| まもりたいものとたいせつなもの 空の真ん中には、月があって。
それはすごく、真ん丸で。
彼は好奇に満ちた瞳で、それを見上げていた。
部屋の中。
ほんのわずかにカーテンを開けてあるそこで。
彼は座り込んで、ただじっと、それを見上げていた。
と、その頭を触る者がいて。
彼は一度だけ、そこから視線を移す。
「何見てんの?」
問いに、小さく声を上げて。
あれだと示すように、彼はまた、月を見上げた。
そばの子供も、同じ目線になるように、膝立ちして。
同じように見上げる。
「お月様かぁー」
「バウ」
「きれいだねー」
嬉しそうな声に、短く答えて。
子供はなおも、言葉を続けていく。
から、彼も短く答え続ける。
「真ん丸だね」
「バウ」
「満月って言うんだよ? 僕、学校でそう習ったんだ」
「クゥーン…」
「今日がその日だって、先生が言ってた。そう言えば」
「…?」
視線を向けられて、彼は子供を見て。
軽く首を傾げる。
と、子供は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。見ようと思ってたの、すっかり忘れてたよ。だからさ」
頭を撫でられて。
その心地よさに、彼は目を細める。
首に腕を回されて、抱き着かれて。
それにも嬉しくて、一緒にじゃれ付いて。
この家に飼われてはいるけれど。
この目の前の子供が、一番の友達で。
彼にしてみれば、守りたい、第一の存在で。
いやいや、オレが守るのは主人が一番さ。
首を振って、思いを改める。
でも、その主人が一番、彼に守って欲しがっているのは、この子供なのだけれど。
だからもしかしたら、一番守りたい、と彼が思っても、それは間違いではないのかもしれないけれど。
忠誠を誓うのは主人だけ。
その主人がこいつを守れって行った時だけしか、オレは守れない。
まぁ、常々言われてはいるけどさ。
俺がいない時は、こいつを守ってやってくれよって。
だからこいつは、主人の子供だけど、弟みたいなモンで。
でも時々、本当に時々。
こいつには教えられて。
叱られて。
そんな時には、噛み付いてやろうか、なんて思ったりもするんだけど。
やっぱり、傷つけるのは、ためらわれるし。
だからすぐに、頷くんだけど。
その時にこいつが見せてくれる笑顔は、本当に嬉しそうで。
だからいいのさ。
思って、考えて。
彼はふっと笑ったりもするのだけれど。
「あ、月!」
子供が離れて、また窓の外へと目を向けたのを、彼は追いかけた。
急いで、隣りへと歩いて。
急いで、座り込んで。
急いで、同じように月を見上げた。
「月ってね、動いてるんだよ」
「バウ?」
「地球も動いてるんだって。先生が教えてくれたんだけど。だから四季ってものが存在して、朝と夜があるんだって」
自転、とか言ってた。
教えてもらったことを反芻するように声を出して。
それでも彼は、月を見る。
「太陽の周りを動くことは公転。テストに出るかもしれないから、覚えておいてね?」
「クゥーン?」
「忘れちゃったら、聞くからさ。それに、こうやって話しておくと、僕忘れないんだ。思い出って、いいよね?」
にこにこ笑って、子供は言って。
彼はずっと考えていた。
こんなことが思い出になる?
こんな、些細なことが?
「ここでこうやって、一緒に月を見上げたことも、話をしたことも」
「………」
「綺麗だねって、僕が言って、返事をもらったことも」
「………」
「だってさ、楽しいじゃない? 嬉しいし」
「…バウ」
「思い出を閉まっておける引き出しがいっぱいになったら、忘れちゃうかもしれないけど。それでもきっと、何かのきっかけで思い出せるよ。僕は絶対」
「………」
「おまえは? そうじゃない?」
「バウ!」
声を上げて、その通りだと告げて。
彼はにっこりと笑顔を浮かべてくれた子供の顔を見続けて。
それから、子供が視線を投げたその時に、それを追いかけて。
彼も視線を上向ける。
「大切なんだよ、すごく。そばにいられる時間がね。きっと、一瞬一瞬が、すごく大切なんだ」
先生が言ってたんだけどね、これも。
子供は恥ずかしそうに笑って。
彼はそれに、小さく笑ってから、月を仰ぐ。
白金とか、金色だとか、いろいろ言われている、それを。
「何見てるの?」
「あ、お母さん! 月だよ。今日、満月なんだ」
振り返って、子供は母親と会話を始めて。
「一緒に見てたの?」
「そう」
「仲良しねー」
「だって、一番の友達だもん」
ね?
問われて、小さく声を上げて。
子供と共に、また視線を投げた。
「丸いわねー」
「丸いよ。満月だもん」
「バウ」
背後に立った母親の言葉に二人で答えて。
「綺麗ね。お父さんも早く帰ってくればいいのにね?」
「お父さんも外で、きっと見てるよ」
「そうね。後で聞いてみようか」
「うん! 一緒に聞いてみようね?」
顔を見上げて、答えて。
彼はもう一度だけ、月を見た。
真円の穴が空いているようにも見えるし。
丸い盆が、そこに掲げられているようにも見える。
足音が遠ざかって、名を呼ばれて。
彼はそこから離れた。
守りたいものは、今、目の前にある。
大切なものは、自分の中に。
それを確認して、彼は一つ、声を上げた。
オレって結構、幸せなのかもしれない。
そんなことを、思いながら。
おわり
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