薄情なヤツ

そんな風にだけは
思われたくなかったから

必死に抵抗してやるって
そう決めた

何より そう

大切なものを
守りたいから




夕闇の直前 4





HRが終わった直後。
わたしはクラスの女の子に呼び出されて、屋上にいた。
ここに来る前、ちらっと、彼のクラスを覗いたら。
まだHRは終わっていなくて。
彼は…机に突っ伏して眠っていた。
だから、少しはいいかなって。
そう思って……たんだけど。
「ムカツクのよ、あんた!」
着いた途端。
そこにすでにいた女の子たちが、わたしに鋭い視線を当ててきた。
大人数で一人を相手にするのって…空しくないのかな?
「何、葉月くんの家に行くとか言ってんの?」
「さも当然のように、台所貸してもらう約束まで取り付けてさ」
「あんたの料理なんか、マズくて食べられないって言うの!」
そんな感じで、わたしの目の前には数人の女の子たち。
みんな、彼のファンなんだろう。
この前、わたしを呼び止めた先輩方の姿もあった。
ざっと数えてみたら、片手じゃ足りないことはわかった。
朝の会話を聞いてたのか。
まぁ、あれだけ人数いたら、何人かの耳には入ってるか。
思いつつ、彼女たちの言葉をとりあえず聞いていた。
「何か言ったら?」
「言っていいの?」
あっけらかんと、わたしは聞く。
はっきり言うけど、わたしはまだ、余裕だなって思ってた。
わたしの態度に、返答はなくて。
「じゃ、言わせてもらうけど」
詰め寄られた壁から背を離して、わたしは目の前でわたしを見ている女の子たちの顔を見渡した。
――十人はいない。
「ちょっと前に…そこにいらっしゃる先輩方には言ったんだけど。僕は彼の友達であって、恋人じゃないんで。隣りに並びたいって言うんなら、どうぞ御自由に。僕は今のままで、充分だから」
「本気で言ってんの?」
「もちろん。友達に勉強教わるなって言うんなら、僕は誰にも聞きません。だけどね、彼にだけは聞くなって言うんなら、悪いけど、それは飲めない。彼は僕のことを友達として認識してくれてるし、頼ってもくれる。僕はその信頼だけは、失いたくないんでね」
そこで言葉を切る。
彼女たちの反応は薄い。
どうでもいいけど、早く教室に戻りたいんですが。
「第一、葉月くん自身が僕を誘ってくれたのであって、僕は別にどこでもよかったわけ。図書館だったなら、僕も別のお礼を考えたとは思うけどね。それに僕、家庭科の調理実習は先生に誉められるほど、手際もよくて、味付けもいいので、マズイということはないです」
「断りなさいよ!」
「友達の申し出を断るなんてこと、僕はしたくありません。場所を提供してくれるというのなら、それに甘えさせてもらいます。普通…そうでしょう?」
「普通って、彼は普通じゃないのよ!」
「……言わせてもらうけど、葉月くんがそう言ったの? 自分は普通じゃないって。心の底から」
わたしは視線を鋭くする。
「上辺だけしか見てない人間に、彼のことを語る資格なんて、ないよ?」
声が低くなっていくのがわかる。
ヤバイ。
ちょっと…ムカついてきた。
「モデルをしている時の彼を特別視するんなら、話は別だけどね。プライベートの時までそれっていうのは、かわいそうでしょ。本人、好きでやってるんじゃないんだし」
「何言うのよ!」
「そうよ!」
「………」
無駄か。
何かバカらしい。
フィルターかかってる人間に何言っても、無駄か。
説き伏せようと思ったわたしが、バカだったってことかな。
「だいたいね、その気もないくせに、彼のそばにいること自体、ムカツクのよ!」
わたしは小さく嘆息。
だから何?
って感じ。
「何とか言いなさいよね!」
「言っても無駄だって、さっきわかったから言わない」
「何言ってんの?」
「理解できない人たちには、何言っても無駄だってこと。おとなしく聞いてますから、言いたいこと、全部言ってください」
肩の力を抜いて、壁に寄りかかる。
初めからこうしてたほうがよかったのかも、なんて考えた。
のに。
パンッ
頬に痛みが走って、わたしは目を細める。
「すっごいムカツク!」
「………」
殴ったのは、わたしの目の前にいた女の子。
確か、彼と同じクラスの子。
「殴った? 今」
「殴ったわよ!」
「正当防衛」
呟いて、わたしは拳をみぞおちへと繰り出す。
低くうめいて、彼女はその場で蹲った。
周りにいた人たちは、みんな……数歩、後退さる。
「前に僕、言いましたよね?」
目を細めて、ほんのり、笑みを浮かべて。
「本気で…相手しますよって」
にっこり笑って、まだ蹲っている彼女の脇へと歩を進める。
わたしが歩いた分、逃げていく。
「暴力に訴えるわけ?」
「サイテー!」
「どっちが? 先に手を出したのは、そっちでしょう?」
もう一歩、踏み出す。
帰してくれるなら、これでよし。
もしまだ、何かあるなら……。
拳を握る。
と、扉が勢いよく開いた。
「田端!」
聞こえた声に、小さく息を吐いて。
首だけ回す。
削がれた。
真面目にそう思う。
「何?」
慌てていたんだろう。
彼は肩で息をしてた。
ありがたく思う場面なんだろうけど、今のわたしには、そうは思えない。
「どうして怒ってるんだ?」
わたしの心情はわかっているはず。
それでも冷静に、彼は言う。
「君に邪魔されたから」
「おまえらしくないな」
「せっかく、ストレス発散出来るかなー、とか、思ってたのに」
「ストレスなんかあったのか?」
「失礼な。僕にだって、悩みぐらいはあるよ」
ムスッと。
かなり素っ気ないなって、自分でも思う。
「どうしたいんだ?」
彼が聞いてくる。
「僕のすることに、邪魔しないようにしたい」
わたしは答える。
「そいつらが――か?」
「君も含めて」
「わがままだな」
「君に言われたくない」
わがままなのは知ってる。
それでも、だよ。
彼の友達でい続けることを願うわたしの邪魔を、しないで欲しい。
「だから暴力を振るうのか?」
彼がまた、聞いてくる。
「手を出したのは、向こうが先」
「過剰防衛になるかもしれないぞ?」
「ならないよ。ケガはさせないもん。みんな、平等に…気絶してもらうだけ」
「……俺もか?」
「必要なら」
にっと笑って、歩き出す。
彼の方へ。
さすがにもう、ケンカする気は失せた。
わたしを無視して、彼の顔を見続けている女の子たちの合間を縫って。
彼の前へと辿り着く。
「この前は、痛い目見た方がいいって言ってたのに」
それでも少し、面白くなくて、不満を零す。
結局、彼は優しいんだ。
知ってるだけに、面白くない。
「見ただろ、充分」
「一人だけね。怖い思いはしたかもね、全員」
振り返れば、彼女たちはビクッと肩を竦ませて。
ちょっと楽しいかも。
なんて、わずかに思った。
「俺の家、来るんだろ?」
言葉に、視線を戻す。
いつもの、彼の顔。
「行くよ? 行っていいんなら」
「かまわない。行くぞ」
碧の瞳に促されて、わたしは一度、視線の先を変えた。
「田端?」
彼が呼ぶ。
「君はまだ、僕を友達として見てくれるんだね?」
聞けば、彼は何度か、目を瞬いて。
「当たり前だろ? こんな程度で手放すはず、ない」
微笑での言葉に、嬉しくて。
「そっか」
「ああ」
「ありがとう」
「礼を言われる筋合いはないな。俺、おまえのこと、女として見てないから」
「知ってる。知ってるけど、改めて言われると、何かムカツク」
本当に軽く、彼の顔めがけて、拳を繰り出す。
もちろん、それは彼の手が受け止めて。
わたしは小さく息を吐いて。
笑みを零した。
「行こっか?」
「ああ。時間、なくなるしな」
彼が道を開けてくれたから、真っ直ぐ、わたしは屋上をあとにする。
彼はすぐに扉を閉めて、わたしのあとに続いた。
「何されたんだ?」
「ぶたれた。顔」
「そうか」
「うん。今はそんな、痛くないけど」
「冷やすか?」
「いい。そんなに腫れてないだろうし」
階段を大袈裟に足音を立てて降りていく。
何かヤダな。
そう思った。
思ったら……言いたくなった。
「多いね」
「何が?」
「君のこと、ちゃんと見てない人間」
「まあな」
「嫌じゃない?」
踊り場で、わたしは振り返る。
わたしは故意に見せてるけど。
本当の自分、知られたくなくて――別の自分、見せてるけど。
彼は違う。
全然、意図していないのに。
「嫌だ」
「じゃあ、何で…そう言わないの?」
彼は微苦笑。
あ、そっか。
それで思い出す。
彼は……諦めたんだ。
「ごめん」
「どうして謝るんだ?」
「思い出したから。ごめん。ヤな思い、させた」
頭を下げる。
しゅんっと項垂れる。
ダメだな、本当に。
彼の前では素直になり過ぎる。
少し…変えないといけないかもしれない。
「ごめん」
もう一度言う。
床を見続けていたわたしの視界に、彼の足が入る。
足音が…止まった。
と同時に、ため息が降ってきた。
ポンッと頭に何かが乗る。
彼の手だとわかるまでに、そう、時間はかからない。
大きな、男の子の手。
「べつにいい。今は、おまえがいるし」
暖かな言葉に顔を上げる。
彼の手は、まだ、わたしの頭に乗せられたまま。
「高校卒業するまで、とりあえず、そばにいてくれるんだろ?」
「そのつもりでいるけど」
「だから、いい」
ふっと、笑む。
やっぱり優しい。
彼を選んで、正解だった。
彼の手がわたしの頭を離れる。
足を動かして、階段を降りていく。
それを追って、わたしも階段を降りた。

そばにいてね?
この距離のまま、ずっと。
わたしが、少しでも素直になれるように。
わたしも、君の心、理解できるように。
君のそばに、ずっといるから。
出来る限り、この距離を保って。
近づきたいわけじゃないから。
他の人より、ほんの少し、親しければ、それでいいから。
この距離のままで――嬉しいから。

祈りながら、彼との時間を、過ごしてた。
彼の家で。
彼の部屋で。
答案用紙を広げて、話をしながら。
次の日のことも、ほんの少し、話して。
夕飯作ってあげて、わたしはそれを食べずに、彼の家をあとにした。
明日は特別になる。
彼の中で、必ず。
確信に近い気持ちを抱きながら、わたしは夜道を歩いた。
人工の灯りがほとんどない中。
星が、綺麗に……瞬いていた。

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