一つ一つのピースを組み合わせる
という行為を
彼女は静かにやっていて俺が何かを言おうものなら
黙ってて! と 声を荒げた
理由を聞けば 俺はずるいらしい
「だって 一度見たものは忘れないっていうのは
絶対にずるいもん」
「それってつまり
このピースがどこのか
大体わかっちゃうってことでしょ?」
目の前に掲げられて
それを 俺は見て
言葉を紡ごうとした瞬間
彼女の手が 俺の口を慌てて覆ってた
Bridge 〜 真実 〜
川を、渡ろうと思った。
橋がないなら、かければいい。
考えて。
けれど。
周りが見えないから、こちら側と向こう側を結ぶものが、何も――なくて。
けれどここは、夢の中。
何が正しいのかさえ、わからない。
そんな場所なら。
そんな場所でしか、ないなら。
そしてこの川に、『矛盾』を、感じるのなら。
きっと。
きっと……。
立ち上がれば、音は立つ。
軽く埃を払って。
俺は足元を見つめた。
そこに流れる水は、見たこともないような色で。
暗い、色をしていて。
それを見ながら、また、川を渡ろうと思っていた。
けれど。
この川を渡るのは。
俺じゃない。
「…聞こえるか?」
呟くように言えば、少女からは応えが返る。
なぁに? と、一つ。
「ロープ、ないんだよな?」
「……ないよ?」
「じゃあきっと。ここにある」
「? なにが?」
「橋」
目を開けたまま、手を出しても。
何かに触れることは、なかった。
――けれど。
目を閉じて、一歩、足を踏み出してみる。
川の方へ、一歩。
すると、思った通り。
俺の足は、川へと入ることはなかった。
代わりに、ガンッと大きく、音。
それに慌てて、少女も腰を上げたようだった。
「ここ? ここにあるの?」
「ある。見えないけどな」
「………」
目に映るもの、すべてが真実ではないと。
それはわかっていた。
わかっていたのに、気づけなかった。
「こっちに向かって、ゆっくりでいい。真っ直ぐ、俺のところまで、歩いてこい」
数秒の沈黙のあと。
足音がして。
細かい砂を踏む音が、して。
それがいつしか、木の板を踏む音へと変わる。
それに、ほっと息を吐いた。
俺には足元は見える。
けど、少女には見えない。
それはつまり。
橋があったとしても、俺には見えて。
少女には見えないと言うこと。
なら。
少女にとっては、橋そのものが。
あってもなくても、同じ物。
標は俺しかなくて。
こちらに来るためには、俺が――光が――必要だった。
ロープがなくなったのはきっと。
少女が本気で、俺のことを光だと思ったからだろう。
足音が続く。
「おにいちゃん」
「ん?」
「きいていい?」
足元が見えないから、やはり怖いのか。
ゆっくりと足音は続く。
そんな中、放たれた問いに、俺は肯定の言葉を返した。
「なまえ、おしえて?」
聞かれて。
俺も聞いていなかったけれど、言ってなかったな、と、苦笑を零す。
それから、口を開いた。
自分の名前を、言うために。
「珪」
届けて。
「けい? けーくんとおなじなまえ?」
その、驚いた声を聞く。
「…けー…くん?」
「そう。けーくん。わたしをさいしょにおいていっちゃったおとこのこ」
「………」
「きょうかいで、やくそくしたの。だから、わたしはまってようっていったんだよ?
けど、あきらめようって。くるしいから、まってるのはやめようって」
「……誰が?」
今までとは違う足音が続く。
板を踏む音が、続く。
それは俺へと、近づいてきて。
「きっともどってこないから。もどってきても、おぼえてないよって。おぼえていたとしても、まえとおなじようにはなれないよって。そう……あきらがいってた」
目の前で、足音は止まる。
予感はあった。
そうなんじゃないかっていう、考え。
思い。
けれど、どこかが違った。
彼女ではない。
そう、否定する部分が、ちらついていた。
理由は…このせい。
このためだったのだと。
今――気づいた。
手を伸ばせば。
それは、長い躊躇のあと。
小さな手に取られる。
切り傷だらけの、その手に。
「痛いか?」
「ううん」
「俺の手は…平気か?」
「うん。大丈夫」
ぎゅっと握ってくる手は、痛々しくて。
わずかに引き寄せれば、そこには。
「聞いていいか?」
「? なぁに?」
「おまえの……名前は?」
薄い、赤茶の髪が揺れる。
蒼い瞳に、涙はなくて。
その顔は、いつかの時のように、笑みを浮かべてくれた。
「あき!」
聞いた瞬間。
俺はその姿を、抱き締めていた。
名前を呼ばれて、我に返る。
視線を上げれば、そこにはマネージャーの姿があって。
「紗枝が…控え室に入ったわ」
それだけを告げて、戻っていった。
扉は開かれたまま。
その向こうは、水を打ったように静かで。
俺は一度、瞼を閉じてから、立ち上がった。
控え室を出て、廊下を歩く。
スタッフと擦れ違わないのは、みんな、スタジオに入っているせい。
小さく息を吐いて、廊下を進む。
何を言おうか。
考えて。
それでも、思い浮かぶのは。
謝罪の、そんな言葉……ばかりで。
見えた扉と。
それに張り付けてある紙に書かれた名前に。
俺は一度、足を止めた。
無人の廊下。
俺が足を止めてしまえば、音はない。
襲いかかるような、その静けさに。
逃げたくもなってしまうけれど。
「………」
逃げることは、許されない。
彼女と向き合うためには、必要なことで。
考えて、俺はまた、足を進める。
扉の前で、立ち止まって。
もう一度、何を言おうかと考えて。
けれど、答えはまとまらないまま、その扉を叩いた。
「はい」
声が返ったことに、目を細める。
紗枝のものではないことは、明確で。
彼女なら、誰のものかわかったのかもしれないけれど。
俺にはわからないままで、その扉を開けた。
開け切った瞬間。
向けられたのは、やっぱりね、という言葉で。
「紗枝、葉月くん」
「……はい」
「ちゃんと話せるわね?」
「……はい」
それで、短い会話は終わって。
俺に背を向けていた紗枝を、そのまま残して。
その女性はその部屋を出ていこうと、腰を上げる。
紗枝が所属している事務所の社長。
「仕事が終わったあとかとも、思ってたんだけど」
「早い方が…いいと、思ったから」
「でも、あなたと話したことで、紗枝がやる気をなくしたらどうするの?」
「………」
「自分の仕事だから、かまわない?」
「そういうわけじゃ……」
「いいですから!」
俺の言葉を遮ったのは、その部屋にいたもう一人で。
急に上がった声に、俺は驚いて、目を見開いていた。
けれど、そばにいた女性は、ただ薄く、笑うだけ。
「大丈夫ですから。仕事も、ちゃんと……」
身体を強張らせていることは、背中を見ているだけでもわかる。
緩く、首を振ったのか。
紗枝の長い髪が揺れていて。
それを見ていると、扉は静かに、俺の背後で閉まった。
聞き届ければ、この部屋にいるのは、俺と紗枝の二人だけってことになる。
「………」
何を言えばいいのかがわからなくて。
どう切り出せばいいのかが、わからなくて。
俺は無言で、そこにいた。
紗枝も、何も言わなくて。
言わなくてはならない言葉を持っているのは、俺自身で。
だから、言葉を発するのは、俺の役目。
「……悪かった」
口をついたのは、謝罪の言葉。
それは、仕方がなかったと思う。
一人で悩ませてしまったのだから。
そう思っていたのに。
紗枝の肩が、小さく揺れた。
「どうして、謝るんですか?」
当たり前のことだと思っていたのに。
届けられたのは、否定を含んだ――そんな言葉。
それに返す言葉を用意していなかった俺は、また少し、考える時間をもらってから、口を開いた。
「気づいて…やれなかったから」
「………」
「俺……、自分のことで、いっぱいいっぱいだった…から」
「………」
「だから、悪い」
小さく頭を下げて、告げて。
背中を見れば、紗枝は緩く、頭を左右に振る。
「悪いのは…私、だから」
「……」
「葉月さんの心がどこにあるか、なんて…わかってたし。田端さんと一緒にいる時の葉月さんの方が、嬉しそうで、楽しそうだった。わかってたのに。諦め切れなくて……」
「…紗枝」
「ごめんなさい…!」
深く頭を下げた紗枝に、俺はどうしたらいいのかがわからなくて。
視線を思わず、外してしまった。
どちらが悪いのか、なんて、きっと誰にもわからないのかもしれない。
彼女ならきっと、「どっちも悪い」と、切り捨てているだろう。
けれどそれすら、正しいのか、わからない。
「ずっと、謝りたくて。田端さんにも。こんなことしても、何も変わらないって、わかってたから。わかってたのに……この気持ちを、どこかにぶつけたくて、仕方が、なくて…」
「わかってる」
「それと社長のこと、許して下さいね?
悪気はないんです」
「べつに……気にしてない」
「私、社長にスカウトされたんです。それからずっと、面倒見てくれて。娘みたいに、思ってくれてて。いい人なんです。本当に。だから…辞めたいって、そう言いました」
顔を上げれば、紗枝は笑っていた。
ふふっと。
もう、自嘲のものだと、わかるぐらいに、痛々しい笑いを発してた。
「辞める…?」
「はい。前から決めてましたから。この仕事が終わったら、辞めます」
「………」
「意味がわからないから。この仕事を続けていく、意味が。それならいっそ、辞めた方がいいのかなって」
「…言っていいか?」
努めて明るく、紡がれ続ける言葉に耐えられなくなって。
俺は声を上げた。
紗枝の声は止まって。
とりあえず、俺は息を吐く。
思い出していたのは、彼女のことで。
わがままを言った、彼女のことで。
「意味なんていうのは、おまえが決めるものじゃないと思う」
「でも……」
「決めるのは、おまえを見てるやつらだ。おまえの極々、身近なやつら」
「…? ファンの人…とかじゃないんですか?」
「ああ。俺は…違うと思う」
「………」
「たとえば、おまえのとこの社長でもいい。がんばっている姿を見られると、嬉しく思う。思わせることができる。それは…この仕事をしている意味には、ならないか?」
「……でも」
「知っている人間が、挫折せずに、がんばっている。それを一番見られる仕事だし、見せられる仕事だと、俺は思う」
「………」
「誰のためでも、べつにいいから」
「葉月さんは……誰のために?」
「………」
「――田端さん、でしょう?」
言えずにいたら。
言われて。
俺はまた、黙ることしか、できなくなる。
「いいですよ、別に」
「………」
「言ってください。わかってたんですから。私は、田端さんと一緒に笑ってた葉月さんのことが、好きだったんです」
「…紗枝」
「葉月さん、私に言ってくれなかったから。『好き』っていう、その言葉」
「………」
「その度に、この人の心の中にいるのは私じゃないんだって。その言葉を言いたい相手は、私じゃないんだろうなって。その人が誰かも、私にはわかってました。でも、いつかは私のこと、好きって言ってくれるかもしれないって、思ってた」
「……悪い」
「聞きたいのは、そんなことじゃないです。聞きたいのは、葉月さんの中の言葉。謝罪じゃ、ないです」
「………」
「謝らなきゃいけないのは、私の方だから。わかってたのに、葉月さんに聞く勇気が持てなかった。わかってたのに、田端さんを傷つけてしまった。そうすることを、止められなかった。私……なんですから」
言い終わりは、涙が含まれていて。
俺はそれを聞きながら、彼女の言葉を借りることが一番いいのだと。
そう、気づいて。
彼女なら何て言うかを、考えていた。
辞めてほしく、ない。
そんな時。
「――おまえは、綺麗だから。辞めてほしくない。俺」
「………」
「俺も…あいつにそう言われたから、ここにいる」
「田端さん?」
「ああ。自分が持っているものを有効利用しない手はないって」
彼女にそう言われたから、俺は考えた。
考えて、そのあと。
彼女からわがままを言われたから、続けることにした。
俺から彼女のことは見えなくても。
わからなくても。
彼女から俺の姿が、見えるなら。
彼女がそれを、望むなら。
そんな気持ちで、仕事をし続けていた。
彼女に……再会できるまで。
「葉月さんは、それを私に願ってくれるんですね?」
「俺だけじゃない。たぶん……」
玲も、そう思ってる。
言い切れば、紗枝からはまた、自嘲が響いて。
俺は伏せていた視線を上げる。
クリアに聞こえたそれに、疑問を抱いたっていうのも、あるのだけれど。
すると、紗枝は俺を見ていて。
それでも、その瞳には涙はなくて。
ただただ、しっかりとした意志だけが、伺い見えた。
「…紗枝?」
「別れましょう?」
「……」
「だって、そうするのが一番いい。私はこれ以上、傷つきたくないですし」
「紗枝」
「葉月さんだって、その方がいいでしょう?」
「………」
「だから、もう終わり。それでも、仕事はちゃんとやります。やりますから……行ってください」
顔を伏せてしまった紗枝に、不安はあったけれど。
それは、撮影を遅らせれば、きっと。
不安は解消されるだろう。
あの…女社長によって。
考えながら、踵を返す。
それじゃ、あとで。
言葉を紡いで、手をかけて。
振り返ることはせずに、廊下へと歩き出した。
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