見上げたそこに

街の片隅で、私は息を吐いた。
寒いのよ、ここ。
はぁーと長く吐いて。
人間じゃなくても、息は白くなるのね、って、確認して。
左手の甲を舐め上げた。
けど、すぐ目の前で起こった足音に、わたしは顔を上げる。
さっさと行ってしまったのは、いかつい顔をしたおじさん。
――ああいうのは、はっきり言って、ダメよ。
自分のことしか考えてないもの。
家に帰ったって、結局は自分のことだけ。
家族の心配をしてたって、自分の怒りをぶちまける場所が欲しいだけなんだもの。
会社で何があったかなんて知らないけど。
連れていってもらいなさい?
毎日のように八つ当たりされちゃ、たまらないわ。
細い路地から少しだけ、白い姿を晒してみる。
結構、自慢なのよ?
白い白い、この毛皮。
それに、綺麗な綺麗なこの毛並み。
瞳だって、金色なんだから。
にゃーって声を出して。
それでも、下手をすると、私を見つけたのが子供だったりして。
追い掛け回されて、遊ばれちゃうから。
それだけは気を付けなくちゃいけない。
それでも、私は声を上げるのよ。
気づいてほしいし。
優しさを一晩だけでも、分けてほしいから。
誰か、誰でもいいから。
暖かいあなたの家へ連れていって。
そんな風に、声を上げる。
ちらって目を向けてくれる人もいるけど。
全員が全員、同じ瞳を向けてくる。
私のことなんてどうでもいい、みたいな。
今は忙しい、みたいな。
私のことを、見下げた瞳。
わかってはいたのよ、こんなこと。
だって毎日、こんな感じなんだもの。
私の声になんて、本当に耳を傾けてはくれないの。
耳障りだ、とか。
早くどこかに行って、とか。
そんな感情ばっかり、あの視線からは読み取れるのよ。
時々、無駄なんじゃないの? とかって、自分でも思ったりするわよ?
それでも、優しい瞳に出会えると、嬉しくなるのよ。
今日だけ、って。
そうやって、泊めてくれる人だって、いるんだもの。
私は元々、野良じゃないから。
寒いのはダメなの。
冬は…ダメなのよ。
「まぁた、やってんのか?」
後ろから声がして、私は振り向いた。
私とは逆の、真っ黒な毛皮を着たやつ。
瞳は同じ金色なんだけど。
意地悪なのよ、コイツ!
「別にいいでしょ?」
それだけ言って、私は視線を通りへと戻す。
大きな荷物を抱えた人が目の前を通りすぎる。
咄嗟のことで声が出なかったんだけど。
でも、出さなくて正解、とか思ったわ。
とても優しそうな人だったんだけど、荷物がね……。
あーあ、残念。
思って、少し足を動かす。
声を上げていなかったのに、ちらって目を向けてくれた。
その目が、すごく綺麗だったのよ!
本当に残念。
「どうせ今日も無理だって」
「煩いわねー」
「何なら、また泊めてやってもいいぞ?」
「泊めてやるって…あそこはアンタの寝床じゃないでしょ?」
「そうだけど……おまえ、美人だからな。また連れてこいって、煩いんだよ、あいつら」
「悪いけど、子守りは嫌よ」
六匹もの子供に、一度に懐かれてみなさい。
もう本当に嫌よ?
いろんなこと聞かれるし。
答えてあげないと、煩いし。
うざったいったら、ありゃしない!
「いいから来いって」
「イーヤーよ!」
「どうせ無理だって」
「まだわからないじゃない」
「わかるよ。無理無理」
だってもう、日が落ちるぜ?
言われて、私は眉根を寄せる。
わかってるわよ、そんなこと。
気温がぐっと下がる。
下がり始める。
見ているものが全部、オレンジ色に染まり始める。
そろそろ本気出さないといけないわね。
決めて、足を踏み出す。
歩くと、ただでさえ冷たい空気が、小さな風になって、襲ってくるから。
実は動いていない方のが好きなんだけど。
そんなこと言ってられないもの!
人が流れる中。
声を上げながら、足元に擦り寄る。
時々蹴られそうにもなるんだけど、優しい瞳に出会うため、私はそれをし続けるの。
「無理だったら来いよー」
そう言い放って、真っ黒な姿が塀の向こうへと消えた。
アイツは最初から野良。
生まれた時から、ずっと、野良。
だから知らないのよ。
人間の暖かさに、一度でいいから触れてご覧なさい?
「あ、まだいた」
声に、顔を上げる。
そこには、さっき荷物をいっぱい持ってた、優しい瞳を持つ男の人。
抱き上げてくれて、上着の中へと入れてくれた。
暖かなそこに、喉を鳴らしてみちゃったりして。
「僕んち、おいで」
撫でられて、嬉しくて。
暖かくて。
その言葉を持ってたから。
私は無条件で、声を上げた。

おわり

 

三回目は『猫』です。
しかし、書くことがない……(苦笑)。

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