| 必要だって思ってくれているんだよね? だからボクは
ここにいるんだよね?
毎朝叩かれたり
時には投げられたりもするけど
煩いって そう 怒られることもあるけど
必要だから ボクはここに
戻されるんだよね?
キズ 〜 ミライ
〜
一緒にいられればいいなって。
誓いとか、約束とか。
そんなものじゃなくて……他のもので。
わたしが彼に、そういう意味であげられるものが欲しかった。
けど、でも。
「ちょっと、珪?」
「どうした?」
「どうしたじゃなくて!」
彼が放った言葉に、わたしは声を荒げた。
その単刀直入さに、目の前じゃお父さんがごほごほとお茶に咽ていて。
お母さんがマイペースに、布巾を取りに立ち上がる。
尽は後ろのリビングスペースで、やっぱり…と零して。
「気づかなかったのか? 姉ちゃん、変なとこで鈍いから」
「気づいてたんなら教えてくれたっていいじゃない!」
「ヤダよ。何で俺が」
「嫌なのか?」
「え?」
「結婚…」
「嫌じゃないけど……急だから…」
「急でもないだろ?」
「俺もそう思う」
「尽は黙っててよ!」
「黙ってない。玲はおかしいんだよ、そもそも。一年近く一緒に住んでて、そういう話が上らないこと自体、おかしかったんだって」
いや、別に、いつそういう話をされてもいいように、心の準備だけはしてたけど。
当の本人を差し置いて、先に報告っていうのも、ないと思ってたからさぁ…。
思いながら、一つ吐息。
「結婚することに異議はないよ? 全然。ただ、僕自身に相談も何もなかったのが、ちょっとねぇ……」
「おまえだってそうだろ?」
「何が?」
「子供……」
「避妊のこと? 当たり前じゃん。君はモデル。僕は作家。どっちが有名人かって言ったら、君の方でしょ、確実に」
「でも、俺はほしい」
「堤さんに頭下げられたんです。結婚が先。出来ちゃった婚はお願いだからやめて。スキャンダルだけは避けたいって」
「どうして?」
「決まってんじゃん。君が人気絶頂のモデルで、アクセサリーデザイナーだから」
「そんなの、関係ない」
「君にはなくても、周りにはあるんだよ」
「………」
「何?」
「出来た方が結婚はしやすいだろ?」
「そう来ますか。だから避妊に関しては何もしなかったんだね、君は」
「ああ」
深くため息を吐いて、わたしはきちんと座り直す。
目の前では、今のわたしたちの長い会話中にお父さんはどうにか平静を取り戻したらしく。
お母さんは何が楽しいのか、嬉しいのか。
とにかく微笑んで、そこに座っていた。
「大変ねぇ」
小さく落とされた言葉に、この人がどれだけ、何も考えていないかを知る。
まぁ、そういう能天気なところが、この人の可愛いところなんだけど。
本気で取り合ったら、話は先へと進まないから。
知っているから、わたしは突っ込みたいのをぐっと我慢してた。
「父さんだってさ、葉月のことは知ってんだろ?
姉ちゃんの恋人だって言って、俺が雑誌見せてやってんだから」
ソファから腰を上げることなく、尽はそう言う。
わたしの背中を通り越して、声はお父さんへと届けられて。
そのお父さんは、深く息を吐いていた。
「葉月くんは何度か、家にも来てくれたわよね?」
「高校の時に……」
「そうそう。覚えてるわよ? すごく綺麗な子だなって、そう思ってたんだもの」
「どうも」
「じゃあ、その頃から付き合ってたのか?
おまえたちは」
「違うよ。付き合い始めたのは、今から一年ぐらい前」
「一年半前」
「まだ半年は経ってないけど、その方が近いね、確かに」
「………」
「麻衣が結婚しちゃって、一緒に暮らし始めたのが、ちょうど一年前かな?」
お父さん、眉間に皺が寄ってる。
だからわたしは、ぎゅっと彼の手を握った。
結婚することに、異議はない。
だから、それをきちんとわかってもらいたかったから。
もちろん、テーブルの下でだけど。
「おまえたち……」
「早いって言う? んじゃ、早くないのっていつ?」
「いつって……」
「いいんじゃない? 私は別に反対はしなかったし」
「うん。お母さんは協力してくれたよね?
病院教えてくれたし」
「病院?」
「避妊の薬で、相談しに行ったの。薬局で売ってるの使ってもよかったんだろうけど、きちんとしたとこの方が、確実じゃない?
正しい使い方とかも教えてくれるし」
「おまえ……」
「君の重荷にはなりたくないもん。ダメだと言うなら、やっぱりね」
ふっと笑えば、軽く頭が撫でられる。
わたしだって、欲しいって思うけど。
まだ、ダメだから。
考えながら、父親に向き合う。
「二十歳過ぎたら、大人なんでしょう?
大人なんだから、自分で何もかも出来るようになりなさいってみんな言うじゃん。なのにこんな時にだけ子供扱いするのって、おかしくない?」
「詭弁」
声が発されたのは、すぐ隣り。
目を細めて、わたしは彼を少しだけ睨む。
「煩い」
「おまえらしくない」
「………」
「ちゃんと、自分の言葉で言え」
「でも…」
「俺は聞いてるから」
優しい瞳に、一度、唇を硬く引き結ぶ。
わたしの……言葉。
届く届かないは別にして?
お母さんを見れば、やっぱりにこにこ顔で。
わたしは一つ、息を吐いた。
何か落ち着くんだよ、あの笑顔は。
「…結婚がどうとか、じゃないんだ、わたしは」
実はね、と。
言葉を選びながら、話していく。
「ただ、子供は欲しいの。珪の子供。そのために結婚しなきゃいけないって言うんなら、する。それだけなんだ」
「………」
「そばにいて、暖かさを届けてくれれば、関係なんかどうでもいいの。一緒にいてくれれば、それで。でも、ひとりでいるとやっぱり淋しいから」
「子供じゃなくてもいいんじゃないか?」
「お父さん、珪の性格知らないからそう言えるんだよ」
呆れて、わたしは頬杖を突く。
「麻衣と一緒に住んでた時、猫飼ってたんだけど。その猫に取られるからって、麻衣に押し付けたんだよ?」
「本音言えば、結婚できるんなら、まだ子供はいい」
「……取られるから?」
「ああ」
即答されて、わたしは項垂れる。
やっぱりですか。
「子供でもダメなわけ?」
「だめだな」
「独占欲強すぎ」
「何度も言わなくてもわかってる」
わかってるのに、やめられないんだね、君は。
頬杖を解いて、紅茶へと手を伸ばす。
とにかく、結婚の話ですよ。
結婚。
彼の独占欲の話ではなくて。
「ダメだって言うんなら、理解してもらえるまで頑張るよ。今一緒に住んでること自体、モデルの彼にとって見れば、スキャンダルだしね」
「みんなが一緒になって隠してるもんなぁ。姉ちゃんたちってば、スタッフに恵まれてるよ」
「え? 堤さんが社長さんに掛け合ってくれたらしいけど?」
身体を回転させて、背もたれを掴む。
尽を見ると、わたしを見てた。
「珪のスキャンダルを載せた雑誌には、事務所に所属してるタレントの特集ページは組ませないようにって」
「そんなのは知ってるよ。でもって、姉ちゃんの仕事もあるじゃん。姉ちゃんの方が、顔は広いんじゃねぇの?
葉月よりも」
「だからってさぁ……」
「姉ちゃんの評判いいよ? 仕事はきちっと上げてくれるし、みんなのこと考えてくれてるから、話しやすいって。ちなみに、姉ちゃんと仕事したヤツラ全員」
「………」
「葉月ともう一回別れてみろよ。絶対、狙ってるヤツ、いるぞ?」
「別れない」
「だそうです」
少し怒った風に答えた彼に、わたしはやっぱり呆れてしまって。
それでも嬉しくて、笑った。
「仲いいわねぇ、あなたたち」
そこに響いたのは、のほほんとしすぎていると思える母の言葉で。
わたしはしばし、固まってしまう。
そこに、大きくため息が落ちた。
「今日は泊まっていくのか?」
声に、お父さんを見る。
にっと笑われて、少しだけ、不審感。
それでも。
「明日は休みだから、泊まっていっても平気だけど…」
と言うか、泊まっていきたい。
わたしは。
「そうか。それじゃ、日程なんかは明日話そう」
「そうね。客間を用意するから、少し待っててね?」
笑顔のまま、立ち上がってお母さんの背中を見送って。
日程?
と、わたしはやっぱり、考えていて。
「式はやはり、洋風のものの方がいいのかな?
君に袴を穿いてもらってもいいんだが」
「俺は、玲のドレス姿が見たい」
そんなわたしを放って、男二人は会話を続けていて。
「姉ちゃん、白って似合わないからなぁ…。俺、ちょっと不安」
尽も、さっきまでお母さんが座っていた椅子に腰掛けて、加わって。
わたしは何だかなぁ、なんて、たった一人で思ってた。
「何か、案外簡単だったね?」
帰りの車の中で、わたしはポツリと零した。
彼の言った報告が、行く前は全然わからなかったわけだけど。
わたしの両親を前にしたら、答えはすぐに彼の口から出されたわけで。
その答えを知っていたらしい尽は、わからなかったわたしに、かなり呆れていたみたいだった。
「珪の両親には…どうするの?」
「反対させない」
「……で?」
「事後報告でいいだろ?」
何か、それは…ちょっとどうかと思うよ?
とは言えずに、窓の外へと視線を移す。
絶対、気にしてると思うんだけどな。
だから、電話とか入れてくるんだろうし。
わたしが電話に出た時、かなり心配そうな声だったから。
慌てて、自己紹介したら。
ほっとしたように、彼のことをお願いされた。
だから多分、今この状況で言ったとしても。
反対はされないと思う…んだけど。
「………」
窓に映る彼を見る。
まぁいいか。
今度電話が掛かってきた時に、わたしから話しておこう。
だって多分、考えていることは同じ。
結婚はただの通過点。
そう、思っているから、あとからでもいいって思ってるんだよね?
「とにかく、誰からも文句は言われないよね?」
「? 何が?」
「僕らが結婚したら! だって、君が選んだんだから。君のファンにだって、僕は胸を張れるわけだ」
「だな」
彼へと顔を向けて、笑みを作って。
それから、左手の薬指を見た。
まだ銀色一色のそれは。
きっと、白く見える、透明の石が埋め込まれたものに取って代わるんだ。
聞いたら、今作っている最中なんだそうで。
早くね?
と、言ってみたりした。
これからはずっと一緒。
彼がそう言ったから。
わたしだって、そう望むから。
「海行きたい」
「泳ぎに?」
「見に」
「はいはい」
わがままを口にしたわたしに、ふっと笑んで。
彼はハンドルを切る。
きらきらと光を反射させる水面を二人で眺めようね?
なんて。
表情だけで、届けてみたら。
彼のグリーンの瞳が、笑ってた。
END
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