階段に手すりがあると気づいたのは
ようやく一段 上ってから誰が取り付けたのか
取り付けることに決めたのか
わからないけれど
「不要なものなんてないんだよ
そこにあるものは
いつか必ず
君のためになるよ」
いつかの
彼女の言葉を思い出して
それに俺は 手をかけた
階段を上っていく
その勇気を
励ましを
取り付けてくれた誰かから
得る……ために
Truth 〜 patience 〜
「これが募集したスタッフ候補の履歴書です」
差し出されたものを受け取って。
それに目を通す。
「言わば、君が社長の会社を作るようなものだから。慎重にね」
言われて、それから視線を上げた。
考えてもいなかったこと。
けれど確かに、そういうことなのだと考えて。
気を引き締めた。
俺が決めなければ、誰も決めてはくれない。
ここから先は、きっと。
誰のせいにもできないぐらいに、後戻りできないこと。
「経験で、とりあえず選別してみたんだ。あとは…熱意?
でもそれは、履歴書から見るのはちょっと難しいからね。面接もやらないといけないかな」
「そう…ですね」
もし――彼女がいたら。
いい案を俺に、授けてくれるだろう。
ここからさらに、絞り込む。
その…方法を。
「君の名前は、実は出してなくて。ただ、宝飾デザイナーの下で働きたい人、みたいな感じで、募集しただけ」
「………」
「ミーハーなのが来ても、困るだけだしね」
「…そうですね」
「どうしようか?」
問われて、考えて。
履歴書の数を、何となしに、数える。
その数は、二十八枚。
「葉月くん?」
「――テストみたいなことって……できますか?」
「テスト?」
それしか思いつかなくて。
俺は思い切って、口にした。
諸岡さんを見続けていれば、腕を組んで、考え込んで。
「それって…、君のデザインを、形にするってこと?」
「そうです」
「……でもそれじゃ…」
「それしか伝えなかったら。やっぱり……それしか、造ってこないでしょうか?」
言えば、諸岡さんは目を見開いて。
それから、ふっと、声に出して笑い出す。
「なるほどねー。そういうことか」
言いながらも、笑っていて。
俺は肩を落として。
笑みを浮かべた。
「デザイナーも同時に発掘すると」
「ええ」
「精巧に造ってくれば、造り手に。少し変えてきたようなら――もちろん、理由にもよるけど――デザイナーの卵に仕立てるわけか」
「だめですか?」
「いや。おもしろいよ。それで行きましょう」
言って、彼は手帳に、今のことを記していく。
「香野くんがもうすぐ、来る予定なんだ。そうしたら今のことを話して。……デザイン、どうする?」
「今、実は手を加えようと思ってるものがあるんで」
「でも、君自身はどうすればいいか、迷い中」
「……はい」
「ぴったりだね」
笑顔を浮かべて、諸岡さんは言って。
見せてもらってもいいかな?
という、その言葉に従って、バッグを開けた。
スケッチブックを取り出して。
ページを捲って。
彼へと差し出して。
受け取られたのを確認してから、手を離す。
平日の昼間の。
出版社のビルが立ち並ぶ、その一角の、喫茶店。
声は小さな、ひそひそ声のようなものばかりで。
それでも時々、大きな声も聞こえてはくるけれど。
とりあえず、ここは。
本を作っている人たちにとっては。
喫茶店ではなくて、仕事場の一つなんだと思った。
打ち合わせのためだけに存在する、喫茶店。
――だから。
「これ、コピーしてもいいかな?」
急に話しかけられて、俺は視線を戻す。
彼の視線は、未だにスケッチブックの上。
「はい」
「その前に、線を一つにしないとダメかな?」
「ああ…、そうですね」
スケッチブックを手にして。
まっさらなページに、描いていく。
見直さなくても、わかっているから。
そうして、描き上げて。
「それって、ペンダントトップだよね?」
「…はい」
「モチーフは……花?」
「スターチスっていう…」
「出来れば、それは変えてほしくないよね?」
「そうですね」
「うんうん。合格はなくても、とりあえず、減点部分はないとね」
描き上げて、どうしようかと悩んで。
結局、そのページを切り離した。
それに驚いて、諸岡さんは手帳から顔を上げたけど。
俺にはもう、必要のないものだったから。
「…大丈夫?」
「はい」
「じゃあ、いただきます」
頭を下げた彼に、小さく笑って。
それから、店の入り口に瞳を向ける。
見知った顔に、小さく頭を下げて。
そうすれば、諸岡さんは振り向いて、立ち上がって。
手を振って、自分の居場所を示して。
「テストをやろうってことになったよ」
なんて。
やってきた香野さんに、話しはじめた。
家に辿り着いて。
何よりも先に、リビングへと向かう。
そこに置いてある、パソコンの前に。
彼女からのメールが、あれ以来止まっていたから。
今日は来ていてほしいなんて。
どこか、祈りながら、電源を入れて。
バッグを置くのよりも、まず、立ち上がるのを、そこで待ち続けていた。
上がった瞬間に、メールボックスを開いて。
そして。
「ない、か……」
呟いて、肩を落とす。
たとえ、諸岡さんに聞いたとしても。
彼女の行動を、把握しているわけじゃないから。
今、何をしているかなんて、わからないんだろう。
だから何も、彼女のことに関しては、言わなかった。
こういう時、突きつけられる。
今の、俺と彼女の関係。
それがいかに小さくて。
薄くて。
不確かなものか。
肩を落として。
バッグを肩から、滑り落とす。
と、新着メールを知らせる音が響いた。
それに急いで、瞳を向ければ。
一通の、メール。
『ごめん! 仕事してたー!!』
という件名に、大きく目を見開いて。
それから、ほっと息を吐いた。
開けば、必死な彼女の声が、聞こえるほど。
『葉月くんへ
ほんっとごめん!
件名にも書いたけど、仕事してました。
いや、それはすぐに終わったんだけど。
やらなくちゃいけないこともあって。
それをしてたら、あとでいいやーって、思っちゃって。
気が付いたら、こんなに遅くなっちゃってました。
もう、本当にごめん!』
手を合わせて、謝ってる姿が目に浮かんで。
俺はくすくすと笑い出す。
『えと、変装? だっけ?
出来るようなら、して?
多分、わかると思うから。
でも、どうだろ?
君に会ってないから、わかんないかもね』
それに、目を細めた。
彼女と会わなくなって、約六年。
それは決して、短くはないから。
彼女のこの、言葉も――わからなくはない。
だとしたら、やらない方がいい…か?
『代わりに、目立たないとこに立っててよ。
頑張って捜すからさ』
それが、賢明かもな。
思いながら、ふっと笑みを零した。
そのあとに書かれていたのは、やっぱり、また謝罪の言葉で。
気にし続けているのが、彼女らしいと、そう思う。
早く会いたい。
考えて。
でもまだ、二週間近くもあって。
その事実に。
俺は深く、息を吐いてた。
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