時間が あの頃の続きのように
流れ出す

それを止めることはせずに
わたしは…ただ 受け止める

止めたいのか
止めたくないのか

それすらも……わからないままで





綺麗な心の手に入れ方 〜 再会 〜





彼からメールが帰ってきたのは、その日の夜。
早いなぁ、と思っていたら、今日は休みだったらしい。
なるほどね。
思いつつ、わたしはそれにまた、返事を書く。
彼が指定してきた日時は、ちょうどわたしも暇な日だったし。
というか、忙しい日の方が珍しいんだけどね。
全然問題なくて……、わたしはそう、メールを書く。
送信したあとで、携帯電話が鳴った。



わたしが…違うな、正式に言えば、友人が管理人を務めているHPでは、ボイスドラマを流している。
わたしが台本を書いて。
わたしと、その友人が、役を務めて、演技して。
そして、流している。
結構評判もよくて。
わたしは嬉しかった。
わたしが書いた話を誉めてくれる人がいて。
わたしの演技を誉めてくれる人がいて。
一緒に演りたいと言ってくれる人でさえ、結構たくさんいるし。
それが嬉しくて、毎月、一度の更新ではあるけれど。
わたしは毎日、ネタを探して。
文章を書き続けている。

そんなわたしの職業は……実は物書き。
と言っても、バイトみたいなものでしかない。
フリーライターって言うのかな? この場合。
それでさえ、HPを通じての依頼だった。
でも、そうやって書いてきたものに、わたしは一度だって、HPのことを書いたことはない。
HP内でのHNだって、PNとは違うし。
まぁ、HNはわたしの名前の違う読み方、『レイ』なのだけれど。

そういえば…葉月くん、何で僕だってわかったんだろう?
ほんの少し、考えてみる。
声…かな? やっぱり。
自己紹介の声は、地の声でやっているし。
時々、声を変えていたりするけれど、ほとんどが地の声だ。
だから、気づいて当然かもしれない。
演技になると、わたしの声は一変する。
二役三役…なんてザラ。
それなのに、すべての役を同じ声で演じ続ける、なんて……聞いている人間に失礼だ。
わたしたちはそう考えているから、役に合わせて、声も変える。
性格が変わったら、声も変わる。
これは、わたしと友人の、当たり前のことだった。
だから…自己紹介の部分を聞かずにいたとしたら、わたしだとわかる確率は、極めて低い。
わかる可能性も、彼ならば――ありえるけれど。
彼は高校時代の結構な時間をわたしと過ごしてくれた。
わたしだって、結構な時間を彼と過ごした。
だから…わたしのコロコロ変わる性格と声に。
気づいていない…とも思えなかった。
立ち止まって、青が広がる空に視線をやって。
わずかに考える。
けれど、すぐに足を動かし始めた。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
そんなことは、彼に直接聞けばいい。
それより、今は待ち合わせ場所に行く方が大事だ。
真っ白な息を吐く。
足を動かす。
コートのポケットに手を突っ込んで。
手袋は持ってるけど、する気にはならなかった。
歩を進める。
待ち合わせ場所は、彼のお気に入りである、森林公園。
その入り口で待っているとメールには書いてあった。
そう言えば、何度か二人で出かけたな…なんて思い出して。
デートなんて、そんな大それた物じゃない。
ただ、出かけただけ。
一人で出かけた先で、彼に会うこともしばしばあったっけ。
なんて呆然と思い出す。
あの頃に戻ったみたいだ。
思えば、嬉しくて。
笑みが零れた。
それで……わたしは、まだ彼のことが好きなんだ、なんて自覚してみたりする。
諦めの悪いヤツ、とも思った。
けれど、そんな自分が急に愛しく思えるから、不思議だったりする。
別に、普段の自分が嫌いってわけじゃない。
逆に…好きだけど。
毎日毎日、好きなことしかしていないのだから、当たり前って言えば、当たり前。
人通りが途切れる。
と同時に、女の子の囁き声が耳に入った。
「あれ、葉月 珪、だよね?」
「こんなとこで何してるんだろ? 誰か待ってるのかな?」
「彼女だったりしたら、ショックだよねー」
くすくすと笑い声。
安心していいよ、わたしは彼女じゃないから。
そう言いたいのをぐっと我慢して、足を速める。
彼はもう待っている。
いつからだったか、彼はわたしよりも早く、待ち合わせに現れるようになった。
今日だって、十分も早いのに。
そんなに暇なのかな? することがないのかな?
入り口で立っている彼を見つけて、わたしは一度、歩を止めた。
違うな。無理してる。
瞼を閉じているのがいい証拠。
昨日も仕事だったみたいだ。
もしかしたら、ここに来る直前まで、仕事だったのかもしれない。
短く、息を吐く。
そして、足音を殺して歩いていく。
彼の前、ゆっくりと近寄って…下から見上げる。
あの頃と少し変わってる。
大人の顔を…彼はしてる。
当たり前か、あれから――今年の三月で六年が経つんだし。
俯いていた彼は、わたしの視線に気づいたらしく、碧の瞳を見せてくれた。
「おまえ……」
「おはよう。お疲れのようだね」
彼の額。
そこをぺちっと叩いて、背を向ける。
女の子たちが絶句してるのがわかる。
仕方ないでしょ? これがわたしの、彼の扱い方なんだから。
「ウチに行こ。ここじゃ、君は目立ち過ぎる」
相談も何も、あったもんじゃないでしょ?
言って、わたしは歩きはじめた。
彼の足音が、少し間を置いたあとで、付いてくる。
彼は変わってない。
それが羨ましくて……嬉しかった。

「ごめん、ちょっと買い物」
並んで歩いていたわたしは、急に足を止めて、そう言った。
マズイマズイ、思い出してよかった。
店の出入り口から入って、目的の物を手にして、レジへと並ぶ。
所用時間、わずかに五分。
「…っと、ごめん、待たしちゃいました」
小さな買い物袋を下げて出てきたわたしに、彼は驚いていたようだったけれど。
「早いな」
言って、笑んでくれた。
変わってない。
昔と同じ笑みだ。
「何買ったんだ?」
「牛乳」
「牛乳?」
「そ、牛乳。昨日大量に使っちゃってさ。んで、今日の朝、残りを飲んじゃったから、全然ないの」
「ないと困るのか?」
「…そう、だね。毎朝飲まないと、ちょっと気分が悪い」
「ふーん」
「でもね、収録のある日は飲まないけど」
人差し指を立てて、彼の目の前で左右に振る。
彼はなぜ? と問いた気で。
「牛乳飲むと、胃に粘膜貼っちゃうのは知ってる?」
「知ってる」
「それと同様に、口の中にも膜貼っちゃうの。で、うまく口が回らなくなっちゃうから、僕は飲まないようにしてるの」
「………」
「何?」
彼が急に口を閉ざすのは、何か気に入らないことがあった時。
……か、聞きたいことがある時。
その聞きたいことがかなり些細なことだと、彼は黙り込んで、言葉を探す。
前はそうだったから、きっと、今もそうなんだろうと思う。
だって、彼は変わっていない。
綺麗さは、失われてはいない。
「メール見た時、思った」
「うん」
「今…聞いて、また思った」
「何?」
「変わってないんだな。自分のこと、そう呼ぶの」
「うん。変わってないよ?」
首を傾げて見せて。
そして「今更変われないでしょう」と言葉を綴った。
「そうか?」
「そうだよ。女の子っぽい、とかいうんだったら、変われる要素はありそうなものだけど」
「…違うのか?」
「んじゃ聞くけど。僕のどこが女の子っぽい? 色気ないでしょ? 尽にもそう言われてるしさ。可愛いなんて、一度も言われたことないし。――あ、小さい頃はあったか。とりあえず、中学以降、一度もないし。君みたいに綺麗なわけでもない」
「……そうかもな」
「でしょ? だから、そんな僕が『わたし』なんて似合わないわけよ」
彼へと向けていた視線を前方へと投げる。
嬉しいな。
フフッと笑ってみたりする。
彼の眉が、顰められた。
それを一瞬、瞳に映して。
わたしはまた、道の先に視線を変える。
「ちょっと…安心した」
「?」
「葉月くん、変わってないから」
「おまえも、変わってない」
「…そう?」
「ああ」
「そっか」
んーと、伸びをする。
腕を下ろして彼を見れば、笑っていた。
「何?」
「やっぱりおまえ、猫みたいだ」
「よく言われます」
彼の口から、くすくすと笑いが零れる。
ほら、これだよ、これ。
どうしてこれを仕事中にやらないかな?
雑誌の売り上げだって上がるだろうし。
何より、君の仕事だって、増えるでしょうが。
考えて、嘆息。
これ以上、忙しくなるのは嫌だからっていうのも…あるのかもしれない。
それだったら、ちょっとかわいそうか。
「ふむ」
言葉を漏らして、彼に先行して歩く。
角を曲がって、小さな、短い坂を上がる。
家までは、本当にあと少し。
「葉月くん」
「ん?」
背中から声が聞こえる。
振り返ることもせず、わたしは問いを発した。
「笑ったの…いつぶり?」
「!」
振り返らず、歩き続ける。
人通りはない。
あまり煩くない場所を…と思って、大通りから離れたこの場所に決めたのだから、それは当たり前なんだけど。
聞こえるのは、子供たちの遊んでいる声ぐらいのもの。
それでさえ、時々煩いと思うけれど。
ほとんどが――微笑ましいものだ。
「…………」
彼からの返答はない。
考えているのか、答えられないのか。
どちらでもあるんだろうけれど。
思いながら、わたしもまた、答えを催促するようなことはしない。
もう一度、角を曲がる。
そして、小さな門をくぐった。
「ここの二階。確実に、葉月くんの住まいよりは狭いと思うけど、遠慮なく不満を零してやってください」
にっこりと笑みを浮かべて、わたしは言う。
それからすぐに、彼から視線を外した。
外の階段を上がって、扉まで歩く。
そのあとを、彼は付いてくる。
ほっと息を吐いたのが、何となく……わかった。

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