もしも
あの日に素直になれていたら

今日は違っていたかもしれない

もっと早かったかもしれないけど

もっと 遅くなっていたかもしれないね?

それとも もしかしたら
こんな日は来なかったかもしれない

そう 永遠に

だけど 今日っていう日は来たんだから

きっと 絶対

あなたを幸せにしてあげるからね?




もしも 〜 20130216 玲 1 〜





一ヶ月って早いなー、なんて、改めて思ってしまったりして。
というより、プチ現実逃避?
なんて、自分にツッコミをかましてから、わたしは目の前に差し出されたそれを、もう一度だけ、瞳に映した。
はば学の一階の、とある教室。
椅子を逆さにして上へと上げられている机を、全部後ろに寄せて、スペースが作られた、そこで。
大切な大切な、友達二人が、それを広げてくれていて。
「………」
誰がデザインしたかなんていうのは、知ってる。
彼が散々、言い続けてたから。
でも、でもね?
これを着られるかと言うと、話は別なんですよ!
「き、着なきゃ、ダメ?」
「ダメでしょ。ほかにないし」
「………」
「どうしてミズキよりも、玲さんの方が先なのか、ちょっと納得行きませんけど。でも、大切なお友達のためですもの。ちゃんとキレイにしてあげますからね!」
なっちんと瑞希さんに言われて、わたしは苦笑を浮かべる。
――はっきり言う。
わたし、本当に、白って似合わないんです!
なのになぜ、この目の前のウェディングドレスっていうものは、白い色をしてるんでしょうか?
「フリフリ…」
「普通」
「レースいっぱい…」
「当たり前」
「ヤダ、着られない」
「文句言わない!」
腕を引っ張られて、着ていたTシャツに手が掛けられる。
「な、なっちん?」
「早く着なさい! メイクはもう終わってんだから!」
「いや、あの、でも」
「何なら、着替えさせてあげるわよー?」
ふふふ…なんて、不気味な笑いを浮かべられて。
わたしは苦笑に、恐怖まで織り交ぜてみる。
怖い怖い怖い。
思いながら、つい、こくこくと首を縦に振ってしまった。
……ら。
「じゃ、着替えましょうか」
それまで傍観していた瑞希さんが、わたしのそばまでやってきて。
そこに置いてあった椅子に、ドレスを掛けた。
皺にならないように、丁寧に。
「さ、早くなさい」
「早くなさいって……」
「一人で着られるわけないでしょう?」
「そうよ。でもま、とりあえず着てみれば。奥のとこ、仕切ってあるし」
「うん……」
「あとで細かいところは直してあげるから」
「そうよ。玲さんが早くしないと、ミズキ達の仕度まで遅れるんですからね!」
「あ……」
言われて、その通りだと気づく。
二人はそれなりに綺麗な服を着てはいるけど。
このあと、やっぱりそれなりに髪のセットとかするのかもしれない。
「ごめん…」
「いいから。着てきな、玲」
なっちんに笑顔で言われて。
わたしはこくんと頷く。
それから、その真っ白なドレスを手に取った。


「玲ー。いるかー?」
「来たよー、玲ー」
二つの声が立て続けにして。
そして、扉は開かれた。
聞き慣れた声と、懐かしい声。
「あ、麻衣!」
椅子に腰掛けたままで、笑みを浮かべる。
彼に、子供みたいに嬉しそうって言われちゃった、表情。
弟のことは後回しにして、とりあえず今は、麻衣に会えたことを、嬉しく思ったから。
「久しぶりー」
「久しぶりー。光太さんは?」
「外。っていうか、葉月さんの方」
「そっか。赤ちゃんは?」
「さすがに実家に預けてきたよ。だから今日は、遅くならないうちに退散します」
「あ、そっかー…。会えるかなーとか思ってたんだけど……」
「もうちょっと育たないと無理っしょ。大騒ぎされても困るしね」
「だね」
手を繋いで、顔を見合わせて。
久しぶりに、二人でくすくす笑う。
あー、やっぱり麻衣だー。
なんて、当たり前なことを考えてた。
「藤井さんも、久しぶり」
「久しぶり」
「で…そっちの人は?」
後ろで、なぜか必死に片付けをしていた瑞希さんに視線を向けて、麻衣は言う。
瑞希さんって、結構面倒見いいんだよね。
だから時々、頼っちゃってるんだけど、わたし。
「須藤瑞希さん」
「ふーん。友達?」
「そうだよ。はば学からの友達」
「そう」
「うん。で、三原くんの婚約者」
「三原って……」
「三原色くん」
「色サマがどうかなさったの?」
三原くんのことになると、耳ざとい瑞希さんは。
ぴたっと手を止めて、振り返った。
瑞希さんが頑張って片づけていてくれたおかげで、綺麗になった部屋に、ふふって笑う。
「何でもないよ。麻衣に瑞希さんのこと、紹介してただけ」
「そ。あ、あなたが佐倉麻衣さんね?」
「そうですけど?」
「須藤瑞希です。覚えておいてくださいね。何か困ったことがあった時には、手を貸して差し上げてもいいですから。玲さんのお友達なら、そのぐらいのことはして差し上げますわ」
「悪いんですけど、遠慮しときます」
にっこり笑って、麻衣は申し出を断る。
そう言えば、麻衣の苦手なタイプかもしれない。瑞希さんって。
「自分のことは、自分で何とでも出来ますから」
まぁ、麻衣はどうにでもするね、確かに。
二人はずっと、睨み合ったまま、動かなくなって。
わたしは一人で、はらはらし出す。
「それよりさぁ」
この二人の会話のおかげで、少しどんよりとしはじめた空気の中。
不意に響いた尽の言葉が、それを切り裂いてくれた。
助かった…?
なんて、ちょっと思う。
「どうしたの?」
促したのは麻衣で。
尽は麻衣に、うんって頷いてから、口を開いた。
「玲」
「? 何?」
「やっぱ白、似合わないなーって」
「………」
「確かにねー。似合わないよね、玲。白は」
「………」
「純白の花嫁って、玲以外の花嫁のためにあるのかもね」
「〜〜〜っ」
「それ言えてる! さすが麻衣姉!」
「るっさいなぁ! わかってるよ、そんなことは! いちいち言わなくていい!」
少し泣きそうになりながら、そう言って。
わたしはなっちんの手を取る。
これで終わるはずがない。この二人は。
「わかってるけど、逃避してたでしょ?」
「着ちゃえば、自分からは見えなくなるから、とかって」
「現実は受け止めようね? 玲ちゃん」
「〜〜〜〜〜〜! なっちーん!」
二人そろうと、意地悪度はぐんと上がる。
今まで何度も、こうやっていじめられてきたんだから。
わたしはなっちんの手に縋って、ぐすぐす言ってた。
泣いたって意味のないことは学習済み。
だったらほかの人に頼った方が、早く収拾が付くかもしれない。
そんなことをやっていると、また扉が開いた。
「田端さん、用意は出来た? って……」
何やってるの?
言わなかったけど。
そんな声が聞こえた気がした。わたしには。
有沢さんは、この部屋の中を見て、一気に呆れた表情になってた。
「あ、有沢さん! 麻衣と尽がいじめるのー!」
「? 麻衣…?」
「佐倉麻衣です。玲がお世話になってます」
「はぁ…。有沢志穂です」
「玲さんがお世話にって、どうしてあなたが言うの?」
「親友だから。私は玲の」
きっぱりと言って、麻衣はわたしの隣りへとやってくる。
そして、有無を言わせないような笑顔を、わたしに向けてきた。
だからと言うわけではないけど、わたしはこくんと頷く。
麻衣は親友。
それは変わることはない。
「…どうでもいいけど、仕度が出来たならいいわ。時間までおとなしくしてて」
なおも呆れ顔で、有沢さんは綴って。
大きく息を吐きながら、額に手を当ててた。
その姿に、わたしはちょっと、くじけそうになる。
わたしが悪いわけじゃない。
悪いのは、わたしをいじめてた、麻衣と尽!
「それと、式場。三原くんが手を加えてたわよ。勝手に」
「え?」
「壁に色を付けようとしてたから、それはさすがに止めたけど」
言葉に、少し固まって。
それから、「ありがとう」と、小さな声でお礼を述べた。
思い出は美しい方がいい。
何事も。
はじまりはどうでも、最中と終わりが美しければ、とりあえずいい。
「体育館の方は、ビニールシート、敷いてあったわ。土足で上がってもいいようにって」
「理事長先生?」
「じゃない? 氷室先生と、あと…中里先生? いらっしゃってたわよ」
「ありがとう。ごめんね?」
よかった。二人にもちゃんと、届いてた。
ほっとしながら、そう綴って。
部屋から出ていく有沢さんの背に、ひらひらと手を振った。
振り返してくれて、嬉しかったんだけど。
すっと目の前に差し出されたものに、わたしは視線を落とす。
「?」
「手袋」
「……僕がするの?」
「当たり前でしょ?」
「………」
袖のないドレスに合わせたのか、肘辺りまである、長い手袋。
けど、その腕が入る部分は全部レース使用で。
鳥肌が立ちそうなぐらい、嫌で。
「…切っていい?」
「ダメに決まってるでしょ?」
「………」
念を押されて、渋々受け取る。
それを嘘泣きしながら、付けていると。
麻衣がネックレスを外してた。
どうしたんだろう? なんて見てたら。
「玲。『Something four』って知ってる?」
「…? 何それ」
「幸せになるための、ジンクスみたいなものかな」
「ジンクス…?」
首を傾げると、麻衣はすっと、わたしの首に、腕を回す。
「私は、コータに教えてもらったんだけどね? 一つ、『Something New』。結婚式のために、新しくあつらえたもの。ま、この場合、ドレスだね」
「うん」
「一つ、『Something Old』。おばあちゃんや、お母さんから受け継いだ、古いもの。指輪とか…アクセサリー系がいいらしいけど」
「あ、母さんがこれ持ってけって」
忘れてた。
言いながら、尽はポケットから、小さな箱を出した。
ビロードの箱。
それを受け取って開けば。
そこには一組のピアスがあった。
小さな、淡い青い色の石が付いた、ピアス。
「玲にあげてって言われてたんだった」
「じゃ、とりあえずそれして、玲」
「う、うん」
言われたけど、手袋しちゃったあとで。
なっちんが付け替えてくれた。
今までしてたものを受け取って、箱に入れる。
瑞希さんが手鏡をかざしてくれたから、どんな状態なのかも見えて。
似合ってる…かな?
思いながら、瑞希さんにありがとうを言った。
「一つ、『Something Borrow』。幸せな結婚生活を送っている人から借りたもの。ってことで、それ、貸してあげる」
わたしの首に勝手に掛けたネックレスを指差して、麻衣は続けた。
それに、うんっと頷くと。
今度はにやって顔をして。
真新しい箱を、バッグから出す。
「そして、最後の一つ。『Something Blue』」
「ブルー?」
「花嫁の純潔を象徴する、青いもの。そっと密かに身に付けるのが、お約束。ってわけだから、これ付けな」
「………」
「ドレス着ちゃったあとで大変だろうけど」
受け取って。
箱を開けて…立ち上がった。
スカートの裾を持ち上げつつ、仕切られた、その向こうへと歩いていく。
「何?」
「どうなさったの? 玲さん」
「麻衣姉?」
「人目に付かないとこに、青いものを身に付けるの。となると、下着とか、ガーターとか、そういう部分に限られてくるでしょ?」
言葉を聞きながら、スカートを一生懸命捲り上げて。
無駄にひらひらなのが、ものすごく頭に来たけど。
瑞希さんが手伝いに来てくれたから、何とかなった。
ガーターを取り替えて、安堵して。
それから、元の場所に戻っていく。
と、尽が赤い顔をしてた。
まだ免疫ないわけ?
こいつは。
「以上が、『Something four』。これから結婚式を挙げる予定がある人は、覚えておくといいよ」
麻衣がそう締めくくって。
わたしはストン、と椅子に腰を下ろした。
ドレスの裾を伸ばすように、何度も振って。
「ありがとう、麻衣」
そう、お礼を言ったら。
麻衣はにっこり笑って。
ウィンクを一つ、わたしへと送ってくれた。

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