欲しいものなんか、たったひとつだけで。
だからと言ったって、それが手に入るはずもない。
わかってたから、何も言わずに来たのに。
スカイ・ブルー 2
コンビニ寄って、食べ物と飲み物買って。
それからまた、歩いた。
なぜかアタシの右手は、アイツの左手に収まってて。
ずーっとずーっと、収まってて。
はっきり言って、落ち着かなかったけど。
そのことを言ったら。
確実にからかわれることを知っているから。
手が離されてしまうかもしれないことを、知っているから。
アタシは何も言わずに、無視し続けてた。
前を歩くアイツの背中。
大きな手に、ちょっと…安心する。
包まれていること。
それに、安堵してる、アタシがいる。
感じて、あの子が言っていたことを、思い出した。
どこかが繋がっていると、ものすごく安心出来るって。
その気持ちが、今なら本当にわかる気がした。
でも、安心しちゃっていいはずが、アタシにはない。
アタシはコイツの友達で。
コイツはどう思ってるかは知らないけど。
でも今は、友達である、はずだから。
「どこ行くのよ?」
少し嫌そうな顔をしながら、手を振ってみる。
「さーて、どこやろなぁ?」
けど、姫条は気が付かない。
フリかもしれないけど、手は離されない。
「あのさぁ、いい加減……」
「嫌や」
「?」
アタシが言いたかったことを知ってるみたいに否定して、姫条は前だけを見てた。
アタシが言いたかったこと。
手を離して欲しいと、そう、言ってみたかった。
けどコイツは。
嫌だと、そう言った。
「戻る気、ないんやろ?」
「………」
ないけど。
だからってそれが、このこととどう関係あるのかなんて、アタシにはわからない。
「せやったら、オレの言う通りに来ればいいんや」
「……彼女に言いつけちゃうんだから。アタシのこと、そう言ったことも」
「彼女ぉ? 彼女って誰やねん?」
「この前一緒に歩いてたじゃない。映画館の前のとこ」
「あれはなぁ、道を教えて欲しい、言われて。案内してたんや」
つうか、見てたんかい。
呻くように言われて。
アタシは小さく、頷いた。
見てたわよ。
見つけちゃったんだもん。
仕方ないじゃない。
「とかいって、ナンパしたんじゃないの?」
「してないわ!」
「ムキになって否定してるとこが、アヤシイ」
「あんなぁ……」
急に、声にハリがなくなって。
本気で困っていることを、届けてくる。
何で困るのよ?
アタシはアンタに取ってみたら、友達なんでしょう?
もしくは、漫才の相方、とか。
そんなものでしかないんでしょう?
隣りに並んで、顔を覗き込む。
肩を大きく落として。
それでもアタシに気づいて、ほんの少し、視線を投げてくる。
けどやっぱり、困り果ててるみたいな、そんな表情。
「姫条?」
「もうええわ。それより、もう着くで」
言われて、アタシは周りに目を向ける。
そこは、結構知っている場所で。
「まさか、行き先って……」
「オレの家」
にっと笑って、姫条はそう綴る。
アタシは深々と、息を吐いてた。
ここに足を踏み入れるのは、別に初めてってわけじゃない。
本当に必要なものしか置いていない、一人暮らしのコイツの部屋。
でも、誰かからもらったものは、必ず、目の届くところに置いてある。
捨てたりとか、絶対にしない。
「あ、これ……」
がさがさとビニール袋を探る音が響く中。
アタシは偶然に近い形で、それを見つけた。
何をしたらいいのかわからなかったから、ソファに座って、周りを見てたんだけど。
アタシがあげたあれだけは、どこにもなかったから。
奥の部屋にでもあるのかなーなんて、少しガッカリして、ソファの背もたれに身体を預けたその時に――見つけた。
だって、こんなとこにあるとは思わないじゃない。
まさか、って、思ったその場所に、それはあったから、アタシはそう思ってた。
「いいやろ? 初めて見た時にな、絶対ここに飾ったるって、思ったんや」
ある時からずっと、アタシたちは外で会ってた。
アタシの写真を雑誌社に持っていった。
そのあとから、ずっと。
雑誌社で、偶然あの子に会って。
帰り道、コイツのことを話して。
すぐに別れたんだけど、それからすぐ。
コイツの声が聞きたくなった。
たったそれだけの理由で、電話して。
それでも、いろんなことを話して。
次の日、結局…会ってたよね。
思い出して、ふっと笑む。
その時に渡した写真。
玲があの場所に来る前。
編集長の諸岡さんに、風景物で唯一、いいと言葉をもらえた写真。
真っ青な――空。
それが天井に張ってある。
「知り合いに頼んでな、ポスターにしてもらったんや。ええやろ?」
大きな大きな、青い空が。
少し暗いと思えるような部屋の天井にある。
「何か、ヘンな感じ」
「そうか? オレはいいと思うんやけどなぁ」
「でも、ありがとう」
空を見つめたまま、アタシは言う。
最初から、これはコイツにって思ってた。
撮った時。
ううん、これを撮ろうと決めた時から。
この空は、コイツにあげようって、そう思ってた。
「もらった時な。実はめっちゃ嬉しかったんや。どこの空を切り取られたんかはわからんけど、これはおまえのもの、言われたみたいでなぁ」
アタシが買ったものと、姫条が買ったもの。
その缶を置いた音が、小さく響いた。
姫条を見れば、空を見上げていて。
微笑ってて。
何か、嬉しかった。
「教えてあげよっか?」
「何を?」
「これ、どこのか」
「いらん。わかってしもたら、急にオレのもんって思えなくなるわ」
「…そう?」
「オレはそう思うんや」
言い終わるのと同時に、頭に手を置かれて。
で…思いっきり、髪を乱された。
「ちょっ、アンタね!」
手を跳ね除けて、バッグから鏡を取り出して。
そこに映し出された自分の姿に、アタシは大きく肩を落とした。
ぐちゃぐちゃになってて、悲しくて。
結構気に入ってる髪形だから、なおさら。
バレッタ取って、机の上に置く。
「洗面所は?」
「何で?」
「決まってんでしょ? 髪、直すから」
ため息吐きながら、髪に指を通す。
バッグの中を探って、ブラシを出して。
準備OKとか思ってるのに、姫条は動いてくれない。
ただ、アタシの隣りに腰掛けて、何か考え込んでるだけ。
「どうしたの? まさか、洗面所ない、とか言うんじゃないでしょうね?」
「んなわけあるかい」
「じゃあ何なのよ」
「その……一回聞いてみたかったんやけど、ええか?」
「? うん……」
いつもより、何か真剣な表情してる?
って、思った。
そう思ったら、何を聞かれるのかが、ものすごく、気になって。
「姫条?」
名前呼んで、先を促してた。
いっつも、バカみたいに笑ってるのに。
笑ってるくせに。
今はものすごく、どうしたらいいか困ってる。
そんな顔。
確か、最初に話した時にも、こんな顔してた。
何をどう言ったらいいのか、よくわからんのや。
とか、言ってたっけ。
お互い、高等部の一年で。
入学式の前に、アタシはボーッと、校門のとこで、空を見上げてた。
その時に、話し掛けてきたんだ、コイツが。
内容は単純明解で。
どこに行ったらいいのか、わかんない、って感じで。
とりあえず、体育館の場所、教えて欲しいって。
だから教えた。
簡単に。
でもそういうこと、親が全部知ってるはずでしょう? って、つい言っちゃったんだよね。
入学決まった時にもらう書類に、全部書かれてるんだからって。
そしたら、一人でこっちに出てきたから、親はいないって。
書類にも、目を通すの、面倒くさくなって、読んでないって。
アタシはそれに驚いて、理由、聞いていいものかどうか、少し迷って。
その時に……こんな顔、してた。
どう言ったらいいかわからない、みたいな。
けどすぐに、コイツは笑ってた。
笑い話みたいに、事情話して。
暗くなるのは、性に合わないのかもって思ったから、アタシも同じ調子で話してあげた。
そしたら――掛け合い漫才みたいになってた。
嫌じゃなかった。
楽しかったし。
ただ。
ウワサばっかりが一人歩きしてるのは、嫌だった。
彼女とか、恋人とか。
そんなんじゃない。
アタシはコイツの友達だった。
そうとしか思わないように、接してきた。
いくら話があったって。
気があったって。
コイツがそういう対象に見てくれなかったら、終わりなんだから。
一緒に歩いてたって、コイツの視線の先は、アタシにはなかったし。
だから。
「――オレのこと、一人の男として、見てへんやろ?」
「は?」
急な問いかけに、アタシはそんな声を上げた。
急に何を言い出すわけ?
「こんな時間に、男の部屋。意識とか――全然、してへんやろ?」
「意識って……」
「まぁ、してたら普通は嫌がるやろなぁ。他意がないのかとか、めっちゃ聞いてくるもんやしな」
ははって、乾いた笑いを発して。
姫条は視線を俯かせた。
そんな姫条を見ながら、アタシだって、って…思う。
どんなつもりで連れてこられたか、なんて、全然わかってないんだから、どうすることも出来ないじゃない、普通は。
だってアタシは、コイツの彼女じゃない。
ただの友達。
「アンタだって、同じでしょう?」
口を開いて、反論を開始する。
わかってないのは、コイツも同じこと。
「何が?」
「どういうつもりでここに連れてきたわけ? どこ行くのって、何回も聞いたでしょ? アタシ」
「どういうつもりて……」
「まぁ、そういうつもりだったとしたって、アタシは逃げる気、なかったけど……」
尻窄みになりながら言って、アタシも俯いた。
驚いたような視線と、自分が言った意味に、顔を赤くしながら。
机の上に置いた鏡が、そんなアタシを映してた。
「藤井?」
「意識して欲しいんなら、バリバリにしてあげるわよ。けど、アタシは完璧に、アンタにはそういう対象に見られてないって、そう思ってたし。アタシだってアンタに、アタシのこと、女として見たことないんじゃないの? って、そう…聞きたいわよ」
あ、泣きそう。
自分でそう思った。
姫条はアタシを見てる。
驚きはもう、そんなには感じなかった。
ただ、ふっと零された、小さな笑みは。
妙に気に障ったけど。
「何よ?」
「いや。あかんなぁ、と…思うてなぁ」
そう言って、くつくつと姫条は笑う。
自嘲のそれと気づくまでには、結構かかった。
でも、気づいたとしても。
自分の膝に頬杖を突いて、笑ってる姫条を、アタシはただ――見てるだけ。
「姫条?」
居たたまれなくて、アタシはその名を呼ぶ。
どうしたらいいかわからなかったんだから、仕方ないじゃない?
そうしたら。
金色の瞳がアタシを見た。
射抜かれるって、こういうことを言うのかもしれない。
視線が外せなくて、動けなくて。
近づいてきた見慣れた顔に、思い切り瞼を下げることしか、許されなくて。
「っ!」
唇に触れたものは、すぐに離れた。
欲しかったけど。
ずっとずっと、したいって思ったけど。
思ってきたけど。
瞼を上げたそこには、アイツの顔。
まだ、キスが出来そうな。
そんな距離を保ってる。
「き…じょう?」
心臓は煩いぐらいに脈打ってる。
もしかしたら半分以上、パニクってるかもしれなくて。
変に泣きそうで、仕方がないぐらいで。
「ちゃんと、女として見てた」
間近で、答えをもらって。
「今日だってそうや。あの店入ったら、好きな女が、別の男と話してる。嫌で嫌で、仕方なくてな」
「…それは……」
「偶然装って、声かけて。何しとるのか聞いたら、合コン。しかも彼氏が欲しい、言うしな。オレ、男として見てもらってへんのかもって、少し悲しくなったわ」
「だ、だって……」
アタシだって出来れば、遠慮したかった。
玲のこと考えたら…って。
けど、友達付き合いっていうのだって、いろいろあるし。
だから、仕方なしに付き合ってた。
「玲ちゃん口実にして、連れ出すことにも成功して。戻りたそうな感じは全然なかったから、ここに連れていってやれって。それで、オレがどう思われてんのかぐらい、わかるやろ、って。そう、思ったんやけどな。抵抗するどころか、むしろ楽しそうな顔されたら、あかんのかもって、思うやろ、普通」
「………」
「まぁ、ジブンにしてみたら、不謹慎かもしれん。オレかて、そう思うとるからな」
罪悪感はある。
そう言いながらも、コイツはアタシの目の前にいる。
ものすごく、近くに。
そして、アタシの髪を一房取った。
それに口付けて。
本当に愛しそうに、口付けて。
「けど、こんな姿見たら、止められるわけ、ないやろ」
言葉に、コイツの前で髪を下ろしたの、初めてだったって、思い出した。
そうこうしてるうちに、また近づかれて。
また唇が重なって。
ほんの少しだけ、逃げたけど。
それで離れてくれるわけもなくて。
頭の後ろを大きな手で支えられる。
少し顔を上向けられて、唇が深く重なって。
重なってる、だけで。
それでも、嬉しかったのに。
離れて。
「奈津実」
って、名前で呼んでくれて。
それから、耳元で。
「好きや。めっちゃ、愛してる」
なんて、囁かれたら。
それだけで、ものすごく、嬉しくて。
涙、出ちゃって、どうしようもなくて。
「返事は?」
「アタシも、まどかのこと…好き」
「上出来や」
涙声で告白したアタシに、まどかは綺麗に微笑んで。
抱き締めて。
深いキスをくれたから。
アタシも、ぎこちなくはあったけど。
一生懸命、応えてみてた。
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