか、なんて」
「でもさぁ…」
「モデルとしてじゃなくて、俺が造ったものを、評価してくれたんだから」
「……偉いんだねぇ、葉月くん」
腕を組んで、諸岡さんは感慨深げにそう言う。
偉い…かどうかは、よくわからないけれど。
俺の本心だから。
「で、簡単に言えば。君が造った物を、取材したい」
「…だと、思いました」
「それに関して、何か要望等、あれば…どうぞ?」
言われたことに、少しだけ視線を伏せて、考える。
要望はある。
頼みも。
「……できれば」
「できれば?」
「俺が造ったって……出さないでください」
「それは…モデルとしての付加価値を付けずに、デザイナーとして勝負したいってことかな?」
変えられた言葉に、俺はこくんと頷いた。
どこまで行けるのか、知りたい。
俺自身が。
だから。
「なるほどねぇ…」
「…だめですか?」
「いやいや。ますます偉いなぁって思ってね」
「………」
「ほとんど、付加価値で勝負するのが多いからさ。でも……」
「でも?」
「もしだよ? もし…ブランドとして立ち上げる、っていう話になったら、どうするんだい?」
「…ブランド?」
「そう。いつまでも隠してるわけにも、いかないんじゃないのかな?」
言われて、考えて。
眉間に、皺を刻む。
そうした俺に、諸岡さんは楽しそうな笑みを送っているだけで。
店長は店の方へと、逃げていってしまった。
確かに、もし、立ち上げるなら。
俺の名前は、どこかで必ず、漏れてしまうだろうから。
だったら先に――名前を出してしまった方が、いいのかもしれない。
でも……今は。
まだ、出さなくてもいいと思う。
「その時に…出すっていうのじゃ……」
「そう言うと思ってました」
「…え?」
「いやね。短時間だけだけど、君という人物が、何となくわかってきてね。だから、試したっていうのかな?
自分の考えが合ってるのか」
「…はぁ」
「まぁとにかく、僕もそれで、いいと思います。うちで扱って。注目されてから考えても、いいんだしね」
「はい」
諸岡さんの笑みにつられるようにして、笑みを零す。
何て言うか……この人。
かなり、頼りになる。
頼ってしまいそうになる。
そんな…何かがあるように、感じた。
「ってことだから、もし、アクセサリーの特集が組めたら、よろしくお願いします」
「…ああ、そうか。そうですね」
「そう。まだ僕、案として出してないんで。編集長でも、力押し、出来ないんで」
言葉に、くすくすと笑う。
こんな風に笑ったのは、本当に久しぶりだった。
嬉しい気持ちも、あるのだろうけれど。
それと…この人の性格も、ある。
「一ヶ月ぐらいで、答えは出ると思うんで。ちょっと待ってもらえると、嬉しいです」
「はい。待ってます」
頭を下げられて。
俺の方が、お願いしたいのに、お願いされて。
スケジュール帳に、新たな用事が、書き加えられた。
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