大切なもの

けっこうたくさんあって

一つに絞るのって…難しい




綺麗な心の手に入れ方 〜 友達 〜





ゆっくりと、微睡みは遠ざかって。
彼の腕の中で、目を覚ました。
暖かくて、優しくて、嬉しくて。
それでも、目が覚めてしまったことを、わずかに恨む。
もぞもぞと動いて、身体の向きを変えて。
手を伸ばして、時計を取る。
いつも使っている、目覚し時計。
アラームが付いてて、寝過ごしたことはほとんどない。
それが指し示していた時間は、いつもわたしが、起きる時間。
「……悲しい」
習慣って嫌いだ。
思いながら、わたしは彼の腕の中を抜け出した。
静かに、起こさないように。
思っていても、一番最後。
ギシッと悲鳴を上げられて、わたしは苦い顔をした。

シャワーを浴びて、着替えて。
それから……散らばっていた服を片付けた。
彼の服はきちんと畳んで。
わたしの服は、洗濯機の中へ放り込む。
コートはハンガーに掛けた。
そしてわたしは…いつものように。
台所に立っていたりして。
「今日はどうしよう?」
腕を組んで、考える。
姫のこと、心配にはなったけど。
食事に使う皿が出ていて。
食べ残しと思われるものが乗っていたから…彼が出してくれたんだろうことは、想像できた。
でも、あの姫が――とは思った。
麻衣が出した時は、ほとんどと言っていいほど、食べなかったのに。
少し、気を許してくれたのかもしれない。
それが、嬉しかった。
「で? だからどうするんだって言うの」
シンクに寄り掛かって、一つため息。
天井見上げて、ちょっと考えて。
そう言えば、今日、彼は仕事なのかな?
そっちも、考えてみる。
八時になったら起こそう。
なんて結果を出してみたけど、落ち着かなくて。
本人に聞いてみよう、という別の答えを出した。
歩いて、部屋の前。
扉に手を掛けようとして……それは叶わない。
目前で開いた扉に驚いて、視線を上げる。
と、彼の腕の中だった。
「お、おはよう」
「おはよう」
不意の暖かさに、どぎまぎする。
そんなわたしを放って、彼はわたしを抱き続ける。
彼は下だけ身に付けて。
上は寒そうで。
手が冷たくないかどうかを確認してから――わたしは彼の背に、手を回した。
「寒くない?」
「寒くない。暖かい」
「そか。……聞いていい?」
「ん?」
「今日…仕事?」
「ああ」
「何時から?」
「…一時」
「じゃ、まだ平気か」
「平気だな」
腕に力を込められて。
わたしは、彼の肩に額を当てた。
寝起きだからかな?
体温が低いはずの彼の身体は、確かに温かかった。
「おまえは?」
「何?」
「平気か? 身体」
「……大丈夫」
髪に彼の手が埋まる。
撫でられて、軽く…引っ張られて。
わたしは顔を上げた。
まだ眠そうな彼の顔が、目の前にある。
「まだ寝てていいよ? ご飯出来たら、起こしてあげる」
「いい。起きる」
「…無理しなくていいって」
「してない」
「強情…」
唇が重ねられて、もちろん、それには応えたけど。
すぐに押し返した。
「だったら、シャワー浴びてきなさい」
「………」
「それと、一回、家に帰った方がいいね。服、変えた方がいいし」
「…玲」
「ん?」
左手、取られて。
薬指に…指輪が嵌められた。
突然。
…って、何で?
「珪?」
「嫌か?」
「そうじゃなくて……いいの?」
「いいって言った」
クローバーモチーフのそれに、唇を押し当てて、彼はわたしの手を離す。
わたしは、それをよく見ようと掲げてみたりして。
「綺麗だね。珪が作ったの?」
「ああ。本当は…五年前、渡そうと思ってた」
「……そうなんだ」
ごめんね。素直になるの、遅くなって。
心の中で、そう呟く。
ようやく…これは、予定の位置に収まったってことだし。
わたしも、答えるように。
それに口づけた。
彼はそんなわたしを見て、安心したように笑ってから。
ゆっくりと…歩き出す。
「あ、珪!」
「ん?」
「朝ご飯、何食べたい?」
背中に問い掛ける。
首だけ回して、わたしを見た彼は。
考えるように眉根を寄せて。
「何でもいい」
そう答えた。
「あのね、それが一番嫌なんだよ? 作り手としては」
「…おまえ、料理上手だし」
「当たり前。この家の食生活支えてたんだから。それに、高校の時も、珪にお弁当作ってあげたことあったし」
「覚えてる。あの時も、美味かった」
「それで?」
「………」
答えない彼に、嘆息。
仕方ない。
「聞き方変える。和と洋、どっちがいい?」
「中華」
「あのね…。作ってもいいけど、朝には向かないよ?」
「冗談。昨日、洋だったから」
「和ね。時間かかるかもしれないけど、いいよね?」
「ああ」
洗面所へと消える彼の背中を見て、安堵する。
よかった。普通だ。
でも…昨日までとは、立場がちょっと違うけど。
思いながら、左手の薬指に収まっているものを見る。
笑みを零して、撫でて。
それから、踵を返した。
シンクの前に戻って。
食事の支度に取り掛かる。
魚、焼こう。
それから、お味噌汁作って。
ワカメと卵。
わたしの、一番好きな組み合わせ。
それから…それから。
鍋に水を張って。
温めながら……別のこと、考え出す。
仕事、本気で頑張ってみようかな?
考える。
向いてるっていうんだったら、やらない手はないし。
彼の隣りに並ぶこと、いろんな人に、認めてもらいたいし。
それよりも何よりも。
あの台本!
思い出して、ノートパソコンを持ってきて。
キッチンのそばに置いてある円形のテーブルの上に広げる。
立ち上げて、つい一昨日――と言っても、時刻は昨日になってたけど――書き上げたものを、ディスプレイに映し出す。
ラストを変える。
変えないと。
だって、本当にハッピーエンドだったんだし。
王子は戻ってくる。
必ず。
だったら、その通りにしないと。
文字を打ちながら、料理して。
料理しながら、文字を打って。
そんなわたしを見かねて、途中からは。
シャワーを浴び終えた彼が、朝食を作ってくれた。
書き終えて、メール書いて。
添付して、送り出す。
「これでよし」
パタンと閉めて、ため息。
すると、目の前にコーヒーが出された。
「ありがとう」
受け取って、移動する。
食事の用意が整った、コタツの上。
頑張ろう。
いろいろと。
彼の隣りに並ぶために。
並んでも、周りに何も言われないように。
文句を言われないように。
苦い顔を、されないように。
綺麗な心、手に入れられるように。
綺麗じゃなくても、少しでも、見られる心にするために。
「いただきます」
誓いながら。
わたしは、手を合わせた。



「呆れた!」
麻衣の声が響く。
わたしはビクッと肩を竦ませて。
フローリングの床に正座してた。
キッチン側って、実はフローリングになってて。
冬は料理してる時、結構寒い。
そんなことを、わずかに考えてたんだけど。
ちらっと見上げた麻衣の顔は…明らかに怒ってた。
「ごめん…。迷惑掛けました」
「本当だよ。まったく」
「………」
彼がここを出て。
一時間ぐらい経った頃。
麻衣は光太さんを連れて、帰ってきた。
結婚式の日にち決めてきたと、嬉々として語ろうとしたんだろう彼女を遮って。
事の顛末を、わたしは話したんだけど……。
実はわたし、麻衣が何に怒ってるのか、わかってない。
姫のことかな?
昨日一日、ほとんど相手してないし。
おかげで、姫は拗ねまくってて。
今は、リビングのコタツで座っている、麻衣の恋人の光太さんの膝の上にいたりする。
そんなわけで、今朝は姫。
わたしの肩に乗ろうとしてくれませんでした。
それどころか、わたしと口さえ聞いてくれませんでした。
本当に、王子失格。
「…ごめん」
「麻衣、そろそろ許してあげれば?」
「コータは黙ってて!」
円形のテーブルの椅子に腰掛けた麻衣に一喝されて。
光太さんは黙ってしまう。
麻衣……怒ると怖いから。
「いいけどね。葉月さんを泊めることを決めたのは私だし。こういう結末を望んでたのも、本当だし」
あれ? 姫のことじゃないの?
彼女が怒っているのは、どうやら違うらしい。
別の方向へ、話が進んでいってる気がする。
姫のことじゃないとすると、麻衣の話を聞こうとしなかったってこと?
「玲が演技してたのも、気づいてたし。玲の心があんな状態だったのも、知ってたし。だから、葉月さんとのことは許すけど」
考え込んでいるわたしを放って。
麻衣の独白が続く。
それもどうやら――違うみたい。
じゃ、一体……。
「でもね、やっぱり許せない!」
ドンッとテーブルは拳で叩かれて。
わたしはまた、肩を竦ませた。
「私は玲の何?」
「…親友」
「本当に?」
「本当に」
何?
何に怒ってるわけ?
原因がわからないだけに、なおさら怖い。
心当たり?
多すぎるんだよねー、これがまた。
麻衣のいない時に、いろいろやってるからさ、わたし。
内緒で、日雇いのバイトしたり。
諸岡さんに原稿依頼、増やしてもらったりした時もあったし。
家計の遣り繰り、そうやって来たんだけど。
それがバレたって、大したことじゃないよね?
じゃあ…何なんだろ?
「……わかってないでしょ?」
「はい?」
「私が何に怒ってるか」
「…あはは」
見透かされて、苦笑。
すると麻衣は、一つ息を吐いて。
光太さんに目配せした。
それを受けて、光太さんはテレビを点ける。
ニュース番組を探して、映し出して。
な、何?
思っていると、そこに…彼の姿があった。
「珪…」
「彼、ブランド立ち上げるんだって。コータの車の中で、ラジオでね、聞いた」
モデルで、名声を得た彼のこと。
きっと、宝飾デザイナーとしても、期待された通りの仕事は出来るだろう。
なんて、アナウンサーが言ってる。
「そうなんだ」
「…? 初めて知ったの?」
「え? うん…」
「………」
「だって、何も言ってなかったし」
「葉月さん?」
「うん」
また、ため息。
何?
「今日、記者会見があるんだって、それの」
「ふーん……。あ、仕事って、それ?」
「じゃないの?」
「で? それが何?」
顎で、見るように指示されて。
わたしはテレビを見る。
何なんだろう?
「本当に玲が知らないんだったら、葉月さん、結構なやり手」
「?」
「相談があるって、葉月さんからメール、もらったんだよね?」
「うん。そうだけど?」
「玲が得意なことって何?」
「芝居…」
「あとは?」
「料理……」
「あとは?」
強く言われて、考え込む。
何だろう?
他に何かあったっけ?
「ヒント。葉月さん、CMの仕事、受けたんでしょう?」
「うん。メールにも書いてあったし、本人もそう言ってた」
「…だから」
「……?」
『彼のブランドのCMのキャッチコピーは、AKIRAに書いてもらおうと思っています』
「…はいぃ?」
テレビに映し出された人物と。
その人が言った言葉に驚く。
わたしの名前。
関係者としてマイクを向けられているその人は、わたしの名前を紡ぐ。
「諸岡さん……?」
『ええ、彼にAKIRAを紹介したのは、僕です』
「ちょっと待って」
『昨日、彼から連絡もらいました。AKIRAはOKしたそうです』
「してません! つーか、知りません!」
『AKIRAですか? ぜひ、作家として、ウチから本を出してもらいたいですね。逸材ですよ、彼女は!』
「…誉めてもらっても、何も出ません……」
何?
何が起こったの?
項垂れてるわたしに、麻衣の声が降り注ぐ。
「つまりだ。葉月さんは、玲のHPを自分で探し当てたんじゃなくて、仕事で知り合った諸岡さんに教えてもらったってこと」
「で?」
「で、仕事の話をしようとして、接触を持とうって思った。そんなとこかな?」
「………」
「いいんじゃない? 恋人と同じ仕事が出来るんだし」
「いや、あの」
「手回しが絶妙だわ、葉月さん」
笑っちゃうね。
そう言って。
麻衣はその通りに、笑い出す。
「大き過ぎるよ、わたしには!」
「大丈夫だって。玲はやれば出来るって知ってるし」
「無理だよ! あー、どうしよう……」
『AKIRAは声もいいんですよ。だから、何なら、ナレーションも彼女にやってもらおうかって、葉月くんと話をしてます』
「しないでください!」
ここで反論してたって仕方ないんだけど。
きっと、わたしが何を言っても。
今、諸岡さんが言ったように…わたしの周りは変化していくんだろう。
それを考えて、わたしは泣きたくなった。
「作家業、頑張るって決めたんでしょ?」
「決めたけど、確かに決めたけど…急だよー」
彼が帰る時。
わたしは決意を口にした。
諸岡さんに言って、作家の仕事、頑張ってみるって。
そうしたら、少し、意地の悪い表情してたっけ。
頑張れって言われたから、特に気にしなかったけど。
こういうことか!
わたしはぐっと、拳を握る。
確かに頑張るよ。
確かにチャンスだもん。
やるよ。
やればいいんでしょ!?
「くっそー。絶対、いい仕事してやる!」
「その意気その意気」
立ち上がって、コートのポケットを探って。
わたしは携帯を取り出した。

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