| 久しぶりに 彼女と共に訪れたそこは 何が変わったとか
そういう部分も あまりなくて
あの頃のまま 何もかもが
存在しているようで
あの頃の想いまでもが
甦ってくるようだった
それを考えて
あの場所はどうなんだろうと 思い浮かべたのは
彼女と初めて会って
別れを告げて
また 出会えることができて
結局――彼女から別れを告げられた
あの 教会だった
Bridge 〜 助力 〜
ここまで来るのに、たくさんの人の手を借りたのは、言うまでもない。
わかっていたのに、そのまま素直に受け入れられなかった、あの頃。
彼女と再会できていなかったら。
きっと俺は、今でも、世界でただ一人なのだと、勘違いし続けていたかもしれない。
誰もが、俺に対してはよそよそしくて。
誰とも、馴れ合うこともなく。
生きていくんだろう、なんて。
そんな風に――思い続けていたかもしれない。
モデルとしての仕事を終えて、控え室へと入る。
その部屋の隅のいすに、彼女は座っていて。
パタン、という扉の閉まる音で、顔を上げてくれた。
にっこりと笑みを浮かべて。
それから、読んでいたらしい本を、広げたまま、膝に置いて。
無言で、手を伸ばしてくる。
「おつかれ」
「ああ。で…何読んでたんだ?」
その手を取りつつ、そばまで歩いて。
望まれるままに、抱き締めた。
きゅっと縋り付いて、彼女は小さく、息を吐いて。
甘えの度がぐんっと上がったそんな彼女の頭を撫でる。
そうしてから、彼女の膝の上へと、視線を移した。
「雑誌?」
「あのね、学校っていうテーマで八ページ任されたの。諸岡さんが、僕の高校時代に興味があるって言ってたから、はば学のこと、書いたんだ」
言われて。
何が書かれているのかが、酷く気になったから、手を差し出す。
高校時代。
彼女と共に過ごした時間はかなりのものだったけど。
彼女が何を思っていたかは、わからなかったことの方が、多かったから。
雑誌を、ほんのりと笑みを浮かべながら、彼女は俺の手の上へと置いてくれて。
俺はそれを読むために、そばの壁に、背を預けた。
表紙を開いて、目次のページで、彼女の名前を探して。
そのページを開く。
「なっちんがね、写真撮ってくれて」
「藤井、うまくなったからな」
「うん」
言葉を受け取りつつ、文字を追っていった。
思っていたこと。
考えていたこと。
そのすべてはわからなくても。
全体的なことは、わかった気がして。
俺は小さく、笑みを浮かべる。
と、彼女からの視線に気づいた。
「どうした?」
「いや、別に……」
顔を向けて問えば、彼女は視線を逸らしてしまって。
そして、わざとらしく、背筋を伸ばした。
そのことに、眉根を寄せても、彼女は自分の手へと、視線を落としたまま。
「あ、あのね? 尽が待っててって」
「どうして?」
「一緒に帰るって。珪はまだ仕事でしょう?
ここで尽が終わるの待ってるからさ。打ち合わせ、行ってきなよ」
「………」
「終わったら、連絡入れるから。そっちも終わったら、連絡入れて?」
彼女が言いたいことが、それではない気がして。
俺は黙っていたのだけれど。
彼女はそう、次から次へと言葉を放っていって。
――甘えてくる、その度合いの増えた、彼女のこと。
きっと……なんて、考えて。
そして、彼女の本当の心を引き出すべく、言葉を俺は綴っていく。
「――おまえ、会いたいって言ってただろ?」
「えーと…、花椿せんせい? 確かに言ったけど、ずいぶん前の話だよ?」
「今はもう、いいのか?」
「よくはないけど…」
「けど?」
「尽も心配してくれたしさぁ……」
だから、一緒には行けないということか。
考えて、小さく息を吐いた。
自分のしたいことだけをしないのは、彼女の悪いところだと思う。
こういう……時は。
「…って、今日は花椿せんせいと打ち合わせなんだ?」
「……ああ」
「ふぅーん、そっか」
その会話の最中。
彼女は一度として、俺の顔を見ないままで。
そうして、固く手を握っていた。
その上に、手を重ねると。
やっぱり、彼女は驚いたのか、顔を上げて、俺を見てくれて。
困ったように、眉尻を下げる。
「玲」
「……はい」
小さな、返事。
彼女のその表情で、本当に言いたいことはわかっているけれど。
彼女自身の言葉で言ってほしかったから、俺は彼女の前へと、歩を進めた。
壁から背を離して。
いすに座っている、彼女の前へ。
そうしてから、身体を屈める。
無理矢理のように、視線を合わせるために。
見上げれば、彼女はじっと、俺の瞳を見続けていて。
逸らされるような気配は、全然なかった。
「本当は?」
「………」
「玲」
答えがないことに、彼女の名を呼んで、促せば。
彼女はわずかに、唇を噛んだあと。
手を返して、俺の手を握り返してくれる。
それから、小さく、その言葉を紡いだ。
「一緒に…いたい、です」
「そうか」
言葉に、頬が緩むのを止められなかったのだけれど。
「でも、尽が……」
加えられた言葉に、俺は眉根を寄せる。
そうすれば、彼女が慌て出すのはわかっていたけれど。
周りのことも、視野に入れてしまうのは。
本当に、彼女の悪いところだと思う。俺は。
「尽のこと、煽ろうか? 早く仕事終わらせろーって」
「はじまったのは?」
「…三十分ぐらい……前?」
苦笑されて。
それじゃ、早く終わるも何もないだろ?
思いながら、大きく息を吐く。
すると、手にわずかに力が加えられて。
彼女を見上げると、苦笑はほんの少し、形を潜めていた。
「わたしね、珪がいればそれでいいって思ってるけど、現実はそういかないことも知ってるから。だから多分、この生き方は変えられないと思うんだよね?」
「…だから?」
「つまり、自分の弟であっても、その対象?」
「家族なのに?」
「所詮は他人」
「………」
言葉に、口を閉ざす。
矛盾しているのは、誰よりも、彼女の方で。
けれどそれは、俺のためでもあると知っているから、何も言えなくて。
「嫌になった?」
「ならない」
「本当?」
「本当」
なるはずなんてないと、届けて。
俺は彼女の頬へと手を伸ばして、撫でた。
不安そうな表情は、変わることはなくて。
「心配しなくていいから」
「うん…」
「おまえのことはわかってるから」
「ご迷惑掛けます」
「本当にな」
手を下ろして。
頬を膨らませた彼女に、くすくすと笑う。
と、後頭部に彼女の手が回って。
グイッと引き寄せられた。
「ごめんね? でも、嫌になったら言っていいから」
「ならない」
「……ありがとう」
彼女の腕に包まれて、ふっと息を吐き出す。
彼女の背へと、手を回して。
柔らかな胸へと、擦り寄って。
その暖かさに、安堵した。
髪を撫でてくれる手が、気持ちよくて。
瞼を下げる。
「わたしも、そばにいてあげるから。珪がそばにいてくれる分だけ。もういいって言うまで」
「言わない」
「じゃあ、ずっとだね」
俺にしか聞こえない、それでいて、嬉しそうな声が発されて。
俺は嬉しくて、微笑ってた。
信じる心を取り戻したからこそ、彼女は『ずっと』なんていう言葉を口にしてくれているんだろうから。
俺に永遠を見出してくれたからこそ、そう言ってくれるんだろうから。
――この時が長く続けばと、願ってもいたけれど。
それを切り裂くように、俺の携帯が、音を立ててしまった。
これまでも、たくさんの人の手を生きてきたのだということは、きちんと実感しているけれど。
これから先も、俺は広い世界で生きていくわけだから。
たくさんの人の手を借りることは、わかり切っていて。
ならきっと。
この人に恩を売っておくのも悪くないだろう、とは思っていたけど。
俺の方が、より頼ってしまっていることに気づいて、苦笑した。
そして、今また。
俺はこの人に、頼みごとを口にしてしまって。
「いいわよ? 葉月ちゃんから頼みごとーなんて、久しぶりだもの」
いちいち腰をくねらせるのは、どうにかならないのかと思いながら。
俺はすいません、と謝罪を述べる。
「いいのよ。だって、おもしろそうだし。あの子に似合うドレスのデザインなんて。久々に、楽しめそうだわー」
言いながら、花椿せんせいは、座っていたソファから腰を上げて。
デザインファイルを開いて、俺の目の前まで、持ってきてくれた。
低い、そのテーブルにいくつか広げてくれて。
俺はそれに、視線を滑らせていく。
「どういうのがいいとかっていうのは、あるの?」
「べつに。あいつに似合えば、何でもいいって、そう……思ってる」
「あら、そうなの?」
「変…ですか?」
「ヘンじゃないわよ! むしろ、アナタらしいんじゃないの?」
色は?
畳みかけられるようにして、聞かれて。
俺はそれに、顔を顰めた。
色って、一色しかないんじゃないのか?
そんな風に。
「一般的には白なんだけど。淡い色が、今人気よー?」
言われて、へぇーなんて思う。
確かに、ここにあるものには、色の着いているものが多くて。
「ピンクとか…似合わなそうねー」
言葉に、顔を上げれば。
そこには、顰められた眉があって。
少しばかり、酷いかも、とも思いながらも。
「任せます」
そう、綴れば。
聞こえていなかったのか、花椿せんせいは、ずっと。
目の前のデザイン画に、視線を落とし続けてた。
車を走らせながら、どうしようかと考える。
彼女に言わないまま、秘密にしたまま、花椿せんせいに頼んでしまったけれど。
日程も何も、決めてはいないままで。
それでもとりあえず、彼女の両親には話しておいた方がいいかという結論は出した。
だからこそ、彼女の家へ、彼女と共に一緒に行くことを決めた。
…ものの、なんて切り出したらいいのかさえ、わからない。
彼女に言わないままなのは、その方が反応が大きいからで。
だったら、まだ言わない方が――とも、考えるのだけれど。
反応が見たいのは、彼女のものだけで。
あとの人たちに、心配はしてほしくなかったから。
ウィンカーを出して、ハンドルを切る。
たくさんの人たちに、心配をかけた。
たくさんの人たちの声に、支えられた。
背中を押してもらったし。
叱咤ももらった。
だからこそ、俺たちはまた、こうしてそばにいられるわけで。
だからなおさら、心配をしてほしくはなくて。
それに、彼女も秘密を持っているのだから、これで同等だ、とも思って。
ふっと笑う。
彼女が隠しているものに気づいたのは、ふとした瞬間で。
彼女にしてみたらきっと、気づかれてもかまわないことだったんだろうとは思う。
だからこそ、そのあと。
彼女は隠すようなことはしなかったんだろう。
何かと聞いた俺に。
彼女は躊躇うこともなく、その名前を口にしたんだろうから。
それに、どうしてかを問うことはできなくて。
その会話を、打ち切ることしか、俺にはできなかったのだけれど。
携帯が、彼女の好きな曲を奏でて。
俺は、信号のために止めた車の中で、それを開いた。
『尽終わったってー。だからこれから、外に行きまーす(^^)v』
メールを見て、閉じる。
俺の方が終わったことは、すでに知らせてあったから。
べつに返事を返さずに、信号が変わってから、また進めていく。
彼女の両親に言うということは。
そのまま、彼女にも、弟である尽にも、知らせるということになって。
彼女がどの程度、予測しているかはわからないけれど。
そのことを、考えてくれているのかどうかも、わからないけれど。
俺が隣りにいることを、当たり前のようには思っていないだろう、彼女だからこそ。
そのことを望んでくれているといいと、願ってもいた。
また、後ろ向きに考えて。
そうしない方がいいと、思っていたり、しないように。
表に出さない彼女だから、気づいてやるのも、遅くなってしまったりするのだけれど。
今のところは、平気なような気もしていて。
門から敷地内へと入る。
出入り口の近くで、見慣れた姿を見つけて、一度だけ、クラクションを鳴らした。
振り返った尽に、外へと出れば。
彼は後ろへと、立てた親指の先を向ける。
黒塗りの自動車が、そこにはあって。
それが誰のものかも、瞬時にわかった俺は、小さく手を挙げて、それに答えた。
見ていると、車の窓から、彼女が頭を這い出していて。
それを起こすと、彼女は不機嫌そうな表情を浮かべる。
そのそばに、尽が近寄っていって、手を取って…歩き出して。
瞳の先を変えた彼女と。
そんな彼女を見続けていた俺の瞳が。
次の瞬間には、ぶつかっていた。
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