もしも
あの時に『好き』と言えていたら

今とは違う未来を
俺たちは 歩んでいたかもれない

だから今は
あの時に言えなくてよかったと そう 思ってる

だって そうだろ?

言わなかったからこそ
俺たちは
スタートラインに 立てるのだから




もしも 〜 20130116 珪 〜





「あと一ヶ月…か」
呟かれた言葉に、俺は顔を上げる。
カレンダーを見つめて、彼女は不安そうな顔を浮かべていて。
かと思うと。
それは。
一転、嬉しそうなものに変わる。
のに。
やっぱり不安なのか、表情を歪めてた。
「大丈夫かなぁ? ちゃんと招待状、届いたかなぁ?」
「藤井が届いたって、言ってただろ?」
「…うん」
「月宮からも、電話、あったんだろ?」
「うん。あった」
佐倉だけど。
加えて、彼女は黙る。
まだ不安そうな顔をして。
これがあと一ヶ月続くのか?
考えて。
「あとは…何が不安なんだ?」
聞いてみることにした。
取り除けるかは、わからないけど。
「衣装」
「花椿せんせいが用意してる」
「わたし、試着してない!」
「しなくてもいい。花椿せんせいにそう言われた」
「………」
「あとは?」
「…場所」
「理事長に、許可は取った。だから、出せたんだろ? 招待状」
「そうなんだけど……」
言い淀んで、彼女は頬を膨らませる。
「わたし、何もしてない……」
それが不満なのか、彼女はそう言って、ソファに腰掛けた。
彼女にはあまり、手間をかけさせたくなくて。
俺ができることは、すべてやってきたのだけれど。
それが逆に、彼女は気に入らなかったらしい。
「こんなに寄りかかっていいのかー!? ……って感じ」
叫んで、彼女はまた、背もたれに身体を預けた。
預け切って、だらけ切っていて。
俺は小さく、苦笑を零す。
何かしたかったのか?
なんて聞いたとしても。
とりあえず、すべて終えてしまっているのだから、どうにもならない。
「当日にならないと、何も出来ないの? 何もしなくていいの? それでいいの!?」
「いいの」
「………」
彼女の口調を真似て言えば。
彼女は憮然とした顔で、俺を睨んで。
「つまんない……」
そう、零していた。
教会は、もう暗黙の了解で、決まっていたし。
衣装だって、同じこと。
花椿せんせいに頼まなかったなら、俺が文句を言われてしまうだろうから。
さっさと、決めてしまっていたのだけれど。
「披露宴とかはー?」
「……やりたいか?」
「…やりたくない、です」
「………」
「堅苦しいの、嫌いだもん。わかってるよ。言ってみたかっただけですー!」
舌を出して。
彼女はまた、全身から力を抜いてた。
座っていた椅子から腰を上げて。
ソファの後ろに回って、俺は彼女の顔を上から覗き込む。
「体育館借りて、パーティーやることにしたから。その方がいいだろ? 堅苦しく、ないし」
「……また勝手に決めてるし…」
「嫌か?」
「…嫌じゃない、けど…」
「何か、決めたかったか?」
「うん。したかった」
手が伸ばされて、頬に触れてくる。
その手に導かれるようにして、顔を落としていけば。
当たり前のように、唇が重なった。
「…悪かったな」
「……そう思ってないくせに…」
笑みを零せば、彼女の頬は膨らんで。
「いいですよーだ。これからも寄り掛かってやるんだから」
言いながら、ソファから立ち上がる。
俺から逃げるみたいに、裸足の足で、ぺたぺたと歩いていって。
「珪ー。ごはんー」
キッチンで、そう、声を上げた。
くすくす笑いながら、あとを追って。
俺もキッチンへと入る。
それから、逃がさないようにと。
彼女を後ろから、抱き締めた。


久しぶりとも言える感触に、少しだけ緊張する。
それだけではないと言われれば、そうなのだけれど。
失敗はできないから。
作り直している時間も、もうないとさえ、思えるから。
ゆっくりと磨きをかけていく。
浅く彫ったそれを、もう少し深くするのは、そのあとの作業で。
「それ…試作品?」
仕事のあと、やってきた尽が、そう声をかけてきたのに、短く否定の言葉を発した。
空いているいすをそばへと持ってきて。
尽は腰を落とす。
「? じゃあ……」
「これは、世界でたった、一組だけ」
「一組……?」
「ああ。俺と、玲の指にだけ」
言えば、尽はわかったらしく。
磨き上がっていた小さな方を、手に取った。
銀色のそれは、まだ完成ではないけれど。
しっかりと光を反射させていて。
「自分で作れるっていうのが、いいよなー」
「そうか?」
「そうだよ。結構いいと思うけど」
「そうだな」
会話が途切れて、俺はまた、手を動かしていく。
内側はもう、終わっていて。
俺の名と、日付を刻むぐらいになっていて。
問題は、外側。
「これ…クローバー?」
顔を上げれば、尽が見ているのは、浅く彫ったその部分。
それに、ただ、頷いて見せた。
「どうして?」
「何が?」
「普通、クローバーって言ったら、四つ葉だろ? モチーフに使われるのって」
「普通は…な」
「何で、三つ葉?」
問われて。
それでも、答える気にはならなかったから、曖昧に笑っておいた。
そうすれば、俺の手を覗き込んできて。
「そっちも三つ葉?」
尽はわけがわからないって顔で、呻く。
それにまた、俺は笑う。
「でも、こっちと向きが逆だ……」
「ああ」
「何で?」
「………」
「教えろよ、葉月」
知りたそうな顔で、俺を睨んでくるその瞳に。
玲そっくりだな、と言えば。
「姉弟なんだから、仕方ないだろ?」
そう、答えが返って。
「そうか」
「そうだよ。…じゃなくて!」
切り返しの仕方も同じだな、なんて。
一人で笑っていたのだけれど。
彼女と同じような視線で訴えられて、俺は手を止めた。
仕方ない、と、小さく息を吐く。
それから、尽の手の中のものを奪い取って。
口を開いた。
「三つ葉の意味、知ってるか?」
「意味って…ないじゃん。強いて言えば、『普通』?」
「だな。だから、一つ一つは、べつに幸せでも何でもないよな」
「うん。何でもない」
「それと同じで、俺も、たぶん玲も。ひとりだけじゃ、幸せじゃない」
「うん……」
「でも、二人でいれば――」
二つのリングを横に繋げて、回していく。
真上にあった、その三つ葉は。
繋がっているその部分で、葉を一枚ずつを隠して。
「四つ葉……」
「意味は?」
「『幸せ』」
「そういうこと」
細い方を尽に渡して、作業へと戻る。
尽はただ、長々と息を吐いて、それを見続けていて。
「よく考えるよなー」
ぽつりと、呟いていた。
それから、それを元の場所へと置いて、周りに視線を向けて。
「そう言えばさ、玲は?」
落ち着かないのか、そう問いかけてくる。
「家で、拗ねてる」
「拗ねてるって……」
「何もしてないから、つまらないって」
「……姉ちゃんらしい」
聞きながら、道具を持ちかえる。
大きく息を吐いて、三つ葉を見据えて。
「でもあと、一ヶ月かー」
言葉に、一度だけ、その刃を入れた。

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