何から聞こうかといろいろ考えたけど。
嬉しそうな顔に、やっぱり口にしたのは。
そのことだった。




mit gemischten Gefühlen 6





カウンター席から、ボックス席へと移動する途中。
彼に手を引かれながら、きょろきょろと周りを伺って。
そんなわたしに、彼はもちろん、笑っていた。
まだ少し、空いている席があって。
すべては埋まっていない、その中を。
マスターさんが歩いていくのを見つけた。
立ち止まったのを確認して。
そこで何かを話し込んでいるのも、確認して。
あそこかー、なんて思う。
と、急に立ち止まった彼の背中に、顔から激突してた。
「…痛い」
「ちゃんと、前見てないからだろ?」
「だってー」
鼻をさすりながら、振り返ってくれた、彼を見る。
言いたいことはわかってるみたいで。
それでも彼は、コツンッと、わたしの頭を叩いた。
拳を、逆にして、手の甲の方で。
骨が軽く当たって、わたしはそこも撫でた。
ごゆっくり、なんて言葉を発して、店員さんが離れていく。
彼は笑ってて。
「あんまり叩くと、バカになるじゃん」
「それ以上はならないだろ?」
「……どうせバカですよー」
ぷぅと頬を膨らませて、彼から視線を外す。
そこでは、マスターさんが苦笑を零していて。
それから、小さく手を降って、離れていった。
確かめて、わたしは彼を見る。
「珪」
彼の名を呼んで。
彼はそれに、少し考えたあとで、振り返って。
仕方ないって顔で、頷いてくれた。
「珪、氷室先生の相手してね?」
「はいはい」
「わたし、中ちゃん先生を、こっちに連れてくれるから」
「わかってる」
立ち上がれば、彼はわたしの手を取ってくれて。
カウンターの方へと視線を向ければ、マスターさんが笑っていた。
小さく手を振られて、わたしも笑う。
このお店って、何だかすごく暖かい気がするなーなんて。
ちょっと思ったら、嬉しかった。

目の前へと行くと、中ちゃん先生は驚いていて。
氷室先生は、深く眉根を寄せていた。
ふっと笑って、中ちゃん先生を呼ぶ。
近寄ってきてくれた先生の手を取って。
「借りますね? 代わりに珪、置いていきますから」
有無を言わさず、捲くし立てて。
中ちゃん先生をそこから連れ出した。
代わりのように、珪が座って。
「君たちは……」
そう、氷室先生はため息を吐いてた。
中ちゃん先生の手を引きながら、ふふっと笑う。
それから、わたしは。
自分の席へと戻った。

先生の目の前へと座って、カクテルを一口だけ含む。
それから、心配そうに振り返り続けてる中ちゃん先生に、大丈夫ですよって届けた。
珪が相手してくれてますからって。
そう言ったら、先生は。
まだ心配そうな顔はしてたけど、わたしに焦点を合わせてくれた。
「益田さんから聞いて、いるのは知ってたんだけどね?」
紡いで、先生は微笑う。
「先生達が来るまで、話してたんです、マスターさんと」
「そう」
「はい。それより……」
「何?」
「ぶっちゃけ、どこまで進みました?」
問えば、先生はクラッカーへと伸ばしていた手を止めて、大きく目を見開いてた。
それから、ぶんぶんと大きく首を横へと振る。
それはもう、髪が舞い上がるぐらいの大きさで。
「ひ、氷室先生とは、まだ何もないの!」
必死に、そう言ってくる。
…何もないのか。
ちょっと肩を落とす。
「好きとか、そういうことも言われてないし、言ってないし」
「言っちゃえばいいのに」
「無理言わないで! 毎日迷惑掛けてるのよ? こんな女、嫌だって、思われてるのかもしれないのに……それなのに、言えるわけないでしょう?」
「嫌だって思ってたら、出掛けないと思いますけど? 二人で…なんて」
「でも、ここには益田さんもいるし…」
「近づいたんじゃなかったんですか?」
「でも、日増しに遠ざかってる気もするの」
「………」
「今日だって、コピー機、壊しかけちゃったのよ。あまりにいろんなこと頼まれちゃって、ボーッとしてたみたいで。変なボタン、押しちゃったらしくて……。ため息吐かれちゃったの」
「つまり、自信がないってことですよね?」
「…ないです」
縮こまって、先生は言う。
いい感じなんだけどなぁ。
本人はそう思えないってことか。
……わかるけど。それは。
氷が溶けたのか、浮き上がったために、カランって音が響いた。
慌てて、わたしはグラスへと手を伸ばす。
「持てないわよ、自信なんて。氷室先生はわたしの目標だけど、そうなれないことはわかっているし。甘えちゃいけないって思っても。結局は、氷室先生に見つかって、放っておいてくれないし。わたしも、放っておかれたら、多分…自暴自棄になっちゃってると思うし」
飲みながら、言葉を聞く。
中ちゃん先生は、氷室先生がいないとダメな状態になってるってこと。
それを確認しながら、短く息を吐いた。
「どうして、どっちも嫌にならないんですかね?」
小さく呟いた言葉に、先生は、「氷室先生は、嫌になってると思うよ…?」って、答えてくれたけど。
わたしが言ったのは、そんな、生易しいものじゃない。
「そうじゃなくて、どうしてどっちも、煩わしくならないのかなって、ことです」
「それは……」
「どっちも優しいから? でも、珪も優しいけど、一回、大きく呆れて。わたしだって、放っておかれたこと、ありましたよ? 高校の時。逆を言えば、わたしも、珪のことを放っておいたこと、ありますよ」
「………」
「付き合い始めてからはないですけど。もっと言っちゃえば、好きだって自覚してから、ないですよ? もう嫌だって思ってても、結局はそばにいたし」
「つまり?」
「自信持ってもいいんじゃないですか?ってことです」
にっこり笑って、そう届けて。
先生の様子を伺ってたら、視線を落として、考え込んでた。
気持ち、わからなくもない。
だけど、周りをきちんと見てほしい。
過去をきちんと、振り返ってほしい。
友達っていう間柄でさえ、嫌になって、放っておかれることがある。
親友だって、放っておくことがある。
「代わりがいないから、そばにいるんじゃないですか? 代わりがいないから、仕方ないって、手を出しちゃうし、出すこと、許すんじゃないですか?」
「………」
届ければ、先生はちらりとわたしを見て。
「うん……」
って、小さく頷いてた。
それに頷きを返して。
先生の後方へと、視線を向ける。
彼と目が合って、嬉しくて。
ふって、笑みを浮かべてた。

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