約束って
とても儚いものだけど

小さなものほど
必ず果たせられる

そう思えるのは――なぜなんだろう?




夕闇の直前 3





日曜日は快晴で。
九時三十分、なんて、ちょっと早い時間に待ち合わせしたわたしたちは森林公園の中のベンチに、少し相談と腰掛けた。
「ピアス…なぁ」
隣りに座っている彼がぼやく。
わたしは肘掛けに頬杖をついて、ただ、顎を引いた。
「どんなのがいいか、は聞いてないんだけど。とりあえず、ピアス」
「で、何でここなん?」
「雑貨屋が二軒あるからさ、公園通り。だからここのがいいかなって。早い時間にしたのは、気に入ったのがなくても、時間さえあれば、動けるかなって思ったから」
「なるほどなぁ。さすがやな、玲ちゃんは」
学校では、ちょっと人の目があるから、相談し難くて。
わたしは場所と時間だけを彼に告げていた。
人がまばらな中、わたしたちに向けられる視線は、それでも多い。
「でも、何でピアスなんやろなぁ?」
「………」
問い掛けてくるニィやんにちらっと視線を向けて。
へらっと笑った彼に、わたしは視線を逸らしたあとで、ため息を吐いた。
「ニィやんってさ、結構鈍い?」
「そんなことあらへんよ? 結構敏感、言われるんやけどな」
「じゃあ、忘れっぽい」
「それはあるかもなぁ。って、なんや?」
「いぃえー?」
バカらしくなって、わたしは立ち上がった。
問題は。
それを聞き出したのが、わたしだということ。
「ピアス、僕が買わないとマズイよね?」
言えば、彼は少し考えて。
わたしの意図がわかったらしく、わたしに瞳を向けた。
「…そうやな。オレが別のを買ってもええんやけど。あいつのことだから、玲ちゃんからもらったのばっかり、付けるやろな」
「それじゃちょっと、悲しいよね? なっちん、いくつも付けるようには見えないし」
「穴を一つ空けるんにも、怖がってるようやしな。ってことは、オレは別のアクセサリー買った方が、無難やな」
それとなく合わせると、バレる可能性、高いから……全く違うようで。
でも、それぞれを引き立たせるようなもの。
難しいけど、がんばらないといけない。
「もうすぐ十時だね。とにかく、行ってみよう?」
「せやな。見て決めた方がええやろ。アクセサリーなんて、種類は限られるしな」
ニィやんが腰を上げて、ジーンズのポケットに手を入れる。
背が高くて、羨ましいな、男の子って。
「学校にも付けてこられるのがいいかも」
「それ言えてるわ。オレもその方が嬉しいしな」
「それじゃ、そういう方向で探そうか?」
相談しつつ歩いて。
わたしたちは二人同時に、雑貨屋へと入った。


帰ってきたのは、夕暮れの時間。
あちこち歩き回って、疲れ果てて。
部屋で、ベッドの上にうつ伏せに寝転んで。
わたしは少し、瞼を閉じる。
とにかく、いいのが見つかって、よかったよ。
ほっと安堵の息を漏らして。
それから、寝返りを打った。
仰向けになって、真っ白な天井を眺める。
「好きな人…か」
呟いて、少し、考えたけど。
自分には、そんな人――いないな。
で、終わってしまった。
いるのかもしれない。
自分で、気づいていないだけで。
でも、気づかないっていうのは……自分でもちょっと、おかしいかもしれない。
一緒にいて、楽しいって思う人はいるけど。
だから、ずっと一緒にいてくれるといいなって思うけど。
隣りに並ぼうとは、思わないもんなー。
ため息を吐いて、瞼を閉じる。
試験まで、あと一週間。
明日からは、十二月。
彼と出かけるまでは、あと二週間もある。
ぼんやりと考えて。
「ねえちゃん」
カチャッと、ノックもなしに部屋に入ってきた弟に、わたしは返事もせずに。
ただ、呆然と天井を見ているに留めた。
「さっき、姉ちゃんが帰ってくる、ちょっと前に…電話かかってきたぞ」
「誰から?」
「葉月」
「はぁ?」
上半身を起こして、尽を見る。
「何で、家の電話に?」
「さぁ? 電話してみれば?」
視界の端で、扉が閉まる。
閉まり切ったのを確認しないまま、わたしは携帯を探り当てて、彼の携帯の番号をディスプレイに映し出す。
急な用じゃないんだろう。
それでも、何で家の電話に?
思いながら、通話ボタンを押して。
『……はい』
彼は二度のコールで出てくれた。
「玲です。電話、くれたんだって?」
『ああ』
「何で家に電話したの? 携帯でもよかったのに」
『まだ…あいつと一緒かと思ったから』
「だから、別にそれでもいいって言ってんの」
『そうか』
「そう。で? 何?」
『………』
彼が黙る。
何だろ?
そんなに深刻なこと?
それとも……。
「大丈夫だよ?」
何となく、わたしは言ってみる。
「ニィやんには、好きな人、いるから」
『おまえじゃなくて?』
「僕じゃなくて。だから、僕はまだ、葉月くんのそばにいるよ? どこにも行かないから、安心していいよ?」
誰かに取られるんじゃないかって気持ち、わたしにはよくわかるから。
何となく……そうかなって思って、言ってみた。
どうやら、当たりだったみたいだけど。
「友達が誰かと付き合い出すと、大変だよね? 結構おざなりにされちゃうから」
『ああ』
「僕は平気。好きな人っていないしね、まだ。だから当分、――そうだな、高校卒業するぐらいまでは、葉月くんのそばにいるんじゃない?」
『そんなにか?』
「迷惑なら、どうにかするけど」
『迷惑じゃない』
「よろしい」
笑って、わたしはベッドの端に腰掛けた。
遊んでくれなくなっちゃって、寂しくなる。
そういうの、わかるから。
「僕もさ、中学からの親友、彼氏作っちゃってさ」
『向こうで?』
「そう。他校の生徒らしいんだけど。酷いんだから。僕に電話してきたと思ったら、泣きごと聞かされるんだよ? そうかと思えば、惚気になるし」
『大変だな』
「大変。まぁ、いいんだけどね。幸せなら…それでさ」
だから葉月くんも、僕にそういう話、振っていいからね。
――とは、なぜか言えなかった。
出会いがあれば、必ず別れがある。
それは知ってる。
永遠とか、ずっととか。
そんなこと、ありえない話だっていうのも、知ってる。
信じさせてくれる人に会ってないだけかもしれない――とは、思うけど。
でも、今はまだ、ありえないって、思っているのに。
「そう言えば、十四日。どこで待ち合わせ、とか決めてなかったね?」
『ああ。遠出…だろ?』
「そう。だから、はばたき駅前に……十一時? くらいかな?」
『何だそれ?』
「何となく。時間あまっても、平気だろうし」
立ち上がって、窓のそばへと歩き出す。
オレンジから群青へと、空の色は変わっていく。
気の早い星が、その中で。
地上に光を届けているのが――見えた。





掲示板に貼り出された順位表を見て、わたしは少し、考えていた。
今回、手を抜いたはず…だったんだけどな。
なんて思いながら。
抜いたよな? うん、抜いた。
試験前のわずかな休み時間。
何か眠くて、欠伸しながら…ノート見てたから。
あんまし、頭の中に入らなかった気がしてたんだけど。
「何で、十位以内、キープできてるわけ?」
零して、腕を組む。
おかしいって、絶対。
まぁいいか。
こうやって結果が出てしまった以上、どうにもならないし。
わたしは目線を上げる。
彼は今回もトップだろう。
そう思ったから。
なのに……。
「おはよう」
「おはよう」
掛けられた声に同じ言葉だけを返して、わたしは目線を下げていく。
どこまで落ちた?
「あのさ」
「ん?」
「何教科、寝たの?」
「…二?」
「何で疑問? って言うか、もう一教科寝てたら、補習だよ?」
「知ってる」
「知ってる? 本当に?」
彼の名前を見つけたあとで。
わたしは彼の顔を仰ぎ見る。
「何で寝ちゃうの?」
「眠いから」
「…寒いじゃん。あ、もしかして、エアコンかかってた? 葉月くんとこ」
「ああ」
「だからか。ウチはあんまりかけなかった。震える一歩手前って感じ」
「それでか」
「そう。寝てなんかいられなかったよ」
答案埋めても、まだ時間があったりして。
仕方なく、何度も見返してた。
だから…手を抜こうと思っても、中途半端になる。
その時は忘れていても、時間が経てば、思い出して。
答えを変えた時だってあったし。
「あーあ、順位落とす予定だったのになー」
「どうして?」
「勉強してないのに、この成績はおかしいって言われたから」
無駄だったけどね。
加えて、届けて。
背を向ける。
足を踏み出して歩き出せば、足音がもう一つ、あとから付いてきた。
「答案、今日返ってくるでしょ?」
「ああ」
「見せてね? 僕のも見せるから」
「進学しないんだろ?」
「しないよ? それでも、気になるじゃん。きちんとした答え、知りたい」
わたしは、割り切れるものを好む。
だから…理数的だって、前に言われたことがあった。
わからないことがあると、どうしても知りたくなるから。
首だけ回して、斜め後ろを歩く彼を見る。
「だから、教えてね?」
「俺の家、来るか?」
「午後?」
「ああ」
「じゃあ、お礼じゃないけど、台所、貸してくれる?」
「頼む」
小さな約束を交わせば、予鈴が耳に飛び込んでくる。
HRが始まる。
もう少しで、氷室先生も来るだろう。
「じゃあ、放課後ね。寝てたら、この玲ちゃんが起こしてあげよう」
「わかった」
含み笑いで返事をして。
彼が教室へと入っていく。
それを見て、わたしも前の扉から教室へと入った。

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