久しぶりすぎるほどのそれに
わたしが驚かないはずはなくてどうして今?
そう……思わざるを得なかった
綺麗な心の手に入れ方
〜 序章 〜
「はぁ? 葉月…珪?」
そのメールの最後に書かれていた差出人の名前を見て、わたしは声を上げた。
午後という時間がはじまった、穏やかなこの時に。
今、家にはわたししかいない。
同居人である親友は、今は仕事中。
だから、家にいないのは当然のこと。
故に、パソコンを誰にも迷惑を掛けることなく、わたしはリビングのコタツの上に広げている。
結構前から使っている、ノートパソコン。
型は古いけれど、わたしには使いやすいから、変える気は全然なくて。
……って、そんなことを気にしてる場合じゃないんだけど。
四角い画面に映し出されたその名前。
雑誌の表紙やグラビアを飾った姿も、容易に思い出せる、その名前。
芸能界に疎いわたしでも、その名前は知っている。
というか、結構懐かしい名前だったりする。
高校が――彼と同じだった。
しかも、彼と同じクラスだったこともある。
三年間で、二年、同じ。
結構仲もよかった。
彼の中では、きっと、わたしはただ一人、同じ年の女の子の友達だっただろうと思う。
あの頃は、だけれど。
わたしは……密かに好きだった。
恋をしていた。
最初は、気の所為だと思ってた。
彼は目立っていたから、すぐに見つけられたし。
授業中でも何でも、どこでも眠ってしまう彼を見ているのは、楽しかったし。
話をするのも、楽しかった。
わたしと、全く逆の心を持った人。
その事実に気づいた時、わたしの中で大きく、『彼』という存在は変わっていった。
羨ましかったんだと思う。
彼は自分に嘘を吐かない。
綺麗な心を持った、綺麗な人間。
わたしとは…違う。
初めて会った時、似ていると思った。
彼とわたし。
親しく感じたのは、きっと…その所為で。
でも、やっぱり違った。
それに気づいた時、わたしは彼と距離を取った。
取りざるを得なかった。
付かず、離れず。
そして、友達の距離を守った。
踏み込まない、そう決めた。
そう誓った。
その通り、わたしは彼を友達の一人として、扱った。
そして彼もわたしを友達と呼んだ。
胸が痛まなかったわけではないけれど。
今まで……そう、今まで。
自分の心に嘘を吐いて生きてきたから、その痛みでさえ、忘れられた。
高校を卒業して。
わたしの中では、それで終わったのに。
終えられたのに。
――だって今まで、何の連絡もなかったんだよ?
この前、久しぶりに彼の顔を雑誌の表紙で見て。
その雑誌を手に取って、ぺらぺらと捲っちゃったりして。
それで、彼が未だにすごい人気であることを知った。
というより、ファンは増える一方らしい。
そりゃそうか。
彼は綺麗だもんな。
そんな風に考えて、雑誌を置こうとしたその時に。
その雑誌の中に、一つも彼の笑みがないことに気がついた。
高校時代、友達から見せてもらった雑誌の中には、ちらほらと笑みを零している彼の姿があったのに。
「………いや、メール見ないとね」
思考の奥深くへと沈もうとしていたわたしを、自分の意志で引き上げる。
正しく言えば、メールの返事を書かないとね、なのだけれど。
さらっと読んでしまっていたし。
何より、彼の頼みならば、軽んじることは出来ない。
そう、そのメールに書かれていたのは、わたしへの頼みごとだったから。
『拝啓、田端 玲さま』
格式張ったそんな書き出しから、そのメールははじまっている。
ほんの少し、彼らしい…と思ってしまう。
『久しぶり。頼みがある』
何度も何度も、何を書こうかと考えたのだろうと、容易に予測が立った。
前置きなんて、彼は使わない。
それだって、彼らしいことだ。
すぐに用件に入るのも、わたしに言わせれば……同じこと。
彼らしい。
それで、すべては終わる。
『今度、CMやることになった。でも、不安がある。相談に乗ってほしい』
このあとに、彼の名前があって。
短いメールは終わっている。
「CMねぇ……」
彼の不安は、わからなくもない。
というより、わたしの考えは限りなくあっているのだろうと思う。
高校時代と今と。
彼が全然変わっていないとすれば――の話だけれど。
「まぁ、いいでしょう。メルアドをどこで知ったのかも、大体想像つくしね」
くすくす笑いながら、文章を打ちはじめる。
何より、彼とわたしの仲だ。
断るのも、かわいそうだしね。
『拝啓、葉月 珪さま
……なんつって、葉月くんの真似〜(^^)
久しぶり! 文面を見たところ、元気そうで安心したよ。
雑誌もね、立ち読みだけど…ちょこちょこ見てるよ。
感想? 相変わらず無愛想だね。
まぁ、葉月くんだから、しょうがないのかもしれないけど。
で? 相談だっけ?
別にいいよ。聞いてあげる。
どうせ、演技が出来ない、とかそういうことでしょ?
だって、僕のメルアド知ってるとこからして、それしか思い付かないし。
HP見たんなら(あ、聞いたか?)そう言いなさい。
僕の方はいつでも、結構暇だから、場所だの時間だの、指定してくれていいよ。
じゃ、そういうことで』
そこまで書いて、わずかに逡巡。
少し、馴れ馴れしいか?
考えて、結局、消去はしない。
最後に『田端 玲 拝』と、自分の名前を添えて。
勢いよく送信ボタンをクリックした。
だって、昔はいつも、ああだったし。
彼が何を言いたいのかを考えて。
わたしがいつも…動いてたしね。
上方へと腕を伸ばして。
思い切り伸びをしてから、わたしは立ち上がる。
穏やかな冬の午後のはじまり。
こうして……わたしの穏やかに進んでいた日常は。
わずかに方向性を変えていった。
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