それを使って起きるのは
彼女だけ俺はそれを使うことはなくて
彼女がいつも 起こしてくれるから
枕を 俺の頭の下から引き抜いたり
上に乗ってみたり
くすぐってみたり
そんな感じで
最初は軽いものなのに
時間が迫ってくると 力も加えられていって
だから最後には
「痛い…」なんて 声を発しつつ
起き上がるのが ほとんどのこと
Bridge 〜 無尽 〜
大きくため息が落ちる。
報告を終えて。
彼女が秘密にしていたことの理由も知って。
俺はただ、目の前の彼女の両親を見続ける。
「今日は泊まっていくのか?」
声を上げたのは、父親。
彼女も顔を上げて、おじさんを、その視界の中央で捉えてた。
にっと笑われて。
それが嫌な感じのものではなかったから、俺はべつに、何とも思わなかった。
けど、彼女は違ったのか、小さく眉根を寄せていて。
「明日は休みだから、泊まっていっても平気だけど…」
と言うより、泊まっていくんだろ?
思いながら、反応を待つ。
と、目の前では嬉しそうな顔へと、変わっていった。
「そうか。それじゃ、日程なんかは明日話そう」
「そうね。客間を用意するから、少し待っててね?」
にこにこと笑っていたおばさんは。
その、笑顔のまま立ち上がって、リビングを出ていく。
日程って……。
考えて。
「式はやはり、洋風のものの方がいいのかな?
君に袴を穿いてもらってもいいんだが」
その言葉に、合点が行った。
「俺は、玲のドレス姿が見たい」
もう頼んでしまったから。
言おうと思ったけれど、言わずに置いたのは、べつに変わってしまってもかまわないと思ったから。
「姉ちゃん、白って似合わないからなぁ…。俺、ちょっと不安」
後ろのソファでだらけていたはずの尽も、おばさんが座っていたいすに腰かけて。
話に加わった。
「やっぱり似合わない…か?」
「似合わないよ。だってイメージにないじゃん」
「…なくて悪かったわね……」
彼女が呻いて。
でも、それ以上何も言えないのか、黙ってしまう。
その彼女を見れば小さく縮こまっていて。
上目使いで、おじさんと尽を見てた。
「でも、葉月のことだから、もう頼んでんじゃないのか?
花椿せんせいとかに」
「ああ。今日、仕事だったから。ついでに頼んできた」
「嘘! 借りるんじゃないの?」
声の大きさに、彼女の驚きの加減を知ったけど。
俺は借りるなんていうのは、頭の中になかったから、眉根を寄せる。
「借りない。作る」
「……買うんですか」
「買う。おまえに似合うのを、もうお願いしてきた」
「………」
もう、何を言っても無駄だとわかったのか。
彼女はわずかに頬を膨らませてた。
その代わりに、この話に乗ってきたのは、彼女の弟。
「いいって? 花椿せんせい」
「ああ。結構燃えてた」
「何で!?」
また彼女の驚きの声。
それに顔を顰めて、「当たり前だろ?」なんて発したのは、やっぱり尽。
「玲は普段から、パンツしか穿かないし。高校の時のクリスマスパーティーだって、スカートなんて一回も穿かなかっただろ?」
「着たくなかったんだもん、ひらひら」
「そのあと俺、外で花椿先生にばったり会ったりすると、必ず文句言われてたんだからさー」
「僕だって直接、『着なさい!』なんて言われて、パーティードレス、押し付けられそうになったこと、あったけど……」
「……俺、玲の着物姿も見たことない」
「それ、今の会話に関係ないし!」
「浴衣も着なかったのか? ダメじゃん、玲」
「……煩い」
「今年は着せるか、浴衣…」
「着せなくていいです。振袖もわたしは着ません」
「………」
呟くような声での決意に、俺は彼女を見る。
尽も彼女を見て。
今までずっと黙っていたおじさんも、彼女を見る。
「葉月を喜ばせるようなこと、一回でもしろよ、姉ちゃん」
「………」
「そうだぞ? 葉月くん、なかなかいい男じゃないか。見かけだけの男かとも思ったが、そうじゃないしな。彼の妻として、それなりのことはやりなさい。玲」
「妻としてって…どんなことよ……?」
言われたことに、拗ねて。
彼女は俺へと、瞳を向けてくる。
彼女の言いたいことはわかる。
妥協してほしいな、とか。
そういうこと。
けど俺は、曲げる気はなかったから。
「今年の花火大会、浴衣な」
「!」
「今度、買いに行こうな」
「………」
だめだったことに彼女は大きく肩を落として。
落胆して。
やっぱり。
うーって、唸ってた。
「教会は? 心当たり、あるのか?」
聞かれて、俺は一つ、頷く。
それを見て、彼女の表情にも、明るさが見えて。
「もしかして…」
「あそこでしょ? はば学の敷地内の」
「ああ。俺たちが初めて会った教会」
二人で顔を見合わせながら、くすくすと笑う。
おじさんは、何が何だかわからないって顔をしていて。
尽はそれに、一生懸命、説明をしてた。
幼い頃。
尽が生まれた頃に、俺たちが出会っていたこと。
俺が彼女に、迎えに来ると、約束していたこと。
そして、その十年後。
入学式で、顔を合わせたこと。
「でも姉ちゃん、すっかり忘れててさ」
「当たり前です」
「葉月は覚えてた」
「珪は超能力があるんですー」
「はぁ?」
「一度見たものは忘れないの」
「………」
「だから、わたしのことも覚えてたの」
自分のことのように、胸を張って、彼女は言う。
それに、微笑っていると、尽が深刻そうな表情を浮かべて、俺を見た。
「なぁ、葉月」
「ん?」
「それってさ――得?」
「?」
眉間に皺を刻めば。
隣りで彼女が、腕を組む。
「人それぞれなんじゃない? だってさ、どうでもいいことまで覚えちゃうってことにもなりかねないし」
「そう…だな」
「でも、勉強面では得なんじゃない?
あと、忘れたくないものがある場合」
「葉月は忘れたくないものがあったから…そういう面じゃ、得だったわけか」
尽も、彼女と同じように、腕を組んで、考え込んで。
「葉月自身は? 得だったのか?」
結論を導き出すためなのか、そう聞いてきた。
だから俺も、わずかに考えて。
「得だった…と、思う」
そう、答えを返す。
「思う?」
「こっちに戻ってきて、わたしがいなくて。忘れたいのに、忘れられなくて――って時は、辛かったんでしょ?」
「ああ。その時はな」
「で。再会しても、覚えてたのは自分ばっかりで、悔しくて?」
「俺も忘れられてたらよかったのに……って、何度も思った」
「あの頃と、わたし、違っちゃったもんね」
「まあな」
腕組みを解いたと思ったら、頬杖を突いて。
彼女はじっと、俺を見る。
それにふっと笑って、俺も頬杖を突いた。
「俺も、あの頃とは違ったから…。もし、忘れていたとしても、今と同じようにはなってたかもな」
「? 付き合って…結婚、約束しちゃうような?」
「ああ」
断言すれば、彼女は「そうかなぁ?」なんて、考え込んで。
その間、尽は胡乱げな瞳を、ずっと浮かべてた。
「おまえはあの頃と違った。のに、俺は好きになった」
「う、うん…。だねぇ……」
「記憶なんて、関係ないのかもな。そう考えたら、得だったのかどうなのかっていうのは、ちょっとわからない。俺には」
「あのさ」
割り込んできた声は、尽のもので。
彼も俺たちと同じように、頬杖を作って、顔を寄せてくる。
「言っていいか?」
「? どうした?」
「何?」
「父さんが面食らってる」
「………」
言われて、おじさんへと目を向ければ。
おじさんは顔を赤くさせて、視線を逸らしてた。
それに、俺は身体を起こしたけど。
彼女はそのままで、笑って。
「お父さん、カワイイ」
って、綴る。
「煩い」
一喝されてもなお、彼女はくすくすと笑ってた。
ゆっくりと身体を起こしたのは、目の前の尽。
「父さん。これに慣れろよ。この二人、終始こんな感じだから」
「…そうか」
「葉月は周りのこと、一切考えないし。姉ちゃんは回りのこと考えるけど、葉月が自分に向けてくれることが嬉しいから。絶対に反対はしない。つまり、二人で一緒にいたら、必ずこうなるから」
言われて、俺は眉根を寄せたけど。
彼女は「よく見てるね…」と、苦笑を零してた。
それに、尽は大きなため息を吐き出して。
「当たり前じゃん。俺、玲の弟」
「……はい」
「でも…気づけない部分っていうのも、結構あったけどな」
顔を伏せて、呟かれた言葉に、俺は目を細める。
気づけなかったことを悔やんでいた、その姿を覚えていたから。
そしてそれに。
「話……戻していいか?」
そう、言葉を繋げた。
すべての視線が俺に集まって。
俺はふっと、小さく笑う。
「話って…超能力が得かどうかっていうやつ?」
「ああ」
「まだ終わってなかったの?」
「過去の話しか……してないだろ?」
「?」
「あ! そういや俺、得だったかって聞いた」
「そういうこと」
「じゃあ、過去は、どうかわからないってことか」
「未来はどうなんだ? 葉月くん」
おじさんに問われて、俺は少しだけ、目を見開いた。
それからまた、視線を伏せて。
少しだけ、考えて。
「得だと…、思う」
しっかりと、答えを出す。
「これから先は、玲と一緒だし。玲のいるその光景を、少しずつ重ねていけるんなら……、それを覚えていて、いつか思い出として、話せるなら……」
「楽しいかもね?
おじいちゃんとおばあちゃんになっても」
「子供に話すなよな。そういうこと。絶対呆れられるぞ?」
「えー? 微笑ましくない?」
「ない」
弟の尽に突き放されて。
彼女は頬を膨らませてた。
それに、俺はくすくすと笑う。
と、やっぱり叩かれた。
肩の辺りを、ほんの少しだけ。
その手を取って、握れば。
彼女はなおも頬を膨らませたまま、おとなしくなる。
そして。
表情を不安そうに歪めた。
「もしかして…こういうのも覚えてるの?」
「覚えてる」
「覚えてなくていい…」
テーブルの下へと落ちた手が、ぎゅっと握られて。
俺は笑顔を濃くしていく。
そんなことを話していると、おばさんが戻ってきて。
「部屋行こう?」
彼女が俺を見上げて、そう口にした。
彼女に触れられることを、とても嬉しく思えることが、大切で。
一緒にいられていることを、とても嬉しく思えることこそ、大事。
当たり前なのだと思ってはいけないのだと。
そんな些細なことが大きな要因だったのだと、今、俺は実感していて。
「どしたん?」
見上げてきた彼女の問いに、小さく笑みを浮かべた。
彼女の部屋。
彼女の実家の、存在し続けていた、彼女の部屋で。
偶然に近い形で見つけた、高校のアルバムを広げていた。
膝の上にそれを置いた彼女を、後ろから抱き締めて。
そうして、幸せに浸っていたのだけれど。
「いや…。よかった、って…思ってた」
「?」
「また、おまえに触れることができてるから」
「………」
告げれば、彼女は笑い出して。
「あのね?」
と、言葉を紡ぎ出す。
「簡単なことがわかってなかったんだよ、僕らは」
「簡単なこと?」
「そう。今があれば、それでいいじゃん?
過去とか、そういうことは関係ないんだよ。だって、今幸せなら、誰からも文句いわれないし。言われたとしたって、別にどうってこと、ないでしょ?」
「……だな」
「うん。今のわたしが愛してるのは、今の珪で、昔の珪じゃないじゃん?」
「ああ」
「珪だってそうでしょ? 今の珪が愛してくれてるのは、今のわたしでしょ?」
「そうだな」
彼女の腰に回していた手に力を込める。
「過去に拘り過ぎちゃっただけなんだよ。わたしも、珪も。仕方ないのかも、しれないけどね」
ページを捲られて、そこに視線を落とした。
変わらない部分はあるのかもしれないけれど。
変わり続けないものなど、あるはずもないから。
そう、彼女に教えられたことさえ、忘れてしまっていた。
好きだと伝えたのは、今の彼女以外、ほかならなくて。
なのに、彼女も俺も。
過去の彼女に、『あき』に、こだわってしまった。
その結果。
俺は彼女に、不信感を抱かせてしまった。
彼女らしくない行動を、取らせてしまうぐらい。
「これからは、間違えないから」
綴って。
彼女のこめかみに、唇を落とした。
「期待してます」
二人で笑ったあとで、またアルバムに、瞳を向ける。
これからは、ずっとそばにいる。
彼女にずっと、そばにいてもらうために。
そう、決めたのだから。
俺は彼女に、彼女自身でいてもらうために。
何ができるのか。
何をしなければならないのか。
考えなければ、ならなくて。
「無理、するなよ」
「珪もね」
こうしてそばにいてくれる存在がいることが、今はとても、ありがたいから。
その存在を、手放さないために。
いつでも、「愛している」というその言葉は、届けようと思った。
END
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