| あのね 聞いてほしいことがあるんだけど
その前に…聞くね?
わたしのこの声
……聞こえてる?
綺麗な心の手に入れ方
〜 過去 〜
「葉月くん!」
大声で彼を呼び止める。
もう何度目だろう。
考えても仕方ないから、足を止めてくれた彼の元へと、僕は走る。
「あのさ、今度の日曜、暇?」
「いや……」
「じゃさ、その次。プラネタリウム行こう?」
彼の眉が顰められる。
このセリフも何度目だかわからないから。
どうしてそこばかり? とか何とか、思ってるんだろう。
「ダメ? どうしても行きたいんだけど」
彼と出会ってからずっと。
これの繰り返し。
はばたき学園の敷地内の。
隅にある、あの小さな教会で出会って。
入学式を終えた直後、教室に入ってきた彼を見て。
嬉しくなって。
声を掛けたんだけど――かなりそっけなくて。
はっきり言って、つまらなかった。
だから僕は、友達になってくれた人に、彼のことを聞いた。
けれどみんな、彼ときちんと話をした人はいなかったり。
伝え聞いただけだったりして……信憑性は薄くて。
だから、最初に感じたことを、僕は大切にすることにした。
でも……。
「……やめとく」
今までと同じ返事に、僕はがっくりと肩を落とした。
またか。
思い、息を吐く。
彼は、そんな僕を残して、歩き出そうとする。
ここまでは一緒。
これまでと……一緒。
でも、今日の僕は違うんだ!
「待って!」
離れていく腕を両手で取って、僕は少し、それを引く。
振り返ってくれた彼に、安堵することなく、僕は口を開いた。
「何でダメ? 何が嫌? 日曜は全部、本当にダメなの?
じゃ、祝日は? それとも場所がダメ?
苦手?」
「………」
「それとも、僕?」
「……ああ」
「…………」
そうなんだ。
それは知らなかった。
長く長く、息を吐く。
それじゃ、いくら誘っても、ダメだよ。
手に一瞬、力を込めて。
そして、離す。
「じゃ、いい。一人で行く」
踵を返して、もう一度、ため息。
そっか、ダメか。
僕じゃダメか。
肩を落として、歩き出す。
その背に、彼が問い掛けてくる。
「どうして、俺なんだ?」
「…?」
振り返る。
彼の瞳は真剣で。
それに少し…驚いた。
「べつに、俺じゃなくてもいいんじゃないか?」
「? 何のこと?」
「あいつらがいるだろ? 一人で行く必要なんかない。おまえには……」
「違うの!」
遮って、僕は、離れてしまった分を歩く。
それ以上、歩いて。
真下から、彼の顔を覗き込む。
「確かに僕は、いろんな人と遊びに行ってるよ?
でもね、それとは違うんだよ。ニィやんだったら、ゲーセンとか、一緒に遊べる場所。鈴鹿くんだったら、身体動かせる場所のがいいかなって思うから、ボーリング場とか、温水プール。でもね、綺麗だなって思う場所には、君と行きたいの」
「どうして?」
「何度も言ってる。君が綺麗だから。綺麗な君と、綺麗なものを、僕は見たいの!」
「………」
「葉月くんのバカ!」
くるりと回って、駆け出す。
バカじゃなかったら、大バカ。
でもそれは、自分の方。
何やってんだろう。
本気でそう思う。
一番友達になりたい人に、何で暴言吐いてるんだろう。
階段の前まで来たところで、駆けていた足を止める。
泣くなよ、頼むから。
思いながら、胸に拳を当てた。
痛みを発している理由は知ってる。
でも、自覚したくないから、蓋をする。
顔を覗かせないように、ぴったりと…蓋をする。
「…何でこうかな?」
呟いて、また歩き出す。
階段を上ろうと、足を掛ける。
「玲ちゃん?」
呼び止められて、振り返って。
そうしたら、目に溜まりはじめていた涙は、どこかに消えた。
「あ、タマちゃん!」
その場で、きちんと彼女に身体を向けた。
一段上ってしまった僕からすれば、小柄な彼女は、もっと小柄に見えた。
「どこ行くの?」
「屋上。ちょっと…嫌なことがありまして」
「……葉月くん?」
名前に…苦笑する。
「さっき、女の子たちがすごかったから。多分また…玲ちゃんが何かやったのかなって」
「…その通りです」
「どうして、葉月くんに話し掛けられるの?」
「? 何で?」
「だって……怖くない?」
「ないよ? 全然」
「……好きなの?」
「あ、それはないから、ご心配なく」
笑って、僕は手を軽く振る。
自分でも無理してるって思う。
けど、友達に迷惑は…掛けたくない。
「友達になりたいだけ。マジメに」
「本当?」
「本当。それに…彼は綺麗すぎるから、僕は並べないよ」
「?」
零した言葉は、聞こえなかったらしい。
首を傾げた彼女に微苦笑してから、僕は足を階段へと向け直した。
「じゃ、僕行くね。先生に何か聞かれたら、うまく言っといて!」
「う、うん」
彼女に手を振って、階段を上がっていく。
上がり切って、屋上へ出る扉に手を掛ける。
回して、開けて。
顔に当たった風に、驚いて、目を瞑る。
ゆっくりと瞼を押し上げて。
広がった青に、安堵した。
屋上に出て、一つ、深呼吸して。
フェンスへと歩き出す。
寄り掛かって、目の前の空へと、腕を伸ばす。
「…友達……なりたかったのになぁ」
肩を落として、フェンスの上に…顎も付ける。
「でも、フラレました。完璧に。……どうしよう」
腕を畳んで、ずるずると座り込む。
アスファルトは、そんなに熱くはない。
ここが影だから…っていうのも、あるんだろうけど。
「一人で行ってもつまらない、絶対。でも、行ってくれる人、ほかにいない……」
第一。
「ほかの人と行ったら、目的が変わる……」
大きく、大きく…嘆息。
わかってくれると思ったのにな。
無理か、やはり。
「一人…だろうな、やっぱり。ヤダなぁ。でも、仕方ないし……」
ぶつぶつと言い続ける。
何がいけなかったのかな?
いや、この場合、全部だな。
彼は僕が嫌だったんだから。
僕がいけないんだよ。
となると…。
「やっぱり、僕には存在意義はないのかな?」
はぁー、とため息。
嫌なことがあると、いつもこう。
思考は沈んで。
落ちるとこまで落ちる。
実を言えば、こういう時に、こういう場所に来るのは……自殺行為だったりするんだけど。
「上、見よう。上。下、見るから、気分が沈むんだ、きっと」
「…そうなのか?」
「そうだよ。だってここには、綺麗な青空を見に来たんだし……って」
座り込んでる、僕の上。
そこから、声は降ってきた。
それは…誰の声?
「………」
恐る恐る、見上げる。
彼の声を、聞き間違えるはずはないんだけど。
でも、彼であるわけがない。
じゃあ、一体……。
「…本物?」
「…本物」
ありえるはずがなくてバカなことを聞いてしまった僕に。
彼は呆れるというより、少し怒ったようで。
「な、何で?」
まだ信じられなくて、僕はそう、聞き返す。
「大丈夫だよ? 諦めるから。君にはもう、近づかないようにするから」
「どうして?」
「どうしてって…嫌なんでしょ? 僕のこと」
「………」
「釘差さなくても大丈夫だよ?
っていうより、これ以上言われると、さすがに凹み過ぎる気がするんだよね」
「凹み過ぎる…?」
「いなくてもいいんじゃないか、から…いない方がいいんじゃないかって」
言い終えて、苦笑。
マズイ。
本気で暗くなりはじめた。
彼はじっと、僕の顔を見てる。
「葉月くん、親友っている?」
「………」
「僕はね、一人いる。でも、今はちょっと、遠い」
「前の…?」
「そう。こっちに引っ越してくる前。でも、こっちに来ても、連絡は取り続けてる。ひとりにはしないからって、言われた」
「………」
「でも、結局はひとりなんだよね。彼女がいないと、わかってくれる人が…全然いないから」
「…そうなのか?」
「うん。彼女は強いからね。その強さに憧れて…甘えてた」
「………」
「それがなくなるんだもん。どうしようって思い続けてた。誰かいないかなーって思ってたら、葉月くんに会った」
「…俺?」
「手、差し伸べてくれたでしょ? 優しいなって思った。同時に、綺麗だなって。ずっと、見てたいなって。そう、思った」
彼の手が、フェンスを掴む。
その振動に、フェンスがわずかに揺れて、音を立てる。
「葉月くん、嘘…ついてるでしょ?」
「ついてない」
「じゃあ、言いたいこと、言ってない」
「………」
「僕ね、そういうの…何となくわかるんだ。自分もそうだから」
「おまえは言ってるだろ?」
「言ってる時もある。でも、言ってない方のが、断然、多い」
彼の顔を見上げて。
笑みを送って…視線を空へと投げる。
「葉月くんには言ってる。自分でも、びっくりした。本人に、僕が思ったこと言うの、初めてかもしれない」
「親友は?」
「…知られて、聞かれて。それから……言った」
「………」
「君を見てると、言わなくちゃって思うんだ。何でだか、わからないんだけど」
「…そうか」
「うん…。何か、素直になれてるなって、本気で思う」
本鈴が響く。
僕は元々、授業、出ない気でいたけど。
彼は……どうなんだろう?
「あのさ、聞いていい?」
「何だ?」
「何で、ここにいるの?」
「………」
「僕のこと、嫌がってる風でもないし」
「………」
「……? 葉月くん?」
催促のつもりで、名前を呼んでみる。
と、彼は一度、瞼を閉じて。
たっぷりの時間を要してから…口を開いた。
「……謝りに」
「………」
「悪かった」
謝罪に、彼の顔を凝視する。
僕の視線に、彼は居心地悪そうに、視線を上げた。
それに、ちょっとだけ笑う。
ついでに、僕も視線を、フェンスの向こうの空に向けた。
「…別に、仕方ないよ。僕が悪いんだし」
「………」
「だから、もう話し掛けないから…安心して?」
「………」
「また、捜すから。本音でぶつかれる人。十六年、生きてきて…二人……だから、簡単に計算したら、八年に一人の確率でしか、出会わないような気もするけど」
「………」
真上から吐息。
何? 何かした?
何で呆れてるの?
首をちょっと傾げて、見上げる。
「どうして、そっちで取るんだ?」
「? 何が?」
「日曜、行くんだろ?」
「……行ってくれるの?」
「おまえの気が済むまでな」
そんな言葉が、降ってきて。
僕はしばし、放心する。
気が…済むまで?
ってことは……!
「やったー!」
拳を固めて、ガッツポーズ。
降ってきたのは、笑い声。
「おまえ、猫に似てるんだな」
「はい?」
「何で俺、こんなに喋ってるのか、気になってたけど」
「けど?」
また、笑い声。
続きを言ってはくれない。
「続き、続きは?」
「……また今度な」
「気になるー!」
歩きはじめた彼を追って、僕は立ち上がる。
腕を取って、立ち止まらせて。
彼は綺麗。
綺麗に笑う。
見た目もそうだけど、彼の場合は……中身。
その綺麗さ故に、わたしは、自分の心を曝け出されることを。
怖がる……ことになるのに。
この時はまだ、触れてくる手にさえ、警戒心を持っては、いなかった。
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