もしも
あの日に一歩 踏み出していなければ今日という日は
永遠に来なかったかもしれない
遠回りもしたけど
スタートラインには
立てたから
彼女を守る類のものなら
何でも誓ってやる
絶対
そばに居続けるから
それはもう
決めているから
もしも 〜 20130216
珪 1 〜
小さく一つ、欠伸を零す。
と、頭をペシッと叩かれた。
顔を向ければ、姫条がそこにいて。
「余裕な顔してんなや。少しは緊張しとけ」
なんて、ぶつぶつ零す。
それに、どう答えたらいいのかわからなくて。
とりあえず、「悪い」と答えておいた。
でも、緊張も何も、ないと思う。
ただ今日という日を迎えたからと言って。
今日という日を終えたからと言って。
俺たちの何が変わるわけではないから。
「もうすぐですね」
扉の向こうで、有沢と話していた守村が、扉を開けて、入ってくる。
そして、ガラッと扉を閉じた。
「でも、葉月が式を挙げるとは思わんかったわ」
俺たちがいるのははば学の教室の一室で。
その中の机の一つに、姫条は軽く腰掛けていた。
俺はいすに、座っているけれど。
「そうか?」
「そうや。挙げそうにないやん。面倒なことするの、ジブン嫌いやろ?
そやのに…招待状なんか来よるし。玲ちゃんがやりたい、言うたのかと思っとったのに、葉月が全部用意したっちゅうんやから……」
「確かに、葉月くんは否定しそうですよね」
「せやろ? さすが、メガネくんや。とにかく、オレはそう思ってたから、聞いた時はびっくりしたわ。何で急に、式挙げよ、思たん?」
「べつに、急じゃない」
「そういうことやなくて」
「………」
「結婚式を挙げようと思った理由は、何だったんですか?」
守村の、その柔らかい口調に問われて、一つ、息を吐く。
理由なんてものは、ただ一つだったから。
「あいつの…玲のドレス姿、見たかったから……」
呟くように言えば。
姫条は大袈裟なぐらい、机からずり落ちて。
守村は瞳を大きく見開いて。
二人とも、驚いてるみたいだった。
「…どうした?」
「どうした、て……」
「それだけ、ですか?」
「…ああ」
いけないのか?
逆に聞き返して。
答えを待つ。
守村は考え込んで。
そのあと、
「いいんじゃないですか? 葉月くんらしくて」
そう言ってくれた。
けど。
姫条は違った。
「何やねん。その理由は」
「何って言われても……それしかない」
「……オイ」
「あいつ、高校の時のクリスマスパーティー。三年間ずっと、パンツスーツだったし」
「そう言えばそうでしたね」
「珠美ちゃんにカッコイイ、言われて。嬉しがっとったな、そう言えば」
「…ああ。それに、成人式の写真、見せてもらったけど。そこでも、同じだった」
「振袖、着てきませんでしたね、田端さん」
「葉月は欠席やったな。仕事や、言うて」
「……だから。着せたかったっていうのもあるし、俺自身、見たかったっていうのも、ある」
答えれば、姫条は腕を組んで、考え込んで。
「そういうことなら、仕方ないんかなぁ……」
なんて、ぼやいてた。
教室の窓の外は、あの頃と変わらない風景が続いていて。
風でさえ、穏やかで。
変わったとすれば――俺たちの立場とか。
そんなもの。
考えることは多くなって。
ただ、流されていれば、それでよかった時間は、とうに過ぎていた。
「…鈴鹿くん、遅いですね」
落とされた言葉に、反応したのは姫条で。
携帯を出して、連絡が来ているかどうかを見ていた。
「最後の最後で、間に合わんかった、なんて言うのだけはやめてほしいんやけどなぁ」
「ギリギリなんですか? 帰ってくるの」
「そうらしいわ。招待状はきちんと届いたって言うとったんやけど…」
言いながら、姫条は携帯を耳へと当てる。
電話をかけたらしいのが、それでわかって。
俺も守村も、口を閉ざした。
「ダメや、電源切っとる。しかし……和馬が来ないっちゅうことは、珠美ちゃんも来ないことに繋がるからなぁ」
「そうですね。二人で向こうに行って…結構経ちますからね」
「でも…、式のあとのパーティーに間に合えば、いいんじゃないか?
べつに」
「まぁな。それはそうなんやけど……。気持ち的に、気まずくなるやろ」
「そうか?」
「…もうええわ」
突き放されて、俺は黙る他はなくなるけど。
結局、気にするのは本人ぐらいのものだと思う。
何より。
彼女は、会えたというそれだけで、喜ぶようなやつだから。
「来てくれるだけで、いい。俺」
たぶん、玲も、そう思ってる。
加えて、俺は口を閉ざした。
紺野から、連絡があった時。
彼女は酷く、驚いて。
そして、たったそれだけで、喜んでいた。
来てくれるって!
言って。
俺にもその嬉しさを、分けてくれた。
手を握って、ぴょんぴょんと飛び跳ねて。
その姿を思い出して、ふっと笑う。
これから、進んでいく道も、彼女さえいれば、大丈夫だと。
根拠も何もない自信が、俺の中にはあって。
ぐっと、手を握る。
途端、足音が大きく響いて。
教室の後ろの扉が急に開かれた。
「ま、間に合った…か?」
声に振り向けば、懐かしい姿が、そこにはあって。
姫条が大きく、手を振る。
「和馬ー、前から入ってこーい」
扉が閉められて、少しの足音のあと。
今度は前の扉が開いた。
スーツが入っているらしいケースを手にして、鈴鹿は肩で息をしながら、入ってくる。
「まだ時間あんでー」
「おう。あー、疲れたー」
「遅かったですね? 紺野さんも、一緒ですか?」
「ああ。珠美は玲んとこ。とりあえず、着替えていいか?」
それに答えたのは守村で。
廊下を伝って、黄色い声が響いてきた。
「三原は?」
聞かれて、苦笑を零す。
首を傾げられて、素直に教会、と答えた。
「教会? 先に行ってんのか?」
「ええ。シンプルなディスプレイが気に入らなかったみたいで……」
「あんまりいじらないでくれって、言ったんだけどな」
「まだ戻ってこないとこ見ると、いろいろやってそうやな」
姫条が窓の外を伺い見て。
よく見えなかったのか、それを開ける。
「これを開けるのも、久しぶりやなー」
そんなことを、言いながら。
開けた瞬間、風が入り込んできて。
それにわずかに、目を細めた。
あの頃と、俺たちは何もかもが、変わってしまったかのように思うのに。
この校舎に吹く風は、あの頃と変わらない。
「そういや、和馬の方はまだなんか?」
開け切った窓を背にして、姫条は話す。
まだって…何が?
思いながら、眉間に皺を寄せれば。
ネクタイを手にした鈴鹿が、苦笑を零した。
「もうちょっと……な。所属してるチームも、まだ、落ち着かないし」
「珠美ちゃんに急っつかれてるんやろ?」
「それは…って言うかよ、おまえんとこだってそうじゃねぇのかよ!?」
切り返されて、姫条はちょっと、慌てたけど。
「オレはまだ、付き合い始めたばっかりやしなー」
「そんなの関係ねーだろ?」
「でも、葉月くんと田端さんよりも、鈴鹿くんと紺野さんの方が、長いんですから。そう思ってしまうのは、仕方ないですよね?」
「そうやねん。二人でアメリカ行ってしもたんやから……」
「そういう守村はどうなんだよ?」
「え? ぼ、僕は……」
「そうやった! 有沢ちゃんと付き合い始めたって奈津実から聞いたんやけど?
どんな感じなんや?」
「どんなって……」
詰め寄られている守村に、くすくすと笑う。
大変だな。
なんて思っていると、鈴鹿が俺の方を向いた。
「笑ってんなよ、葉月」
「?」
「そうや。葉月だって気になるやろ?」
「いや……。守村より、鈴鹿に方が気になる…、俺」
答えれば、姫条はにっと笑って。
鈴鹿は逃げるように、身を引く。
守村は安堵したように、息を吐いていて。
「やっぱ、和馬や」
「鈴鹿くんですね」
「おまえらなぁ!」
今度は、詰め寄られる側に回ってしまった鈴鹿に、笑いを零して。
俺は、黒板の上にかかっている時計に、視線を移した。
もうすぐ。
思っていると、チャイムが鳴り響いた。
この音も、久しぶりに聞く。
それを合図に、会話はぴたりと止まった。
「時間…ですね」
「そうやな」
「本気で危なかったんだな、俺」
「気づくのが遅いわ」
「…だな」
「そこで肯定すんなよ、葉月!」
くすくすと笑いながら、腰を上げる。
ばたばたと走ってくる無数の足音に、全員の視線が、扉の向こうへと向いて。
「葉月! 先に教会、行ってようぜ!」
一足先にやってきた尽の声に、頭を縦に振った。
待っているだけなのは、ちょっと心許ないけれど。
それが当たり前のことだから、仕方がない。
「あれ? コータ、来ませんでした?」
その声に、眉根を寄せる。
そう言えば、来てるんだったな、なんて思ったのは、忘れていたからかもしれなくて。
嫌なこと――だったから。
「光太さんだったら…先に行ってる」
それでも、そう答えた。
「もう、声掛けてくれればいいのに」
「そうしたら、一緒に行ったのか? 教会」
「そんなわけないじゃないですか。久しぶりに玲に会えたのに」
にっこりと笑って、月宮――佐倉だけど――は言って。
俺は視線を鋭くする。
と、あとからやってきた藤井が、間に割って入った。
「それよりさ、早く行こうよ」
「そうね。色サマがどんな風に変えたのか、気になるし」
「…忘れてた」
須藤以外の全員が、顔色を変えて、教室を出ていく。
急ぐようなその足取りに、須藤は首を傾げていたけれど。
「氷室が見てたら、言われるだろうな」
「廊下は走る場所ではない! とかって、言うよねー。ヒムロッチは」
「でも今は、緊急事態やし、見逃してほしいな」
「三原くん、一人じゃないんだから、大丈夫なんじゃないのかな?」
「どうですかね? 止められるとは思うんですが……」
「光太さんって、結構、押し弱いからなー。だよな?
麻衣姉」
「だね。難しいかも。有沢さんと先生達に期待かな」
「だな」
会話をしながら、校舎を抜けて。
急いで、教会へと向かう。
こんな始まりも、俺たちらしくていいかもしれない。
森を抜けていく中、そんなことを思ってた。
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