| 一つ ひとつ
ヒトツ それはボクの目の前にある。
銀色の額縁に飾られて、それはボクの目の前に。
彼女は綺麗に微笑んで、そこにいる。
ボクとは違う角度から描かれて。
ボクとは違う色で、描かれて。
でも、そんな彼女よりも、その後ろに広がる青空から、ボクは目が離せなくて。
羨ましいんだ、その青空が。
もっと言えば、彼女だって羨ましく思えるんだけど。
でもやっぱり、彼女の後ろの空の方が、気になって。
ボクは森の中。
彼女は大空の下。
たくさんの緑で描かれた――ボク。
彼女は濃淡のはっきりした黄色い服を身に纏っていて。
その後ろの空は、青一色。。
いいなぁって、ボクは思う。
他の色が混ざっていない、たったひとつの色で描かれた空は。
そのままの印象を、見ている人に与えるんだ。
綺麗だな、とか。
真っ青、とか。
たった、それだけで。
いろんなことを考えないですむんだ。
描いたその人の思いが、そのまま汲み取れるよね?
けどボクは。
たった一色の『緑』ではなくて。
幹だって、たった一色の『茶色』ではなくて。
何色もの『緑』や『茶色』で描かれているから。
何色もの『緑』や『茶色』を重ねられているから。
みんな、じっくりとボクを見ていくんだ。
光源はどっち、だとか。
木の葉の影に何かがいるんじゃないか、とか。
そんな風に言葉を零しながら。
嫌じゃないんだけど。
嫌じゃ…ないんだけど。
ボクを描いてくれた人の思いが、そのまま伝わっていなくて。
ボクは必ず、悲しくなっちゃうんだ。
いろんな人がボクを見て。
いろんな意見を落としていくから。
ボク自身、いろんなことを忘れてしまっているんだ。
光源がどっちだった、とか。
木の葉の影に何かがいた、だとか。
ボクを描いてくれた人は、何を思っていただろうか、とか。
ただ、目の前にあった景色を残しておこうって思ったわけじゃないのは、覚えてるんだ。
覚えてるん……だけど。
他の細かなことを、忘れてしまって。
彼女はきっと、そんなことはないんだろうなって思う。
だって、みんな。
同じ感想しか落としていかないから。
綺麗っていう、その言葉だけしか、発していかないから。
彼女はいつだって、青空の下で、綺麗に微笑ってる。
濃淡がはっきりした、黄色い服を身に纏って。
風に煽られている髪を、手で押さえて。
いろんな色を乗せられているボクには目もくれずに。
青い空にだけ、目を向けて。
いつ振り返ってもおかしくないぐらいの躍動感を持って。
真っ青な、雲一つない空の下で。
ただただ、微笑んでいる。
それに比べて、ボクは。
光源のはっきりしない姿を持って。
たくさんの『緑』と。
たくさんの『茶色』の中で。
思い出したいものも思い出せずに。
ここに佇んでいるしかなくて。
躍動感も何もなく。
表情でさえ、浮かべられずに。
ボクはここにいるしかない。
ボクか彼女か。
どちらかが移動させられるまで。
ボクらはずっと、顔を突き合わせたまま。
ボクはずっと、彼女と。
彼女の後ろに広がる空を、羨ましがっているだけ。
彼女の姿が見えなくなっても。
きっと、ずっと。
ひとつの色で描かれていたら。
今のボクはいないかもしれないけど。
その方がいいって、ボクは思うよ。
ボクはきっと、綺麗じゃない。
だって、綺麗っていう言葉を言ってもらったことがないから。
じゃあ、汚いのかな?
………。
目の前の空は一色の青。
落とされるのは、『綺麗』って言葉。
たくさんの色で描かれた、ボク。
落とされるのは、さまざまな言葉。
でもその中に、『綺麗』って言葉はない。
やっぱりボクは。
汚い……のかもしれない。
だからボクは今日もまた。
今も――また。
彼女の後ろに広がる空を見て。
いいなーって、そう、思ってるんだ。
おわり
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