結構好みだなー、なんて。
零された言葉に、眉根を寄せた。




mit gemischten Gefühlen 3





「お名前は?」
「え? あの…」
「俺、益田義人ね? ここのオーナーで、こいつの幼なじみ」
「氷室先生の?」
「益田」
「いいだろ? 事実だし。で? 先生のお名前は?」
「中里花織って言います」
注文したものを持ってきた益田は。
すぐには戻ることはせずに、彼女に質問をぶつけ続けていた。
それに、嫌な顔を一つせず。
にこにこと笑顔で話す彼女を見て、小さく息を漏らす。
どこか落ち着かない理由は、わかりたくもないけれど、わかってしまうもので。
「益田。仕事に戻らなくていいのか?」
何のためにこの席を頼んだのかわからなくなる前にと、彼を追い出すようにそう言えば。
益田は大きく目を見開いてから、にやりと笑みを浮かべた。
人の悪い笑みだと、いつも見る度に思う。
それに、顔を顰めると。
「邪魔か?」
そう、答えが返った。
何が楽しいのか、笑い続けているその顔に向かい、俺は「ああ」と短く言い放つ。
と、彼女が口を開いた。
「話がある、とかおっしゃってましたもんね? 氷室先生」
「話ねぇ…。零一が珍しく、言い淀まないところを見ると、かなり深刻そうだな」
「深刻…なんですか?」
「君のことだ。そう言えば、わかるのではないか?」
「………」
黙り込んだ彼女は、顔を俯かせて。
代わりのように、彼女の目の前に置かれたグラスの中の氷が、音を立てた。
そして、益田がふぅと息を吐いていた。
「いじめるなよ? 零一」
「別に、そんなことをしようとは思っていない」
「どうだかなー?」
「それに、おまえには関係ないだろう?」
「いいや? 花織ちゃんとはもう、友達だし。それに、結構好みなんだよ」
「え?」
「……」
驚いて顔を上げた彼女に、笑顔を浮かべて。
益田は身体ごと向けて、言葉を紡いでいく。
――おもしろくない、と、ものすごく思っている。
ここに連れてくるべきではなかったと、そう何度も思ってしまうほど。
「今度は一人でおいでね? 俺、カウンターの中にほとんどいるからさ。カウンター席で、今度は俺と話そう」
「は、はい……」
つい、反射的に答えてしまった彼女に眉間に皺を寄せると。
彼女は気づいたように、すみません、と小さく紡いだ。
そんな彼女を見て、益田がふっと笑う。
微苦笑にも見えるそれを落として、彼は背を向けた。
ひらひらと手を振って、離れていく。
その背を半ば、睨むように見ていると。
「あの…本当にすみませんでした」
彼女がぺこりと頭を下げて、そう綴った。
「何がだ?」
「その……ここは氷室先生のテリトリーなんですよね?」
「……」
「その中を、私みたいなのが、自由になんて、来ちゃいけないってことなんですよね? それで…怒ってらしたんでしょう?」
別に、そういうわけではなかったのだけれど。
けれど……そう。
要約すれば、そういうことになるのかもしれないと、特に答えは返さなかった。
目の前で、彼女は大きく肩を落として。
小さく、縮こまっていた。
それに小さく、笑みを浮かべる。
「何か勘違いをしているようだが…君の行動について、私がどうこう言えるはずもない」
「そう、ですけど…」
「けれど、あの益田という男は、はっきり言って人が悪い。そんな男の元に、君を一人で来させるのは、どうかとは思う」
「………」
「そういう意味で、自由に出入りはして欲しくはない」
伝えれば、彼女は何度か、瞳を瞬かせて。
それから、嬉しそうに微笑んでくれた。
「わかりました。ここに来たくなったら、氷室先生に言いますね?」
言葉に頷けば。
彼女は安心したようにグラスへと手を伸ばした。
けれどすぐに、表情を固くして、手を離す。
理由はわかっているから、それには言葉を投げない。
「何て言うか……私、先生には迷惑を掛けてばっかりですね?」
微苦笑で綴って、彼女は口を閉ざす。
眉根を寄せて、何を言うべきかを、ただただ、考えていた。
――迷惑を掛けられていることに関しては、特にどうということはない。
彼女が学園にやってきてから、二年が経過して。
言ってみれば、もうすでに。
慣れてしまった――と言った方が、正しい。
「迷惑を掛けている…とわかっているのなら……」
「ええ。そうなんですよね? 自分でどうにかしようって、いつも思うんですけど……」
「いつも私に見つかってしまう…か?」
言い淀んだ彼女の言葉を繋げれば。
彼女はまた俯いて、「はい」と答えを綴った。
「君は現実から目を背け過ぎる節がある」
「はい」
「…その答えを返したということは、自分の非を、君はわかっているのだな?」
「わかってはいます。いますけど……」
「ならば、それでいいのではないか?」
「?」
顔を上げた彼女は驚いた表情を浮かべていて。
それに、ふっと笑みを浮かべて見せる。
「この前……一週間前か。君の教え子でもある、彼女が来ていたんだが」
「田端さん…今は葉月さんでしたね、結婚したんですものね、彼女。だったら――知ってます。私も、その時、会いましたから」
「そうか。その時に…彼女が言っていた」
「何を…ですか?」
「君は中学校で教師をしていた時からああだったと。だから突き放さないであげてほしいとな」
「………」
「わかっている、と答えたところ、それでも、と念を押された」
「彼女は…中学生の頃から、私のことを気に掛けてくれていましたから」
「それで君は、その時はどうしていたんだ? 教え子の…中学生の言葉だから、と聞き流していたのか?」
「いいえ。あの子の言葉には、力がありましたから」
「ならば、これからもそうすべきではないのか? 君はこの前、彼女に会った時に、何を言われた?」
言葉を向ければ、彼女は目を細めて。
それから、考え込むように、思い出すように、視線を伏せた。
その姿に、安心して、グラスへと手を伸ばす。
『中ちゃん先生、自分に自信が持てないみたいなんですよね』
思い出した言葉を噛み締めながら、グラスを傾ける。
カラン、と、透き通った音が、わずかに響いた。
『氷室先生なら、中ちゃん先生に自信を持たせてあげられるんじゃないかなーって。実は勝手に、そう思ってるんです』
椅子に腰掛けて、彼女はそう綴っていた。
広げたノートにペンを走らせながら。
首を傾げると、彼女は少し考え込んで。
『というより、氷室先生にしか…って言い換えた方がいいですかね?』
なんて、嬉しいことを口にしてくれて。
他人の言葉で、自分の気持ちに気づくのも、どこかおかしいとは思うけれど。
彼女が紡ぐ言葉には、いろいろと気づかされることも多くて。
「君を突き放そうとは思っていない。だから別に、私のことを利用しようと考えることも、必要ではないのか?」
「利用って…!」
「その通りだろう? もしくは、そのぐらい、割り切って考えることだ」
「………」
笑みを浮かべてから、アルコールを喉へと通す。
出来れば、この話はここまでで切り上げたくて。
俺は、別の話を口にしようと、考えていた。

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