| ヒトは都合のいいことばかりを言う この気持ちを攫っていってくれれば
とか
あの人をここに連れてきて
とか
僕らが何をしようと
勝手じゃないか
どこを走り抜けようが
何を運ぼうが
そんなの 僕らの勝手
第一 そんなオモイもの
僕らが運べるわけ
ないよ
キズ 〜 バショ
〜
軽く羽織ったパーカーのポケットに入れていた手を空気に曝す。
ここに来るのは、実に七年ぶりだ、なんて考えて。
知ってる先生がいてくれたらいいなー、と切に願ってみたりした。
ここに来ることは、事前になっちんに言ってあって。
今日、彼女はスタッフの一人として招集されていたから、電話したのだけれど。
理由は聞かずにいてくれた。
「いいよ。ちゃんと言っておく」
そう応えてくれた言葉が、ありがたくて。
ありがとう。
と、素直にそう、述べた。
グラウンドからは、野球部の威勢のいい声が聞こえて。
ふっと笑みを浮かべてから。
門のそば。
恐ろしく目を光らせている警備員さんに声をかける。
自分の名前と、用を述べて。
今日、ここにいて。
あまり忙しくなさそうな先生を呼んで欲しいと頼んだ。
部活の邪魔は、出来ればしたくないし。
ボーッと、時間にしてみれば、十分ぐらい。
野球部の練習試合を、立ち尽くしたままで見続けてた。
三年生が抜けて。
四月になれば、新入生が来る。
その前の、簡単な部内だけでの紅白試合、とも言うんだろう。
高々と打ち上げられたそれに、「あーあ」と声を漏らす。
軽々とミットに納まった白球と。
一点に向かって走り出す彼ら。
声をかけられたのは、そのタイミングだった。
「やはり君か」
懐かしいトーンの声。
厳しい口調も、変わりがない。
「お久しぶりです、氷室先生」
視界に収めて、深々とお辞儀。
顔を上げた時に見た先生の顔は、ちょっと嬉しそうだった。
かつての教え子に会えたから?
思いながら、くすっと笑った。
「まだいらっしゃったんですね」
「久しぶりに会ったというのに、その言葉か。全く君は……」
ため息を吐かれて、すみません、と謝って。
お変わりないようで、安心しました。
と言えば、先生は、少し考え込んで。
「君は…顔色がよくないようだ」
その言葉に。
さすが、とか思った。
「ちょっと、私生活で嫌なことがありまして」
「そうか」
「でも、大丈夫です。ずっと下を見続けていても――仕方ありませんから」
微笑って、紡いで。
先生はそれでも、納得が行ってなかったみたいだけど。
「撮影許可が欲しい、ということだが?」
と、話を切り替えてくれた。
急なことで、わたしは何をどう答えればいいのかを忘れていた。
完全に、何があったと聞かれるような気がしてたから。
「ああ…えっと……」
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」
「――はい。…わたし、実は今、作家やってるんです」
「作家? 君が?」
「はい」
答えれば、先生はまじまじとわたしを見て。
わずかに眉間に皺を寄せた。
見えないって?
そう言いたいんですか? 先生。
心の中で思いながら微笑っていれば。
「確かに君は、国文系が好きだったからな。理数系は得意そうだったが」
ふっと笑んで、そう言って。
「覚えてらっしゃるんですか?」
「たまたまだ。あそこまで成績がよかったのに、君は進学を一切拒んでいたからな」
確かに。
変な生徒だったんだろうなぁ。
微苦笑して。
それでも、仕事の話を続ける。
「で、今度学校をテーマに書くことになりまして。出来ればはば学がいいなーと」
「それで?」
「写真を撮らせて欲しいんです。雑誌に載せる、写真。一日校舎をお借りしちゃうことになると思うので、その許可を得られれば、と」
「部活は?」
「できれば、やっていてほしいんです。自然なままの、この学園を収めたいなって思ってるんで」
「………」
わたしの話を聞いて、先生は黙り込む。
顎に手を当てて、視線をわずかに俯かせて。
多分、先生の一存じゃ決められないだろう。
理事長先生に聞いてきてもらえればって思うけど。
今日は来ていないのかもしれない。
管楽器の大きな音が、辺りに響いた。
それに、ピクッと眉が動いたのを見て取って。
やっぱりあれは、音が外れてるのかな、とか思った。
「――わかった。だが、理事長に聞いてみないことには、どうにもならない」
でしょうね。
「明日、理事長がこの学園に来る予定になっていたと思う。その時に、私から理事長に聞いてみよう」
「お願いします」
ほっと、胸を撫で下ろす。
先生はふっと、表情を和らげてくれた。
最初は苦手だったけど、氷室先生は話せばわかってくれる、結構いい先生だと思う。
決まりごとには容赦ないけど。
「この学園に入る部外者は、全部で何人なのか、聞いてもかまわないだろうか?」
「え? あ、はい…。えと…二人、です」
「二人?」
「ええ。わたしと、あと、カメラマンの藤井さん」
「そうか」
「言っておきますけど、藤井さんって、あの藤井さんですからね?」
「………」
この反応から察するに、氷室先生はなっちんのことを忘れてないってことだよね?
わたしから視線を外して。
眉間の皺を増やして。
「どうして藤井が?」
「今はアシスタントやってるんです。カメラの勉強を続けてて……。で、わたしが雑誌に載せる小説で、今回は写真を使いたいってなった時には、必ずお願いしてるんです。友達ですし、結構無理も聞いてくれますしね」
「なるほど。だが…その日は撮影のみに専念するよう、頼んでおいてほしい」
「わかりました」
含み笑いで答えて。
わたしは校舎の中を好きに歩く許可も得た。
好きな時に来て、好きなように歩いていい、そんな許可。
放課後と休日限定だったけど、全然嬉しくて。
わたしは警備員さんに、今度来る時に写真を持ってくるようにと言われた。
「それで、連絡だが…」
「あ、わたし、今実家にいないんです」
「一人暮らしをしているのか?」
「…ちょっと前までは、二人、だったんですけど」
「………」
先生が息を吐く。
肩がわずかに降りて、聞いていいのかどうかを思案してた。
多分、それであってるんだと思う。
わたしも、言おうかどうしようか迷ったんだけど。
「――他人である人間同士が一緒に暮らすって、結構難しいんですね」
そう、言葉を切り出した。
前に一度、先生には恋愛相談に乗ってもらっていて。
アドバイスらしいものは、これと言ってもらってないけど。
結構、言いたいことを言葉も選ぶことなく言ってくれる先生には、驚かされることも多かった。
だから今回も、頼むことにしたんだ。
間違っていたら、間違っていると言って欲しかったから。
「永遠に続くものだと思ってたんですけどね。一時の感情だけだったのかなーなんて」
「それは…君が前に言っていた、彼か?」
「そうです」
わずかに苦笑して。
校舎までの道を歩き始める。
それに付いて、先生も歩き出してくれた。
「ならば、一時の感情、というのはおかしく思う」
「そうですか?」
「好きだったのだろう? それだけ」
違うのか?
問われて、緩く首を振った。
でも、一時の感情だったのかもしれないという考えは、変わらない。
「ずっと一緒にいたいって思っていたのは、本当のことです。でも、いざその通りになると、うまく行かないことばかりが増えてしまって」
「相手は自分ではない。だから当たり前のことだ。それをいかに受け止め切れるかが、求められているのだと思うが?」
「知った風に言いますよね、先生」
「話を逸らさないように」
軽く窘められて、わたしは微苦笑を浮かべる。
無理か、やっぱり。
って言うか、氷室先生って、結構相談役にはぴったりなんだよね。
気づいたのは、高校三年生の三学期だったけど。
わたしが言いたいこととか、きちんと察してくれるんだけど。
言って欲しい言葉は決して言わないから、本当の答えをくれる。
二つの答えで迷っている時は、正しいと思う方は、言ってはくれない。
こうするのはよくない、みたいな言い方をして、選択肢を減らしてくれる。
わたしには、そういうほうがありがたい。
「届いていたと思っていたものが届いていなかったんです。だから擦れ違ったのかもしれない」
「………」
「受け止めてはいました。でも、届いてはいなかった。それに気づいた時には、もう遅くて――わたしたちは離れてしまった。多分、戻ろうと思えば戻れるでしょう。だけど、今のままだと、結局は同じだと思うんです。何がいけなかったのかをきちんと見極めない限りは」
「君がそう思うのなら、それが正しいのだろう」
少し驚いて、わたしは先生を見る。
今日は否定しない?
あってるの?
わたしの考え。
「だが、一人では見つからないことの方が多いと思う」
そう来ますか。
「…私でよければ、これからも相談に乗ろう」
目を見開いて。
すぐに、細めた。
氷室先生って、結構暖かいよね?
みんな気づかないけど。
こういう笑顔をされると、本当に、そう思う。
「ありがとうございます」
そう言うのが、やっと。
「それで、今君はどこに住んでいるんだ?」
「今は…ホテル住まいなんです、実は」
「…当てはあるのか?」
「全然。探してはいるんですけど、どうも……」
乾いた笑いを発してから、わたしは黙り込んだ。
視線を向けた先では、先生が何かしらを考えてくれていて。
それが何かはわからないけれど、必死になっているのは感じ取れた。
だからわたしは、それを邪魔しちゃいけないって、ちょっとだけ…思ってた。
それから、先生はわたしをちらっと見て。
「私が住んでいるマンションでよければ、紹介するが?」
呟くように、それでもしっかりとそう紡いで。
わたしの返答を待っていてくれた。
先生が住んでるところって…わたしの家の先にあるマンション?
でもわたし、そこまで先生に甘えていいんだろうか?
考えている途中、今度はピアノの音が鳴り響いた。
どこかで聞いたような曲に、わたしの思考は持っていかれそうになる。
と、氷室先生が音楽室のある方を振り向いた。
「またか……」
大きく肩を落としてそう言って。
氷室先生はわずかに苦笑を浮かべながら、わたしに焦点を合わせた。
「とにかく、連絡方法だが」
「携帯の番号、教えます。ですから、そっちに……」
「わかった。では、そうしよう」
ポケットから携帯を取り出して。
折り畳みのそれを開ける。
不在着信にわずかに目を細めてから、わたしは自分の番号を映し出した。
ピアノが流れ続ける。
聞いたことのある曲。
名前は思い出せない。というか、聞いたことがないのかもしれないけれど。
どこで聞いたんだっけ?
思い出そうと足を止めて考える。
と、音楽が急に止まった。
多分、氷室先生が止めたんだろうけれど。
出来ればもうちょっと聞いてたかったなぁ…なんて思い始める。
だってさ、聞いてればどこで、どんな状況で聞いたかって思い出せるような気がしてたから。
でもそれは止まってしまって。
代わりに……吹奏楽部の合奏が流れ始めた。
曲名まではわからないけど、聞いていて不快には思わない。
クラシックって、好きだなーなんて思う。
どこか暖かいから。
音が校内で響いて。
わたしはその中を歩いていく。
四階へと駆け上がって、上がった息を整えた。
一年生の教室があるその廊下を見渡して。
なっちんと会ったのは、ちょうどここだったっけ。
と、思い出す。
教室に入る直前、出てこようとしていたなっちんと見事にぶつかった。
謝りあって、名前を言いあって。
時々やってきた彼女とは、すぐに仲良くなった。
元々、彼女がフランクだった所為か、わたしはすぐに、心の壁を取り払うことが出来た。
人見知り、結構する方なのに、割とすぐに、『僕』で対応できた。
その所為か、ニィやんがなっちんを訊ねてきた時。
なっちんが間に入って、仲良くなるきっかけをくれた。
タマちゃんとは、一年の時に同じクラスになって、仲良くなった。
何か放っておけなくて、わたしから声をかけてた。
可愛くて、そばで何か、してあげたくて。
和馬にも結構、牙向いてたなぁ、最初は。
何かに付けて、彼女に頼みごとをして。
彼女を困らせたりしていたから。
タマちゃんをいじめるなーって。
思い出して、くすくす笑う。
守村くんも同じクラスだったんだけど。
仲良くなったのは、図書館での一件。
わたしはその日、英語の宿題で悩んでた。
和訳は得意なのに、英訳はやっぱり不得手で。
ダメだ、降参。
当てられたら、わかりませんでした、で済ませよう。
って思ってたら、急に現れて、教えてくれた。
でも途中でわからなくなって。
そうしたら、有沢さんが声をかけてくれて――救われたんだっけ。
はば学の秀才二人と仲良くなったのは、その時。
数学は得意だったから、逆に教えたりしてたら、自然と。
それから、わたしは三階へと降りる。
二年では、瑞希さんとニィやんと同じクラスだった。
瑞希さんとは、最初はあんまり話とかするとあれかなーって。
入学したての頃。
最初に見た時は、そう思ってた。
自分とは違うのかなって。
ああいう人種と付き合うのは、ちょっと難しいかなーって。
でも、そんなことはなかった。
一年の一学期。
昼休みに、学校見学、とか言って、一人で美術室に入り込んだ。
そして、そこに立てかけてあった描きかけの絵を見て、綺麗だなぁって思ってたら。
それがあの三原色の絵だって、本人に言われて。
それからちょくちょく、三原くんの絵は見に行った。
描きかけだろうが、何だろうが。
相手の都合なんてお構いなしに見に行って。
感想を素直に述べた。
君の感性は素晴らしいね。
なんて言われて、どこが? って切り返したこともあった。
確かにわたしは、人とは思うところが違うかもしれないけれど。
それを素晴らしい、なんて風に言われたことはなかったから。
で、瑞希さんと会ったのは、そんな三原くんを訊ねて、彼女がやってきた時。
美術室で、三原くんと二人きりのわたしに憤慨したのか、すごい剣幕で怒ってきた。
でもわたしに、その気がないと知るや否や、友達になってた。
三原くんの絵のよさをわかりあえる同士。
瑞希さんには、そう映ったらしい。
話してみると、彼女の感性も結構独特で。
だから二年生で一緒のクラスになれて、わたしはとても嬉しかった。
二階を素通りして、一階へと下りる。
三年は…あんまり思い出したくないかも。
考えて、わたしはふっと背を向けた。
有沢さんと同じクラス。
楽しい思い出もあるけど、ほとんどが苦しい。
必ず、彼の姿があった、一年。
うまくいかないもんだね、やっぱり。
苦しくて、切なくて。
沈んでいく夕日に、わたしは目を細めた。
携帯が震えてたけど、無視を決め込んだ。
『葉月は、まだ姉ちゃんのこと、好きだよ』
思い出してしまった言葉に、瞼を顔ごと伏せた。
流れていたはずの曲は、いつの間にか、終わっていて。
それに気づいたわたしは、特に急ぐわけでもなく。
また、歩き出した。
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