どうしていつも、こうなのかな?
はぁ、なんてため息を吐いたら。
また、怒られちゃった。
生徒が不安がるだろう?
座りながら、見上げた顔は、眩しくて。
でも…その通りだなって思ったら。
普通に「はい!」って、答えられた。
mit
gemischten Gefhülen 2
またやっちゃった……。
授業が終わった音楽室で、はぁ、とため息を吐いてた。
あと十分もすれば、部活をしに、ここには生徒達がやってくる。
クラスを受け持っていないから、私はここにいられるのだけれど。
「なーんでかなぁ?」
誰にも話せなくて、私は一人で、ここで嘆息しているしか、出来なくて。
ピアノの上には、提出されたプリントの山。
その隣りには、頼まれた仕事。
プリントはいいの。
生徒の言葉がしたためられたものだから、家で見ればいいんだもの。
でもその隣りの、頼まれたものが問題で。
終わるかなぁ?
なんて、天井を見上げたりしてた。
生徒に励まされたことなんて、ものすごくたくさんで。
同じ先生に励まされたことは、数少ない。
それってどうなんだろ?
そんなことも考えてた。
中学校で教師をやっていた頃は。
どんな時でも、「先生、ピアノ弾いてー」なんて言われて。
嬉しかった。
思い出して、ふっと笑う。
立ち上がって、窓が閉まっていることを確認して。
カーテンを閉める。
ピアノのそばへと戻って、椅子に腰掛けて。
蓋を開けて。
一度――鍵盤の上に、指を滑らせた。
座り直して、指を置く。
この前、氷室先生が弾いてくださった曲を思い出しながら、指を滑らせた。
生徒の前で、ため息を吐くと。
どうしたんだろうって、不安にさせてしまうからって、先生はおっしゃっていた。
だから、この曲を弾いて、気分を落ち着かせるんだって。
その考え方は素敵だと思った。
氷室先生は、私の目標。
そんな思いを込めて、その曲を弾いていた。
のに。
「中里先生」
「え? あ、はい」
話し掛けられて、言葉に詰まる。
曲は――指は止めたけれど。
扉の開く音にさえ、気づかなかったみたいで。
振り返ると、険しい表情で、その先生はいた。
「あの……」
「扉が開いていた」
「え? えぇー!?」
驚きつつも、ガタッと音を立てて、立ち上がる。
氷室先生は呆れていて。
「君は本当に…、詰めが甘い」
小さく放たれた言葉に、私は項垂れていた。
音をシャットアウトするつもりで、窓は閉めたのに。
カーテンだって、しっかりと閉めたのに。
「……すみません」
また、迷惑を掛けちゃった…。
そのことが、重く圧し掛かる。
教師って仕事、やっぱり私には、向いていないのかもしれない。
やることはいっぱいだし。
音楽は好きだけど、先生方の間に入るのは、少し…気後れしてしまうし。
職員室は居辛いっていうのが、正直なところ。
氷室先生がそばにいてくださっている時は、そうでもないんだけれど。
やっぱり私、教師よりも、何気ない、ピアノの先生っていう方が、合ってるような気がする。
視線を伏せて、息を吐く。
だめだなぁ、本当に。
「これは?」
問いかけに、顔を上げると。
先生が、ピアノの上に置かれているプリントを見ていた。
身体を向き直らせて、私は口を開く。
「ついさっきの授業で、生徒達に書かせたんです。歌を歌うのに、抵抗があるようなので。その理由を、知りたくて……」
「なるほど。で…こっちは?」
問われて、返答に詰まる。
また、頼まれちゃいました、なんて言ったら。
本当に、呆れられてしまうだろうから。
「……その…」
なんて言おうかと考えていると。
氷室先生はプリントを纏めて、準備室へと足を向けた。
「来なさい」
短い言葉とすぐに振り返って、見せられた背中に。
私はまた、小さく息を吐いてしまっていた。
「君はなぜ……」
音楽準備室は、さして広くはない。
そこに入って、扉を閉めたあと、たった一つしかない、椅子に座るように促された。
そのあとで、放たれた言葉は、最後まで紡がれることはなくて。
代わりのように、大きくため息が零された。
それにびくつきながら、顔を上げる。
「いや、いくら言っても意味がないのであれば、言う必要もないかもしれないが」
「すみません…」
「とりあえず、部活は私が見よう。君はこれをやっているように」
仕事を指し示されて、私は肩を落とす。
それはそうよねって思う。
部活を見てからやったら、いつ帰れるかわからないし。
だから素直に、はいと答えて、腰を上げた。
のだけれど、すぐに肩を押されて、椅子へと戻される。
「氷室先生?」
「ここでやりなさい」
「え? でも……」
「職員室は居辛いのだろう? それに、それ以上仕事を押し付けられて困るのは、君ではないのか?」
言われて、ぐっと詰まる。
確かにそう。
これ以上言われたら、私は帰れなくなってしまうかもしれない。
それは困るから、私は机に向かうように座り直した。
すみません、ともう一度届ける。
と同時に、廊下で生徒達の声が響いて。
「用がある時は、呼びに来る」
「はい」
応えれば、先生は笑みを浮かべてくださって。
それから、準備室を出ていった。
扉の閉まる音を聞きながら、私はペンを執って。
「……」
無言のまま、目の前のことをこなしていた。
最後の一文字を書き終えて、ほっと息を吐く。
窓の外を見ると、太陽はもう、沈み切っていて。
私はあーあ、なんて、声を上げた。
耳には合奏の、その音が流れてくる。
今から出ていったとしても、何かを出来るわけではないし。
考えて。
仕方なく、もう一つの山の方へと手を伸ばす。
――氷室先生は、結局。
副顧問である、私の力など、あまり必要とはしていないみたいに思える。
まぁ、現実問題。
何か力になれているかと言えば。
…どうなんだろうっていうのが、一番に来るけれど。
「やっぱり、教師って向いてないのかなぁ?」
息を吐いて、目を落とす。
いくら生徒に慕われていても。
いくら、自分だけの仕事をこつこつとこなしていたとしても。
一番――力になりたいと思っている人の足を引っ張り続けているんじゃ、どうしようもない。
教師としてではなくて、一人の人間として、嫌だなと思ってしまう。
「……今年で辞めようかな」
ポツリと呟くと同時に音楽は終わりを告げて。
氷室先生の声が、壁を伝って、響いてきた。
何をやってるんだろう?
そんなことを考え出すと、どうしても、惨めな気持ちになってくる。
力になりたいどころか。
迷惑ばかりを掛けて――。
考え出すと止まらなくて。
出そうになった涙を止めるために、目元を指で押さえた。
生徒達の声が、隣りの音楽室と廊下で反響して、私の耳へと届けられる。
その声が紡いでくれた、私の名前は、心配の声が含まれていて。
それはそれで、嬉しかったのだけれど。
「中里先生?」
入ってきた氷室先生に向けた目は、きっと赤かったんだろうと思う。
わずかに大きく見開かれた、その瞳が、それを物語っていた。
「すみません」
涙声にはなっていなかったけれど、私はそれだけを紡いで、顔を逸らす。
小さく響く足音に、急いで、自分の気持ちを落ち着かせてから、視線を戻した。
「すみませんでした。氷室先生のおかげで、頼まれたものは終わりました」
「そうか……」
「はい。部活の方、見られなくてすみませんでした。それから……」
「このあと、何か用事は入っているのか?」
言葉を遮られての問いに、私は瞬きをして。
それから、少し考え込んだ。
仕事はまだ残っているけれど、あのクラスの授業はまだ先。
三日ぐらい、間は開いているから。
その間に、プリントに目を通せば、それでいい。
「…特には……」
紡げば、氷室先生はほっとして。
でもすぐに、表情をいつものそれに戻す。
小首を傾げれば。
「話したいこともある。よければ、食事に行かないか?」
「………」
しょ、食事?
氷室先生と?
お誘いのその言葉を反芻して。
私は顔を赤くする。
顔が熱いから、きっとそう。
それから。
「はい。喜んで」
笑顔で、答えることが出来た自分を。
私は少し、誉めてあげたかった。
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