欲しいものなんか、たったひとつだけで。
だからと言ったって、それが手に入るはずもない。
わかってたから、何も言わずに来たのに。




スカイ・ブルー





コンビニ寄って、食べ物と飲み物買って。
それからまた、歩いた。
なぜかアタシの右手は、アイツの左手に収まってて。
ずーっとずーっと、収まってて。
はっきり言って、落ち着かなかったけど。
そのことを言ったら。
確実にからかわれることを知っているから。
手が離されてしまうかもしれないことを、知っているから。
アタシは何も言わずに、無視し続けてた。
前を歩くアイツの背中。
大きな手に、ちょっと…安心する。
包まれていること。
それに、安堵してる、アタシがいる。
感じて、あの子が言っていたことを、思い出した。
どこかが繋がっていると、ものすごく安心出来るって。
その気持ちが、今なら本当にわかる気がした。
でも、安心しちゃっていいはずが、アタシにはない。
アタシはコイツの友達で。
コイツはどう思ってるかは知らないけど。
でも今は、友達である、はずだから。
「どこ行くのよ?」
少し嫌そうな顔をしながら、手を振ってみる。
「さーて、どこやろなぁ?」
けど、姫条は気が付かない。
フリかもしれないけど、手は離されない。
「あのさぁ、いい加減……」
「嫌や」
「?」
アタシが言いたかったことを知ってるみたいに否定して、姫条は前だけを見てた。
アタシが言いたかったこと。
手を離して欲しいと、そう、言ってみたかった。
けどコイツは。
嫌だと、そう言った。
「戻る気、ないんやろ?」
「………」
ないけど。
だからってそれが、このこととどう関係あるのかなんて、アタシにはわからない。
「せやったら、オレの言う通りに来ればいいんや」
「……彼女に言いつけちゃうんだから。アタシのこと、そう言ったことも」
「彼女ぉ?
彼女って誰やねん?」
「この前一緒に歩いてたじゃない。映画館の前のとこ」
「あれはなぁ、道を教えて欲しい、言われて。案内してたんや」
つうか、見てたんかい。
呻くように言われて。
アタシは小さく、頷いた。
見てたわよ。
見つけちゃったんだもん。
仕方ないじゃない。
「とかいって、ナンパしたんじゃないの?」
「してないわ!」
「ムキになって否定してるとこが、アヤシイ」
「あんなぁ……」
急に、声にハリがなくなって。
本気で困っていることを、届けてくる。
何で困るのよ?
アタシはアンタに取ってみたら、友達なんでしょう?
もしくは、漫才の相方、とか。
そんなものでしかないんでしょう?
隣りに並んで、顔を覗き込む。
肩を大きく落として。
それでもアタシに気づいて、ほんの少し、視線を投げてくる。
けどやっぱり、困り果ててるみたいな、そんな表情。
「姫条?」
「もうええわ。それより、もう着くで」
言われて、アタシは周りに目を向ける。
そこは、結構知っている場所で。
「まさか、行き先って……」
「オレの家」
にっと笑って、姫条はそう綴る。
アタシは深々と、息を吐いてた。


ここに足を踏み入れるのは、別に初めてってわけじゃない。
本当に必要なものしか置いていない、一人暮らしのコイツの部屋。
でも、誰かからもらったものは、必ず、目の届くところに置いてある。
捨てたりとか、絶対にしない。
「あ、これ……」
がさがさとビニール袋を探る音が響く中。
アタシは偶然に近い形で、それを見つけた。
何をしたらいいのかわからなかったから、ソファに座って、周りを見てたんだけど。
アタシがあげたあれだけは、どこにもなかったから。
奥の部屋にでもあるのかなーなんて、少しガッカリして、ソファの背もたれに身体を預けたその時に――見つけた。
だって、こんなとこにあるとは思わないじゃない。
まさか、って、思ったその場所に、それはあったから、アタシはそう思ってた。
「いいやろ?
初めて見た時にな、絶対ここに飾ったるって、思ったんや」
ある時からずっと、アタシたちは外で会ってた。
アタシの写真を雑誌社に持っていった。
そのあとから、ずっと。
雑誌社で、偶然あの子に会って。
帰り道、コイツのことを話して。
すぐに別れたんだけど、それからすぐ。
コイツの声が聞きたくなった。
たったそれだけの理由で、電話して。
それでも、いろんなことを話して。
次の日、結局…会ってたよね。
思い出して、ふっと笑む。
その時に渡した写真。
玲があの場所に来る前。
編集長の諸岡さんに、風景物で唯一、いいと言葉をもらえた写真。
真っ青な――空。
それが天井に張ってある。
「知り合いに頼んでな、ポスターにしてもらったんや。ええやろ?」
大きな大きな、青い空が。
少し暗いと思えるような部屋の天井にある。
「何か、ヘンな感じ」
「そうか?
オレはいいと思うんやけどなぁ」
「でも、ありがとう」
空を見つめたまま、アタシは言う。
最初から、これはコイツにって思ってた。
撮った時。
ううん、これを撮ろうと決めた時から。
この空は、コイツにあげようって、そう思ってた。
「もらった時な。実はめっちゃ嬉しかったんや。どこの空を切り取られたんかはわからんけど、これはおまえのもの、言われたみたいでなぁ」
アタシが買ったものと、姫条が買ったもの。
その缶を置いた音が、小さく響いた。
姫条を見れば、空を見上げていて。
微笑ってて。
何か、嬉しかった。
「教えてあげよっか?」
「何を?」
「これ、どこのか」
「いらん。わかってしもたら、急にオレのもんって思えなくなるわ」
「…そう?」
「オレはそう思うんや」
言い終わるのと同時に、頭に手を置かれて。
で…思いっきり、髪を乱された。
「ちょっ、アンタね!」
手を跳ね除けて、バッグから鏡を取り出して。
そこに映し出された自分の姿に、アタシは大きく肩を落とした。
ぐちゃぐちゃになってて、悲しくて。
結構気に入ってる髪形だから、なおさら。
バレッタ取って、机の上に置く。
「洗面所は?」
「何で?」
「決まってんでしょ?
髪、直すから」
ため息吐きながら、髪に指を通す。
バッグの中を探って、ブラシを出して。
準備
OKとか思ってるのに、姫条は動いてくれない。
ただ、アタシの隣りに腰掛けて、何か考え込んでるだけ。
「どうしたの?
まさか、洗面所ない、とか言うんじゃないでしょうね?」
「んなわけあるかい」
「じゃあ何なのよ」
「その……一回聞いてみたかったんやけど、ええか?」
「?
うん……」
いつもより、何か真剣な表情してる?
って、思った。
そう思ったら、何を聞かれるのかが、ものすごく、気になって。
「姫条?」
名前呼んで、先を促してた。
いっつも、バカみたいに笑ってるのに。
笑ってるくせに。
今はものすごく、どうしたらいいか困ってる。
そんな顔。
確か、最初に話した時にも、こんな顔してた。
何をどう言ったらいいのか、よくわからんのや。
とか、言ってたっけ。
お互い、高等部の一年で。
入学式の前に、アタシはボーッと、校門のとこで、空を見上げてた。
その時に、話し掛けてきたんだ、コイツが。
内容は単純明解で。
どこに行ったらいいのか、わかんない、って感じで。
とりあえず、体育館の場所、教えて欲しいって。
だから教えた。
簡単に。
でもそういうこと、親が全部知ってるはずでしょう?
って、つい言っちゃったんだよね。
入学決まった時にもらう書類に、全部書かれてるんだからって。
そしたら、一人でこっちに出てきたから、親はいないって。
書類にも、目を通すの、面倒くさくなって、読んでないって。
アタシはそれに驚いて、理由、聞いていいものかどうか、少し迷って。
その時に……こんな顔、してた。
どう言ったらいいかわからない、みたいな。
けどすぐに、コイツは笑ってた。
笑い話みたいに、事情話して。
暗くなるのは、性に合わないのかもって思ったから、アタシも同じ調子で話してあげた。
そしたら――掛け合い漫才みたいになってた。
嫌じゃなかった。
楽しかったし。
ただ。
ウワサばっかりが一人歩きしてるのは、嫌だった。
彼女とか、恋人とか。
そんなんじゃない。
アタシはコイツの友達だった。
そうとしか思わないように、接してきた。
いくら話があったって。
気があったって。
コイツがそういう対象に見てくれなかったら、終わりなんだから。
一緒に歩いてたって、コイツの視線の先は、アタシにはなかったし。
だから。
「――オレのこと、一人の男として、見てへんやろ?」
「は?」
急な問いかけに、アタシはそんな声を上げた。
急に何を言い出すわけ?
「こんな時間に、男の部屋。意識とか――全然、してへんやろ?」
「意識って……」
「まぁ、してたら普通は嫌がるやろなぁ。他意がないのかとか、めっちゃ聞いてくるもんやしな」
ははって、乾いた笑いを発して。
姫条は視線を俯かせた。
そんな姫条を見ながら、アタシだって、って…思う。
どんなつもりで連れてこられたか、なんて、全然わかってないんだから、どうすることも出来ないじゃない、普通は。
だってアタシは、コイツの彼女じゃない。
ただの友達。
「アンタだって、同じでしょう?」
口を開いて、反論を開始する。
わかってないのは、コイツも同じこと。
「何が?」
「どういうつもりでここに連れてきたわけ?
どこ行くのって、何回も聞いたでしょ? アタシ」
「どういうつもりて……」
「まぁ、そういうつもりだったとしたって、アタシは逃げる気、なかったけど……」
尻窄みになりながら言って、アタシも俯いた。
驚いたような視線と、自分が言った意味に、顔を赤くしながら。
机の上に置いた鏡が、そんなアタシを映してた。
「藤井?」
「意識して欲しいんなら、バリバリにしてあげるわよ。けど、アタシは完璧に、アンタにはそういう対象に見られてないって、そう思ってたし。アタシだってアンタに、アタシのこと、女として見たことないんじゃないの?
って、そう…聞きたいわよ」
あ、泣きそう。
自分でそう思った。
姫条はアタシを見てる。
驚きはもう、そんなには感じなかった。
ただ、ふっと零された、小さな笑みは。
妙に気に障ったけど。
「何よ?」
「いや。あかんなぁ、と…思うてなぁ」
そう言って、くつくつと姫条は笑う。
自嘲のそれと気づくまでには、結構かかった。
でも、気づいたとしても。
自分の膝に頬杖を突いて、笑ってる姫条を、アタシはただ――見てるだけ。
「姫条?」
居たたまれなくて、アタシはその名を呼ぶ。
どうしたらいいかわからなかったんだから、仕方ないじゃない?
そうしたら。
金色の瞳がアタシを見た。
射抜かれるって、こういうことを言うのかもしれない。
視線が外せなくて、動けなくて。
近づいてきた見慣れた顔に、思い切り瞼を下げることしか、許されなくて。
「っ!」
唇に触れたものは、すぐに離れた。
欲しかったけど。
ずっとずっと、したいって思ったけど。
思ってきたけど。
瞼を上げたそこには、アイツの顔。
まだ、キスが出来そうな。
そんな距離を保ってる。
「き…じょう?」
心臓は煩いぐらいに脈打ってる。
もしかしたら半分以上、パニクってるかもしれなくて。
変に泣きそうで、仕方がないぐらいで。
「ちゃんと、女として見てた」
間近で、答えをもらって。
「今日だってそうや。あの店入ったら、好きな女が、別の男と話してる。嫌で嫌で、仕方なくてな」
「…それは……」
「偶然装って、声かけて。何しとるのか聞いたら、合コン。しかも彼氏が欲しい、言うしな。オレ、男として見てもらってへんのかもって、少し悲しくなったわ」
「だ、だって……」
アタシだって出来れば、遠慮したかった。
玲のこと考えたら…って。
けど、友達付き合いっていうのだって、いろいろあるし。
だから、仕方なしに付き合ってた。
「玲ちゃん口実にして、連れ出すことにも成功して。戻りたそうな感じは全然なかったから、ここに連れていってやれって。それで、オレがどう思われてんのかぐらい、わかるやろ、って。そう、思ったんやけどな。抵抗するどころか、むしろ楽しそうな顔されたら、あかんのかもって、思うやろ、普通」
「………」
「まぁ、ジブンにしてみたら、不謹慎かもしれん。オレかて、そう思うとるからな」
罪悪感はある。
そう言いながらも、コイツはアタシの目の前にいる。
ものすごく、近くに。
そして、アタシの髪を一房取った。
それに口付けて。
本当に愛しそうに、口付けて。
「けど、こんな姿見たら、止められるわけ、ないやろ」
言葉に、コイツの前で髪を下ろしたの、初めてだったって、思い出した。
そうこうしてるうちに、また近づかれて。
また唇が重なって。
ほんの少しだけ、逃げたけど。
それで離れてくれるわけもなくて。
頭の後ろを大きな手で支えられる。
少し顔を上向けられて、唇が深く重なって。
重なってる、だけで。
それでも、嬉しかったのに。
離れて。
「奈津実」
って、名前で呼んでくれて。
それから、耳元で。
「好きや。めっちゃ、愛してる」
なんて、囁かれたら。
それだけで、ものすごく、嬉しくて。
涙、出ちゃって、どうしようもなくて。
「返事は?」
「アタシも、まどかのこと…好き」
「上出来や」
涙声で告白したアタシに、まどかは綺麗に微笑んで。
抱き締めて。
深いキスをくれたから。
アタシも、ぎこちなくはあったけど。
一生懸命、応えてみてた。

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