仕事柄 カメラを向けられても
特に何とも思わないけど

彼女に向けられるなら
話はべつ

景色を撮ることばかりに熱心で
あまり 人物を残そうとは思わない

そんな 彼女だから

そして 彼女の場合

先に言わずに 隠し撮るようなことをしてくるから
彼女がカメラを持ったら 気が抜けない

逆に 彼女にカメラを向けて
同じことをすれば

かなり騒がれて

そんな彼女の反応に
俺は楽しくなって

シャッターを切ったりしてた




Bridge 〜 二人 〜





眩しい…。
そんなことを思いながら、額に手を当てて。
恐る恐る、瞼を上げる。
飛び込んできたのは、射すような光で。
それから顔を逸らすように、わずかにでも上げてしまった頭を、枕へと下ろした。
ベッドが小さく軋んで。
そのことに、隣りからは唸るような声が上がる。
「んー…」
見れば、眉根を寄せている彼女がいて。
それでも、起きる様子もなく、眠りの中で。
そんな彼女を見て、笑みが漏れた。
久々の光景。
起こさないように気をつけて、上半身を起こす。
閉め忘れてしまったカーテンへと手を伸ばして。
朝日を遮断する。
そのあとで、時計へと焦点を合わせれば。
彼女が自然に起きるまで、まだ時間があった。
とりあえず、水でも持ってくるか……。
考えて、ベッドから降りて。
そばの引き出しから、服を出して、下半身だけ、身に付けて。
ベッドのそばへと、歩を進める。
乱れてしまったかけ布を整えて。
彼女へと、手を伸ばした。
髪を梳きながら、仕事がなければ……なんて、嫌なことを思い出して。
小さく顔を顰めれば、彼女は逃げるように、かけ布に顔を埋める。
枕に顔を伏せるようにして。
仕方なく、俺はそこから離れた。
廊下へ出て、階段を降りていく。
リビングへと入って、冷蔵庫の前へと移動して。
開けて、ミネラルウォーターを取り出して。
コップへと、それを注いだ。
ついでのように、俺もそれを、嚥下して。
小さく、息を吐く。
だめもとで言ってみようか?
考えて。
テーブルの上に放ったままにしてあった携帯を手に取って、開いた。
そこには、新着メールを知らせるメッセージが、待受け画面の代わりに、映し出されていて。
この時間に入っているのだから、仕事関係だろうとは思う。
そう言えば、昨日、玲が連絡入れてたな。
思い出して、それを開いて。
読んでいって。
「………」
無言で、差出人へと、着信を入れた。
向こうが取らないうちに、それを切って、テーブルの上に放って、そこを出て。
コップを持ったまま、階段を上がって、寝室へ戻る。
ぱたんと扉を閉めれば、ベッドの上で、彼女がわずかに伸びをしているのが見えて。
また、唸り声。
近寄っていけば、手が伸ばされて。
それを取った。
何を求めているのかはわからないけれど。
彼女の前髪をかき上げながら、何となく、水を口へと含む。
昨日、無理させたしな。
考えて、思い出して。
気持ちよさそうに目を細めた彼女に、口付けた。
ベッドの端に腰かけて。
顎を支えていた指で、口を開けるように促せば。
彼女は抵抗もなく、口を開ける。
そこに、少しずつ、水を流し込めば。
彼女はそれを、飲み込んだようだった。
「飲みたかったんだろ?」
聞けば、彼女は上半身を起こして。
なおも手を伸ばしてくる。
きちんと、かけ布を胸元で押さえて。
俺しか――見てるやつはいないのに。
「…ください」
「まだ少し掠れてるな」
言いたいことがあるんだろうけど、視線で訴えることしかできないらしくて。
睨まれて。
苦笑を零す。
そして手に持っていたものを差し出した。
彼女はしっかりと、かけ布を両脇に挟んで。
両手で、コップを煽る。
その姿に、ふっと笑みを浮かべた。
「手、動くようになったな」
「ほぇ?」
一瞬、驚いた顔をして、彼女は自分の手を見る。
コップを持ってる、その手。
まぁ、普通は動いてる、なんて…意識しないだろうからな。
「気づかなかったか? おまえ、途中から……」
「言わなくていい」
俺の言葉を遮ったのは、彼女の声よりも、押し当てられた枕の方が先で。
俺はそれを、顔の前から退かすために、手を動かした。
退かした枕をどうするか、一瞬考えて。
まだ、薄いかけ布に包まれている、彼女の膝の上に置く。
彼女はじっと、コップを見ながら、何かを考えていて。
「動かしたいって思うことが大切」
「?」
「お医者さんがそう言ってたんだ。動かしたいって、そう思えば自然と動くって。思ってると思ってたんだけど、違ったんだね」
そうかと思うと、左手を動かしていた。
俺はそんな彼女から、視線を外さないようにしながら、彼女のそばへと、腰かけ直す。
と、彼女が背中に寄りかかってきた。
甘えてもらえることが、こんなにも、嬉しくて。
でもそれだけじゃ、満足できていない自分がいることも、確かで。
彼女が持っていたコップを取り上げて、サイドテーブルへと置く。
それから、俺をじっと見続けている彼女の横へと、身を滑り込ませた。
途端、彼女の方が慌て出す。
「ちょっ…! 今日、仕事は?」
「休む」
「『む』ってことはあるんでしょ? 何時から? ご飯作るから」
「いい」
「よくない!」
「今日はおまえのそばにいる。そう決めた」
言って、瞼を閉じた。
彼女のそばは、本当に安心できる。
彼女が黙ってしまえば、そればかりが浮きだって。
眠気がゆっくりと、襲ってくるのだけれど。
問いに、それを払拭された。
「休むのはいいけど、連絡したわけ? マネージャーの堤さんとか」
「…してない」
「しなさい!」
怒られて、眉根を寄せる。
そうしていると、ベッドが何度か軋んで。
上にかけていたものがなくなった。
それに、瞼を上げて、彼女を見て。
姿を捜して。
離れていこうとするその腕を取って。
引き寄せる。
「ちょっと、珪ぃ〜?」
「寒い」
「わたしが服着るまでの少し間、待っててください」
「…どこ行くんだ?」
「携帯取りに、行くんだけど……?」
最初はかけ布を取り戻そうと思っていたけれど。
彼女を抱き込んだ方が温かいということに気づいて、彼女の腰に腕を回した。
上半身を起こして。
ベッドに対して、横に座る。
彼女を足の間に座らせて。
ぎゅっと抱き込んで、捉えた。
「どうして?」
「堤さんに連絡入れる。休むなら休むで、そう言わないと」
「……メールが入ってた」
「メール? 携帯に?」
「ああ」
「何て?」
「休むなら着信入れろって。いつでもいいから、仕事の時間までに」
「……で?」
「入れた。起きて、そのメール見た直後に」
「………」
「今日のスタッフ全員、おまえとのこと知ってるし、尽が明日と交換してやってもいいって言ってるから、明日に延ばしてもいいって」
事実を述べれば、彼女は大きく、吐息を零す。
脱力したのか、俺の胸に寄りかかってきて。
それに俺も、彼女の肩へと、顎を乗せた。
彼女の瞳が向けられて。
肩に彼女の頭が預けられた、その重みが乗る。
手の甲に、彼女のが重ねられて。
それに、慈しむかのように、撫でられた。
俺とは違う、細い手。
「今日、どうする?」
「玲の手料理が食べたい」
「それから?」
「ずっとこうしてる」
聞かれたことに、素直に答えて、腕に力を込めれば。
彼女はくすくすと笑い出す。
肩口に擦り寄られて、頷かれて。
二人で顔を見合わせて。
この時が長く続くことを願いながら。
離れていたその時間を埋めるように、笑い続けてた。




「え?」
聞かれたことを、うまく飲み込めずに、聞き返すようにそう言っても。
彼女はただ、俺の返答を待ってるだけ。
じっと顔を見上げたまま。
だから、ゆっくりと彼女が言ったことを思い出して。
「……控え室…じゃ、ないか?」
そう、答えを返した。
「いるの?」
「ああ」
たぶん。
加えれば、彼女は顎に手を添えて、考え込んで。
小さく、唸り声を上げる。
今日の仕事も、俺のブランドのやつだし。
破局を伝えたマスコミは、変えるんじゃないかって、勝手に騒いでたけど。
俺だって、スタッフにそう、相談されたけど。
彼女がそれに、首を振ってた。
CFの脚本、受けちゃったから、とかって、嘘を並べて。
そのあと、俺に依頼してって、逆に頼んできた。
彼女には彼女なりの、考えがあるんだろうと。
だから彼女の言う通りに、脚本を依頼して。
紗枝をプロジェクトから外すようなことは、しなかった。
だから。
紗枝が来ていない限り、このビルの中には、いるはず。
「堤さんに聞けば、確か?」
「ああ。全員のこと、把握してるみたいだからな。マネージャー」
答えて、セットへと目を向ける。
彼女もそこへと視線を向けて。
満足そうに、笑ってた。
今日の撮影で使うセットは。
全部、彼女の指示で作られていて。
俺も一緒に入るのも考慮してか、色はできるだけ、押さえられていた。
淡い色ばかりのそこ。
「珪も、今日は紗枝さんを立てる役目だから、衣装の色は抑え目ね?」
着替える前だったから、彼女はそう、俺へと念を押す。
そうしてから、彼女は離れていった。
呼べば、一度だけ振り向いて。
「紗枝さんと話してくるー」
そう、笑顔で言ってたけど。
俺は心配で、仕方がなくて。
それでも、スタッフに呼ばれてしまったから、様子を見に行くことも、できなかった。

撮影中、彼女はスタジオへは入ってこなかった。
それを、スタッフの一人として、その場にいた藤井に言った瞬間。
「ちょっと言いたいことがあるから、捜してきてあげる」
そう言って、スタジオを出ていった。
着替えを終えて、控え室を出ながら、それを思い出して。
擦れ違うスタッフに頭を下げながら、二人の姿を捜す。
けど、その途中で。
「葉月さん!」
そう、この三ヶ月で聞き慣れてしまった声に、呼び止められた。
振り返れば、思い描いた通りの人物が駆けてきて。
俺の目の前で止まる。
衣装を着込んだままの、その姿。
「紗枝……」
「ご、ごめんなさい。私、葉月さんに、言いたいことが、あって」
肩で息をしながら、紗枝は言う。
何だろう? と、思いながら。
無意識に伸ばした手で、紗枝の頭を叩いていた。
ポンポンッと、二度。
それに、にっこりと笑みを浮かべた紗枝は。
ぺこりと、頭を下げた。
「紗枝?」
「ご迷惑をおかけしました!」
「いや…。迷惑なら、俺の方が……」
手を下ろしながら、言いかければ。
紗枝は慌てて、頭を左右へと振る。
「それはもう、話し合って、解決したはずです!」
意気込んで言って。
彼女はふぅと、息を吐き出した。
それから、廊下へと視線を落として。
「田端さんと、話しました」
ぽつりと、そう言葉を紡ぎ始める。
「やっぱり、すごい人だなーって、改めて思いました」
「…すごいか?」
「すごいですよ。言葉の一つ一つに、力があるんです。田端さんが言うこと、全部合ってるんじゃないかって思えるような」
それには、異論はなくて。
俺はこくんと頷いた。
定義もきちんとあるから。
反論の声は、すべて封じられる。
だからこそ、彼女の言葉に、従わされてしまう。
「だから、田端さんが言った通り、この仕事、続けていこうと思うんです」
紗枝に何を言ったかはわからないけれど。
そう決めたなら、俺には嬉しいことでしかなかったから。
安堵の息を吐いた。
笑みを浮かべれば、これからも頑張ります! なんて言葉が、届けられて。
紗枝はまた、ぺこりと頭を下げて、戻っていった。
その背中を見送ってから、俺はまた、歩を進め出す。
撮影中も、紗枝の表情には、無理ではない笑みがあったし。
元気になったなら、何も文句はなくて。
これであとは、歩き出すだけ、なのかもしれないと、考えた。
俺には、何もしてやることはできないかもしれないけれど。
もし、できることがあるのなら。
そんな風に、思ってた。
エントランスを横切って。
一階の喫茶店へと入る。
その中の一つのテーブルに、捜していた姿を見つけて。
歩を早めた。
後ろから近寄っていって。
そうして、彼女を抱き締める。
「何やってるんだ?」
「珪!」
「葉月!」
問えば、二人に、ほぼ同時に名前を呼ばれた。
彼女は首だけ回して、俺を見てくれて。
ゆっくりと腕を外して、空いているいすへと歩を進める。
丸い円形のテーブルの。
それに、等間隔に並べられていた、四つのいす。
その一つを、彼女の方に寄せてから、腰を下ろした。
「何で離れるのよ!」
声に、藤井を見れば、なぜか怒っていて。
反論するべく、俺は口を開く。
「べつに離れてない」
「んじゃ、何だって言うわけ?」
「玲ちゃんのすぐそばにいたい。それだけやろ?」
声が聞こえて、そっちへと視線の先を移動させると。
残っていたもう一つのいすの前に、そいつがやってくるのが見えた。
その後ろへ立ったと思ったら。
俺と同じこと――いすを移動させるべく、動く。
藤井の方へと、寄せて。
すぐ隣りに寄せ切ったところで、藤井に笑みを向けてた。
「すぐそばって…」
「独占欲強そうやからなぁ、葉月は」
「あー…さすがだね。当たりだよ、ニィやん」
「そうなの?」
「多分、ここに来たのも、奈津実に玲ちゃんを取られないように、やろ」
「だと思う」
「………」
「ね? 珪」
聞かれて、その通りだと言うのも、どこかしゃくだったから、視線を逸らした。
でも、彼女に触れたかったから。
テーブルの上に置かれていた彼女の手を取って。
ぎゅっと握る。
と、彼女の手が動いて。
返されて――握り返された。
それに彼女を見れば、嬉しそうに笑まれて。
俺も笑みを返す。
と、藤井がため息を吐いて、いすの背もたれに、身体を預けてた。
「なーんか、ラブラブ?」
「ラブラブやなぁ」
「そっちだってそうじゃないの?」
彼女がそう聞き出したことで。
俺はへぇー、なんて。
その事実に気づく。
それなら、姫条が藤井の隣りに座ったのにも、納得がいくから。
そうして見ていると、二人は顔を見合わせて。
姫条はへらっと笑みを浮かべた。
「ラブラブ?」
「〜〜〜っ! 知らない!」
姫条が言いながら、テーブルの下で繋がれていたらしいその手を、上へと挙げて。
それを確認して、藤井は顔を赤くして、顔を逸らす。
彼女はそんな二人にくすくすと笑っていて。
会話が進んでいく中、わずかに寄りかかってきたその重みに。
俺はただ、嬉しさだけを、抱えてた。


微笑が聞こえて、俺は振り返る。
「どうした?」
問えば、彼女はほんの少しだけ、歩調を速めて。
俺の隣りへと、やってきて。
にっこりと、もう一度微笑った。
雲のない空には、星が瞬いていて。
俺の手には、彼女の細い手が、収まっている。
「嬉しいなーって」
「そうか」
「うん。麻衣と歩いてた時もね、こうやって、手を繋いだりしてたんだよ? 腕組んだりとかさ」
「………」
「本当にダメなんだね、わたし。誰かにこうやって、引っ張ってもらわないと」
瞼を閉じて、彼女は言う。
その言葉に、どっちがどっちの代わりなんだろうと考えたけれど。
手に少しだけ痛みが加わったから。
それだけでもう、答えはどうでもよくなっていた。
俺には彼女がいないとだめなことは、わかり切っているし。
彼女にも、月宮とすぐに会えないこの状況の中で。
頼ることができるのは、俺しかいないんだろうから。
今は、それだけで充分で。
「ごめんね? きっとわたし、すぐに立ち止まっちゃう」
「だからって、『僕』に戻るなよ?」
「………」
「俺が引っ張ってやるから」
彼女を見れば、瞳が見開かれて。
嬉しそうに、彼女は微笑んだ。
それに、やっぱり俺しかいないんだと、再確認して。
「見抜かれてるね」
「ようやく見つけたからな」
「?」
「本当のおまえ」
首が傾げられて。
小さく笑んでから、視線を前方へと投げる。
彼女と『あき』は、同一人物だから。
夢の中で会ったあの少女も、彼女の一部。
「寂しがり屋」
「それは…ある」
「泣き虫」
「そんなことないと思う…多分」
「強がり」
「……うん」
「わがまま」
「うん…けどそれは……!」
「ちゃんと叶えてやるって言った、俺が」
「うん……」
手が握られて。
アスファルトで固められた道へと、彼女は視線を落とした。
彼女の願いを叶えるだけでなく。
彼女自身を守れるようにはなりたい。
そう思っていることは、彼女にはたぶん、言うことはないと思うから。
思うだけに留める。
守ってやる、なんて言ったら。
そこまで弱くないなんて、言うに決まっているから。
もしくは逆に。
じゃあ、珪のことはわたしが守ってあげる。
なんて、言うのかもしれなくて。
彼女の……ことだから。
「頑張る」
「……程々にな」
満天の星空を見上げながら、答えれば。
彼女も俺のことを見たらしくて、視線が向けられて。
それから、ふふっと、また微笑ってた。

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