| ひとりは嫌 だって淋しい
だって怖い
誰かと一緒は嫌
だって悲しい
だって…自分が 自分じゃなくなってしまう
綺麗な心の手に入れ方
〜 純白 〜
彼から連絡が来たのは、なっちんに会った、一週間後の夕方。
携帯に…直接電話があって。
わたしはそれを、外で取った。
「はいはい、どしたん?」
買い物が終わって、ちょうど外に出た時に。
今日の夕飯は何にしよう。
安いものをどかどかと買ってきては、帰り道にそれを考える。
だから、歩きながら……耳では彼の声を聞いて。
頭では夕飯のメニューを考える。
『会いに来た』
「…ちょっと待って。来たって何? 来たって」
『今…おまえの家の前』
「……僕、今、買い物!」
『だろうな。呼び鈴押したら、姫の声しかしなかった』
「ちょっと待ってて」
通話を切って、ポケットに突っ込んで。
腕に下げていた買い物袋を抱える。
歩いていた速度を上げる。
いいけどね、全然。
人の目があるところで待たれるよりは、全然。
だって、見られるのって、本当に疲れる。
仕事以外で、そんな視線に曝したくない。
………。
「バカだ、やっぱり」
呟いて、泣きそうになる。
結局は彼のため。
わたしのためなんかじゃない。
心が動く。
涙が出そうになる。
胸が痛む。
それだけは…偽ろう。
好きって気持ちに蓋をしよう。
それだけはやらなくちゃ。
何より、彼のために。
彼の…心のために。
角を曲がる。
短い坂を上る。
上り切る。
道なりに真っ直ぐ歩いて。
もう一度角を曲がる。
門が見えて、視線を少し上向ける。
…いた。
確かに…わたしの部屋の扉の前。
色素の抜けた髪が、夕方のオレンジに、ほんの少し…染まってる。
綺麗だな、やっぱり。
心が動く。
それをすぐに止める。
ダメ。絶対にダメ。
止まりそうになる足を諌めて、急ぐ。
門をくぐって、階段を上がる。
「葉月くん!」
呼び掛けて…目の前へと急ぐ。
「悪い」
「そう思うんなら、前日までに連絡しようね」
肩で息をしながら、一気にそう言う。
鍵を取り出して、鍵穴に差し込んで。
勢いよく回して、抜いて。
それを仕舞う前に、ドアノブに手を掛けて…開けた。
「入って。寒かったでしょ?」
鍵閉めてね。
前に言った言葉をもう一度投げれば、彼は「わかってる」と返した。
姫は外に出ている。
リビングを見回して、わたしはそれを確認する。
姫の出入りは、わたしの部屋の窓からだから、別に玄関を閉めてしまってもかまわない。
鍵をテーブルの上に置いて。
買ってきた物を広げて、そう大きくない冷蔵庫に仕舞い込む。
彼はまた勝手に、真っ直ぐにコタツへと歩いて。
電源を入れて、座る。
まぁ、どんな風に振る舞ってくれてもいいんだけどね。
全然気兼ねなんかいらない。
そんなもの、意識したら…『僕』じゃなくなるから。
いられなくなるから。
だからどうか、そのままでいて。
「あー、また来るんだったら、カップ買ってくるんだった……」
額に手を当てて、わずかに後悔する。
「また僕のでいい?」
「かまわない」
コートを脱ぎながら、そんな会話をする。
鍵は忘れないうちにバッグに戻す。
「寒いな」
「わがまま」
「俺は客」
「いきなり来たくせに?」
「それはさっき、謝っただろ?」
「じゃあ、僕も謝る。寒くてごめんね」
「………」
「――ったく、わかったよ。ちょっと待ってて」
わずかに睨まれて、嘆息。
コーヒーを入れずに、その二つのカップと、二つのスプーンと。
インスタントコーヒーの粉と給湯ポットをコタツの上に置いて、わたしは自分の部屋へと入った。
窓は開けっ放し。
だから、実はこの部屋が一番寒い。
冷気が彼へと届かないように、扉を閉めて。
小さい電気ストーブを手に、戻る。
バタンと閉めれば、彼はコーヒーを入れはじめていた。
コンセントを差し込んで、一番強くして。
「これでいい?」
わたしもコタツへと入った。
同時に、目の前に出されるコーヒー。
湯気が出てて、熱そうで。
わたしはすぐに、手を伸ばす。
「ミルクとか…砂糖は入れてない」
「自分で入れるから大丈夫です」
「姫は?」
「出掛けたんでしょ? さっき、そこのドアが開いてたから」
「………」
「僕の部屋の窓を開けておいてるの。姫の出入り口」
「嫌われてるな」
「だねー。徹底してるね、面白いぐらい」
くすくす笑う。
笑えば、彼の手が、わたしの頭を叩いた。
「笑うな」
痛くはないんだけど、わたしは顔を顰める。
それに満足したらしく、彼は笑みを浮かべてくれた。
「で? 今日はどうしたの?」
ミルクと砂糖は二杯ずつ。
わたしは甘い方が好き。
くるくるとスプーンを回しながら、わたしは彼の答えを待つ。
今日は…休みだったってわけじゃなさそうだな。
ってことは…仕事帰りか。
「これ、返そうと思って」
少し大き目のバッグから、彼は茶色い封筒を取り出す。
この前、わたしが貸した原稿のコピー。
全部読んだんだ。
「面白かった?」
「ああ」
「よかった」
傍らへと置いて。
そのあとで…聞いてみる。
「どれが一番面白かった?」
「……」
問えば、彼の眉根は寄せられて。
わたしはまた、小さく笑う。
考えてる考えてる。
ってことは、どれも面白かったってことだろう。
だからすぐに出てこない。
いいこと、だよね?
「『扉』……と『風』」
「ふーん…。『風』はわかるけど、『扉』?」
「『扉』」
変か?
畳み掛けられて、考える。
わたしも…嫌いじゃないけど。
「いいんじゃない? 僕も好きだよ、あれ」
「自分で書いたのに?」
「うん。――おかしい?」
「いや。よく…知らない」
「…そっか」
「ああ」
彼がカップに口を付ける。
ごめんね。今度は買ってくるよ。
心の中で、そう謝る。
「でも…見る目が変わった」
「だろうね」
嬉しくて笑う。
わたしにと渡される手紙だって、そういう内容のものが多い。
ものの扱い方に気を使うようになった、とか。
優しくなれた気がする、とか。
そういうものを見聞きすると、すごく嬉しい。
上機嫌で、わたしはカップを手にする。
「今日も仕事だったの?」
「ああ。ただし、アクセサリーの方」
「この前言ってたね、そういえば。口コミで広がってるんだっけ、葉月くんのシルバーアクセ」
「ああ」
彼は夢を追っている。
それが今も続いている。
偉いな。
すごいな。
そう思うのと同時に。
わたしとは…違うな。
そう思ってた。
「おまえは?」
「何?」
「夢」
「…ないよ?」
「………」
「やりたいことと夢って、違うものじゃない?
そうやって考えるとね、夢ってないんだ。やりたいことは山のようにあるのにさ」
んーっと伸びをして、そのまま寝転んでみる。
足も伸ばしたから、彼の足に当たってた。
下手したら、蹴飛ばしたかもしれない。
「一個一個、潰してみてるんだけどね、やりたいことやって。でも、すぐ消えるの。ずっとやりたいわけじゃないんだなって思っちゃう。強いて挙げるなら、HPかな。自分で書いたものを、自分で演じる。あれは面白いから、やり続けたいかも」
そう、夢はない。
なんてつまらない人生なんだって、自分でも思う。
みんな、夢を追いかけて……生きてるのに。
「ダメかな? 夢がないと。別に僕、夢を売ってるわけじゃないし。小説だって、自分のことしか考えていないような人たちに、気づいてほしくて……書いてるだけだし」
「………」
「ふざけてるかな? そういう気は全然、全くもって、ないんだけど」
「………」
「葉月くん?」
上体を起こす。
彼を見れば、思案顔。
わたしの言葉を理解しようって顔。
だから…ちょっとだけ、待ってみる。
時計の秒針の音が響く。
カップから上がっていた湯気は、いつの間にか、消えていた。
「わかる気は…する」
ぽつりと、彼は零す。
辺りは静か。
子供の声もしない。
今日は一段と寒いから、外で遊ぼうって気も、失せるのかもしれない。
「俺も…モデル、何となくやってるし」
「うん。そだね。それと同じかも」
わかってくれる人間は少ない。
だから、出会えた時に、ものすごく嬉しく思う。
でも、偽ることは……やめられない。
偽っていることに気づいたのは、同居人の、麻衣だけ。
だからわたしは、彼女と一緒に暮らしてる。
ひとりは嫌。
でも、一人がいい。
彼女は、それを知っているから。
わがままなわたしの心、理解してくれているから。
「CMの話、どうなった?」
「保留」
「保留?」
「ああ。台本、練り直してくるってことになって……」
そういうことか。
考えて、そして…そう、答えを出す。
無理だって気づいたんだろうな、多分。
彼に演技は出来ない。
というより、させない方がいい。
彼の綺麗な心、くすんでしまうから。
「わたしだったら、君のこと、自然体で使うけどな」
何度も頭の中で考えたこと。
彼を主人公にして、何度も小説を書こうと思った。
彼の心。
どんなに綺麗か、みんなに教えたい。
そう思ったから。
「芝居なんて、しない方がいい。みんな、自然体でいた方がいい。嘘をつくのは…悲しいから」
「田端?」
彼の顔が歪む。
マズイ、言い過ぎたかも。
俯いて、耳に掛けた髪が落ちるのに任せる。
表情が彼から見えないようになった頃、わたしは瞼を降ろした。
ダメだって。
動いちゃダメだよ。
偽り続けなきゃ。
本当のこと、言っちゃダメ。
「ごめん、変なこと言ったね」
顔を上げて、笑って言う。
大丈夫。大丈夫。
胸の内で…唱えながら。
「あ、姫が帰ってきたみたい」
逃げるように、わたしは立ち上がる。
タイミングよく帰ってきてくれた姫に、お礼を言いたい気分だった。
部屋に入って、ベッドの上。
丸くなっている姿を見つけて、ほっとする。
事故とかに遭わなくてよかった。
一撫でして、窓を閉める。
やっぱり寒い。
鍵を閉めて、カーテンを閉めて。
「姫、こっち来る?」
「………」
反応がない。
完全に拗ねられてしまった。
「葉月くんが帰ったら、相手するからね」
もう一度撫でて、ごめんと告げて。
部屋を出る。
そこで…ため息。
「どうした?」
「拗ねられた」
「………」
「僕に矛先向けられるとは思わなかったな。どうすっかな」
「………」
考えながら歩く。
やっぱり、コタツの中は暖かい。
と同時に、鍵を差し込んだ音が響いた。
玄関を振り返って、開かれた先に現れた人間に声を掛けた。
「おかえりー」
「ただいまー。寒いよー」
靴を脱いでいた彼女の行動がピタッと止まる。
見ているのはきっと、彼の靴。
「誰か来てんの?」
「葉月くん」
「またか。姫は?」
「…僕の部屋。拗ねておられます」
歩いてきた彼女は、彼に軽く頭を下げた。
「月宮って言います。玲とは、中学からの付き合いなんです」
「どうも」
「…本物だよな、どう見ても」
「まだ嘘だと思ってたんですか!?」
「うん」
あっさりと肯定の言葉を返して、彼女は冷蔵庫を開ける。
寒いと言っておきながら、彼女が手にしたのは、冷えたスポーツドリンクで。
わたしはまだ、だーかーらーっと彼女に届ける言葉を探してた。
「あれ? 私のカップは?」
「僕が使ってる」
「玲のは?」
「葉月くんが」
「………」
「な、何?」
「姫が拗ねるはずだなって。ってか、おまえは王子失格」
「〜〜っ! すいません! ごめんなさい!」
「それは私に言うセリフじゃない」
「だってー、姫、聞いてくれないんだもーん」
「守るって約束したんだから、それぐらい守りなさい。家の中限定?
それとも」
「……違います」
「まったく」
コップに移したジュースを飲み切って、彼女は早々と自分の部屋へと消える。
相変わらずキツいな、麻衣は。
思いながら、ゆっくりと彼に向き直った。
「おもしろいな」
「何が?」
「おまえらの会話」
「どーも。……平気そう?」
「ああ。大丈夫」
ほっと息を吐く。
不安がなかったわけじゃないから。
彼はしつこく纏わり付かれるのを嫌う。
特別に扱われることを嫌う。
麻衣は、そんなことをするヤツじゃない。
わかってたけど、不安だった。
そうこうしていると、彼女が部屋から出てきた。
彼の前だというのに、部屋着に着替えているのが、何からしくて笑ってしまう。
そんなわたしを一瞬見て、彼女はわたしの目の前へと座った。
「今日は早かったね」
「うん。仕事が速く終わったからさ」
「それはよかった」
「で? ご飯は?」
「え? まだ早いよ?」
「あ、そっか……」
壁掛け時計に目をやって、彼女は項垂れる。
確かに、いつもだったら夕飯の用意、出来てるもんね。
帰ってきたら夕食、っていうのが、彼女の中にあるんだろう。
「一時間も早いからね。今日は」
「グス…。玲の手料理ー……」
「何だそれ? あと一時間もすればおなかの中じゃん」
「……そうだけど」
「でもま、用意はしようか、そろそろ。何食べたい?」
立ち上がって、コタツを出る。
「葉月くんも食べていきなね」
「いや、俺は……」
「そうした方がいいですよ。だって外、雨降ってきたし。さっき、部屋の窓から外見たら」
「ウソ!」
「本当。雲行き怪しいなーって思ってたんだ。雪になったら嬉しいんだけど……」
麻衣の言葉が終わらないうちに踵を返す。
自分の部屋に入って、扉を開けっ放しにしたまま、カーテンを引く。
リビングに窓はないから、仕方ない。
「素早い」
なんて声が、かすかに背後から聞こえた。
ついさっきはそんなことなかったのに?
窓はかなり露に濡れていて。
けれど、それを手近な布で拭き取って…わたしは目を凝らす。
白い、白いよ。
充分に白い。
「寒いのはイヤー!」
声を上げて、項垂れる。
大嫌いだ、寒いのなんか。
空気が澄んでるのとかは好きだよ?
星空も綺麗だし。
冬を待つたくさんの生き物の様子も好きだけど。
そんなのは、寒くなければの話。
雪だって、ただ見ているだけなら好き。
見ているだけなら。
その中に佇むのは、考えただけでも嫌。
だって寒いじゃん!
「降ったか」
嬉しそうな声に顔を上げる。
カーテンを閉めて、扉へと歩いて、部屋を出る。
姫でさえ、彼がいるのに、その部屋を出てきた。
コタツへと真っ直ぐ歩いて、中へと入っていった彼女を追うように、わたしも扉を閉めて、コタツへと向かう。
「ああ、降ったさ。降ってるさ。さーむーいー!!!」
「はいはい。夕飯作ろうね」
にっこりと笑み。
くそ。動きが鈍くなるというのに。
「…何がいいんですか?」
結局は負けるんだ。結局は。
麻衣に勝てた、試しはない。
「パスタv」
満面の笑みでそう言った彼女に息を吐く。
「葉月くんも、それでいい?」
「…ああ」
笑ってるよ。
葉月くんでさえ、笑いをこらえてる。
いいですよ、別に。
頑張って夕飯作りますよ!
台所に立って、どうするかを考える。
背中からは、二人の楽しそうな会話が聞こえる。
わたしは安心しながら、腕を組んで、考えていた。
|