パソコンの前で唸り続けている彼女を見て。
本当に行きたいんだな、なんて。
笑ってた。




mit gemischten Gefühlen 5





彼女のナビで店へと車を走らせた。
インターネットを使って、事前に道を詳しく調べておくところが、彼女らしくて。
そして、子供みたいにわくわくしているのも、笑顔を浮かべてしまうような、事実でしかなくて。
それを彼女に届けたら。
憮然とした顔で、叩かれた。
「仕方ないでしょ? 楽しみだったんだもん」
駐車場に車を停めて。
外へと出る前に彼女はそう言葉を綴って。
もう一度、俺の二の腕の辺りを、ぽんっと叩いた。
痛くはないけれど、苦笑して。
ドアを開けて外へと出ていく彼女に倣うようにして、俺も外へと出た。
ロックを確かめて、歩き出す。
彼女は上着のポケットに手を突っ込んで、店の看板を見ていて。
「何となくだけど、僕一人だったら入らなそう」
なんて、小さく零していた。
まぁ、堅苦しくも見えるそれを目にしたら、彼女は入るのを戸惑うだろうな、と考えたけれど。
…と、言うよりも。
「一人で食事するの、嫌がるだろ? おまえ」
「…家ではいいけど、お店は嫌……」
「だったら、どこも入らない。おまえ」
「………」
隣りに立って、彼女の顔を見る。
見上げてくるその視線にぶつかって。
「…そう、だけど……」
言いながら、彼女は肩を落とした。
上着の中に入っていた手を引き出して。
俺の上着のポケットへと入れる。
ぎゅっと握れば、外されないままだった瞳は、一度驚いたように見開かれたけれど。
「冷たいよ? 珪の手」
ふっと笑って、握り返してくれた。


扉を開けた瞬間に鳴り響いた音に驚いたのは、彼女の方で。
「やっぱり…?」
って、呟いていた。
こういう店だったら……と、予想はしていたのだろうことは、それでわかった。
ふっと笑うと、彼女は眉根を寄せる。
「いらっしゃいませ」
頭を下げられて、彼女はわずかに、俺の後ろへと自分の位置を変える。
それから、伺うように視線を巡らせていた。
「お二人ですか? ボックス席と、カウンター席がございますが…?」
「ボックスの方がいい」
くいっと袖を引っ張りながら、彼女が綴った言葉に頷くべく、頭を縦に振ろうとしたのだけれど。
「あれ? 君、葉月くんじゃない? 葉月珪くん」
と、声を掛けられた。
店の奥からの声に、そばにいた店員が頭を下げて、下がっていく。
代わりにそばにやってきた人物に、俺は眉根を寄せた。
当たり前だけれど、俺は知らなくて。
けれど、こんな風に言われるのは、日常茶飯事と言っても、過言ではないほどで。
モデルなんていう仕事をしているから、仕方がないと言えば、仕方がないのだけれど。
「そうだけど…」
「やっぱり! 零一が時々話してくれるんだよね。優秀なのだか、そうでないのか、よくわからない生徒だった、とかって、思い出したように」
「じゃあ、あなたがオーナーさんですか? 氷室先生の幼馴染みの」
隣りへと歩を進めて、彼女がそう、言葉を綴った。
それに驚いたのか、目の前の人物は一瞬、言葉を失ったけれど。
「マスターでいいよ。それより、お嬢さんも、零一の教え子かな?」
そんな言葉で、会話を再開させてた。
「そうです。今は結婚したんで、名字変わってますけど。旧姓は、田端です。田端玲。知ってます?」
「…ため息吐いてた生徒かな? 優秀なのだが、勉強しようという意思が見られない、とかって」
「それかもしれないです……」
言葉を紡いで、大きく肩を落とす。
それにふっと笑えば、彼女は「笑わないでよ」と、また叩いてきた。
手は繋がれたままだから、逆の手で。
「そっか…。ここには、誰の紹介で?」
手を拱いて、彼は俺達を店の奥へと案内していく。
付いていきながら、答えたのは、もちろん彼女だった。
「中学の時の恩師で、今ははば学の音楽教師してる、先生です」
「音楽…?」
「中里先生です。氷室先生に連れていってもらったって」
「ああ! 花織ちゃんね」
「……花織ちゃん……」
呆れたように言って、彼女は苦笑を零す。
案内されたのはカウンター席で。
まだ話したいのかもしれないと思ったから、俺はそこに腰掛けた。
「葉月くんのことはね、当時、零一から話を聞いて。モデルやってるって聞いたから、顔知っておきたくて、雑誌、立ち読みしたんだよね。お客さんに聞いたりして」
「そうですか」
「で、名前を忘れちゃう時とかあるんだけど。雑誌を開くか、零一に話を振れば、名前は出てくるからね」
適当に注文すれば、マスターは目の前で作り出してくれて。
当然、彼女はそれを見続けていた。
手に取られる物に、視線の先が変わって。
出されると、じっとそれを見る。
「いろんなことやってた…」
カクテルなんだから当たり前だろう? とは言わずに置くと。
彼女はそれを手にして。
おずおずと喉へと通したあとは、笑ってた。
「奥さんさ、結構、酒好き?」
小さな問いに、頷けば。
マスターは、へぇーなんて、嬉しそうな顔をしてた。
「綺麗な色。何か勿体無いね?」
「そう言いながら、飲むんだろ? 全部」
「……飲むけど」
「玲ちゃんて面白いね? 飽きないでしょ?」
「ええ。けど、笑うと怒るから、こいつ」
「人のことは笑っちゃいけないの! 何回も言ってるでしょ?」
「いやでも、玲ちゃんのことは笑っちゃう気がする」
「…マスターさんまで、そう言うんですか…?」
くすん、と泣き真似して、彼女はグラスを傾ける。
そんな彼女を微笑で見て、マスターは食べ物も出してくれた。
つまみ程度の、軽いもの。
「零一ってさ、花織ちゃんのこと、どう思ってると思う?」
急に振られた会話に、彼女は初めて、グラスから手を離す。
誰も取らないことはわかっているだろうに、そういうところは、本当に子供っぽい。
それから、彼女はしばらく、眉根を寄せて、考え込んで。
「特別視はしてると思いますけど…」
そう、答えを返した。
「だよねぇ? この前、『結構好み』とかって言ったら、思い切り睨まれたもんなぁ、俺」
「言っちゃったんですか?」
「言っちゃった」
くすくす笑って、彼女はクラッカーへと手を伸ばす。
また、グラスを傾けて。
「ピッチ、早いねぇ」
って、マスターに言われてた。
「中ちゃん先生ははっきりしてるんですよ。好きな人が出来たり、彼氏が出来ると、その人の話しかしなくなっちゃうから」
「今も交流、あるんだ?」
彼女のためにと、作ってくれながら、マスターは言葉を綴る。
彼女はグラスを空にして――本当に早いな、って感心してた――頷いた。
「はば学に、ちょこちょこ行ってるんです。それで会うんですよ」
「なるほどねー」
「で、今の中ちゃん先生はその状態なんです。ここのこと教えてもらった時もそうでしたもん。氷室先生に、少しは近づけたのかなーって」
「そっか」
「そのあと、突っ込んだんですけど。顔を真っ赤にして、否定して。あまりに一生懸命だったんで、中学の時とおんなじーって言ったら、驚いてました。成長してない…? って、すぐに悲しんでましたけど」
「おまえも変わってないよな。高校の時から」
「いいの! それより、変わって欲しい?」
「ほしくない」
「なら、言わないの」
ぺちっと頭を叩かれて、俺は笑う。
マスターも笑ってて。
「いいねぇ、新婚さん」
なんて、言ってた。
そのあとで、彼女の目の前のグラスを交換して。
「マスターは?」
「独りモン。こんなのでもいいって言ってくれる人はいるんだけどね」
「彼女もいないんですか?」
「悪かったねぇ、いなくて」
「幼馴染み?」
聞けば、マスターは少しの間、考えて。
「かな? 心配なんだよね、どうも」
そう、答えてくれた。
「自分のことは全部自分でやろうとするから。零一は。理解できないものは、知らずに溜め込んで。ストレスでさえ、発散させる場所を持たないからね。どこかで自滅しちゃうんじゃないかって、心配ではあるよ」
言葉に、一番納得したのは彼女で。
俺は、そうか? なんて、考え込んでた。

氷室先生の幼い頃の話に、彼女は驚いたり、面白がっていたりしたけれど。
一番、彼女が興味を持ったのは、マスター自身の話だった。
もちろん、氷室先生の恋愛の話にも、興味は示していたけれど。
そうやって、マスターと話して、数分後。
店員の一人がそばへとやってきた。
「マスター」
「ん? どうした?」
「氷室さんが来ました」
「!」
驚いたと同時に、彼女が立ち上がる。
俺の腕をわずかに引っ張って。
「中ちゃん先生も一緒かな?」
って、綴った。
「こっちに来ないってことは、誰かと一緒ってことだからなー」
「はい。この前、一緒にいらっしゃった女性と一緒でした」
「花織ちゃんだな」
「行こうよ、珪」
行くということで頭がいっぱいになっている彼女に苦笑して。
それでも俺は、腰を上げる。
「ボックス席に移動させてあげて」
マスターがそう、頼んでくれて。
俺達はとりあえず、案内された席へと、歩を進めた。

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