不安はなくて
けれど 俺はひとりで階段に足をかけても
右足を 乗せても
左足を階段の上に上げることは
できなかった
不安は
ないはずなのに
階段の上に
階段を上り切った その向こうに
俺が考えている
その――ものが
あるのかどうか わからないから
だから 思い切れなかった
Truth 〜 impatience
〜
家に着いて。
それからすぐにしたことは、パソコンを立ち上げること。
起動するまでのその間に、バッグを置いて。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。
小さなそれを手にしたまま、パソコンの前へと戻って。
起動していたそれを操作して、メールのページを開いた。
そこには、一通の新着メール。
件名は。
『玲ちゃんだよん(^^)v』
「………」
言葉もなく、笑う。
何だ? それ。
なんて。
そんなことを思いながら、メールを開く。
『葉月くんへ
×日ね。了解です!
多分、暇だと思うから。
大丈夫でしょう』
それに、やっぱり先のことはわからないのかもしれない、なんて思う。
まぁ、作家だしな。
すぐに書き上げられたなら、暇だろうけれど。
詰まっていたら、暇じゃないっていうことなのかもしれない。
考えて、息を吐き出した。
『森林公園って…本当に好きなんだねぇ?
まぁ、わかりやすいからいいけどさぁ』
「悪かったな」
つい、言葉を漏らして。
たった一人の空間で、眉根を寄せる。
『家から近いし、大丈夫っちゃ、大丈夫だけどね?
でも、ひねりがないよ?』
「煩い」
『それと、バレないようにしてきてよ?
君今、すっごいんだから!』
ああ…なんて、小さく思って。
俺はそれに、ため息を落とした。
彼女は、俺が気づかないことに、気づいてくれていたから。
こういう苦言も、時々、ぶつけてくれた。
それは聞いた方がいいのは、わかっているけれど。
「バレないように…って……、変装…?」
そんな風に、うまく、考え付かなくて。
俺はただただ、四角い画面を見て、考えるだけ。
彼女がそばにいた頃は。
すぐに答えをくれたのに。
そのメールには、それ以上、そのことに触れたような文面は、見つけられなくて。
『とにかく、来月の×日……って。
相談でしょ?
そんなに日にち置いても平気なの?
大丈夫だから、君はそう言ったんだろうけど。
前倒しするなら、早めによろしくね?
んじゃ! 今回はこれで!』
そのあとに添えてある、彼女の名前まで読んで。
項垂れる。
どうすれば――いいんだろう?
考えて。
それから、このメールに返信を書くべきかどうかも、迷って。
でも結局。
ようやく、小さな、薄いものだとしても。
できた……繋がりだから。
断ち切りたくは、なくて。
返信のそのページを、俺は開いてた。
『田端へ
日程……だけど。
仕事してるんだろ? おまえ。
大丈夫なのか? 早くても。
でも、俺の方が大丈夫だと思うから、その日で。
早まりそうなら、また連絡する。
それから。
ばれないようにって、変装しろってことか?
それでおまえがわかるならいいけど。
わからないようなら、やめとく。
それじゃ、×日に。
忘れるなよ?』
そこまで書いて。
今回は見直した。
今までは、勢いで送り出していたけれど。
今回からは、少し冷静にならなければと、そう思ったから。
彼女が、あの頃と同じ呼び方で書き出していたから。
俺も、書き出しをそれに合わせた。
ただ、まだ想いは隠すと決めていたから。
名前では呼ばずに、名字で。
彼女に会った時にも――気をつけないとな。
考えて。
何度も読み直して。
それから、自分の名前を記して、送り出す。
返事は、必ず来る。
そう確信していたから、電源を落とした。
返事がほしいと、そう書かなくても。
問いを彼女に、投げたから。
それに答えない、なんてことは、彼女はしない。
高校の時のことを思い出しながら、俺はゆっくりといすから立ち上がる。
返事はきっと、明日。
そんなことを考えながら、時計に目を移して。
針が差していた時間に、小さく息を吐いた。
明日が来るまで、まだ五時間以上もある。
それに、朝は時間がないから。
考えて。
明日は仕事と、打ち合わせ。
それを思い出して、小さく頭を振って。
大きなため息を落とした。
だからこそ、俺がパソコンを立ち上げるまでと、考えれば。
きっと今から、丸一日以上。
長引きそうだと言った、マネージャーのその言葉を思い出しながら。
ソファに腰かけて。
それでも明日。
どんなに疲れていても、パソコンは立ち上げよう。
決めて。
そうしたら、思い出したこともあって。
諸岡さんに、新しいデザイン、見せるって約束、したな…。
と、バッグを引き寄せて、中に入れていたスケッチブックを開いた。
どれがいいだろう?
なんて考えるまでもなく。
形になっているものに、印を付ける。
明日の空いている時間にでも、コピーしよう。
そんな風に考えながら、背もたれに身体を預けて。
ページを捲り続けていた。
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