自分を抑制すること

それも大事な わたしが生きるための術

時折 それを忘れることもあるけれど

けれど君は
それでも わたしのそばにいてくれる

友達って 本当にありがたいよね?




夕闇の直前 2





「欲しいもの?」
翌日の昼休み。
友達のなっちん――藤井奈津実ちゃん――たちとのお弁当タイム。
食べ終わったあとで、わたしはそう、彼女に切り出した。
「そう。もうすぐ誕生日じゃん、なっちん。何あげようかなーってあれこれ考えてるんだけど、本人に聞いた方が早いかなーって」
「それって、後々の楽しみがなくなるんじゃない?」
右隣でお弁当を広げて、まだ食べ続けている有沢志穂さんが、そう感想を述べた。
「まあね。でも、大まかに言ってもらえれば、選ぶ楽しみもあるじゃん? だからさ」
「玲ちゃんって、そういうとこ、結構大雑把だよね」
くすくす笑って、左隣のタマちゃん――紺野珠美ちゃん――が言う。
それに少し頬を膨らませて、わたしは口を開いた。
「いいじゃん。本人だって、欲しくないものよりも、欲しいなって思っていたものをもらえた方が嬉しいでしょ?」
「それはそうだけど……。アタシは玲がくれるものなら、何でも嬉しいよ?」
「言ったね? 後悔しないね?」
「しないしない」
微苦笑を浮かべながら、真っ正面で、なっちんは手を胸の前で振った。
それにわたしは、にやりと笑う。
「んじゃ、なっちんの誕生日プレゼントは参考書、ということで」
「何よそれー!」
「あら、いいじゃない」
「有沢さん、いいのあったら教えてね?」
「お安い御用よ」
「いらない! そんなプレゼントはいらない!!」
立ち上がって、彼女は一心に抗議をしはじめる。
わたしはにっこりと笑った。
「だって、何でもいいって言ったよ? なっちん」
「…言ったけどさ。玲はそんなの用意しなさそうだったから……」
「失礼な」
「でも玲ちゃん、勉強してないんでしょ?」
「うん。だから、参考書とかも、よく知らないんだけどね」
あ、有沢さんが固まってる。
「それであの成績なの?」
なっちんが声を上げた。
すかさず。
「それ、昨日…葉月くんにも言われた」
「だって、勉強しないで学年順位10位以内って、おかしくない?」
「やっぱりおかしい? じゃ、今度は手ぇ抜こうかな」
「そういうことじゃなくて!」
俯いて考えはじめたわたしに、有沢さんの手が、また動き出したのが見えた。
パタン、と蓋をして、脇へ置く。
「本気出したら、トップにもなり得るってことなのね?」
そのあとで、静かにそう、言い放つ。
わたしは顔を上げて、ほんの少し、思案して。
椅子の背もたれに身体を預けたあとで、口を開いた。
「それはどうかな? やった分だけ身になるってわけじゃなさそうだし」
「…そうなの?」
「うん。家で勉強するとね、集中力、すぐ切れるんだよね。誰と一緒にやっても同じでさ」
「つまり、あなたが集中して勉強できるのは、授業の間だけ、ということ?」
「そういうこと」
あとは試験前の、わずかな休み時間。
付け加えて、わたしはなっちんを見る。
俯いて、口元に固めた手を当てて。
彼女は信じられない、と言葉を発し続けていた。
「で? なっちん、欲しいものは?」
わたしの問いかけに、彼女はすぐにわたしに焦点を合わせて。
そして、天井を見上げる。
「急に言われてもなー」
「本当に何でもいいの?」
「うん…。あ、勉強関係以外で」
「はいはい」
「でも、奈津実ちゃん。この前、ピアス欲しい…とか言ってなかった?」
タマちゃんが思い出したようにそう言う。
「ピアス?」
あれ? ピアスって……。
「そうなんだけどさー。いざとなったら、ちょっと怖くなったって言うか。玲は怖くなかった? 穴空ける時」
「え? うん、別に……」
考え込んでいるわたしを放って、会話はどんどん先へ行く。
ピアスって…あれ? もしかして、なっちん……?
「どうしたのよ?」
なっちんの顔を見て、にやりと笑う。
そうか、そういうことか。
「なるほどね」
「何が、なるほどね、なのよ?」
「別に。とにかく、ピアスね。僕が空けたとこでよければ、紹介するけど?」
曖昧に答えて、会話を進める。
確か、彼とわたしが話している時。
なっちんが混ざって。
で、彼が言っていたんだ。
『ピアスって、結構カワイクあらへん?』
って。
その時はなっちん、散々コケにしてたくせに。
「玲が空けたとこ? 病院?」
「そう。結構丁寧だったよ?」
「ふーん。じゃ、頼もうかな」
「わかった。では、誕生日当日をお楽しみにーv」
言って、わたしは立ち上がる。
「どこ行くの?」
「ん? ちょっと。先に戻るね、教室」
お弁当箱の入った袋を手にして、背を向ける。
廊下に、彼の姿を見掛けた所為。
教室を出て、ぱたぱたと走って。
彼に追いつこうとした矢先――だった。
「ちょっと、田端さん」
呼び止められて、振り向く。
「またですか?」
見知った顔に、わたしはげんなりと肩を落とした。
三年の先輩。
彼のファンらしい。
まったく、よく飽きないよね、この人たち。
名前は知らないけど、向こうはわたしの名前をフルネームで知ってる。
ちょっと、気持ち悪い。
「何か?」
「昨日、珪と一緒に帰ったそうね?」
「帰りましたよ? 彼が誘ってくれたので」
「何ですって?」
「本当です。他に何か?」
「出かける約束も取り付けたそうね」
「ええ、しましたね。彼と行きたいところがあったので」
「どうしてそんなことするのよ?」
「友達だから、ですよ。他にどんな理由が?」
「友達って、あんたみたいのが、友達に収まってるの、我慢できないのよ!」
「それは先輩方の事情でしょう? それとも、彼には友達を作るな、とでも?」
「誰もそんなこと、言ってないでしょう?」
騒ぎに周りがざわめく。
あーもう、うざったいなぁ。
「お言葉ですが、彼に近づきたいのであれば、僕なんかにかまわず、自分でどうにかしてください。そんな勇気もない人間に何を言われようが、負け犬の遠吠え程度にしか聞こえませんので」
「なっ!」
「僕は別に邪魔はしません。恋人になりたいわけではないので。勝手になりたい人がなってあげてあげてください。僕は今のままで充分ですから」
言いたいことを言って、わたしはくるりと背を向ける。
呼び止める声を無視して、顔を上げると、そこで、彼がわたしを見てた。
口とか手とか、出さないのは…わたしの性格を知ってのことだろう。
ぱたぱたと小走りで彼に近づいて、軽く手を挙げた。
「や。お弁当、ちゃんと食べた?」
「ああ。美味かった」
「よろしい。どうでもいいけど、あの人たち、どうにかしてくれないかな? 僕が君の友達でいるの、嫌なんだって」
「………」
彼に気づいていなかったのか、先輩方は彼の姿を見て、固まっていて。
それに一瞥を投げたあと、彼はわたしの手にお弁当箱の入った袋を乗せた。
「どうして作ってくれたんだ?」
「お弁当?」
「ああ」
「昨日、何か機嫌悪かったから。ニィやんと約束したのが気に障ったのかなーと」
「そのあと、俺ともしただろ?」
「そうだけど。でも、試験明けでしょう? ニィやんとは今週の日曜だもん」
「べつに、気にしてない」
「してたんだよ、昨日は。ここに皺、寄ってたんだから」
わたしは彼の眉間をペシッと軽く叩いて、頬を膨らませる。
すると、そこをわずかに手で撫でて、彼はわたしの頭に手を乗せた。
見えたのは、彼の笑顔。
悪戯っぽい、笑顔。
マズイと思った時には、もう遅く。
「うにゃー!!」
ぐりぐりと力任せに髪をかき回された。
撫でてるんじゃなくて、もっと乱暴。
「何すんの!?」
「仕返し」
「ヒドッ!」
彼の手を押しのけて、一つに縛っていたゴムも取って、手櫛で髪を整える。
その間に、彼は僕に背を向けて、先輩たちに向かい合ってた。
「………」
何を言うでもなく、無言。
多分、相手の出方を見てるんだろうけど。
先輩方も、何も言わない。
というより、言えない。
「おまえ…」
ちらっと後ろを振り向き、彼はわたしに言葉を投げた。
「何?」
「よく、手…出さなかったな?」
「向こうは出してきてないし。何より、こんなとこで全力でやったら、確実に何かは壊れるよ」
「だからか」
「そういうこと。相手が何人でも、勝つ自信はあるけどね。女の子なら。でも、何か壊して、職員室に呼び出されるのだけは、本当にごめん」
担任の氷室先生のお小言だけは、聞きたくない。
「外だったら、わかんないけどね。まぁ、そこまでじゃないよ。ちょっとムッとする程度だったし」
「………」
「怒るまでは行ってない」
だから、君に助けを求めたんだけど。
なんて、にっこり笑って加えてみる。
わたしの言葉よりも、あの人たちには彼の言葉の方が重みがあるだろうから。
でも彼は、何も言わずに、黙って、先輩たちを見るだけで。
「僕が、先輩たちに傷つけられてもいいんだ?」
彼の優しさ、ほんの少しでもいいから、あの人たちに向けて欲しくて、言ってみたのに。
彼は目を細めただけだった。
「おまえだったら、俺が何かするまでもなく、倍以上で返すだろ?」
「返すよ? やられたらやり返す。これ、僕の信条」
「だから。痛い目見た方がいい、あいつら」
なんだかなぁ。
思いながら、ため息。
「ファンに優しくないよね、葉月くん」
「べつに、なってくれって頼んでない」
「確かに」
笑って、わたしの方を向いた彼の顔を見る。
あ、優しい顔してる。
ポンッと頭の上、手を置いて。
「行くぞ」
小さくそう言って、彼は歩き出す。
「それでは、失礼しますね、先輩方」
ペコリ、と頭を下げて、わたしも踵を返す。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「いいですけど。これ以上は、外でお願いできますか? 本気で――お相手しますよ?」
冷たい笑いだって、前に誰かが言ってた。
低い声と、冷たい微笑。
ビクッと肩を竦ませた先輩方に、にぱっと人懐っこい笑みを浮かべて見せてから、わたしは彼を追った。
「怖いな」
「君に言われたくない」
予鈴が鳴る。
笑いながら、彼の教室の前で、彼と別れた。

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