| 世界は 綺麗なわけじゃない 世界が 綺麗なんじゃない
世界の上に存在している
一つ一つが
綺麗だから
世界は 綺麗に見えるんだ
綺麗な心の手に入れ方
〜 色彩 〜
「玲、布団は?」
「いい、いらない。葉月くん、わたしの部屋で寝かせる!」
「はぁ? 玲はどうすんの?」
「コタツでいい。今日も夜遅くまでやりたいし」
「……頑張り過ぎ」
「だって、収録、来週なんだもん!」
「連絡あったの?」
「うん。先々週かな?」
「先に言え」
ぺしっと叩かれて、わたしは肩を竦める。
今、この家の空気は穏やか。
さっきまでの固い空気は、綺麗にどこかに行ってしまっていた。
さすがに麻衣の存在は大きい。
やっぱり、迷惑掛けまくってるな、わたし。
思いながら、パソコンをコタツまで持ってくる。
そのあと、もう一度自分の部屋に足を踏み入れた。
彼に見られて困るもの…何かあったっけ?
見渡して、考えて。
でも、実は全然なかったりしたことに、わたしは肩を落とした。
電気を消して、リビングへと戻る。
「明日さ、コータがこっちに来るから、決めてきちゃうね」
扉を閉めようとノブに手を伸ばす。
そこで、麻衣の口がそう綴った。
「明日?」
「うん。さっき連絡あってさ」
「……ずいぶん急だね」
「仕方ないじゃん。急に休みになったって言うんだから」
「はいはい。で? 泊り?」
「…いいですか?」
「勝手におし」
「そうしますv」
にっこり笑って、会話終了。
全く、どうしてこう、急なんだ?
わたしの周りにいる人間は。
「葉月くんは? 明日…仕事?」
コーヒーを入れながら、わたしは彼に問い掛ける。
結構平気みたい。
わたしは自然に、そう話し掛けてた。
「…一日休み」
彼は少し間を置いて、そう答える。
当たり前か。
さっきまでと、空気が違い過ぎるから。
それに…戸惑ってるってとこ?
わたしも最初はあったんだけどね、麻衣に会った時。
でも、今は。
麻衣のペースに慣れた今は。
全然、戸惑うことはなくなった。
「そうなんだ?」
「ああ」
「玲は? 明日、何か用事ある?」
「……出来れば、どこにも行きたくない」
「やっぱり?」
「やっぱり。寒いもん。動きが鈍くなるし」
「買い物は?」
「今日、たくさん買ってきたんで、心配なし」
「でもこの前、尽くんから何かもらってなかった?」
「? 何かあったっけ?」
「行かなきゃーって騒いでた」
「――……ああ」
コタツの上に、二人分のコーヒー――わたしは飲まないから――を置いて。
わたしの部屋の前の棚へと歩く。
その上に立て掛けてある、一枚の葉書を持って、コタツへと戻った。
「これこれ」
パソコンを下へと退けて、代わりに葉書を置く。
姫は中に入ったらしい。
わたしも中へと足を突っ込んだ。
「三原くんの個展、またやるんだって。その招待状が届いたって、持ってきてくれたんだよね」
「…三原って、三原 色?」
「うん」
「あの、天才芸術家の?」
「ほかに誰がいるの?」
「……玲たちの高校ってどんな高校だったの?
んでもって、どうしておまえは、そんな人と友達なの?」
「はば学? 私立で、自由な校風で…」
「自由って、どの辺が?」
「校則」
「そうそう。青春を謳歌すること、だったよね?」
「何だ、そりゃ?」
「高校生活を楽しめってことでしょ?
みんなそう、理解してたよ?」
「………。いいなー、私も行きたかったー!」
麻衣が声を上げる。
彼がその姿に失笑を零して。
わたしは「残念だったね」って嫌味っぽく言って。
「でも、はば学に来てたら、麻衣は光太さんと会えなかったじゃない」
言えば、麻衣は悔しがっていたその行動をピタッと止めた。
「そう、そうなんだよねー。それ考えたら、あの高校でもよしとするかって感じ?」
「何にせよ、無事卒業してるんだから、いいんじゃないの?」
「まぁね。それなりに楽しかったしなー」
「そして、その光太さんとは、結婚まで漕ぎ着けたんだし」
「漕ぎ着けたって何よ? 漕ぎ着けたって」
「明日はそれ、決めてくるんでしょ? 式の日取り決まったら、ちゃんと教えてよね?」
「もちろん! 玲に隠し事は出来ません」
「よろしい」
くすくす笑って、わたしは葉書に視線を落とす。
印刷ではない、手書きの宛名に、ほっとする。
行っても迷惑じゃないんだなって、そう思えるから。
「明日…か。出掛けるの嫌だけど…行ってこようかな」
「好きなの? 三原 色の絵」
「好きだよ? 何で? いけない?」
「いけなくはないけどさ、少し…抽象的過ぎない?」
「あー…かも」
「でしょ?」
「でもね、彼の絵を見てると、どんな風に思ってもいいんだって思えてくるんだ。三原くんの絵って――何て言うのかな?
それを見て、何を考えても許されるって言うか」
「……そう来るか」
「そう来ます。だって、三原くんがそういう性格なんだもん。絵の感想を教えてほしいって言われて、やっぱり悩むじゃない?
下手なこと言って、怒らせちゃうのも嫌だしさ」
「確かに」
「でもね、素直に言っていいって言われるの。君が感じたことは、ほかの人では感じ取ることは出来ないんだからって」
「優しいんだねー、三原 色」
「優しいよ? でも、それ以上に…心が豊かなんだよ。話を聞いてると、そればっかり思う」
「そうか?」
「あ、葉月くん、三原くんのこと誤解してる!」
「あいつの言ってること、理解できるのか?」
「…時々、わからない」
「………」
「で、でも! 時々だから! 本当に」
拳を握って、弁明。
ごめん、三原くん。
彼の誤解を取り除くことは、わたしじゃ無理みたい。
「それで? 明日…行くの?」
「どうしようかな? でも、一人じゃ嫌だなー…」
「会場行けば、一人じゃないじゃん」
「そりゃね。三原くんもいるだろうし、瑞希さんもいるだろうし……」
「須藤?」
「うん。三原くんとね、婚約したんだよ、瑞希さん」
「………」
「美男美女でお似合い」
そこまで言って、わたしは黙る。
明日…雪、あるんだろうな。
寒いんだろうな。
外、出たくないな。
考えて、ため息。
「絵、見たいし、二人にも会いたいけど……」
「そんなに嫌?」
「嫌。だって、猫はコタツで丸くなっているものでしょ?」
「……こんな時だけ、自分が猫だっていうのを認めるんだ?
玲ちゃんは」
「こういう時だけじゃないよ、別に。熱いものは食べられないし」
「そういうことじゃないでしょ」
「麻衣にはわからないよ。麻衣は犬だもん」
「うん。自分でもそれは思う」
「………」
「雪、好きだし。玲と違って、元気になるし。庭はないけど、そこの駐車場は駆け回るな、確実に」
「…何で僕、こんなヤツと親友やってるんだろう……」
「こんなヤツとか言う? もう九年以上も親友やってるのに?」
「そんなになる?」
「なる」
……ちょっと驚く。
指折り数えて、また絶句。
本当にその通り。
わたし、九年以上も迷惑掛けてるんだ、この人に。
「何考えた?」
「迷惑掛け過ぎてるかなーって」
「別にいい。慣れた」
「慣れたって……」
「年賀状、玲毎年、同じこと書いてきたし」
「何て?」
「「今年も必ず、迷惑掛けます!」」
「………」
わたしたちの息の合いように、彼は口を閉ざす。
麻衣と顔を見合わせて笑った。
それから、彼がシャワーを一番最初に浴びて。
わたしと麻衣がお風呂に入った。
わたしが先で、麻衣があと。
暖まった方がいいよって言ったのに、彼はシャワーでいいって言い張った。
「…悪かった」
その時。
麻衣がこの場にいない、その時に、彼はわたしにそう言ってきた。
髪をガシガシと拭いていた手を止めて、わたしは彼に向き直る。
そして、笑みを浮かべた。
「いいよ、別に。気にしないで」
「でも……」
「平気。今は、全然平気だから」
タオルを首に掛けて、ひらひらと手を振る。
その手が彼の手に収まって。
わたしは少し、驚く。
「聞け」
「………」
言われて、口を閉ざす。
前にもあった、こんなこと。
真剣なのがものすごくよくわかる、視線と。
怖いぐらいの…口調と。
二つに、わたしは黙ることしか出来なくなる。
「月宮から、話は聞いた」
「…うん」
「俺のことも…信じられないか?」
「………」
わたしは、ただ首を振る。
信じてないわけじゃない。
「じゃぁ……」
「信用、は…してる」
「信用?」
「信じて、利用する」
「………」
「麻衣のことも、そう。利用してるの。僕が…一人にならないために」
最低でしょ?
苦笑でそう言って、わたしは捕られていない方の手で後頭部を掻く。
髪はまだ…湿ってた。
「迷惑掛けます、なんて言っておきながら……頼ったことは一度もないの。やってくれると嬉しいな、って……いつも…僕は下手に出てる」
「……」
「無理だろうなって思うことは、全然言ってないの。無理だろうなって思ったら、自分でどうにかしてた。僕が我慢すれば、みんな…そばにいてくれるし」
「……玲」
「わがままは言うよ? でも、無理って言われたら、それ以上、無理強いはしなかった。無理を申し出てくれたとしても、お願いしてもいい?
って聞いて、そのあと、必ず……無理ならいいよって」
マズイ、泣きそう。
俯いて、わたしは涙を堪える。
今はまだ、泣いていい時じゃない。
きっと…違う。
『わたし』が顔を覗かせる。
でも、今はまだ、ダメ。
瞼を降ろす。
と同時に、タオルが当てられた。
「無理、するなよ」
タオルを自分の手で押し当てる。
彼の手が、そこから…移動して。
わたしのまだ湿っている頭を、ポンッと軽く叩いた。
そうやって――また、三人で話をして。
今は、深夜。
わたしを一人残して、二人は眠りに就いた。
姫も、わたしのすぐそばで眠っている。
テレビは、碌なのがやっていなくて。
見ているわけじゃないけれど、何度も何度もチャンネルを変えて。
わたしが選んだのは、ただただ、ひたすら外の風景を流し続ける――という生中継。
そこではまだ、雪が降り続けていて。
だから、まだ、外では雪が降っているんだろうな、って…思った。
光を最小限に抑えたリビングで。
音もなく、風景を映すテレビに、時々視線を投げながら。
わたしはパソコンの画面に、文字を打ち込んでいく。
来週、収録予定の話は、二人の子供の話。
わたしの記憶の奥深く。
わたしが嘘をつき続けている原因になっているかもしれない思い出を……少し変えたような物語。
HPには、出来るだけ…幸せだと思えるような内容のものしか、流していない。
わたしの思い出は、端々を思い出せないところからすると。
きっと――悲しいものなんだと思う。
約束は、きちんと覚えているのに。
それを言った男の子のことは、全然と言っていいほど――覚えていないから。
忘れたいことほど、最後まで残る。
どこかで読んだ一文を思い出して、わたしは短く、嘆息する。
一つの場面を終えて、わたしは、んーっと伸びをした。
そして、いつも使っている、猫柄の青いコーヒーカップに手を伸ばす。
飲もうとして…中身がもうないことに気がついた。
「……はぁ」
立ち上がろうと、少し身を引いて。
その時に、テレビに視線をやる。
「止んだんだ」
ポツリと零す。
どうしようか。
わずかに考えて。
テレビを消して、パソコンの電源を落として……。
掛けていたコートを、手に取った。
家を出れば、そこはもう、銀世界だった。
真っ暗なはずの夜の風景は。
そこかしこの雪に、たくさんの光が反射しているようにも見えて。
結構…明るくて。
寒いけど、夜、出歩くのは好き。
今回は、そっちが勝った。
階段を、滑らないように気をつけながら…手摺りを使って、降りて。
降り切ったところで、わたしは空を見上げた。
この時間は…人工の光は、ほとんどない。
二十四時間営業のコンビニは、ちょっと歩かないとないし。
止んで、結構経っているのかもしれなかった。
雲がない。
その代わりに――。
「星が綺麗だ」
白い息を吐き出しながら、空を仰ぐ。
星が少なくなったと、世間が騒いだ時期があったけど。
それは、あまりにも人工の光が多すぎて、星の光が届かないから消えたんだと、学者が言っていた。
でも、わたしに言わせれば、それは違う。
視線を戻して、アパートの裏手へ回る。
そこは、小さな駐車場。
麻衣の自動車も、ここにある。
星は――太陽の光を反射する。
その反射した光が、地球に、地上に届いて。
その光が、わたしたちの目には、星として、見える。
だから、わたしは思ったんだ。
ある時、唐突に。
「人間たちが作った光は強過ぎる。おまえたちでは敵うまい」
「太陽は星たちにそう言いました」
駐車場に着いた途端、その声が聞こえる。
雪の上。
白い地面の上を、大きな光が現れる。
振り返れば、光の中に彼女がいた。
「麻衣…」
「続き」
「……」
促されて、わたしは背を向ける。
小さく白を吐き出して、言葉を綴った。
わたしは今は、太陽だ。
子供たちである星を心配する、お母さん。
「月のように大きいならいいが、おまえたちは小さいからねぇ。わたしは心配だよ。だからおまえたちには、わたしが作る光は届けないよ。人間たちがもう少し、おまえたちに気を使ってくれれば、わたしもこんなことをすることはないんだがねぇ……」
笑いが降る。
やれって言ったのは、そっちじゃんか。
「まーいー?」
「ごめんごめん」
凄んで首を回せば。
麻衣はそう言ってくれたけど。
謝ってはいても、声は笑ってる。
顔でも、笑ってる。
「説得力ないなぁ……」
「まぁまぁ。でも…さすがに上手だね、玲は」
「誉めても何も出ないよ。それに…仕方ないじゃない。十年以上もやってることなんだから」
「演技?」
「そ。本当の心に蓋をして、嘘の心を作り上げて。嬉しさとか、楽しさとか。そういう正の心をそこで作るの。負の心は、感じないようにする」
そこで言葉を切って、わたしは視線を戻した。
光ではなくて、闇へ。
「本当の心は無視するの。そっちは動かさない。動いたら…本当のわたしが顔を出しちゃうから」
「いけないの?」
「いけないの。本音で接した人ほど、離れていくから」
「今まで、そうだった?」
「小学校の時は、そうだった。だから、中学入って、ちょっと変えた」
「…前にも聞いたね、それ」
「うん、言ったね、麻衣には」
首だけ回して、そう届ける。
「で、麻衣に会って…わたしはほんの少しだけど、救われた」
「よかった。少しでも、救いにはなってたか」
「うん。少なくとも、麻衣の前では、演技は減った。本音で接しても、麻衣はそばにいてくれたから。でも…引っ越すことになって、また変えた」
「私がいなくなるから?」
「そう。結局は…無理なんだって思ったから、完璧にしなくちゃって。本格的に…蓋をした」
「玲……」
「そうしたら、彼に会った。葉月くん」
フフッと笑って、一つ、回る。
「世界には、光と闇が存在している」
「『月』か……。えーと、何だっけ?」
「光あるところに影が出来、それが集まり、闇と呼ばれるようになる」
「そうそう。で、えーと…月は闇の支配下に置かれ、彼は……母である、太陽を拒んでいた」
「あの女は、自分のことしか考えてはいない!
星たちに自分の作った光を与えずに、言い訳になるようにと、僕にばかり与えている!
星たちは僕の、妹や弟だというのに! 皆を悲しませ続けている!」
「声を張り上げ、彼は力を振り絞る。太陽から与えられた光を反射し、星たちに届けようと身体を大きくしていった」
「身体のすべてで光を受け、月は少しずつ、その光を星たちに分け与えていった」
「自分の身を、削ることになろうとも」
「自分が与えられた光をすべて、星たちに分け与えても…すべての星に届けることは無理だということを知るまで」
月を振り仰ぐ。
今日は三日月。
「――彼に会って、わたしの考えは正しいんだって思った!」
手袋を取って、月に素の手を伸ばし、そして下げる。
別に、取りたいわけじゃない。
月はあそこに在るから――綺麗なんだ。
「世界に存在しているものは、すべて対なんだって。対になってるんだって。光と闇、太陽と月、草と花。そうやって」
「…彼は綺麗?」
「綺麗。わたしとは違う。わたしは…汚い」
「………」
「きっと、汚い」
「玲」
「明日ね、三原くんが答えをくれるんだ」
「本当?」
「多分。何となくだけど……そんな気がする」
「そっか」
「うん」
後ろ手に手を組んで、わたしは、冷たい夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ゆっくりと吐き出して……振り返る。
「寒いから、帰ります」
「はい、どうぞ」
歩き始める。
と、もう一度だけ、声が降った。
「眠れる?」
問い掛けに、足を止めて、考える。
「どうかな? それに…まだ、実は終わってないんだよね」
麻衣は苦笑。
そして、手を振った。
手を振り返して、歩を進める。
ポケットに手を入れて。
闇だけを見つめて。
闇は…嫌いじゃない。
むしろ、好き。
安心……出来るから。
「変かな、やっぱり」
思って、零して。
わたしは家路へと急いでいた。
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