どうしたらいい?

どうすればいい?

そればかり考えてる

嘘をつき続けること
もう…やめたい

もう……
すべてを

壊したい




綺麗な心の手に入れ方 〜 均衡 〜





高校三年の初夏だったと思う。
彼にしては珍しく、買い物に行こうと言ってくれて。
特に欲しいものもなかったけれど…彼の誘いを断る気はなかったから。
わたしはそれに、頷いた。
彼が買い物に誘った理由。
それは、割とすぐに、教えてくれた。
「欲しいもの?」
「ああ。もうすぐ誕生日だろ? おまえ」
自分の誕生日でさえ、忘れるのに。
わたしの誕生日は覚えてるって?
くすくす笑って、わたしはそのまま、言葉を綴る。
日曜日の午前中。
買い物客も、まだ少ない…そんな中を、二人で歩いてた。
「だから今日は、買い物、なんだ?」
「ああ」
「そっか。でも…欲しいもの、ねぇ……」
周りをきょろきょろ見渡して。
考え続けていたら。
その瞳に、一組の男女が映った。
手を繋いで、笑顔で歩いてて。
この頃、ああいう恋人たちを見ると。
本気で…いいなーって、思いはじめた。
「彼氏……」
「……」
「この頃、欲しいなーって」
「おまえ……」
「ん? 葉月くんに期待してるわけじゃないよ?」
手を振って見せて、歩いていく。
人間の友達のいない、彼に…期待なんて持てない。
というより、もともと。
そう、もともと、友達の友達には、期待なんかしてない。
麻衣の友達なら、期待してもいいかなって思うけど。
聞いても、「いない」で終わってしまうから。
わたしが、必要としているような人は。
「優しくて、僕のこと、わかってくれるような人。……葉月くんもそうだけど」
「……俺?」
「そう。葉月くんみたいな人がいいのかも」
「………」
「どっかにいないかなー? もうちょっと、競争率、低い感じでさー」
手を組んで。
腕を上へと伸ばして。
力を抜く。
そこで、彼が立ち止まっていることに気づいた。
振り返って。
何か思案している風な彼を、視界に収めた。
「どしたん?」
「…いや」
すぐに彼は歩き出したけど。
何を考えたんだろう、と…わたしはちょっと、気になったりして。
彼の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「何でもない」
「変なの。ま、いいけどさ」
視線を前方へと投げて、別の欲しいものを探す。
くれるというものを、無碍に断ることはしたくない。
「どうしよっかなー。特に今、欲しいものってないんだよねー……」
ぶつぶつ零しながら。
ともすると、置いていかれそうになるのを、彼の腕を引っ張ることで防止して。
「何でもいいなら、勝手に買う」
「そうしてくれた方がいいかも。でも、何か欲しいものが出来たら、言うね?」
「ああ」
笑って、歩いて。
雑貨屋行ったり、喫茶店に入ったり。
結局…欲しいものは見つからずに終わっちゃって。




そして……均衡は崩れていった。
きっかけを作ったのは、わたしだ。
あの頃、周りの友達に「付き合ってるの?」って言われるぐらいだったのに。
わたしは笑って、「違う」と否定し続けてた。
彼の行動の変化にも気づかなくて。
ただ、一緒に遊んでくれる、ということに…甘え続けていた。
気づいた時には、もう遅くて。
「玲?」
「ん? 何?」
彼はわたしのこと、こうやって呼んでたっけ。
顔を覗き込むように、わたしを呼んだ彼は。
少し――眉根を寄せていた。
「呼んでも、返事がなかった」
「…ごめん。ちょっと、考え事してた」
「考え事?」
雪の上を、歩く。
吐いた息は真っ白で。
やっぱり、寒かった。
「僕、葉月くんにも甘えてるなーって」
「べつにいい」
「ふふ。そう言うと思ってた」
手袋を嵌めた手をコートのポケットに突っ込んで、歩き続ける。
空は青くて。
気持ちがいいぐらいなのに。
やっぱり。
「寒い」
「…そればっかりだな」
「だって寒い」
「そうか」
「…寒い」
「………」
「さーむーいー!」
「煩い」
肩を抱き寄せられて、ちょっと焦る。
頬に、彼の胸が当たって、なお焦る。
「は、葉月くん!?」
「何だ?」
「別に、こうして欲しかったわけじゃないんだけど」
「煩い」
「煩くない! 君、結構、自分勝手」
肘と手を使って、彼から身体を離す。
素直になりたくなんてない。
彼を手に入れたいわけじゃない。
友達でいたいだけ。
それだけ……だから。
胸が痛む。
ぎゅっと、そこを抑える。
「玲? どうした?」
覗き込まれて。
目を見開く。
どうしよう。
どうしたらいい?
「何でもない」
それだけを吐き出して。
泣きたくなるのを…我慢して。
そう。
わたしは……嘘をついた。

毎回、思うんだけど。
三原くんって、やっぱりすごいんだ。
ロビーから溢れるんじゃないかっていうほどの人に、ちょっと…目眩さえする。
大丈夫かな?
思いながら、隣りに立つ彼に視線を向ける。
「平気?」
「…たぶん」
「気分悪くなったら言ってね? すぐ出るから」
「出られるのか?」
「大丈夫だよ。話せばわかる人だから、二人とも」
「……そうか」
「それとも、隅で待ってる? 外は寒いから……」
「一人で平気か?」
「……多分」
「一緒に行く」
呆れたようなため息。
甘えてるな、やっぱり。
今だってそう。
光太さんが麻衣を迎えに来て。
わたしは、葉書を見ながら、まだ迷っていて。
そんなわたしに、彼が一緒に行くと言ってくれた。
だから彼は、ここにいる。
優しいな、本当に。
考えて、胸の痛みを抑える。
偽りの心まで、わたしは誤魔化す術を知らない。
壊れてしまったら……きっと、どうにも出来なくなる。
だからまだ、壊すわけにはいかない。
――――のに。
「玲さん!」
受付で、葉書を出す。
名前は、彼が書いてくれて。
変わらず、綺麗だな…って思って、見ていたら。
そう、声が響いた。
視線を上げて、出所を探る。
たくさんの人がいても、彼女は埋まってしまわずに、そこにいた。
「瑞希さん!」
近寄ってくる彼女を待っている間に、彼は名前を書き終えて。
わたしの後ろに立っていた。
「久しぶり! 元気そうでよかったよ」
「あら、それはミズキのセリフよ? 全然、連絡くれないんですもの」
「ごめん」
手を合わせて謝って。
前に会ったのは、一ヶ月ぐらい前かな?
いらっしゃい、と踵を返した瑞希さんに付いて歩く。
「葉月くんも一緒だったのね」
「ああ」
「いいわ。色サマは小さなこと、気になさらないもの」
少し…髪が伸びたかもしれない。
相変わらず、綺麗で優雅だ。
わたしは笑う。
展示場へと続く廊下の途中で、瑞希さんは離れていく。
「ここで待っていてくれる?」
そう言って。
三原くんを呼びに行ったんだろうと解して、わたしはコートを脱いだ。
ここは暖かい。
寒くはない。
「須藤…」
「ん?」
壁に寄り掛かるようにして、彼はそこにいる。
わたしと同じように、コートを脱いで。
「少し、丸くなった…」
「うん。でも、前からああだったよ、瑞希さん」
「そうなのか?」
「うん…。でもね、素直になれなかっただけなんだ。自分の立場を一番に考えちゃうから。自分がやるよりも、もっと相応しい人がいるのなら……って、いうところがあった。だからね、僕、言っちゃったんだ。三原くんに対しても、それでいいのかって」
「……そうか」
頷く。
そうしたら、彼女は涙を零して、嫌だと言った。
隣りに並ぶのは、自分だと、そう…言い切った。
だから……今の彼女が、ここにはある。
「頑張ったんだと思う。高校の時から、あの二人、仲はよかったけどね。女性として意識してもらうには…結構」
言って、痛くて。
でも、その痛みを忘れる術が、今のわたしには……ない状態で。
「聞いていいか?」
問いに首を傾げて、わたしは彼の質問を待つ。
何だろう?
そう、思いつつ。
「月宮が結婚したら…、おまえ、どうするんだ?」
「どうするって…一人で住むよ?」
「戻らないのか?」
「戻る気、ない」
「………」
「姫もいるし。大丈夫」
両手で抱えていたコートから、右手を抜いて、ひらひらと振る。
そう、誰かと一緒だから、壊れちゃうのかもしれない。
一度、誰にも甘えずに…生きてみるのも、手かもしれない。
そうすれば。
壊れてしまっても……壊してしまっても。
きっと、きっと。
誰にも迷惑は、かからない。
彼は黙っていて。
わたしの顔をじっと見つめていて。
それに、大丈夫、と…もう一度伝えてから、わたしはやってきた三原くんに、顔を向けた。
「やぁ、久しぶりだね、玲くん」
「久しぶり。今回もすごいね、人ばっかりで」
「それはそうよ。色サマの個展なんだから」
「そうだね」
くすくす笑って、三原くんの顔を盗み見る。
瑞希さんを見る彼は、とっても……優しい顔をしていて。
やっぱり、いいな…って、思ってしまう。
「三原くん、いい表情してる」
言えば、三原くんは驚いて。
少し…照れているようにも見えた。
「あ、そうだわ」
急に、瑞希さんが手を叩く。
わたしも、三原くんも、彼でさえも、瑞希さんを見る。
「どうしたの?」
「あなたに見せたい絵があるのよ。色サマ、よろしいですか?」
「あの絵だね。かまわないよ」
にっこりと微笑んで。
三原くんは、そう言った。
わたしに見せたい絵?
って…何?
思っていると、瑞希さんはわたしの手を取って。
展示場の奥へと、歩を進める。
彼は三原くんと、何かを話しはじめて。
その声は、周りのざわめきに掻き消されて。
わたしの耳には…届かなかった。

NEXT

BACK

RETURN