ふとした瞬間に思い出すのは、アイツのこと。
ふとした瞬間に聞きたくなるのは、アイツの声。
だからか。
アタシは今日も、電話してた。
スカイ・ブルー
1
話をしていたのに、アタシはふぅと息を吐いた。
相手に知られないように、小さく、短く。
ツマンナイんだけど。
思いながらも、相槌打って。
話を合わせようって必死になってる相手に、笑って見せる。
これがアイツだったら。
噛み合っていないことを、すぐにジョーダンで切り返してる。
そのあとで、別の話に持っていって。
忘れた頃に……「あれ、実はオレ、知らんねん」とかって、聞いてくるのよ。
それでアタシは呆れて。
アイツは全然、見当違いなことを口にして。
アタシがそれに突っ込んで、本当のことを教えてあげる。
あの会話以上に――楽しいと思えることを、アタシは知らない。
「でさ……」
まだ一人で話し続けてる相手に、アタシはまた一つ、息を吐く。
ちらりと視線を巡らせれば。
周りの友達は、どうやらうまく行ったみたいだった。
けどアタシは、どうもこの人のことを、好きになれない。
好きなのは、アイツ。
今話したいのは。
喋りたいのは。
アイツ……。
「藤井?」
声にアタシは振り返る。
周りの友達まで、聞き知った声に、振り返ったのがわかった。
コイツは結構、人気者。
だって、コイツと話してると楽しいから。
だからみんなが振り返る。
「姫条!」
名前を呼んで、立ち上がった。
できればこのまま、コイツと一緒に帰りたい。
この店を出たい。
そんなことを考えながら。
「姫条くん、元気ー?」
「おお、元気やでー? 希美ちゃんは、どうや?」
「元気だよー?」
「久しぶりだよね? 今もフリーター?」
「痛いとこつくなぁ、由布ちゃんも。けど、実は言い返すことが出来ないんや。悪いんやけどな」
友達は笑う。
コイツも笑う。
けどアタシは、苦笑しか出来ない。
コイツは、女友達のことを名前で呼ぶ。
初対面でも、馴れ馴れしく。
それでもみんな、嫌な顔は絶対にしない。
この人はこういう人なんだって、みんなが瞬時に理解するから。
人懐っこい笑顔と。
この関西弁と。
ボケと。
最初は驚いていても、次の瞬間には笑っていたりするから。
けど、アタシは。
名前で呼ばれたことなんて、全然ない。
いつだって、名字。
名字を呼び捨てにされる。
それは、変に特別扱いされているようで。
友達じゃなくて、別のものなんだって、言われてるみたいで。
本当に少しだけ、悲しくなったりもする。
「で? 何やっとるん?」
「何って……合コン?」
「………」
「何よ?」
急に黙りこくって、アイツはアタシの顔をじっと見る。
それから、にっと笑う。
人懐っこい、笑み。
「似合わん」
「アンタねー?」
バシッと叩いて。
力いっぱい叩いて。
「イッタイなぁ。何すんねん」
「アタシだって、彼氏、欲しいのよ」
「ほー。そりゃ、悪かったなぁ」
――何でアタシ、コイツのこと好きなんだろう?
今まで何度も思ったこと。
今また、アタシは考えてしまっている。
こんなに酷いこと言われちゃったりしてるのに。
アタシはまだ、コイツのことが好きで。
コイツとこうやって、掛け合い漫才みたいに話が出来ていることが、嬉しかったりしてる。
「あー、オレも彼女、欲しいわぁ。可愛い彼女。疲れて帰ると、玄関まで迎えに来てくれんねん。で、手料理でもって、お疲れ様って」
「ムリムリ。アンタには絶対、ムリ」
「何でそうやって、否定すんねん」
「アンタみたいなチャラチャラしたのが、そんな女の子の隣りになんか、並べるわけないじゃない」
「藤井……」
「何よ?」
「僻みはよくないで? 彼氏出来へんからって、オレにあたるなや」
「………」
そう、なのかな?
ポツリと思う。
時々、こうやって外で偶然会ったりした時。
コイツの姿を見つけた時。
そばには可愛い女の子がいたりする。
それを思い出すと、結構苦しかったりするんだけど。
はぁー、と、一つ、息を吐く。
アタシ、本当に。
何でここまでコイツのこと。
好きになっちゃったんだろう。
「それよか、ちょっとええか?」
「え?」
「話したいことあんねん」
後ろの相手に見えない位置で、指は外を差し示してる。
話したいことっていうのは。
きっと、あの子のこと。
だから迷わず、アタシは首を縦に振った。
「んじゃ、行こか。ちょっとばかり、コイツ、借りてくでー?」
言葉に、友達みんな、「いいよー」って声を上げて。
アタシは、今まで一緒に話していた人に、ごめんねって、一応声をかける。
と、その人は急に立ち上がった。
アタシは何? って感じで、その人を見る。
「君は一体誰なんだ?」
「あ? オレですか? 姫条まどか、言います」
「……藤井さんの…」
「彼氏です」
へっ?
声を上げそうになったんだけど、コイツの手がアタシの口を覆ってくれて。
「行くで」
なんて言いながら、アタシの手を引っ張った。
唖然としてたけど、アタシの相手として宛がわれた人は、気づいて戻るように声を上げて。
でもアタシは、ここには戻らない。
決めて、アタシは。
姫条の後ろにくっ付いて、店を出た。
「玲ちゃん、どないや?」
やっぱりそうだった。
思いながら、アタシは首を振る。
毎日電話を入れてる。
入れてはいるけど、毎回同じことしか口にはしない。
大丈夫って聞いて。
大丈夫、平気だよ? って、返ってくる。
声に明るさはなくて。
――というより、無理に明るくしてるような、そんなものしかなくて。
「全然ダメ。あの子、一生懸命、平気なフリしてる。時々ね、それにダマされちゃうんだけど」
「ダメやなぁ」
「だってさ、あの子すっごくウマイのよ、そういうこと」
「まぁ、確かに……」
「でもね、ふって感じで、淋しそうな顔、するの。こうやって、歩いてたりするじゃない? でね、男女とか、並んで歩いてるの見ると、羨ましそうな顔、してさ。アイツのポスターとか貼ってあると、意識して見ないようにしてて……」
「重傷やなぁ」
「だと思う。それだけ好きだったんだよね?」
泣きたくなって、下を向く。
店を出て、割とすぐに、姫条は玲の話を持ち出してきた。
それと同時に、手は離されたけど、結構、残念だったりしてた。
してたけど、歩みは止まらない。
止まる気はない。
戻る気はない。
知っているみたいに、姫条も足を止めない。
「第三者やからなぁ、オレら。推測でしか、物を語れへん」
「うん……」
「ちと、切ないかもしれんな」
言葉に、小さく頷いて。
きっと、こういうとこなのかもしれないって思う。
気が利くから、面倒見がいいから。
かなり優しくて、世話焼きで。
こういうとこなのかなって。
アタシがコイツのことを、好きな理由。
「何か出来ればいいんだけど」
「葉月に連絡取ってみてもええんやけどな。けど、玲ちゃんの言う通り、素直に答えるとは思えへんねん」
「だよね。アタシもそれは思う。けど、何かしてあげたいんだよ。あの子今まで、一人で頑張ってきたわけじゃない? 一緒にいてくれた親友が結婚しちゃって、誰にも何も言えなくて。だから――さ」
息を吐いて、姫条を見る。
けど、姫条は答えない。
考えてるような表情を見せているだけ。
だからアタシも、視線を逸らした。
何かしてあげたい。
してあげたいけど、玲はきっと、いらないって言う。
平気だから、大丈夫だからって。
――アタシ、何も出来ないままのような気がする。
「多分、藤井に出来ることは、一つやろな」
「?」
「出来るだけ、玲ちゃんのそばにいることや。一人にしときたく、ないしな」
戸惑いながらも頷いて。
でもやっぱり、それしかないのかなって、悲しくて。
アタシはもう一度、視線を伏せた。
玲の気持ち、わからなくもない。
アタシだって、同じ。
コイツのそばにいたいのに、いられないから。
そばにいること、許されないから。
こうやって時々、隣りを歩くことしか、許されてはいない。
そこまで考えて、ため息を吐く。
アタシ――何を考えたらいいのか、わかってない。
今はコイツと一緒だけど。
アタシのことを考えるより。
あの子のことを考えなきゃいけないのに。
「オレ、ずーっと、玲ちゃんと会ってへんかったからなぁ。葉月と付き合うてる時の玲ちゃん、よく知らんねんけど」
「………」
「藤井?」
視線を向けられて、アタシは思い出す。
バッグを前で両手で持って。
それを膝で蹴るみたいに、歩いてく。
「最初の頃は…スゴク、嬉しそうだったの。麻衣がいた頃は」
「マイ…?」
「玲の親友。去年の六月に、結婚して。玲のとこから出てったの。アタシはその式の日の直前に呼び出されたんだ」
携帯に突然、電話が来て。
あの子の番号だったから、それを取ったんだけど。
声は玲のものじゃなかった。
『えーと、藤井さん、だよね?』
そうやって言われて。
「アンタ誰?」
って、そう返した。
そしたら、ちょっと困ったような感じだったんだけど。
『覚えてないかな? 玲と一緒に暮らしてる、月宮麻衣って言うんだけど』
言われて、思い出して。
それで、ああって、声を上げた。
『思い出してくれた?』
「うん。でも…何で?」
『玲に内緒で、ちょっと話したいことがあるんだ。だから、これからちょっと、会えないかな?』
そりゃ、最初は何だろうって思った。
思ったけど。
『あなたにしか頼めないから。他のあいつの友達、私は知らないからっていうのも、あるんだけどさ』
なんて言われたら、断れなくて。
で、言われた場所に行った。
麻衣と本格的に話したのは、その時。
玲のことをものすごく心配してた。
でも、騙されないでって言われたことは、今でもまだ、意味がよくわかってない。
「麻衣は玲のことを『鏡』って言ってた」
「鏡?」
「そう。『玲の鏡には騙されないで』って。意味、わかる?」
聞けば姫条は、眉根を寄せて。
考えてくれた。
けど……。
「思い当たることは、あるんやけどなぁ」
って言ったきり、口を閉ざしてた。
「尽は、すごく幸せそうだったって。あの子、いっつも楽しそうな顔してたから、そういうのはあんまり、思わなかったんだけどさ」
「けど、嬉しそう、とは思っとったんやろ?」
「楽しそうで、嬉しそうだった」
「それを幸せっちゅうんやろ」
「………」
「で? 麻衣ちゃんがいなくなったあとは?」
「…笑わなくなった。葉月とケンカし出すようになったのも、その頃かな? いなくなって、同棲し始めた直後は、変わらなかったんだけど」
夜の街を、並んで歩く。
ネオンばっかりのそこに、少しだけ辟易したりもするけど。
空にはほんの少し、星もあった。
けど、昼間の空の方が、アタシは好きだなって、ふっと思ってた。
「これから、藤井はどうするんや?」
突然の問いに、アタシは瞬きを一つして。
「帰る…けど?」
って、紡ぐ。
アタシのことは今、二の次。
自分のことは今、二の次。
考えなくちゃいけないのは、あの子のこと。
だから、聞きたいことがあっても、我慢しなくちゃいけない。
そう、思ってた。
聞きたいことが、ものすごくあったりするんだけど。
それは聞いちゃいけないって。
「気の利かんやっちゃなぁ。ちょっと付き合えや」
のに、姫条はそう言って。
また、アタシの手を引いて、歩き出した。
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