そりゃさぁ。
あいつが口にし続けてた女性なんだから、見てみたいとは思ってたけど。
まさかこんなに早く…とは。
ねぇ?
mit gemischten
Gefühien 1
開店したてっていうのは、結構暇なものなんだっていうのは、わかっている。
わかってはいるけれど。
そんなことを思いながら、カウンターの中で頬杖を突いていた。
これから席が埋まっていくのも、わかってはいるんだけれど。
やることがなくて、欠伸を一つ漏らす。
と、そばでくすくすと笑う声が、耳に入ってきた。
「笑うなって」
「あ、すみません」
「……ま、俺も悪いんだけどなぁ」
言えば、従業員の一人である彼はなおも笑って。
それから、店内を見回した。
ふぅと息を吐いて。
「これから、ですよ」
なんて、決まり切ったことを言ってくる。
そう。
わかっては――いる。
俺達の仕事は五時からでも。
いや、実際は店の準備があるから、一時間前にはここに来ているけれど。
他の方々のほとんどは、まだ仕事の真っ只中。
定時で終わるのは、よほど、手際のいい人間。
……か、周りにいい顔をし続けて、ちやほやされている人間。
そんなのは、本当に数少なくて。
開店と同時に入ってくる客なんていうのは、本当に、一組か二組程度のものだった。
それもまぁ――いつものことなのだけれど。
「んなことはわかってんだよ。いいからさっさと、仕事しに行け」
追い払うように手を動かす。
頬杖を突いたままで。
もちろん、それにも笑いを零されて。
「僕もやることないんですよ」
「…この時間だからなぁ。フロアはそんなにいらないか」
「でもすぐに、この時間は終わりますからね。そう言えば――今日は氷室さんは、来ないんですか?」
聞き馴染んだ名前を出されて、俺はしばし、考える。
来ないのかと聞かれても。
俺はあいつの行動を、全部把握しているわけじゃない。
俺は幼馴染みだと思ってるけど。
あいつはきっと、うざったい、腐れ縁、ぐらいにしか思っていないような…そんな感じだしな。
考えて、息を吐く。
「さぁなー」
「でも、明日は休みですよね? 学校。日曜ですし……」
「部活あるだろうからなー。それに、結局あいつは、程々なんだよ。来ても、あんまり飲まないしな」
つまんねぇ、客だよなぁ?
別に同意を求めたわけではなかったのだけれど。
彼は苦い顔を浮かべていた。
それでも、笑ってくれては、いたけれど。
「何? あいつに用事でもあんの?」
「ちょっと…聞きたいことがあるって言うか」
言いにくそうな、その言い方と。
後頭部に回された手に、俺はにやりと笑みを浮かべる。
「何だ? 俺には言えないこと?」
「別に、そういうわけじゃないですけど…」
「けど?」
「あのことはどうなったのかなーなんて……」
出された言葉らに、ああ、なんて納得しつつも、俺は驚いてた。
それから一つ、息を吐き出す。
「盗み聞きか? 趣味が悪いぞ?」
「そういうわけじゃなくて、聞こえるんですって!」
「どうだかなぁ…」
「まぁ、あの氷室さんの口から、ですから…それに反応しちゃってる部分もありますけどね……」
肩を落としつつも、彼は白状してくれて。
俺はふっと笑った。
だよなぁ、なんて、思いながら。
あの零一の口から出された名と。
それと同時に、悩んでいるかのような、言葉。
他人に答えを求めてくるなんて、初めてじゃないか?
思い出して、苦笑する。
ただ、それを言ったら、あいつは否定したあとで、必ず「まったく…」とか言いながら、呆れてくれるんだろう。
考えてから、緩く首を振る。
と同時に、店の出入り口に取りつけてあるベルが店内に鳴り響いた。
それはもちろん、客が来たという合図で。
「お客さんだぞ。行った行った」
手で追い払うと、彼は今度は動き出す。
行ってきます、と小さく呟いて。
ちゃんとオーダー取ってこいよ。
付け加えれば、彼は苦笑を残して、歩き出した。
その背中を見ながら、俺は一つ、ため息を吐く。
「変なとこで、鈍感だからなぁ。零一は」
零して。
一人でくすくすと、笑い続けていた。
忙しくなり始めた店内。
それを変わらず、カウンターの中から眺めながら、俺はグラスを傾けていた。
注文をこなしたりしながらでも、話相手がいないということは、つまらないことに変わりはなくて。
それでも、話し掛けられれば、相手はするけれど。
カウンター席には、ほとんど。
客はいない。
まぁ、一人で来るお客さんってのは、少ないからな。
思いつつ。
もう一度、アルコールを喉へと通した。
ベルが小さく鳴り響いても、店内を流れる音は、止まらずに流れ続けていたのに。
「氷室さん、来ましたよ?」
「は?」
不意に掛けられた言葉に、俺は止まってた。
「来たって…?」
言われた割には、アイツの姿は見えなくて。
俺は少し、店内を見回す。
いつもなら真っ直ぐ、俺の目の前の、この席へとやってくるはずなのに。
「その…ボックスの方に、案内しましたけど」
「何でまた?」
「……お一人じゃなかったんです」
「………」
「…女性と、一緒でした」
聞いたら、学校の同僚だそうで。
付け加えられた言葉に、とうとう来たか!
なんて思う。
あいつが自分のテリトリーに、誰かを連れてくるなんていうことは、本当に珍しい。
それなのに、連れてきた、ということは。
「自覚、あるといいんだけどなぁ…」
呟きながら、グラスを二つ、手に取った。
俺が持っていくから、と伝えると、知らせに来てくれた彼は、フロアーへと戻っていって。
結構信頼されているのかも、なんて。
そんなことを考えたら。
自然と笑みが零れていた。
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