少しずつ 前へと進んで

少しずつ 階段を上がって

彼女に近づいていると 信じて
歩き続けて

あと何人の手を借りれば
彼女に 触れられるのだろう?

今はそればかり
考えている




Truth 〜 tacitly 〜





朝一での打ち合わせが終わって。
俺は急いで、そのビルへと、足を踏み入れた。
会議室でと、連絡が入ったのは昨日で。
それを受付のそばの案内板の上で探し出してから、歩き出す。
エレベーターを使って、上へと上がって。
その部屋の扉の前へと歩を進めれば。
聞き知った声が、漏れてきていた。
腕の時計に目を移せば。
確かに、連絡を受けた時間よりも、十分以上、遅い時間。
どうしようかと考えたけれど。
中に入らなければならないのは、明確で。
俺は静かに、その扉を開けた。
奥を見れば、諸岡さんは、俺に気づいていて。
小さく目配せをくれる。
小さく頭を下げれば、微笑をくれて。
そこから少し離れた位置に座っている香野さんは、手を拱いて、俺を呼んでいた。
そっちへと、早歩きで進んで、隣りへと腰を下ろす。
「すいません」
「いえ。葉月さんは、モデルとしての仕事もありますから。仕方ないですよ」
「でも…」
「すぐになんていうのは、無理なのは、みんなわかってます。だからと言って、それに甘えないでくださいね? …って、さっき編集長が言ってました」
「………」
「大丈夫です。葉月さんがそういう人間でないことは、わかってますから。ただ…」
そこで言葉を切って、香野さんは俺から、視線を外す。
部屋の中へと、瞳を向けて。
俺もそっちへと向ければ。
こちらへと視線を向けていた数人が、急いで顔を、諸岡さんへと戻してた。
「彼らはわかってませんから。これから、葉月さんが築いていかなくちゃいけないんです」
何を、なんていうのはわかっているから。
俺は「はい」と、短く綴った。
怖いなんて、言ってられない世界に、俺は飛び込んで。
一から、やっていかなくちゃいけない。
フォローなんか、誰もしてはくれない。
そんな中で、自分の力だけで、がんばっていかなければならない。
そんな気持ちで、俺は腰を上げた。


バッグの中から取り出したスケッチブックを広げて。
そこに置けば。
諸岡さんはこう来たか、なんて、声を上げてた。
「風石さんが、造ってきたじゃないですか。あれで…、ちょっと、思いついて」
説明しながら、視線を巡らせれば。
帰ろうと仕度をしていた一人と、目が合った。
あれは……と、書類に貼られていた顔写真を思い出して。
どうしようかと、考えていたら。
彼はゆっくりと、そばまで来てくれた。
「あの…?」
そんな言葉で、輪の中へ。
「えーと、誰だったっけ?」
「今話してた……」
「え? あの」
「ああ、風石くんね。今ちょっと、話してたんだけど」
「はぁ…」
「デザイナーとして、君のこと採用したから、見てもらおうか」
諸岡さんの言葉に、小さく笑って。
俺はスケッチブックの向きを、彼へと向けた。
「スターチスと、ヘリクリサムですか?」
途端に、零されたのはそんな言葉で。
「やっぱりあれは……」
「あ、はい。ヘリクリサムです」
「? 何の話です?」
疑問符を投げてきた香野さんに、軽く説明して。
そうして、風石を見る。
へーなんて、ずっと言ってたけど。
「別の花を組み合わせるのは、勇気ないと、無理ですよね?」
「……?」
「あ、はい。でも、同じような言葉を持つ花だし…」
最初に組み合わせたのは、俺じゃなくて、彼だから。
俺は彼に、答えさせたんだけど。
彼は気づいてないみたいだった。
「それに、オレがしたのは、花びら数枚って、程度ですから」
「で、それを見て、葉月くんがこれを思いついたわけだ」
「ええ…」
諸岡さんは、スケッチブックから目を離さずに言って。
一人で、頷いてた。

「葉月さんって、何考えながら、デザインしてるんですか?」
駐車場へと向かう途中。
そう、聞かれて。
俺は小さく、苦笑を零す。
どう言おうか、考えて。
でも、やっぱり。
浮かんだ姿は、一つだけだったから。
「好きな人がいるんだ、俺」
そう、言葉にした。
「はぁ」
「好きだって…自覚して。そいつに…彼女にあげようって考えて造ったのが、高校の時」
「………」
「でも、受け取ってもらえなくて。それでも…今も、あがいてる」
「! え?」
苦笑を見せて。
俺はエレベーターへと、乗り込む。
一緒に付いて、彼も乗って。
「百戦錬磨かと思ってた…」
そう、呟いて。
「言えてないんだ、俺」
「え?」
「言わせて、もらえなかった」
「それって……」
「言う暇なんか、与えてくれなかった。一方的に、別れを告げられた。卒業式の、その日に」
「………」
「何が悪いのかなんて、わからなくて。でも、一緒にいたいって思う気持ちだけは、ずっとあって。好きだっていう想いは、ずっと……あって」
「……」
「望みがないなら、そう言ってほしい。だから、言いたくて。答えがほしくて。どうしたら信じてもらえるかわからないけど。あいつに言いたいことは、ここにはあるから」
「…それを?」
「だな。それから、あいつ自身のことも、考える」
言い終えて、エレベーターから降りれば。
「好きな人のことかぁ…」
「いないのか? 風石は」
「ミノリでいいですよ。サネタダだけど、読めるでしょ? 『実理』って、字なんだし」
「まぁ…」
「これから一緒に仕事するんですし? 葉月さんよりも、年下だし」
にっと笑って、風石…ミノリは言う。
それから、少し考えて。
「好きな人はいますよ。オレ、彼女、いますもん」
「そうか」
「去年、高校卒業して。大学に入ったけど、何かなーって、思ってた。そうやって、ぐだぐだ考えてたら、あいつが今回の募集の記事、見つけてきてくれて。実は、デザインなんて、あんまり本腰入れて、やったことないんです」
「…え?」
車のそばで、立ち止まって、顔を見れば。
彼は、少し長い髪を揺らして、俺に笑みを向けてた。
「造るのだって、バイトでちょっと、やってたぐらいだし。でも美弥に……、あ、オレの彼女ですけど。美弥に、そっちの方で、考えてみればって、言われて。火とか使うって言ったら、散々、やめてって言ってたのに」
「………」
「オレ、いい顔してるって。好きなんだろうなって、思うから。やるならきちんと、やってほしいって、言われて。あのデザインだって、美弥にいろいろ相談して、ああいう形にしたんだし。だから、いつかお礼しないとなーとは思ってるけど。あいつのこと考えながら、っていうのは、思いつかなかったなぁ」
どこか遠くを見ながら紡いで。
ミノリは「それじゃ」と、背を向けて、去っていった。
家は近いから、送ってくれなくていいとか。
それを、俺が言うより先に、俺に投げて寄越して。
ミノリは、外へと出ていった。
それを見て。
俺は車のキーを、ポケットから取り出す。
口に出したからか。
彼女に会いたくなって。
でも、彼女の今日のスケジュールを知らないから、行ってもいいものか、考えてしまって。
俺は小さく、息を吐き出した。

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