| 流れゆくもの 障子の隙間から朝日が入り込んで。
わたしはふと目を開いた。
起きてはいたのだけれど、目を開きたくはなかったの。
見えるものは天井に張られた木の板。
よくよく見れば、その目まで見えるけれど。
わたしはふっと、瞼を閉ざした。
もう、この光景には飽きたのよ。
寝返りを打って、外を見ても。
些細な変化は同じようなことばかりで。
本当にもう――疲れてしまったの。
だったら、瞼を閉ざして。
目を閉ざして。
暗闇を見ていた方が……楽しいのよ。
たくさんの思い出を反芻して。
思い出して。
瞼の裏に、投影するの。
その方が、光の中の何かを見ているよりも、ずっとずっと、楽しいのよ。
歩くことの出来ない足で、歩いている姿を想像してもても、つまらないだけ。
だって、常に痛みを発しているのよ?
この足は。
手だって、動かそうと力を入れた分、痛みになって返ってくるし。
それに、今の自分の姿を思い返したって、つまらないだけじゃない?
肌には瑞々しさなんてないし。
ほとんど、骨と皮だけ、みたいなものよ?
髪だって、真っ白だし。
つまらないでしょう?
だったら。
昔の自分を思い返した方が、楽しいのよ。
黒々とした髪に櫛を入れたり。
友達と話して、笑ったり。
好きな人のことで、一喜一憂してみたり。
そういう時の方が、楽しかったから。
年は取るものじゃないって、本当にそう思うわ。
でも、こうして寝たきりになる前は。
娘は孫を連れて、ちょくちょく遊びに来てくれた。
公園に行けば、仲のいい友達もいた。
他愛のないことを話して、時間を潰してた。
そこの縁側に腰掛けて。
太陽の下で、お茶を飲むのも、楽しかった。
流れる雲を見上げているのも。
風をこの身に受けているのも。
何もかも。
そこまで考えて、ふぅと息を吐く。
上げてしまった瞼には、同じ物しか映らない。
やっぱり、同じ。
瞼を下ろす。
暗闇の中に見えるものは――いつかの時。
そう。
こんな状態になってしまったから、つまらないだけなのよ。
こんな状態になってしまったから、したいことも出来なくなったの。
一週間に二度。
ヘルパーさんが来てくれるけれど、それぐらいで。
あとは自分でしなくてはならないのだけれど。
それをやる気力でさえ、起きないのよ。
痛みを思うと、動くのが億劫で。
仕方がなくて。
自分のためっていうのが、一番やる気が起きないのね、なんて。
思い知ったりもしたのよ。
そうするとね?
何のために生きているのかさえも、わからなくなってくるの。
動かない空気。
物音一つしない、家の中。
鳴らない電話やインターホン。
それがわたしはひとりなんだっていうことを助長しているし。
外から入り込んでくる物音が。
わたしなんかが動かなくても。
ましてや、動いていても。
時間はきっちりと流れていくのだと、教えてくれる。
わたしがいてもいなくても。
世界にとっては、何も変わらないのよ。
大きくて。
広い。
そんな――世界にとってはね。
ほぅ、と息を吐く。
まぁ、こんなおばあちゃん一人がいなくなったって。
みんな、『仕方ない』の一言で片づけてしまうのよ。
年だったんだし、って。
少し悲しくて、淋しいけど。
そういうことなのよね。
人の死はきっと。
他人の中には残らない。
だからわたしはね、待つことしかしていないの。
流れていくものを追いかけることもせず。
ただただ、受け止めていくだけ。
それが終わるその時を。
すべてが終わる、その時を。
瞼の裏に、思い出を映して。
おわり
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